「周りが困ってしまう行動には必ず原因があります。それを見つけるためにはトライ&エラー。もう、エラーばっかりですけどね。トライ、トライ、トライ。めげずにやっていけば、その人らしく、一緒に、ふつうに暮らせるようになれるんですよ」
北摂杉の子会は、主に自閉症や発達障がいのある人たちの支援をしている社会福祉法人です。
大阪・高槻市を中心に24の拠点を運営。子どもから大人まで、障がいのある人たちが暮らしたり、働いたりするための支援を行っています。
大切にしているのは、利用者それぞれの特性にあわせた支援をすること。
目の前にいる人たちが、どうしたら地域でふつうに暮らしていけるのかを考え、寄り添いながら、活動が広がってきました。
その人がなにに困っているのか、どんなことをうれしいと感じるのかをよく見て、考える。どうしたら安心して、ふつうに暮らしていけるか試していく。
そんな生活支援員として一緒に働く仲間を探しています。
向かうのは、大阪・高槻市。
駅前にある大きな商店街を抜けると、静かな住宅街が広がっている。
北摂杉の子会が運営する作業所やグループホームは、まちのなかに溶け込むように点在している。
運営している場のひとつ「Cafe Be」でコーヒーを飲みながら話を聞かせてもらうのは、常務理事の平野さん。
「今はグループホームや入所施設の統括をしながら、福祉の現場での虐待を防止するための活動もしています。外に出て話すこともあったりするから、あっちもこっちもで。みんなに迷惑かけてるなって感じです」
ニコニコしながら話をしてくれる平野さん。ここで働きはじめたのは25年前のこと。
福祉の道に進むことにしたのは、目指していた学校の先生は倍率が高く、断念したことがきっかけだったそう。
「実習に来てみたらすごくたのしかった。知的障がいのある人たちって、純粋なんですよ。嫌なことは嫌だし、うれしいことはうれしい。そういうのがいいなって思ったんです」
その後、京都の入所施設や作業所で働いたものの“燃え尽きてしまった”という平野さん。
なにがあったんですか。
「利用者に寄り添っているといいつつ、利用者を変えようとしているというか。それはだめ、こうしなさいって。こちらの言う通りになったら『成長したんだ!』みたいな話になっていく。それがなんだか、納得がいかなかったんでしょうね」
一時は福祉の仕事を離れ、トラックの運転手をしていた。
それでもなんだか気になって、時間を見つけては福祉の現場にボランティアとして顔を出していたそう。
そんなとき、以前同じ職場で働いていた人が誘ってくれたのが、北摂杉の子会。
「ここに来たら、利用者の特性を理解するのが大事だよ、それを根拠にして支援するんだよって。本人を変えるんじゃなくて、その人が生きやすいように、いかに周りの環境を変えるかなんだと聞いて、すごく腑に落ちたんです」
「自閉症の方でね、柱におでこをぶつけるようになってしまった人がいて。血が出ても続けてしまう。もう、この方、死んでしまわれるのではないかと思ったことがあったんです。どうするか話し合って、自傷してしまう原因を探るために、記録をとって分析していきました」
どうしておでこをぶつけるのか、その人がどんなことにストレスを感じているのかをよく見て、記録をつけていく。
すると、周りに多くの人がいることが苦手なこと、そして排便のリズムと自傷の頻度に関係があるとわかってきた。
「便秘のときに重なってるよねって。だからしっかり運動して、水分をとって、食生活も変えてみて。人の刺激をできるだけ減らすために、散歩の時間を周りの人とずらしたりして。そうしたら、すごく落ち着かれたんです」
「うまく言葉にできないから、行為で苦しさを表現していただけだったんです。記録のとり方が大事なんだ、それを根拠に環境を変えていけばいいんだということを、利用者さんたちが教えてくれるんですよね」
根拠のある支援をする。
実際に現場で働いている人に話を聞こうと向かったのは、グループホームの「レジデンスなさはら」。
住宅街のなかに立っている平屋で、庭はきれいに整備されていて気持ちがいい。
「お待ちしてました、わかりにくかったですよね」と声をかけてくれたのが、ここで生活支援をして3年目になる鳥本さん。
「お母さんがいうには、小学校のころにクラスにいた発達障がいの子と私がよく関わっていたみたいで。一緒にいることで元気になったらいいな、みたいな気持ちが昔からあったんだと思います」
人を支える仕事をしようと、大学では社会福祉士の資格を取得。実習で訪れたのが、ここ、レジデンスなさはらだった。
「障がいの概念がぐわっと変わりました。なんというか、障がい者ってなんかかわいそうだなって、どこかで思っていたんです。ここでは、かわいそうにしているのは、私たちの社会だって教えてもらって」
「利用者さんにはできることがたくさんあるし、うまく表現できないだけでやりたい意思もある。それをちゃんと見て、本人の強みや好きなことを活かしたら、すごく豊かな生活になるよって。すごくたのしい仕事やなって思って、この仕事をしていくことを決めました」
レジデンスなさはらでは現在、自閉症の人やダウン症の人など、20名の方がくらしている。
日中は作業所で仕事をしていて、ここでは帰ってきてからの睡眠や食事など、生活の基礎になる部分の支援を中心に行っている。
「食事や入浴のお手伝いをしたり、一緒に好きなDVDを見つけたり。土曜日は料理ができる方と一緒にお弁当をつくったり外食したり。行事ごとにパーティーすることもありますよ」
「人に積極的に関わりたい方もいれば、人の刺激が苦手だという方もいます。なるべく姿を見せない支援というのもあって。できることはご自身でやってもらって、本当にできないことだけ、フォローがするようにしているんです」
今は担当の利用者さんを中心に、ここで生活する人たちの支援をしている。
そのうちの1人は、あるときから、ベランダの外にいろいろなものを捨ててしまうという行動が続くようになった。
「最初はお部屋のなかにゴミ箱を置いて、ここに捨ててくださいっていう支援をしたんです。どうやらそれは違って『外に捨てる』ことに意味があったみたいで。それで今度は、外にゴミ箱をつくってみたら、そこに入れてくれるようになって。ほっとしました」
なぜその行動が出るのか、本人の反応をみながら環境を変えてみる。
いろいろ試しながら、ここで共同生活をする上でのルールを伝えていく。
ただその方の場合、ゴミを捨てる場所についての課題は解決できたものの、その後は衣類も同じ場所に投げ捨ててしまうようになったそう。
ひとつ課題を解決したらおわり、というわけではないんですね。
「人間なので1ヶ月後には違ったりして。少しずつ見直して、じゃあこうしてみようって。一人ひとり必要な支援は違って、その人に合わせてやっていく。失敗があたり前というか、何十回、何百回やって1回ハマればいいっていう気持ちでいようねって先輩から教えてもらいました」
支援していくうえで大切なのが、スタッフ同士で方針を統一すること。
スタッフによってやり方や言うことが違うと、利用者も混乱してしまう。
そのためにもスタッフみんなで時間を合わせ、ミーティングをする機会を多くつくっている。
「スタッフごとに考え方や価値観が違うので、意見をあわせるのはまだむずかしいと感じますね。仕事の4割は現場、6割は考えたり話し合っている時間です」
「大変なこともありますが、支援がうまくいったときに、本人がめっちゃ幸せそうな顔をするんですよ。今日は歌を歌ってるとか、うれしそうにしてるとか。めちゃくちゃやりがいのある仕事だと思っています」
最後に向かったのは、入所施設「萩の杜」。
15時まで近くの作業所で活動していた利用者さんたちが帰宅するバスについていくと、住宅街からちょっと山を登ったところに、大きなホテルのような建物が見えてきた。
ここで話を聞いたのは、生活支援を担当している綛谷(かせたに)さん。
奈良から移住して、ここで7年前から働いている方。
お父さんがやっていた輸入雑貨を扱う仕事を手伝ったり、奈良で自分でお店を開いていたこともある。
あるとき、お父さんから「福祉の仕事が向いていると思う」と言われたことを思い出したそう。
「当時はそうは思わなかったんですけど、ふと思い出して。自分自身、もともと耳が聞こえにくくて生きづらさを感じることがあったんですね。そういう自分だからこそ、わかること、できることがあるのかなって思えるようになったんです」
「最初に働いていた施設では10年くらいがむしゃらに働きました。ただ、燃え尽き症候群みたいになってしまって。杉の子会に見学に来て、風通しのよさを感じたんです」
萩の杜では利用者の特性ごとに、4つのグループにわかれて生活している。
現在綛谷さんのチームが担当しているのは、自閉傾向の強い方々13名。
「言葉が通じなかったり、なにがしたいのか要望がわかりにくかったりする方々が多いんです。どうしたら意思を汲み取ることができるのか、日々工夫しながらの支援です」
「ある方がご自宅に帰省して、戻ってきたら、ここでつくっているごはんが食べられなくなってしまって。献立を変えたり、食器をワンプレートにしてみたり、色を変えてみたりしたんですけど全部食べてもらえなくて、どうしようかみんなで悩みました」
いろいろ試してみた結果、コンビニ弁当は食べられることがわかった。
であればと、つくった食事をすべてお弁当箱に詰め替えてみたところ、苦手な野菜まですべて食べてくれたそう。
「多分、視覚的なこだわりがあったんだと思います。意思の疎通がうまくいくことばかりではないので、その人がなにを訴えているのかを、チームで情報交換しながら試していく。けっこうトライ&エラーの繰り返しです。うまくいったときには、やったねって、チームみんなでよろこびます」
「常に、どういう状態になるとこの人の生活が豊かになるだろうか、押し付けになっていないだろうかと考えて、提案している感じですね」
入職したときには、嘱託社員として契約していたという綛谷さん。今年からは正職員として働いている。
なにか気持ちに変化があったんですか。
「この先も続けていけるかどうか、不安だったのかもしれません。自分自身はみんなを引っ張ることは苦手だけれど、フォローすることはできる。それでもいいと言ってもらえるならって、考え方が変わってきたんだと思います」
ここで働きながら、自分が必要とされていることが感じられた。
仕事の話をする綛谷さんは、とても誇らしげに見える。
「もちろんうまくいくことばかりではないですけど。ここでなら、同僚とも認め合いながら、一緒に仕事をしていけるので、やりがいがありますね」
3人とも試行錯誤する日々のことを、笑い飛ばすように話してくれるのが印象的でした。
体力も、根気強さもいる。
それでも目の前にいる人のことを考え試した先に、ふつうに、豊かに暮らせる日々が続いていく。
寄り添いながら、一緒に生きているような仕事なんだと思います。
(2024/10/16 取材 中嶋希実)