標高3000メートル級の山が連なる立山連峰。そこから流れる水は、自然の栄養をたっぷりともらって水深約1000メートルの富山湾へ流れる。
集まる魚介類の多さから、「天然のいけす」と呼ばれています。
今回の舞台は、富山湾の南西に位置する南砺(なんと)市・井波。
まちの信仰の源、瑞泉寺が200年前に大火災で消失。その再建のために京都の東本願寺から、御用彫刻師の前川三四郎がやってきました。
そのたった一人の技術がまちの人々に伝わり、現在は200人もの彫刻師が活躍する日本一の木彫りのまちになっています。
美しい木彫刻が施された瑞泉寺を後ろに、八日町通りにつづく町家。
今回の舞台はその路地奥にひっそりと佇むレストランです。
2019年にオープンしたレストラン「nomi(ノミ)」。ここで料理人と調理補助兼サービススタッフを募集します。
店長が今年の10月に会社を離れることになり、現在は休業中。これからリニューアル予定です。
新たなコンセプトを考えてもいいし、これまでのお店の考え方をつないでいってもいい。ゆくゆくはお店を受け継ぐこともできます。
豊かな自然に囲まれ、木彫りの伝統が息づくこの土地で、新たな食文化をつくってみたいと思う人にはぴったりだと思います。
東京から新幹線で約3時間。金沢の一歩手前、新高岡駅に到着する。そこからはお迎えの車に乗って田んぼが広がる道を進んでいく。
30分ほど経つと町家が並ぶ通りに入る。
京都のような佇まい、ただ観光地のようにたくさんの人がいるわけではない。不思議な空気だ。
到着したのは、2016年にオープンした宿「Bed and Craft」のチェックインラウンジ。町家づくりで間口が狭く、入口の奥に飾られている木彫りの作品は凛としている。
「Bed and Craft」のコンセプトは、職人に弟子入りできる宿。空き家を改修した一日1組限定の一棟貸しのスタイルで、宿泊者は井波の職人に木彫刻を教わるワークショップにも参加することができる。
トントン、カンカン。建物の奥のほうから、木を打つ音が聞こえてくる。
ラウンジから続く通路の先には木彫刻作家さんの工房があって、職人さんが「こんにちは」とひょっこり挨拶してくれた。
レストラン「nomi」があるのは、エントランスから建物の反対側の通りへと抜ける通路の途中。表の道路からは少し奥まった位置にあるので、通りすがりでは見つけにくい。
「レストランをこの場所にしたのは、泊まりに来た人が地元のお店に紛れ込んだ感覚をつくりたくて。ここならではのご飯を食べたり、お酒を飲んだりしている隣で、職人さんが腕をふるっているっておもしろいと思うんです」
「Bed and Craft」を運営している株式会社コラレアルチザンジャパン代表の山川さんが教えてくれた。
「セレンディピティ、つまりは偶発的な出会いが生まれる場所でありたくて」
「地元の人たちは、ハレの日に来てくれるんです。普段、割烹着を着て歩いているおばあちゃんが、口紅をつけておしゃれして来てくれる。うれしいですよ」
地元の人からすると、ちょっと背伸びして行きたくなるようなお店。外から来る人にとっては、井波の文化を身近に感じられるお店になっている。
そもそもこの宿は、どんな経緯でつくられたのだろう。
もともと富山市出身の山川さん。井波という土地は知っていたそう。大学を卒業すると、建築家として東京へ就職。その後は中国・上海でデザイン会社を起業した。
井波へ来るきっかけとなったのは、日本での拠点を探していたときのこと。
「思い浮かんだのが井波で。訪れると、至るところに工房があって職人さんが身近な存在なんです。ものづくりをするならここだなって」
「家を建てるときとか、彫刻家の方に『ドアハンドルはこんな風につくりたい』って直接お願いすることができる。それが建築物に入ると、唯一無二の空間が出来上がるんです。自由にものづくりがしやすい場所だと思いました」
職人のいるまちとしては知られているけれど、近隣にある金沢や白川郷などに観光客は流れてしまう。
歴史ある井波彫刻の魅力をもっと伝えたい。そう感じた山川さん。
「宿ができたらいろんな工房巡りをしたり、職人と話をしたりする時間が持てるようになる。『この人の作品が欲しい』って、職人さんのファンも現れてくるんじゃないかって思ったんです」
この人がいるから訪れる。それは、つくり手としてうれしいこと。
レストランで働く人にもそれを味わってほしい。
レストランをともに運営していくコラレアルチザンジャパンのメンバーは建築家の山川さんをはじめ、彫刻家や陶芸家、フォトグラファーなどさまざまな技術を持った専門家たち。
レストランでつくる料理に加えて空間も一緒につくりあげていく。
井波や周辺の地域のうまみがギュッと詰まった場所は、訪れる人にとって記憶に残る体験だと思う。
「nomi」でつくられていた料理は、井波彫刻の端材を使った燻製料理。
彫刻の過程で出てしまう木くずを活かすことで、廃棄も減らせるし、ここにしかない料理を提供することができる。
扱う食材は、富山湾で採れるブリやホタルイカなどの魚介類、井波が名産の里芋など。ほかにも山菜やジビエなど、豊富な資源を活かしてきた。
「井波は彫刻の文化だけでなく、豊かな食材も集まりやすい土地なんです」
「野菜は、ログログファームといって南砺市内で農薬や化学肥料をできるだけ使わずに、人と環境に配慮した農業をおこなっている坂井さんご夫婦から仕入れています。もう4年のつながりです」
自家製の米ぬか発酵肥料を使用して採れる野菜は、ワンシーズンに20から30品目ほど。
四季折々の食材にはどんな特徴があるのか。坂井さんたちの畑へ足を運んで、聞いたり味わったりするといい味付けや調理方法が思い浮かぶかもしれない。
また、料理を載せるお皿やカトラリーは職人さんの手づくり。
職人さんに習いながら、お店のコンセプトに合った食器をつくることもできるし、欠けたり、割れたりしたときは、すぐにメンテナンスしてもらえる。
職人さんにとっても訪れる人にとっても、そして料理をつくる人も。お互いの顔が見えることで、仕事に手応えを感じられたり、滞在する時間がより豊かになったりする。
このまちに関わるつくり手たちの想いを、一皿にして表現できるのは料理だからこそ。
今回はここで働く料理人を募集する。
今は店長不在で休業中とのこと。新しく入る人と一緒に、いいリスタートを切りたい。
「これまでのように燻製を活かしてもいいし、コンセプトを変えてもいいと思っています。大切にしてほしいのは、井波に住む人や郷土をリスペクトすること」
「そしてこの場所は、いろんなつくり手さんが思いを交わす場所でもあって。夜な夜な語り合うこともあったんです。そういう場が井波にはまだ少ないので復活させたいし、これからもそうあってほしい」
まちには、土地の素材を活かしたお店が出来始めている。せっかく同じ土地に集まったのだから、手を取りあってどんどんおもしろい化学反応を起こしたい。
「せっかくなのでまちを歩きましょうか」
山川さんに誘われて、外を歩いてみることに。
宿の周辺には、職人さんの工房のほか、最近できたコーヒーロースタリーやパン屋さん、近くにはブリュワリーもある。
朝はパンとコーヒーを買って食べたり、夜は周辺の地域でとれる原料を使ったクラフトビールを飲みながらまったり過ごしたり。
コンパクトなエリアに個性的なお店が点在しているので、行き来もしやすいし、何日か滞在すると行きつけのお店も簡単にできる。
若手の起業家支援や地域の課題解決に取り組む「ジソウラボ」という団体も運営している山川さん。
その背景には、まちでチャレンジする人を増やしていきたいという想いがある。
「前川三四郎のような文化の源泉をつくることが大切だと思っていて。『つくる人をつくる』みたいな。外部からやってくる人材を支援して、井波の次の100年の文化を築いていけたらなと感じています」
レストランに対しても、ただお店を運営するのではなく、新たな文化を生み出していく拠点にしたいと考えている。
「ゆくゆくはお店を引き継いでいただきたい。ただ、何十年も同じ場所に留まるような縛りをつくることはしたくなくて。井波の新たな食文化の源泉になって、どんどん次に受け継いでいってくれたらうれしいです」
文化の源泉の一つとして紹介してくれたのが、クラフトビールの醸造・販売を行うNAT.BREW(ナットブリュー)。
工房にはタップルームが併設されているので、できたてのビールをすぐに飲むことができる。
コンセプトは、「土着醸造」。
隣町で採れた干し柿を使用したビールや、山で間伐したときに出る端材を使ったクロモジのビール。ジソウラボの支援によってオープンしたコーヒーロースタリーとのコラボビールもつくったのだとか。
移住してきて、お店をはじめている先輩が身近にいるのは心強い。お店同士のつながりは、レストランを運営していくなかでもきっといろんな可能性を広げてくれると思う。
「『nomi』では『Bed and Craft』で提供する朝食もつくっていて。今出しているのは東京からUターンで来たパン屋さんのパンも一緒に提供していて。そんなつながりもこれから続けていきたいし、新しい朝食メニューの開発もしていってほしいです」
「つながりのある生産者さんたちを紹介しますし、まだ出会ったことがないつくり手とか食材をどんどん探していけるような、バイタリティのある人が来てくれたらうれしいです」
「レストランの料理人として働いてくれる人には、年に1度、5万円の旅行補助があって。井波に留まらず、いろんな体験をしに外に出かけることも楽しんでもらいたいです」
新たにやって来る人への土壌もつくりつつ、静かに見守ってくれる地元の人たちの居心地も考えている山川さん。
「プライベートエリアをパブリックに変えることを大切にしていて。まちにある余白をイベントスペースにしたり、休憩できるベンチを置いてみたり。お店が開いていない時間でも使えるような場所をつくっていきたいです」
まちを歩いていていると、地元のお店の人や通りすがりのご近所さんに声をかけたり声をかけられたりしている山川さん。
このまちのことをリスペクトし、丁寧に形にする。そんな場所がまちに増えていくと地元の人もうれしいし、安心して応援してくれるんだろうな。
しんとした静かな通りに、一歩足を踏み入れると、トントントンと木を打つ音と漂うおいしそうな匂い。
ドアを開けると、頬を赤らめて料理を味わうお客さんでにぎわっている。
仕事を終えた職人たちも加わって、それぞれつくった作品を語り合う。
未来を想像する時間が楽しい場所になると思います。
(2023/10/6 取材 大津恵理子)