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昼間はきっちり
休みは海へふらっと
島の公務員の日常

※日本仕事百貨での募集は終了いたしました。再度募集されたときにお知らせをご希望の方は、ページ下部よりご登録ください。

真っ白な砂浜、ミルキーブルーの海。うしろには断崖の白壁。

約7kmもある羽伏浦(はぶしうら)海岸を訪れたとき、自然の壮大さと静けさに身を委ね、ぼーっと海を眺めていました。

今回の舞台は、東京・新島村です。

新島と式根島の2島からなり、人口は2500人ほど。

羽伏浦海岸があるのは新島で、砂浜が真っ白なのは、石英を多く含んでいるから。手にとってみると、透明でキラキラしています。

また、世界大会が開かれるほどのサーフィンのメッカでもあります。

今回は、新島村役場の職員を募集します。

総務、財政、福祉など、数年ごとにジョブローテーションしながら働きます。配属先は入ったあとに決まりますが、はじめは新島の本庁舎からスタートすることになる予定。

ゴリゴリに自分の意見を主張するよりも、まわりの意見を聞きながら、フットワーク軽く行動できる人が良さそうです。

 

深夜22時ごろ、竹芝桟橋から新島ヘ向かう船に乗る。

夜景を眺めるために甲板にあがると風が冷たい。

レインボーブリッジの下を通り抜けたぐらいで客室に戻り、2段ベッドの下段で眠りについた。

朝の8時ごろ、新島港に到着。

海沿いをのんびり歩きながら役場を目指す。大きな岩山の先には隣の利島が見えて、近くに目を向けると、モアイ像?

島中でよく見かけるこの像は、「モヤイ」像と呼ばれるそう。渋谷の待ち合わせスポットで知られているモヤイ像も、実は新島から贈られたもの。

「モヤイ」には、新島の言葉で「力を合わせる」という意味があるそうで、その言葉にかけて名付けられたのだとか。

原料に使われているのは、新島で産出される「抗火石(コーガ石)」。世界的にとても珍しいもので、伊豆諸島付近以外ではイタリアでしか採掘できない。

軽くて持ち運びもしやすいし、加工も簡単にできるため、島のあちこちにいろいろな形のモヤイ像が生まれていった。

南国の島にイメージされるようなジャングル感はあまりなく、ここでは素朴でのんびりした時間が流れている。

25分ほど歩くと、ようやく新島村役場が見えてきた。

まずは、総務課課長の北村さんに話を聞いていく。

「いまは村長が新しく変わって、いろいろとバタバタしていますね。しっかりしなくては、という気持ちで日々やっております」

新島で生まれ、高校まで島で暮らしていた北村さん。大学は静岡へ。

「遊んでばかりいたので、あまり授業も受けず、結局中退したんです。そのあと東京に出て、バイトしながら生活していました。人材派遣会社に入って、工事現場に行ったり、清掃の仕事をしたり。最終的には、派遣先のクロス張りの会社に雇ってもらって」

「でも、このままの生活でも先が見えないというか。やっぱり島に帰って働きたいなって気持ちがありました」

たまたま新島村役場の採用試験があることを知人から教えてもらい、試験に合格。島に戻ってきた。

「なんだかんだ言ってもまだ20代前半で、仕事よりも遊んでいるほうが楽しかった。サーフィンしたり、野球したり。いまは逆転していますけど、当時は新島をどうしようかなんて気持ちは、ほんの少ししか持てていなかったです」

「でも、だんだんと仕事をやっていくうちにやる気が芽生えてきた。うるさい先輩もいたけど、よく飲みにも連れていってもらったし、そういう役場の雰囲気も自分に合っていたんだと思います」

今では、役場でかなりのベテラン職員となった北村さん。

村の課題ってどんなところだと思いますか?

「うーん、いろいろあるけど、ここ数年で人口が数百人単位で減ってしまっていて」

「どうしたら島に人を呼び込めるのか、各課が危機感をもって進めているところですね」

たとえば、移住定住事業では、民間団体に委託して、島の魅力をZINEやWebサイトで発信してもらったり、空き家の調査・紹介などをしてもらったり。移住の相談窓口も開設している。

「体験移住したいって希望者の方は多くて、住宅を新たにつくるべきか、空き家を活用したほうがいいか。空き家の活用については、いま村でも調査しているところで、結果が出てきたら方向性も決まってくると思います」

福祉事業では、保育士不足と施設の老朽化が課題に。採用に力を入れつつ、新しい村長のもと方針を固めていく予定だ。

住宅、仕事、子育てなど、移住定住を促進するために必要な課題は山積み。ひとつずつ対策を練って具体的な行動に移そうとしているところ。

「これから少しずつでも良くなれば、と思っています。やっぱり人がいないと、どんどん寂れていくのは目に見えているので。スーパーが一軒なくなっただけでも、寂しいですよ」

北村さんは、島の課題もはっきりと話してくれる。

最初は流れに身を任せて島に戻ってきたけど、いつの間にか、村の将来を自分のことのように考えるように。

等身大で話す姿を見て、こちらも肩肘張らずに話せる。

 

次に話を聞いた前田さんも、北村さんと似た姿勢だと感じた。

入職して5年目、いまは企画財政課で、財政係を務めている。

「村の費用だけでは賄えない事業もあるので、そのために国や都からお金を借り入れるところを担っています。事業を動かすための基盤になるので、責任もありますし、やりがいにもつながっています」

生まれも育ちも新島の前田さん、高校を出て都内の大学へ。

「僕も北村さんと同じで遊んでいましたね(笑)。もともと人見知りだったんですけど、居酒屋のバイトを始めたことで接客業にのめり込んで」

「成人式のとき、島に戻ってきたんです。僕らの代から、今後どんなふうに進んでいきたいのか、一言ずつ発表することになって。冗談のつもりで当時の村長に、「役場に戻ってくるので、そのときはよろしくお願いします」って伝えました」

進路に悩んだこともあったけれど、有言実行する形で、新卒から島に戻り入職。

はじめの配属先は、新島空港消防所だった。

新島には空港もあって、東京の調布飛行場行きの飛行機が出ている。

空港消防所は、航空機事故もしくは空港内の火災発生時などに、消火救難活動をおこなうために設置された部署。

「飛行機が着陸するときには、消防車両に乗って待機して。月1回の訓練では、防火服を着て現場に到着するまでのタイムを測る、みたいな」

「1年目のときは、長崎まで訓練しに行きました。酸素ボンベ背負って走るとか。教官に怒られながら、よくやっていましたね(笑)。本当に消防士さんがやるような、現場での作業が多かったです」

もともと、観光業で島を元気にしようと考えていた前田さん。第一希望の部署に配属とはいかなかったけれど、任命された場所で楽しみながら、責任感をもって働いている。

新しく入る人も、配属先は入職後に決まる。前田さんのように、フットワーク軽く、目の前のことに取り組んでいける人だといいと思う。

「いまの部署もですけど、上下関係はいい意味で感じないですね。プライベートでも飲みに連れていってもらうことがよくあって。北村さんのことも『てんさん』とか『のりさん』とか、あだ名で呼ばせてもらうぐらい、距離は近いのかなって」

島の中心部はコンパクトにまとまっているので、居酒屋で知り合いに会うこともよくある。

「このあいだも自主的に公園でお祭りを開いている人たちがいて。受身すぎず、アクティブな人だといいんじゃないかな」

 

続けて話してくれたのは、出納(すいとう)室で働く井花さん。埼玉県出身で、就職を機に新島へ。今年で4年目になる。

「国や都の補助金だったり、住民の方がつかった水道の使用料とか、ふるさと納税寄付金だったり。そういった歳入を記録して、会計の金額が間違っていないか毎日確認しています」

「間違っちゃいけない仕事だし、数字がピッタリになったときは、うれしいですね。思わず『わっ』って喜んじゃう。今日はこれで終えたぞって感じです」

小さいころから、毎年のように家族で新島にキャンプをしにきていた井花さん。

高校3年生の夏、台風の影響で新島のキャンプ場に取り残されてしまう。

「ほかにもいろんな人がいて。みんなハイスペックだったんです」

世界中でスキューバダイビングの旅をしている二人組の大学生、中学生のときからバックパッカーで一人旅をしている高1の男の子。ほかにもプロサーファーを目指す子や、自分でアクセサリーをつくっている小学生など。

「みんなと話すうちに、自分はまだ何も持てていないなって感じて。何か挑戦するなら新島だと思ってやってきました」

井花さんがここで挑戦したいのは、役場主催のお祭り。コロナ禍前までは開催していて、井花さんも参加していたものの、ここ数年は実施できていない。

「自治体主催のお祭りや運動会って、わたしのなかでは珍しくて。屋台を出して販売するのか、お祭り会場の設営に関わるのか、イベントの内容を考えるのか。携わり方にこだわりはないので、楽しかったお祭りに自分も運営として関わってみたいと思っています」

島に移住してみて、住民の方との距離感はどう感じましたか?

「はじめは監視されているのかなって感じることもあって。たとえば、道を歩いていて車とすれ違ったときに、運転手の方とすごく目が合うんです。しかもひとりだけじゃなくて全員。それはかなりプレッシャーに感じていました」

「でもだんだんと島の人たちと仲良くなっていくと、友だちかどうか確認するために見ているんだなって気づきました」

いまはよく野菜をもらうという。新島で有名なのが、明日葉(アシタバ)。名前の由来は、今日積んでも明日新しい葉が出てくるから。

また、島の土壌は砂地で水はけがいいことから、玉ねぎの栽培も盛んで、辛みが少ないのが特徴。「あめりか芋」と呼ばれる白いさつま芋も、昔から村ならではの食べものとして愛されてきた。

生業としての農家はほとんどおらず、それぞれが家庭栽培を楽しんだものを、お裾分けしてくれるのだとか。

「休みの日は習いごとをしていて。フラダンス、あとはバレーボールと剣道、着付けも習っています」

「やっぱりここでは、誰とも関わらないで生きていくのはむずかしい。そこそこ自分の時間も楽しめて、周りとワイワイするのも楽しめる人だったら、すごく合っていると思います」

 

最後に再び、企画財政課の前田さんに、島の良さについて教えてもらった。

「時間に縛られないところかな。東京にいたときは、何においても時間に追われているというか。電車にしてもバスにしても、決まった時間に動かなきゃいけない、それがすごく気持ちわるいというか、自分は好きじゃなくて」

「島に帰ってくると、時間に追われないし、海もふらっといけるし。そこが自分は好きですね」

ありたい姿は持ちつつ、やり方に固執しない。その時々で目の前のことに取り組んでいく。

疲れたら居酒屋で仲間とワーっと賑わったり、海に行ってボーっと波を眺めたり。

島の時間に身を委ねながら、地域に根ざした仕事をしてみませんか。

(2023/10/31 取材 杉本丞)

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