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部活やテスト。
高校生って、競争を求められる機会が多いように感じます。
競争に勝ち抜くために試行錯誤することで成長する。生きるうえで大切な軸だけど、それだけでは息苦しいこともある。
公園でくつろいでいるおじさんに息抜きの方法を教わったり、友だちと遊ぶことで協調性を学んだり、ひとりで買い物してお金の価値を知ったり。
日々の暮らしから学ぶことってたくさんあると思います。
緑泉寮で働く人たちも、日常の中で丁寧に見守る人たちです。
舞台は、新潟県の東部に位置する阿賀町(あがまち)。
一級河川の阿賀野川が流れ、夏にはカヌーや渓流釣り、冬にはスキーを楽しむことができます。
町唯一の高校が、県立阿賀黎明高等学校。ボート部は全国大会に出場するほどの強豪校です。
町の人口減少に伴い生徒数も減少。阿賀町教育委員会は2016年に公営塾「黎明学舎」を設置し、高校魅力化プロジェクトを始めました。
高校魅力化プロジェクトは、日本全国の中山間地域や離島など、人口減少によって存続の危機にある高校を維持・発展させるための取り組みです。
プロジェクトの一つが学生寮の設置。今回は、2年前から阿賀町に設置された「緑泉寮」で働くハウスマスターを募集します。
朝ご飯をつくったり、生徒の送迎をしたり。生徒と一緒に寮のルールを考えるなど、寮生の生活をサポートしていきます。
新潟駅からJR信越本線に乗ってまずは新津駅へ。
そこで磐越西線に乗り換えて、さらに県内を東へ移動する。
郡山までつながっている電車は市街を抜けて山あいへ入っていく。
「あ!」
思わず声が出たのは、阿賀野川が見えたから。
雨が降っていたせいか川の水は少し濁っていて、ゆったり流れる川を見ていると落ち着いた気持ちになる。
1時間ほどで津川駅に到着。
無人駅の駅舎を出るとお迎えの車が待っている。
曲がりくねった坂道の途中に、コテージのような建物を見つけた。
ここが緑泉寮。温泉施設の一部を活用して運営されている。
まずは、寮長を務める西田さんに話を聞く。
真っ赤なポロシャツがよく似合う明るい方。
大学在学中に「まきどき村」という参加型の畑づくり活動を立ち上げ、その後「ツルハシブックス」という本屋を営んできた西田さん。
ただ本を売るのではなく、若者がいろいろな価値観に触れ、偶然が生まれる場所を目指した。
西田さんの活動に共通しているのは、フラットな学び。
たとえば畑づくりや本を通じての対話があることで、肩書きや立場に関係なく対等になれると考えた。
その後、ツルハシブックスの運営を後輩に任せ、茨城で大学職員を3年ほどして退職し、古本を売りながら全国を放浪。たまたま島根県松江市を訪れ、しまね教育の日フォーラムに参加し、「高校魅力化」のことを知る。
新潟でも取り組んでいる地域があることを知った西田さん。
高校魅力化には答えがない。だからこそ、それぞれの地域が正解を見つける必要がある。その過程に魅力を感じ、4年前に阿賀町にやってきた。
「はじめは公営塾の二代目塾長として入りました。高校魅力化プロジェクトは、高校をいかに魅力的にするかがミッションで、それを町の人たちや高校生も含めて試行錯誤していくことが大切。答えがないからこそフラットに対話ができる」
「いろんな場所を視察しに行って、公営塾だけやっていてもダメだなって感じたんですね。地域外からの生徒を受け入れる学生寮の存在も欠かせないと思うようになりました」
そこで2021年に出来上がったのが、温泉施設の一部を利用してつくられた「緑泉寮」。
西田さんはNPO法人かわみなとを立ち上げ、町から委託を受けて緑泉寮と隣接する温泉施設、ブックカフェ「風舟」の運営も担っている。
「ここら辺の地域は、江戸時代に会津藩の拠点となる河港として栄えた町なんです。津川の港まで船で来たあとに、積荷をおろして会津まで陸送していたそうで、たくさんの人でにぎわっていました」
港には多くの人が集まり、情報やものが交わされ、偶発的に何かが生まれやすい。
「そういう人が出会い、旅立っていく場所で、魅力化プロジェクトをできていることが楽しくて」
また、阿賀町は四季の移ろいがはっきりしている場所でもある。
「この町の冬は、雪が多く降るんですね。積もった雪が春になって溶けて植物が芽吹く。季節が循環しているんです」
町にはキイチゴやクルミの木も生えていて、町の人のおやつ代わり。野うさぎや猿といった野生の動物を見かけることも多い。
「頭で考える前に、体感できることが多い。それはこの町だからこそできる経験だと思います」
学校教育ではテストの成績など、数値目標を達成することが求められやすい。
西田さんがここで実現したい高校魅力化は、一つの基準に限らず変容を受けとめられる場をつくっていくこと。
どんなふうに寮を運営しているんだろう。
教えてくれたのは、ハウスマスターの平原理紗子さん。
緑泉寮の立ち上げから関わっていて、みんなからは「りーこさん」の愛称で呼ばれている。
「はじめは決めることもたくさんあったので、寮生とも毎日話し合いたかったんですね。でも彼らにとっては、自分の時間を割かれちゃうみたいな気持ちもあって。思うように人数が集まらない日もありました」
「1年目は目の前のことに必死で、結構しんどいことも多かったです」
手探りではじめた寮の運営。
どんなルールが必要なのか。どうすれば生徒が主体的に話し合いに参加したいと思ってくれるのか。ときにはぶつかることもありながら、試行錯誤していく。
「万人にとって居心地がいい場所って多分なくて。だから一人ひとりが自分にとってちょうどいいもの見つけていく。そんな過程を通じて、一緒に探していくことが大切だと思うようになりました」
一緒に探す。
「たとえば」と言って教えてくれたのは、送り迎えのルール。緑泉寮から車で10分ほど坂を下ると、町や高校がある。
寮と高校をつなぐスクールバスは定期便で運行していたけれど、部活で帰りが遅くなったり、土日に町へ出かけたりしたい場合は、ハウスマスターが送迎する必要があった。
「1年目は人数も少なかったのでルールがなくても回っていたんですけど、2年目になると人数も増えてきて。本当はすべて対応したいけど、ほかの仕事もあるとむずかしい」
「スタッフによって対応が違うのも不平等になりかねないので、定期便を設けることにして。そこからも状況に応じて、ルールを調整しています」
ルールだからと言ってしまうのは簡単だけど、それでは押し付けになってしまう。だからルールだけを話すのではなく、その背景や思いも共有する。
たとえば朝の点呼は、みんなの体調チェックをするためにやっている。
ゲーム機の使用は自由だけど、夜は静かに寝たい人もいるからテレビゲームに限って22時までにした。
携帯も自由に使っていいけれど、きちんと睡眠時間が確保できるようにwifi利用は23時まで。
一つひとつ過程を共有して、寮生との関係を築いていく。
現在、寮生は18名。
朝ごはんをつくったり、学校への送り迎えをしたり。エアコンが故障すれば修理を頼んだり、学校の先生と寮生の体調について情報共有したり。地域行事に参加するとなれば、地域の人とも交流する。
それらの業務を、5人のハウスマスターが朝番と夜番の二交代制でサポートしている。
「毎日変化があって面白いですよ」
「普段は少しそっけないけど、今日は『おはよう』が聞けたとか。自分本位だった子が、いつの間にかきちんとお礼を伝えられるようになっているとか」
この空間で一緒にいるからこそ、共有できるものがある。
「ここで働いていると年齢ではなく、緑泉寮何年目って話ができるんですね。ちょうどこのあいだ、17歳の3年生と28歳のわたしが『1年目のときはさ』ってことをゆっくり話したんです」
話し合いで意見がぶつかったこと、はじめて後輩がやってきた日のこと、ちょっと寄り道したときのこと、当時はお互い言えなかったことも。
「そのときに、ずっと寮生の横に居続ける良さを感じました」
寮生の変化に心動かされているのは、さくらさんも同じ。
今年の5月に、ハウスマスターになったばかり。
「寮の子たちが楽しそうにいろいろと教えてくれるんです」
「『りーこさんは朝こうやって起こしてくれるよ』とか、部屋の入り方までモノマネされるとか。そういう話を聞くと、この仕事っていいなって思いますよね」
小学校から高校まで阿賀町で暮らしていたさくらさん。
もっといろいろな景色を見てみたい、多様な価値観に触れてみたいと感じ、大学からは山形へ。
卒業後は山形の高校で英語の教員になり、その後青年海外協力隊に参加して2年間タイへ渡る。さらに帰国後は福島で就労支援の仕事に就いた。
「今まで阿賀町に戻る理由を見つけられなくて。どこかで、ずっと居続けたい町っていうのを探している自分もいました」
「いろんな場所で過ごすことで、すてきな町や人にもたくさん出会って。探すんじゃなくて、自分がつくればいいんだって思うようになったんです」
さくらさんが思い描く町というのは、どんな町なんでしょうか。
「地元の人も移住してきた人も、程よい距離感でいられる町かな」
「地域外から寮生を受け入れているように、外部の人がたくさん出入りして、いろいろな価値観に触れられる、自分の居場所がいっぱいある。そういう町になったら良いなって思っています」
取材を終えた夜、再び食堂へ向かうとなんだか賑やかな様子。
生徒と話しているさくらさんに聞いてみる。
「食器を洗おうとしたら、食べ終えた後の食器がきちんと並んでいて。寮生の子が気づいて並べてくれたんです」
「普段は食べ残したまま置いてあることも多いし、整理しやすいように貼り紙をしてもあまり効果がなかったんです。だからうれしいな〜、泣きそうです。働いていると、こういうのがあるんですよ」
毎日一緒に過ごすので、ときにはぶつかることもあると思う。
でもこうやって、ふとした生徒の変化に気づいたときはやっぱりうれしい。
いろいろと感じることが多い環境だと思います。
(2023/07/18 取材 杉本丞)