戦後の新宿駅西口、1937年パリ万博の日本館の設計など。
日本のモダニズム建築を数多く設計したことで知られる人物、坂倉準三。
老朽化に伴い、各地に建てられた坂倉建築はなくなりつつあるなか、それを残し、新たな価値を与えて活かそうとするプロジェクトが、三重県・伊賀市で始まっている。
坂倉準三が設計した元市庁舎を改装し、伊賀市立中央図書館と宿泊施設「泊船(はくせん)」等が一体化した施設が誕生する。図書館の開業は2026年春だが、泊船は2025年夏に先行してオープンする。
本が読める宿泊施設はほかにあるものの、公立図書館がある場所に泊まれるのはめずらしい。
今回募集するのは支配人と副支配人、そしてスタッフとして働く人。
支配人はマネジメントやホテル経験があったほうがいいものの、宿の開業支援などに携わっている株式会社Noumがサポートしているので、立ち上げやオペレーションづくりなどは入ってから学ぶことができる。
まずは読んでみて、なんだか伊賀が面白そうと思えたら、たのしんで暮らし働いていけると思います。
伊賀市は、車で名古屋や大阪から1時間半ほど。私鉄が通っているけれど、単線のため車のほうがアクセスしやすい。
今回の舞台となる旧市庁舎があるのは、駅に近い、伊賀上野城のふもと。工事現場の入り口にいるおじさんにあいさつをして、工事中の敷地内へ。建物の存在感に圧倒される。
現場事務所で迎えてくれたのは、この事業の工事から運営まで担う船谷ホールディングスグループの代表取締役、船谷さん。
三重県でも大きな建築会社ということで緊張していたけれど、とても物腰柔らかで話しやすい方だ。
「せっかくなので建物のなかで話しましょうか」と、特別に中に入らせてもらい、話を聞く。
「船谷ホールディングスグループは建設業を中心とした企業グループです。今回のプロジェクトでは工事を担っているわけですが、そこに創設されるホテルの運営にも新たに取り組むことになりました」
「新しいチャレンジとして、普通のホテルとはいい意味で異なるものをつくっていけたらと思っています」
この建物は、もともと市の庁舎として使われていたもの。坂倉準三の「建築は生きた人間のためのもの」という思想が息づく空間づくりがなされている。
単なる行政機関の建物にとどまらず、市民に開かれた、いわばまちの社交場のような役割を果たしていた。
「築60年を超えてくると、直すべきところが多くなる。しかも有形文化財に指定されているので、ダメなところをすべて更新する、みたいなことができないんですよね。残さないといけない箇所があって」
「できるだけ当時の形を残しつつ、建物として今の基準に合うようにする。そのバランスが大変なところですね」
たとえば、窓ガラス。建物のなかでも特徴的なつくりをしている。
1階の図書館エリアは壁全面が窓ガラスになっていて、格子がシャープで細い。ガラスも薄く、室内に光が煌々と入っている。
「デザインとしては象徴的で美しい窓枠とガラスですが、断熱性能はというと今の基準には到底合わないんです。その両立を図るための建築コストが大変で…」
「特徴ともいえる煙突。最初に見たときは劣化がひどくて、明日にでも倒れるんじゃないかと思ってしまうような状態でした。なくすことも提案したんですが、あれはシンボルだから残したいとリクエストがあって。補強して残すことになったんです」
プロポーザルで市から与えられた命題は、図書館と観光関連施設をつくること。ただ、船谷さんが考えた提案はさらに一歩先を行くものだった。
それが、ホテルと図書館を一つの施設にするというもの。その案が採択され、今回船谷ホールディングスが受注することになった。
そもそも、どうしてこの案件に手をあげたんでしょう?
「プライベートな話なんですが、子どものころから忍者が大好きで。よく親に伊賀に連れてきてもらっていたんですよね。忍者屋敷とかも、記憶しているだけで4回は来ているんですよ」
「伊賀のまちがすごく好きなんです。建築に携わる人間としても、この坂倉建築を解体させたくなかった。それでチャレンジングな提案をしました。自分としても、ホテル事業に挑戦してみたい思いもあったので。ここのマネージャーをやりたいくらいの気持ちなんですよ(笑)」
伊賀市では、泊船の近くに忍者体験施設も建設中。それが完成すれば、泊船と忍者体験施設、そして伊賀上野城に忍者屋敷と、目を引く施設が4つになる。
さらに、周辺には松尾芭蕉ゆかりの施設もあるので、観光地としてのポテンシャルに期待ができる。交通の便を考えると、インバウンドよりは国内向けの大人旅の需要を狙っているそう。
「ホテル運営については初めての取り組み。無手勝流というわけにはいかず、知り合いを頼ってつながったのが宮嶌(みやじま)さんだったんです。それでホテルの運営コンサルティングを依頼し一緒にやっています」
名前の「泊船」については、宮嶌さんの案なのだそう。どういった由来なんだろう。
答えてくれたのが、今回のプロジェクトを一緒に進めている、株式会社Noumの宮嶌さん。
「1、2階が図書館で、2階の一部がホテル。フロアがわかれているんですが、1階の図書館が、言葉の海のようだなって思って」
「たくさんの本があって、そこに浮かぶように、船の錨をおろして泊まるように。それで『泊船』と名付けました」
また、このエリアは昔、琵琶湖の海底にあったと言われている。そのため化石も出土し、土も良いことで焼き物も有名。言葉の海だけでなく水の湖(うみ)という意味も込められている。
「私の会社では、大阪で50室のホテルを経営していて。今までの開業経験を活かして開業支援を始めたんですね。そのご縁で今回ご一緒することになりました」
宮嶌さんが担当しているのは、コンセプトづくりやホテル備品選定、採用など開業に関わる業務全般。
内装の設計は公共施設の設計を中心に活動する「MARU。architecture」が担当していて、坂倉建築の雰囲気を引き立てるため、デザインはシンプルなものになる予定。
家具については、もともと市庁舎にあったものをリペアしたり、坂倉準三がデザインした家具を再現したりなど、建物の歴史を活かしたものにしていくそう。
「部屋にはテレビを置かない予定で。プロジェクターは用意しますが、この場所ではテレビを見て過ごすんじゃなく、本を読むとか、書き物をするとか、図書館を散策するとか。そういった行動を促せるような空間にしたいなって。そんなことも考えています」
部屋数は19室。宿泊料金は部屋によって異なるけれど、だいたい1部屋3万円前後を予定している。
そして泊船の一番の特徴とも言えるのが、公立図書館とホテルが一体となっていること。明確な仕切りがないというところが、宮嶌さんとして悩んでいる点だった。
「ホテルのフロアの真ん中に学習室が入るんです。地元の方々が勉強したり、本を読んだりしていろんな人が出入りする。つまり、プライベート性が担保しづらくなるのかなと」
「各部屋に前室をつくることで、仕切りのようにしようと思っていますが、人の営みを感じながら滞在する宿泊モデルになると思います」
図書館とつながっていることを活かして、たとえば図書館のナイトツアーを開催したり、夜の読み聞かせを開催したり。
図書館側と相談して特別な体験をつくれるかもしれない。
「せっかくなので、なるべく図書館には行っていただきたいなと。たとえば、宿泊者の方も伊賀市の図書カードをつくることができて、伊賀市民になるみたいな体験ができるといいなって」
「あとは司書さんがいるので、事前にこういう本が読みたいとか、何歳の子どもに向けた本を置いておいてほしいとか。事前に伝えておくと、部屋に選書した本が置かれていたり。そういったこともできるといいですよね」
すごく素敵ですね。図書カードをつくるっていうのも、エモーショナルな感じがします。
「そうですよね。ちょっとでも伊賀市の一員になれた気がするじゃないですか。それがいい思い出になると思うんです」
宮嶌さんはどんな人に働いてもらいたいですか。
「ただホテルを運営するだけではないので。図書館やまちと連携するという意味では、仕事だと割り切るより、暮らすように働く、みたいな仕事をしてみたい方が合うんじゃないかなと」
「都会の暮らしに満足して、手触りを感じられる地方に行きたい、という人でもいいかもしれないですね。伊賀では、お肉は肉屋さんで買って、魚は鮮魚店で買って、みたいな文化が残っているんですよ。まちの人たちと関わりながら暮らすのはすごく面白いし、そういったことに価値を感じられる方だといいな」
ホテル経験はあったほうがいいけれど、必須ではないとのこと。ただ支配人に関しては、多少のマネジメント経験があるとスムーズに仕事に入れると思う。
19室のみなので、お客さんの名前をきちんと覚えて対応するなど、一人ひとりに向き合った接客をすることが求められる。
「まちの案内もマストだと思います。まずは伊賀のことを知ってほしいですね。私もいろいろ回って仲良くなった人もいるので、紹介できます」
船谷さんはどうでしょう。
「地域の魅力発信とか、人とのつながりを大切に考えられる人がいいかなと。私もけっこう伊賀ことを知っているつもりなんですけど、多分まだまだ知らないことがあるので。逆に、こんなところもありますよって教えてもらえたらいいなって思います」
「あと『暮らすように』っていうのは大事にしたくて。図書カードもそうですが、人と地域をつなぐハブになることを期待したいですね。公民連携の事業なので、単純に利益を求めるんじゃなく、地域を元気にしよう、良くしていこうっていう愛情みたいなものを仕事で体現できる。その楽しさも魅力に感じてもらいたいです」
話がひと段落したあと、船谷さんと宮嶌さんと一緒にまちを歩いてみました。
城下町の名残がある通りに、和菓子屋さんやお肉屋さんなど、昔ながらの店が並んでいる。
そしてこの日、まちづくり協会の人たちが朝市を開いていて、お汁粉をもらい、みんなでお弁当を買いました。
宮嶌さんはすでに何人か地域の人と知り合いのよう。
こんなふうに、まずはまちを歩きながら、いろんな人と知り合ってみるのがいいと思います。
そのつながりのなかで、まちの面白さや特徴がわかってくるはず。
暮らすように働き、それをお客さんに伝える。
伊賀はいいまちですよ。ぜひ来てみてください。
(2024/11/28 取材 稲本琢仙)