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藩主の末裔が営む宿で
種を蒔き花を咲かせる

福岡県柳川市。

ここに「柳川藩主立花邸 御花」という料亭旅館があります。

300年以上前、柳川藩主だった立花家の5代目藩主が、家族との時間を楽しむため、柳川城の一部を移築したことから始まった御花の歴史。

その広さは7000坪。その後立花家は伯爵家となり、明治時代に建てられた洋館と和館、日本庭園である「松濤園(しょうとうえん)」は当時の姿のまま残され、今では国の名勝となっています。

第二次世界大戦後に料亭旅館になり、今は4代目。大切に守られてきた文化財を残すため、新たな発想で100年先まで残っていくよう種を蒔いている人たちがいます。

今回は、そんな宿のホスピタリティメンバーと料理人を募集します。訪れる人たちの心の拠りどころとなる。そんなおもてなしをする仕事です。

 

東京から福岡へ飛行機で約2時間。

地下鉄で天神駅へ移動し、西鉄電車に乗り換える。特急で1時間ほど揺られて着いたのは柳川駅。「御花前」のバス停には、バスで10分ほどで到着する。

目の前には川… ではなく堀が。河川から水を引いたり、雨水を貯めたりするために掘られたもの。全長930キロもあるらしい。

平日だけれど、家族連れや海外からの人で賑わっている。

小道を進んですぐ現れたのは西洋館。ここが御花の入り口。

西洋館を左に進むと、大きな建物が見える。新緑の葉と暖簾が揺れている。「松濤館」と呼ばれる、宿泊棟だ。

中に入ると、豪華なラウンジ。西洋館、大広間、料亭とつながっている。

料亭の個室は、実際にお殿さまが生活していた部屋。今回は書斎だった部屋に案内してもらい、話を聞くことに。

まず初めに話してくれたのが、代表の立花さん。立花家としては18代目、料亭旅館になってからは4代目になる方。

「柳川の川下りは、祖父が戦争から帰ってきたときに、ご近所さんが船で宴会を開いてくれたのが始まりなんです」

いつの時代も、柳川のために力を尽くしてきた立花家。地元の人たちの声に耳を傾け、この土地で信頼と歴史を築いてきた。

そんな御花が料亭旅館になったのは、およそ75年前。立花さんの祖父母の代でのこと。

「祖母は立花家の伯爵の娘として育って、お姫さまって言われてきた人なんです。子どもが6人いても、使用人を置かずに自分で家事をするような人でした」

「戦後、お屋敷は残ったけれど財産は無くなって。生きるために料亭旅館を始めました。口ぐせは『なんとかなるわよ』で。でもそれって『私がなんとかする』っていう意味だったんでしょうね」

幼いころから祖母の背中を見てきた立花さん。父の代になり、日本は高度経済成長に入る。

「観光もバブルの時代で、毎日運動会みたいでしたね。当時はうなぎを食べに来る人たちがほとんどで。いそがしくてお客さまのことは全然覚えていないくらいでした。人はたくさん来てお金は落ちるけど、心に残らない。そんな状況だったんです」

「でも、そんな時代でしたから、商売としては正しかったんだと思います」

一度県外へ進学し、就職。帰ってきて家業を手伝うようになったとき、違和感を感じるように。

「外回りで名刺交換すると『うなぎ屋さんね』って言われることもあって。なんか違うなって感じていたんですけど、確信がなくて。御花って何だろう、と考える余裕もなかったんだと思います」

「そんな危機感を持っていたころ、コロナ禍が来て。2ヶ月営業をストップすることになったんです。もうダメかなと正直思いました」

「そのときに祖母の口ぐせを思い出して。あんな激動の時代を生き抜いたことに比べたら、自分はまだまだやりきれてないなって」

休業の時間は、「御花とは何か」をじっくり考える良い機会になった。スタッフみんなで「御花」のあり方について考えたり、ビジョンをつくったり。

そこで気づいたことは、御花が古くから柳川に住む人たちを守り、頼られてきたこと。そして歴史と同時に紡がれてきた物語はたくさんあるということ。

それによって「永遠の心のよりどころ」というミッションが明確になった。

「私たちは、お客さまになくならないってことを約束しているんです」

「ここで結婚式を挙げられる方のなかには、ご両親も挙げたからって方もいて。立花家の歴史がずっと続いてきたように、誰かの家族の歴史も繋いでいきたい」

その想いで新たに御花にある文化財を活用した活動が始まっている。

たとえば、100畳ある大広間。以前から結婚式の会場として使われていたけれど、古くは能舞台の場だった。能を復活させたり、隣町の提灯作家とコラボして「奇怪夜行」というイベントを開催したり。

御花でできることを形にしていく。

松濤館は今年の3月に外装の修繕を終えたばかり。この夏には内装の改修工事が始まり、2025年1月にリニューアルオープンする予定だ。

「御花の歴史は300年以上も前からここにあり続け、受け継がれてきたもの。最大限に活用しながら100年後に残していかなくてはならないという使命感があります」

「御花の次の100年をつくりたい、そう想ってくれる方が来てくれるとうれしいです」

 

「御花ってカテゴリ化できないんですよね。ただの料亭でも旅館でもない、御花は御花なんです」

そう話すのは入社5年目、マーケティング担当の金原さん。京都出身で、以前は大手のマーケティング会社に勤めていた。

「幼いころ、父が美術館によく連れて行ってくれたんです。巡るうちに、京都の歴史や文化財にたくさん触れることができて。それを残したいと思って、まちづくりに関わる大学に入りました」

学生時代は、町家や西陣織をライトアップして本来の美しさを知ってもらうイベントを企画するなど、文化財を活かしたまちづくりに取り組んだ金原さん。一方で、学生として活動し続けることに限界を感じた。

「文化財が負債になってしまうのを目の当たりにしたんです」

「維持していくには何億円ものお金が必要で。残したくても個人の力では難しい。所有者が亡くなってしまったあと、駐車場になる光景を見て、すごく悔しかったんです」

年々増えていく登録文化財の管理は、行政が担うことも多くなってきた。けれど、これまで残してきた人たちの想いや歴史は薄れてしまう。それに危機感と寂しさを感じた金原さん。

はじめは公務員になって文化財を守ろうと考えていたものの、民間の力がそれ以上に必要だと感じ、マーケティング会社に就職。その後、結婚を機に福岡へ。新たに転職先を探しているときに、御花のことを知る。

「旧大名家の末裔が、自らの邸宅を使って料亭旅館を営み続けているという事例はほかにないんです。なので、御花にはまだ光があるって」

御花がこの先も残り続けていくために、マーケティングの力で支えたい。そう感じて入社。ちょうどコロナ禍がはじまる直前だった。

「2ヶ月の休業に入ったので、正直クビになるんじゃないかと思いました(笑)。でもできることはやりたい。なので、御花のスタッフみんなにプレゼンさせてください!って、考えた企画を聞いてもらいました」

それが「お舟で朝食プラン」。

川下りをしながら御花の料亭でつくられた朝ごはんを楽しむというもの。

「モーニングとか、朝の時間って宿泊しないと味わえないですよね。泊まって帰る日の朝に特別な体験を用意することで、印象にも残る。朝のコンテンツ開発を進める必要があると思ってつくりました」

同時にホームページやSNSのデザインも一新。御花にしかない魅力を磨いて見せることで、訪れるお客さんも増加。

もともと御花のことを知っていた人も、そうでなかった人も。ほかでは体験できない珍しさから、反響は大きかった。

「反応があるまで、スタッフも疑心暗鬼で。『本当にうまくいくの?』って。でもお客さまが増えるにつれて、スタッフもだんだんと乗り気になってくれました」

「今でも意見がぶつかり合うこともありますよ(笑)。でも、みんな御花が大好きなんです」

舟も、夏は近隣の花火屋さんと協力して手持ち花火ができるようにしたり、秋はお月見を楽しめるようにしたり。四季に合わせたプランにアップデートした。

最近は海外からのお客さんのほか、御花に価値を感じた企業が国内外から視察に来たり、海外での商談会にも積極的に参加したりしている。今回加わる人も語学力があると活かす機会はたくさんあると思う。

御花で働くスタッフは70人ほど。何十年と働く地元の人もいれば、金原さんのように県外から転職してきた人もいる。

年次や役職などの垣根を越えてアイデアを出せるのも御花の在り方。これから加わる人も、担当業務以外でも気づいたことがあれば、言ってみてほしい。

「御花には歴史がいっぱいある。その宝物たちを磨いて、新たな価値を生み出すことができる場所ですね」

戦争や高度経済成長、そしてコロナ禍。さまざまな時代を乗り越えて受け継がれてきたのは、立派な建築物だけではなく、ここで働く人たちの想い。

ホスピタリティメンバーは、お客さんと接する時間が多いため、その気持ちが一番伝わりやすいと思う。

 

「以前、ここから虹が見えたんです。春になるとツツジが咲いたり、シベリアから鴨が飛んできたり。365日いても飽きないですね」

そう話すのは、ホスピタリティメンバーのリーダー、鳥居さん。御花で働いて15年目になる。

庭園に面した建物の2階から松濤園を覗いてみる。見晴らしが良くて気持ちいい。

そのまま案内してもらいながら話を聞く。

埼玉出身で、以前は大手の家電量販店で接客をしていた鳥居さん。

宿泊部門に入社したものの、一時は料亭のサービスなども経験した。

「この大広間は、宿泊のお客さまに夜間開放していて。ゆったり過ごすこともできるんです。結婚式の会場になると使えなくなってしまうので、先にご案内することもありますよ」

年に3回ほどスタッフ全員が集まり、数ヶ月の振り返りやこれからの目標を話し合う社内研修「OHANAISM」。

最近では、ホスピタリティチームと鳥居さん個人のそれぞれがMVPをもらったんだそう。

「自分では自然としていたことなので驚きました。受賞したときに、どういう気持ちで働いているんだろうって、改めて言語化してみたんです」

「私たちの仕事は、お客さまに喜んでいただくことが一番だけど、それはどのホテルも一緒。じゃあ何ができるかって考えると、御花をもっと楽しんで、好きになってもらう。御花でしかできない仕事を突き詰めながら働いているんだって思いました」

御花の歴史も風景もたくさん知っているけれど、一度立ち止まって、考えてみる。

鳥居さんの姿を見ていると、日々の変化を楽しむ新鮮な眼差しが伝わってくる。

「ホームページには西洋館とか大広間とか、昼間の写真が載っているので、月の満ち欠けとか調べたりして、どこから見ると綺麗なんだろうって、眺めているんです。そんなふうに空を見るのと、それをお客さまに話す時間が好きですね」

「御花での一瞬一瞬を楽しんでもらえたらうれしいです」

 

御花がここで咲き続けているのは、日常にある発見の種を日々蒔いているから。

大きな危機もささやかな幸せも。長い歴史がぎゅっと詰め込まれた御花の建物。

一瞬一瞬の気づきが、次の100年をつくっていくのだと思います。

(2024/04/05 取材 大津恵理子)

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