ご近所さんからイワシを分けてもらい、漁師のおじさんに「塩漬けして酢で〆るのが美味いよ」と、とっておきの食べ方を教えてもらう。
漁港で水揚げされる魚、みんなで仕込む味噌。まちの風景や日々の食卓から、季節のうつろいを感じる。
そんな暮らしのなかに友人を招くように、訪れる人を出迎えている場所があります。

富山県氷見(ひみ)市。寒ブリをはじめとする海の幸や、3000m級の立山連峰を望む絶景で知られる漁師町です。
その山々を一望できる海沿いにあるのが、HOUSEHOLD。「料理を通してまちを楽しむ」をコンセプトにした小さな宿です。
今回募集するのは、HOUSEHOLDのキッチンに立つ企画編集者。
料理をつくり提供しながら、併設するギャラリーも活かし、暮らしが豊かになる企画を考える。HOUSEHOLDを体現するような仕事です。
調理経験は必要ありません。選考が進めば、氷見に滞在して食や暮らしに触れられる期間もあります。
まずは氷見に遊びにいく気持ちで、気軽に読み進めてください。
富山駅からあいの風とやま鉄道に乗って、高岡駅へ。
乗り換えたワンマン列車の氷見線は、雨晴駅をさかいに、富山湾沿いを北西に進んでいく。遠くに見える立山連峰を眺めていると、氷見駅に着いた。
駅から徒歩7分ほどの住宅街に、HOUSEHOLDはある。

呉服屋だった4階建てのビルを改修していて、1階が喫茶、2階がギャラリー、その上は宿泊できる客室になっている。
「勝手口」と書かれた扉から中に入ると、白と茶色で統一された空間が広がっている。
壁や棚の上にはイラストや雑貨、花などが飾られてある。親しみのある空間で、居心地がいい。

「玄関ではなく、勝手口から台所におじゃまする感覚で、氷見のまちを楽しんでほしい。そんな思いを込めて、“勝手口からの旅”をコンセプトに宿を営んでいます」
この場所をつくった、笹倉慎也さんと奈津美さんご夫婦が出迎えてくれた。
「よかったらどうぞ」と、淹れたてのお茶を出してくれる。一息ついてから、話を聞かせてもらう。

東京で働いたのち、慎也さんの転職を機に氷見へやってきた二人。
お互いに新興住宅地で育ち、東京の暮らしが長かったこともあり、氷見で目にする何もかもが新鮮だった。
「季節ごとにうつりかわる旬の食材をお裾分けしてもらったり、まちの人から教わった料理をつくってみたり。そんな日々が新鮮で楽しかったんです」
せっかく氷見に来たのだからと海に近い家を探していたところ、この物件と出会い、住みはじめる。
「朝日の美しさに感動する日もあれば、近くの漁港で水揚げされた魚が食卓に並んで、自分たちの暮らしが、いろんな人に支えられていることに気づく日もある」
「氷見での暮らしが、すごく豊かだなと思って。ほかの人にも共有できたらいいなって気持ちになっていったんです」
こうして二人は、HOUSEHOLDをはじめることに。

宿はBed&Breakfastと呼ばれる、宿泊と朝食を提供するシンプルな形式。
「夕食はまちの飲食店や自分たちでの料理を勧めていて。外に出ることで人と仲良くなったり、旬の食材や食べ方を教えてもらって、まちを楽しんでもらいたいと思っています」
宿泊は1日3組のみ。1組ずつ時間をかけて丁寧にチェックインをする。
魚に関心があれば、お寿司屋さんでの食事と漁港での競りの見学をセットで提案したり、料理が好きなら、酢めしから自分たちでつくるお寿司キットを用意したり。
料理を通してまちを楽しんでもらうために、さまざまな仕掛けを用意している。
「氷見は魚が美味しいことで有名ですけど、その理由や背景がわかるとより美味しく感じられると思うんです。今回入る人とも、そんなふうに一緒に探求していけたら」

HOUSEHOLDの運営は、笹倉さん夫婦にスタッフ2名を加えた4人体制。
少人数で運営していることもあり、宿、喫茶、ギャラリーの仕事をみんなで分担しながら働いている。
「大きくは二つの役割をお願いしたいと思います」と、慎也さん。
ひとつは、キッチンに立つこと。
喫茶で提供するデザートの仕込みや、接客、料理の提供を担ってもらう。オペレーションもメニューも固まっているため、経験は問わない。
「前いたスタッフは料理が得意で、店長として活躍してくれました。今回加わる人も希望があれば、調理メインの働き方もできます」
「繁忙期はキッチンにこもる日もあるかもしれません。でも食が好きならつくるのはきっと楽しいと思いますよ」

もうひとつは、ギャラリーを活用した展示や宿泊プランなどの企画づくり。
郷土料理のかぶら寿司をつくってみて、楽しかったらイベントにしたり。春にはホタルイカが獲れるので、夜の海に獲りにいく宿泊プランを企画したり。
企画と聞くと、ゼロからアイデアを生み出すことを想像するけど、HOUSEHOLDでは、日々の暮らしのなかから自然と生まれていく。
またギャラリーには、外の文化を氷見に持ってくる役割もある。
滞在中、ぜひ見てほしいと紹介してもらったのが、「シェフインレジデンス」。
まちに滞在した海外の人が、自身の感性や技術をもとに、氷見の食材をつかって料理をつくるプロジェクト。
今回はデンマークから2人の若者が。氷見産のイワシをつかい、スモーブローと呼ばれるデンマークの家庭料理を振る舞った。

「きっかけはフランス人カップルとの出会いでした。シェフをやっている方で、地元のスーパーを案内したら、一緒にご飯を食べることになって」
「普段よく目にする魚が『フランスでは高級なんだよ』とか、『キノコと食べると美味しいよ』って教えてくれて、外の視点から氷見を再発見できたんです。この体験をみんなとも共有したいなと」
ほかにも、魚のおいしさを紐解く氷見のオリジナルマップ、お寿司を美味しく食べる作法が書かれた扇子など。
クスッと笑えるものから、なるほどと唸ってしまうものまで。アウトプットの形は多岐に渡っている。
これだけ多様な表現ができるのは、笹倉さん夫婦の存在が大きい。
慎也さんは広告会社で企画制作やマーケティングに携わってきた。奈津美さんはWEBディレクションの経験を持つ。
二人の近くで働くことで、まちの営みを翻訳して届ける力も身につくはず。宿、飲食、編集を通して地域の豊かさを表現したい人には、いい環境だと思う。

「宿泊した人が手紙をくれたり、氷見にまた来てくれることが、すごくうれしくて。大人数の知らない人よりも、顔の見える人とのやり取りに手応えを感じるんです」
「そんなふうに人と関わることや、美味しいものの背景にある歴史や文化に関心を持てる人なら、きっと楽しく働けると思います」
「私たち以上にまちに馴染んでいて、仕事での関わりも多いはず」そう紹介してもらったのが、喫茶と宿の清掃を担当している里奈さん
神奈川出身で4年前に氷見へ。入社のきっかけはSNSから。

「Instagramで、空間やイベントの様子を見て。雰囲気というか、働くならここしかないと、ビビッときたんです」
氷見に住んだことがなかったため、まずは1年間住み込みで働くことに。
「素直にもっといたいと思えて、気づいたら4年もいる感覚です。あのとき直感に従って、応募できてよかったって思います」
「『お家に飾ってね』と大家さんから金木犀をもらったり、タケノコ掘りに誘ってもらったり。氷見に暮らして、家族と同じくらい大切な人が増えましたね」
喫茶で提供するのは、チーズケーキやティラミスといった定番に、季節の果物を使った限定のデザート。
ドリンクはコーヒーやお茶、りんごジュースなどを用意。氷見産の梅をつかった梅ソーダも人気がある。
「いまは調理担当が私しかいないこともあって、デザートの仕込みに余裕がなくて。繁忙期はさらに忙しくなるので、手伝ってもらえるとありがたいです」

忙しいといっても残業はほとんどない。18時には仕事が終わるように、働き方には気を遣っている。
一般的に宿業では、遅い時間にも対応するため、スタッフが夜まで残ることが多い。けれど、HOUSEHOLDではチェックインは18時まで。
「日中に、氷見のまちをまわってほしいという思いもあります。自分たちに余裕がないといい接客や企画はできないので、段取りもみんなで心がけていますね」
仕事が終わってからは、自由な時間。里奈さんは氷見の暮らしを満喫している。
「魚や野菜をお裾分けしてくれて、『なんでもやってみられ』と生活の知恵を教えてくれるんです。それがうれしくて。干し柿や甘酒づくり、玉ねぎの皮で染め物もしてみました」
HOUSEHOLDで出会ったゲストやご近所さんと仲良くなり、休みの日は長野や神奈川、新潟まで遊びに行くのだとか。
「会いに行くだけじゃなくて、HOUSEHOLDでみなさんを待つこともできる。その場所があることが、すごくありがたくて、うれしいことだなと思っています」
最後に紹介してもらったのが、チェックインや朝食を担当している光穂(みつほ)さん。笹倉さん夫婦の右腕として宿を支えている。
埼玉出身で、石川の旅館で働いたのちにHOUSEHOLDへ。困ったことがあれば、何でも相談に乗ってくれると思う。

「前職も良い人ばかりで、旅館もすごく楽しかったんです。ただ、自分がまちの日常を知らないので、いわゆる観光地の魅力は伝えられるけど、言葉に広がりがないというか」
気分転換によく訪れていたのが、HOUSEHOLDだった。
「イベントもよくやっていて、いろんな人が循環していく、空間だなと思っていました。風通しがいいというか、広がりを感じたんです」
転職にあたって、不安はありませんでしたか。
「石川で働いていたので、給与や生活の不安はそこまでなくて。暮らしが落ち着くまで住み込みもできたのも大きかったですね」
以前は職場で完結していた人間関係も、HOUSEHOLDに来てからはまちに広がっていった。
「近所のうどん屋さんから、よくお魚をもらうんです。これまでは1尾だったのが、結婚してからは2尾になって。私の彼のことも受け入れてくれてるんだなって」
「ホテルや旅館に転職していたら、いまの人間関係はなかったかも。HOUSEHOLDだから、知り合えた人がたくさんいると思います。そういう意味でも、ここは私にとってすごく大切な場所ですね」

取材後、「良ければどうですか?」と味噌づくりに誘ってもらい、参加することに。
みんなで潰した大豆を瓶に詰めて、蓋の上に日付と自分の名前を書く。一緒につくったデンマークの若者と仲良くなり、今度は君のまちを案内してね、と再会を約束する。
氷見に何度も訪れる人の気持ちが、少しだけわかった気がしました。
まずは気軽に氷見を訪ねてみてください。
過ごしてみてわかることが、たくさんあるまちだと思います。
(2026/03/10 取材 櫻井上総)


