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「犬とか、猫とか、虫とか。言葉を介さない生き物と暮らしていると、ずっと慮って過ごすんです。分からないもの同士が相手のことを知ろうとして、学べば学ぶほど、知らないことが見えてくる。新しいものに触れ続ける楽しさを、ここでも共有したいと思っています」
そう話すのは、神戸・北野にあるレストラン「汀(みぎわ)」のオーナー、濱部さん。
わからないものを、わからないまま受け止めてみる。それが日常の景色を彩り豊かにしていく。
さまざまな表現と物語に出会える場所、汀を紹介します。
「食とアートの交差点」を掲げ、1年半ほど前にオープンした汀。食の裏側の物語を大切にした料理を提供しながら、子ども向けのアート教室や、アーティスト・クリエイターによるイベントを開催しています。
あるときは、子どもたちと街に飛び出し、ゴミから作品をつくったり。あるときは、風をテーマにミュージシャンとダンサーが共演するプログラムをつくったり。そこには、風をテーマに考案された食たちも並ぶ。
「遠い」と感じてしまう人もいるアートという領域に、食という入口を設け、さまざまな人が気楽に過ごせて、混じり合える空間をつくっています。
今回は、場づくりを考えながら、料理を担当するメンバーを募集します。
料理人として働いた経験がある人ならより良いですが、場づくりやアート、表現することに興味がある人であれば、飲食店でのアルバイト経験でも大丈夫。
業務委託で複業という形も相談できるそうです。料理をつくることも表現と考え、一緒に表現していく仲間を探しています。
日常に眠るワクワクを、人と分かち合いたい。食の可能性を信じている。そんなメンバーたちと一緒に悩み、楽しみながら場をつくっていく仕事です。
神戸・三宮。
駅から北へ、緩やかに続く北野坂を上がっていくと、繁華街が広がっている。10分ほどして、大きな幹線道路を越えると、雰囲気はがらりと変わる。
ここは、北野異人街と呼ばれるエリア。喫茶店やギャラリーが入る洋館がいくつも建っていて、ここだけヨーロッパの街に紛れ込んだみたい。
交差点の角、赤いレンガの建物の1階に、汀を見つけた。
中に入ると、壁一面に本棚が広がっている。
手前のホールのそばには、大きなカウンターキッチン。さらに天井の小部屋に向けて大きな階段がつながっていて、広々とした感じ。
店内を眺めていると、スタッフの方が声をかけてくれた。「玲美さーん」と呼ばれて、席に座っていた濱部さんが振り返る。手を振って、こちらを迎えてくれた。
「壁の本は自由に読めるんですよ。最近はここの階段で、ご近所のインド人の学生が子どもたち向けに英語の絵本の読み聞かせをしてくれていて。お願いしたわけじゃなくて、自然と始まったんです」
食という共通事項のもと、訪れる人が自由に過ごせる「空き地」のような場所を目指して始めた、汀。
「汀」は、「海や湖などの、水と陸が接する場所」という意味。人間だけでなく、いろんな生き物が混ざり合う空間をつくることで、未だ見ぬ文化を創っていきたい、という想いが込められている。
「たとえば親子なら、子どもも楽しんでいるし、大人も楽しんでいるっていう状況がつくれたらなって。大人が料理していたり、踊っていたり、お酒を飲んで楽しそうにしていたりするのを子どもたちがただ見ている。そういうのも、学びだと思うんですよ」
日常にある何気ない風景からも「学び」を見出せるんじゃないか。汀には、そんな濱部さんの考え方が詰め込まれている。
「食べることで言えば、お肉とか。ただ売るだけじゃなくて、そのお肉が誰に育てられて、どうやって来たのか。そこまで知ることができれば、お肉自体が学びになって、体にずーっと残っていく」
「そんな血肉になる学びを、汀には詰め込みたいと思っていて」
食や教育にまつわる企画編集の会社、KUUMAの代表も務める濱部さん。
汀で提供されている料理は、濱部さん自身が編集の仕事をするなかで出会った生産者たちを中心に、背景を知って仕入れている食材が多く取り入れられている。
ステーキとして提供する芯以外のお肉は、うすくスライスしてジャーキーに。デザート生地の切れ端はラスクにして、子どもたちが気軽に買えるおやつに。クラフトビールの澱から酵母を採取して、季節の果物と発酵させ、天然酵母のパンを焼くなど。
いただいた食べ物を無駄なく食べ尽くすことはもちろん、「余りもの」としてではなく、ひとつのメニューとして食べたくなるような、価値の高い料理に転換することにも取り組んでいる。
汀のことを、目をキラキラさせながら話してくれる濱部さん。
会話のなかでピン、とくるものがあれば、「ちょっとメモしてもいいですか?」と、イラストとともにアイデアを何度も書き留めているのが印象的だった。
汀のイベントは濱部さんが中心になって企画をしているそう。食は入口ではあるけれど、それ自体にも物語がぎっしり詰まっていることが伝わってくる。
かといって、押し付けることはしない。
訪れる人が汀という空間でなにを感じるのか、その先に何が起こるのか。純粋に、新しい景色を見てみたい、という気持ちが濱部さんを突き動かしているように感じた。
今回募集するのは、汀をどんな空間にするか考えながら、実際に手を動かして料理もする人。
正社員のほか、業務委託やアルバイトで働くことも可能。ほかの仕事やこれまでの経験で培ったものを、汀で表現してもらえたら、と濱部さん。
料理人のひとり、楠田さんはまさにそんな方。じっくり、言葉を探しながら話をしてくれる。
学生時代からコンテンポラリーダンス、写真、演劇と、さまざまな表現活動に取り組んできた楠田さん。現在も汀の仕事とは別で、活動を続けている。
「食べることってすごく身体的で、演劇やダンスとも通じる感覚があるなと思っていて。あるときから、料理をただ食べるんじゃなくて、今、目の前にある食材を食べるってことはどういうことなのか、もう少しちゃんと考えたいなって思っていたんです」
そんなとき出会ったのが、汀と同じ建物にある、erre(エッレ)というレストラン。
「根源を敬う」を合言葉に、薪火料理を提供している完全予約制のレストランで、濱部さんの旦那さんがオーナーを務めている。
erreのアルバイトに応募したものの、ちょうど同時期に汀のオープンがあることを知り、汀で働くことに。
「汀のコンセプトと自分のやってることが、すごく合うなと思って。いろんなものが混じり合う状態… 僕なら、写真を撮るときの被写体の捉え方、踊りをつくるときの人との関わり方、世界の見方。芝居をするうえでの言葉の選び方や体の使い方とかが、相互に影響しあってできている」
「同じことが料理でもできるんじゃないかって思うんです。それを体現するには技術が乏しくて、これから身につけていきたいと思っているんですが…。料理以外のこともやっているからこそ、自分にしかつくれないものがあるんだと思っています」
印象に残っている出来事がある。それは、楠田さんがダンサーとして汀で踊ったときのこと。
「自分のほかにバレエダンサー、ミュージシャン2人の4人で、偶発的に起きるなにかを形にしてみようというイベントがあって」
濱部さんたちと話し合い、設けたテーマは「風」。
目に見えないものをどう捉えるか、ということをテーマに、ホール全体に風をモチーフにした装飾を施した。
風を捉える、天井からぶら下がる布に、ホールで起こる風をリアルタイムで視覚化していく映像のもと、楠田さんともう1人のダンサーが舞っていく。
ホールでじっと見ていた子どもが楠田さんに近づき、そのまま一緒に踊る場面も。
「演劇とかアートって、特別な場所に観にいくもの、と思われているけれど、僕は日常で起こっていることが場に集約されているだけ、と思っているんですね。レストランでこういうイベントをできたってことには、すごく大きな意味があって」
「演劇をしていても味わえなかった刺激みたいなものを味わえました。ただ、自由度が高いがゆえに、わからなさもすごくて(笑)。まだ消化はしきれてないんですけど」
このとき提供された食事は、神戸の風を受けて育った牛の料理や風の力で乾燥させた料理など、風からヒントを得て考案されたもの。
「料理人も表現者として、イベントのコンセプトを料理で表現する」というのが、汀で大切にしていること。
虫をモチーフにアクセサリーをつくるブランドのレセプションパーティーを開いたときには、虫の食性や生態からアイデアを得た料理をつくったことも。
コンセプチュアルな食事に惹かれてやってくるお客さんもいるだろうし、虫やダンスのことに詳しくない人でも、食を入り口として、知らずしらずに新しい世界に巻き込まれていくような体験ができると思う。
それに、料理人として、ほかの人のアイデアから刺激を受けつつ、新しい料理のあり方にどんどん出会っていけるのは、表現者として楽しいだろうな。
つい最近、アルバイトから正社員となり汀で働き続けることを決めた楠田さん。
新しく加わる人は、楠田さんや濱部さんとともに汀の食を考えていくことになる。
食材や場に込められた物語を、どうやって表現していけるだろう。汀に寄せられるさまざまな相談をもとに、一つひとつ考えていくことに面白さを見出せるといいと思う。
楠田さんは、どんな人と働きたいですか?
「わからないことを一緒になって楽しめる人ですね。わかんないから避けるじゃなくて、わかんないけどやってみる。結果よりも道のりを楽しめる人」
「汀自体も、どうなっていくかわからない場所だから(笑)。いわゆる料理屋さんではないし、咲くまでどんな色の花かわからない。そういうところに魅力を感じてもらえるとうれしいです」
実は楠田さん、人と共同作業をするのは「めちゃくちゃ苦手」なんだとか。全部自分でやったほうが楽だと感じるタイプなんだそう。
それでもここでなにかをつくろうと思うのって、どうしてですか?
「一人だと見えない景色があるっていうのを、ダンスや演劇を通じて痛感していて。人となにかをつくることを諦めずに、今後もやり続けたいなと思います」
一緒につくることを、諦めない。
「そうですね。あと料理も正直… すごくしんどくて(笑)。僕のレベルなんかでしんどいとか言ったらあかんなと思うんですけど、仕込みは毎日ありますし、地道にどれだけ頑張ったものでも、一皿1000円とか。価値の見えにくい世界だなって感じてます」
「でも… なんだか頑張りたいなって思うんです。諦めたくない。なんでそんなに料理に惹きつけられるかはわからないんですけど… わからないからこそ、惹かれるのかもしれないですね」
濱部さんは、これから汀にテラスをつくって、街との境界線を融かしていきたいとも話していました。
食べることと表現すること。提案する側と、受け取る側。インプットとアウトプットの繰り返しで、この汀という場所は少しずつ形づくられてきたのだと思います。
楽しい予感のする場所、汀。なにか惹かれるものがあれば、ぜひ一歩を踏み出してほしいです。
(2023/1/26 取材、2023/7/7 更新 阿部夏海)
※取材時はマスクを外していただきました。