サウナブームもあり、まちの銭湯では若い人の姿をたくさん見るようになりました。
あたらしい銭湯やサウナが増えている一方で、古くからある銭湯のなかには、後継者がいない、設備投資ができない、といった理由で廃業してしまうところも。
廃業した銭湯を復活させ、まちづくりの一環として活用しよう。その成功事例として注目を集めているのが、奈良・御所(ごせ)にある「御所宝湯」です。
主体となっているのは、「株式会社御所まちづくり」。奈良を中心にまちづくりに取り組む株式会社narrativeと、御所の地元企業が出資してつくった会社です。
3、4年ほど前から、廃業していた銭湯「宝湯」やまちの古民家を改修。それぞれ銭湯、レストランと宿として復活しています。
今回募集するのは、宝湯の番頭。まちの憩いの場として、そして宿泊者が休まる場として、銭湯を運営していく人を探しています。
あわせて、レストランのスーシェフとホテルスタッフも募集中。
職種としては別ものに見えるかもしれませんが、銭湯、レストラン、宿が一体となって御所のまちづくりを進めているので、それぞれが協力し合う関係性です。
御所へは、JR奈良駅から電車で1時間ほど。奈良市の南に位置し、西に金剛山・葛城山が峰を連ねている。
駅を降りて向かったのは、歩いて5分ほどの場所にある宝湯。
3年前に取材に来たときは、まだ改装前で廃屋という雰囲気だった。いまは見違えるくらいにきれいになっている。
中に入ると、番頭の太田さんが迎えてくれた。
「おひさしぶりです! 以前とは見違えるようでしょう。中もきれいになったので、ぜひ見ていってください」
太田さんは3年ほど前に御所まちづくりに入社。改装前から宝湯に関わってきた。
番頭としてオープンから宝湯を引っ張ってきたけれど、新しい場所でさらに経験を積みたいと3月いっぱいで別の温浴施設で働くことに。これから番頭として入る人は太田さんの後任になる。
「振り返ってみると、1年目はもうとにかく店を開ける、お湯を沸かす、掃除をする。毎日営業するのはこんなに大変なんやって。力を合わせて、集客も1年目から安定させることができました」
お客さんの層は、6割以上が20〜30代の若者だそう。県外から来る人も多く、東京からはるばる宝湯のために来る人もいるのだとか。
「2年目からは、復活させた宝湯をこの先100年残していく、という視点に立って、再現性のある事業を目指してきました。うちは家業じゃなく、あくまで企業なので、再現性のある事業をしていかないといけない」
「具体的に言うと、お掃除ってすごく大変なイメージがあると思うんです。ブラシでこすって、膝つけて、冬に冷たい水使って、みたいな。それをやめようってバイトの子と話して。掃除のテーマは『膝をつけない』でやってきたんですよ」
膝をつけない… それって可能なんですか?
「いろんな薬剤を使って、できる限り体に負担なく、危険じゃなく安全にお掃除ができようにしてます。いまはブラシも使ってないんですよ。なのに、ブラシでやるよりも綺麗な状態なんです」
「滅菌するために、皮膚にダメージがない濃度の酸性とアルカリ性の洗剤を撒いて汚れを落とす。風呂桶もつけおきにして、なるべく作業量を減らしています」
「今日も汚れを落とすためのあたらしい発見をしたよね!」と番台のパートの高校生を見て話す太田さん。
スタッフも地元の高校生から、奈良を楽しむために来たという年配の方まで、いろんな人がいる。銭湯は、思いやりを伝えるのには最高のお仕事だ、と太田さん。
番台も清掃もボイラーも、オペレーションをしっかり決めたため、誰にでも安心して任せられるようになっている。
「まだまだ日々アップデートです。今がんばれば、必ずこの先の未来につながる」
「ここで見つけたノウハウをほかの銭湯に教えることもあるんです。そうすれば、人手が足りなくて困っている銭湯を救えるかもしれない。いろんなチャレンジをして、銭湯業界の力になれる、めちゃくちゃいい仕事だと思いますよ」
カランが汚れない方法、鏡に鱗がつかない方法、ゴミ箱にペットボトルを捨てられないようにする方法など。
細かいことでも、その積み重ねが全体の効率化につながっている。
あたらしく番頭となる人は、まずは現状のオペレーションを引き継ぎつつ、将来的な事業責任者として、さらにアップデートしていってほしい。
太田さんが大切にしてきた想いの部分は、「哲学書」をつくって残しているそう。それも参考に、運営に活かしてもらいたい。
「離れるのは引くほど寂しいです(笑)。多分最後は大号泣すると思います。ただ、広めないといけないノウハウもあるし、いろんなところで経験を積みたい。その上で、得たものを宝湯に還元できたらいいなと思っています」
太田さんはどういう人に継いでほしいですか。
「まずはお風呂のことを大事に思える人。そしてスタッフと来てくれるお客さんのことも大事にできる人ですよね。そこが一番大切です。みんなのために動くことができる人なら大丈夫ですよ」
「宝湯だけじゃなくて、レストランと宿泊が一体になっているのがこの事業の面白いところなので。7万円払って泊まって、480円の銭湯を楽しみに来る人がいてるのは、ここでしか味わえへん面白さやと思います」
続いて向かったのが、レストラン「ケムリ」。宝湯から歩いて5分ほどの場所にある。
歩いている途中も、趣がある街並みが続く。途中には酒蔵もあって、歩いているだけでも面白い。
洋食屋ケムリに到着。ここはもともとたばこ屋さんだった建物だそう。
迎えてくれたのが、シェフの和田さん。
「昔、レストランでバイトしてたんですけど、自分が仕上げた料理をお客さんが笑顔で美味しそうに食べてくれたんです。そのとき、この仕事いいなって」
フレンチやイタリアンのお店で修行。歴史的価値のある建物を残し、文化を紡いでいく事業に共感し、3年ほど前に入社した。
「地域創生を掲げているので、地元の食材とお酒を使っています。西洋料理だけど、使う食材は和食と同じですね」
この辺の食材はどういったものがあるんでしょう。
「そうですね… お野菜だったら、スープで出している奇跡の人参は毎年すごく反響をいただいてます」
奇跡の人参?
「『風の森』っていう有名な日本酒をつくっている油長酒造さんが、酒米と一緒に野菜もつくっているんですけど、そこの人参が甘くてすごく美味しいんですよ」
人参を4時間かけて炒め、水を加えペースト状に。最後は塩と牛乳、生クリームだけで仕上げる。お客さんからは、かぼちゃみたいな甘さだとよく言われるそう。
「よかったら飲んでみます?」
一口いただいてみる。これは…おいしい…!
カボチャと錯覚するほどの甘さ。いくらでも飲めそうだ。
「人参だけしか使ってないんですけど、お客さんはみんな『ほんまですか?』って言いますね(笑)。人参嫌いの人でもおいしく飲んでくれます」
さまざまなレストランで修行をしてきた和田さん。御所を選んだのはどうしてだったんでしょう。
「自分の強みは地元の食材の良さを引き出すとか、ストーリー性のある料理を考えるとかで。自分の長所を活かすなら、都会ではなくて田舎がいいかなって思ったんです」
「田舎に人が来るんかって思うかもしれないですが、それが来るんですよね。宿のお客さんも、地元の人もよく来てくれます。おいしいお店ができてうれしいって言ってくれますね」
今回募集するのはスーシェフ。和田さんの右腕になる人だ。
話ぶりを聞いていると、和田さんは論理的なタイプ。順序よく話してくれるので、しっかり相手の話を聞ける人だと合っていると思う。
「僕にとって料理は手段であって、目的ではないんです。目的は誰かに喜んでもらうこと。その感覚が似ている人だとうれしいですね」
スキル的には、和食や西洋料理で2、3年ほど経験がある人が望ましいとのこと。
最初は和田さんから教わることが多いと思うけれど、ゆくゆくはメインでお店をまわせるようになってもらい、営業日を増やしていきたい。
最後に向かったのが、運営する二つの宿のうちのひとつ「RITA御所まち」。もともとは万年筆屋さんだった場所。
話を聞いたのが、副支配人の西村さん。働き始めて10ヶ月ほどになる。
これまでにゲストハウスやさまざまなホテルで経験を積んできた方。
御所の宿はそれぞれ数室のみとミニマルな宿。大規模なホテルと比べて、どうでしょう?
「違うところだらけだなって。分散型ホテルっていうのが特徴なので、レストランに行くにも外を歩かなきゃいけない。そして銭湯が入り放題っていう(笑)」
「あとはこの建物自体が、約100年前までモリソン万年筆の工場だったっていう歴史がある。万年筆ファンの方や、ここの万年筆を持っていたという方もいて。それも面白いですね」
仕事内容としては、予約管理や部屋の案内、掃除など一般的なホテルマンとしての業務が多い。
それに加えて、建物の歴史を紹介したり、銭湯やレストランまで外を歩いて案内したり。分散型ホテルならではの仕事もある。
「古民家なんで、風が吹けば塵が降り、雨が降れば塵が降り…。泣きそうになるんですけど(笑)」
「あとは、ほかの施設のフォローもあります。番台に入ったり、ケムリのサービスや調理補助に入ったり。宿のスタッフは臨機応変に動く必要があります。基本は接客ができれば大丈夫なので、そんなに心配しなくても大丈夫かな」
やりがいはどんなところにあるんでしょう。
「チェックインのときに御所の簡単な説明をするんですが、人間と会話してるなっていう気持ちになるというか。都会のビジネスホテルって、どんどん機械的になっているじゃないですか」
「一度、ディズニーのキャストさんみたいですねって言われたことがあって。お客さんがたのしんで私たちの話を聞いてくれるのはやりがいになりますね」
宿のお客さんは、海外の人も多数。静かなまちにある日本の伝統家屋で、ゆったりと過ごしたい人が多いのだとか。
歴史ある建物で、人間だからこそできる仕事をする。
機械化が進む世の中でも、こういった仕事が生まれているのは、なんだか働く希望になるように感じる。
「欲を言うと、ホテルマン経験者が来てくれるとありがたいですね。基本ワンオペで回して、ほかのところにヘルプに行くこともあったりするので」
「できる限りお伝えしますが、少しでも経験があったほうが本人もやりやすいんじゃないかなと。あとは奈良に関心と愛情を持って、お客さまにもそれを伝えられる人だったらなおいいなって思います」
それぞれやっていることは違えど、御所で働くみなさんには、どんな人でも受け入れる懐の深さがあるように感じました。
御所を知ってもらい、多くの人を受け入れていく。
まちが変わりゆく今しか体験できないことが、ここにはあります。
(2024/12/20 取材 稲本琢仙)