「向いているのは、まっすぐ悩める人。大人も子どもも関係なく、一緒に悩んで自分を変化させられる態度が、すごく誠実だなって感じるんですよね。人に対して誠実でいられることは、大切なことだと思います」
一般社団法人 神山つなぐ公社は、徳島県神山町で行政や町内外の人と関わりながら「まちを将来世代につなぐ」ために活動する第三セクター。
教育や住まい、仕事などまちのさまざまなことに関わるなかで続けてきたことのひとつが、町外から神山の高校に通う子どもたちが暮らす寮「あゆハウス」の運営です。
今回はここで、子どもたちの生活を見守るハウスマスターを募集します。
支えるというより、一緒にいる。
そんな役割になるんじゃないかと思います。
徳島・神山町。
空港から車で1時間ほどの山間のまちには、日本仕事百貨の取材で何度も訪れていて、歩いていると「あれ、来てたの?おかえり!」と声をかけてくれる人もいる。
神山つなぐ公社の事務所は、野菜を買いに来る人や観光客でにぎわう道の駅のすぐ近く。
ガラス張りの事務所に着くと、たくさんの人が集まっていた。
「今ちょうど、人事制度について考える時間をつくっていたところなんです。スタッフは10名ほどですが、役場やまちの人だったり、関わる人も多いんですよ」
声をかけてくれたのは、神山つなぐ公社の梅田さん。
前職ではウエディングプランナーを育成する専門学校で講師をしていたという梅田さんが、神山にやってきたのは7年前。
今は神山つなぐ公社の理事であり、ひとづくりというチームの一員として、神山の教育に関わっている。
「今年は“つなプロ”に取り組み始めて10年、3期目に入る変化の年です。秋から冬にかけて、これまでやってきたことを見直して、施策を新しくつくりなおすことになっています」
つなプロは、神山町の創生戦略として策定された「まちを将来世代につなぐプロジェクト」のこと。
移住者が多いといわれる神山町でも、ほかの地域と同じように、高齢化や少子化、耕作放棄地の増加など、たくさんの課題を抱えている。
そこで2015年から、まちの状況を考える勉強会やディスカッションを開催。そこから出てきたいくつかの取り組みを実現するために、神山つなぐ公社が立ち上がった。
今は「すまいづくり・ひとづくり・しごとづくり・循環の仕組みづくり・安心な暮らしづくり・関係づくり」という6つの領域で、行政や町内外の人たちとともに、仕組みづくりから実践まで、幅広い活動を行っている。
「人が移り住んでくる、還ってくる、あるいは留まることを選択することができる可能性の感じられるまちの状況をつくること。それが公社が取り組んでいることです。着実に人口は減っているなかでも、各領域でいい兆しはいくつもあって」
「この状況は僕らの活動だけでは生まれていなくて。神山では『やったらいいんちゃう』っていう文化みたいなものがあって。そのなかで、神山つなぐ公社を含めた、まちのいろいろな人が活動を続けてきた結果だと思っています」
公社のなかでも立ち上げ当初から取り組んでいることのひとつが、梅田さんが担当しているひとづくりのこと。
廃校寸前と言われていた神山の農業高校のカリキュラムを組み直したり、授業を受け持ったり、町外から積極的に生徒を募集したり。先生たちと一緒になって、通いたい、通わせたいと思える学校づくりに取り組んできた。
「学校とまちの想いを重ねて、いろいろな試みを実践できた10年でした。最近は国公立の大学に進学する子が出てきたり、まちに残って林業や農業をする子がでてきて驚いています」
「まちをフィールドに学ぶことで、子どもたちの可能性が少しずつ広がっていることを実感しています。その先に、神山で暮らすってことがひとつの選択肢になればいいなって思うんです」
10年前に活動がはじまっていなければ、生まれていなかった今の風景。
小さく地道な積み重ねが、未来を少しずつ、そして大きく変えてきた。
ひとづくりのチームが続けてきたことのひとつが、まちの外からやってきて神山高校へ通う子どもたちが暮らしている「あゆハウス」と名付けられた寮の運営。
ハウスマスターの1人である兼村さんは、みんなから「まささん」と呼ばれている。丁寧に考えながら話してくれるのが印象的な方。
神山に来たきっかけは、半年間働きながら暮らしてみる「神山塾」に参加したこと。
そのまま神山にサテライトオフィスを置く映像制作会社に就職し、4年半働いた。
その後も映像の仕事を受けたりしながら、神山で暮らし続けてきた。
「田んぼをやるようになっていたり、知り合いも増えていって。仕事が変わっても、神山を離れる理由にはならなかったですね。あゆハウスは、立ち上げのときに手伝ってくれないかって声をかけてもらって。最初は稼ぎにもなるというか、アルバイトみたいな感じで関わりはじめたんです」
「やってみたら、人と接するのが意外と合ってるのかもなって。寮生も増えて、しっかり運営入ることになり、その流れで今に至るって感じですね」
寮の宿直は交代制で、担当の日には夕方からあゆハウスへ。
寮生たちが料理や勉強をしている横で事務仕事を進め、一緒にごはんを食べたり話したりしながら過ごす。22時から翌朝6時半まで休み、朝食の後、学校に行く寮生たちを見送る。
そのなかで公社や学校、役場を回って調整ごとを進めることもあれば、子どもたちが打ち明けてくれる話をじっくり聞くこともある。
「寮生たちの状況によって時間の使い方はけっこう変わります。ネガティブなことが起きて一緒に向き合ったり、ゲームして遊んだり。いろんなことが起きますけど、一緒にワーワーしてるのがけっこう楽しいんです」
「関わり方に正解はないので、ハウスマスターもそれぞれのやり方があってよくて。僕の場合は、反応がなかったとしても、気にかけていることを感じてもらえるようにって思っています」
どういうことですか。
「高校生が力を発揮するためには、安心できる場所があることが大事かなと思っていて。僕も神山に師匠がいて、ちょっとやらかしても気にせず受け入れてくれるんですよね。そういう人や場所があれば、自分の足で行きたいところに行けると思うんです」
話してくれたのは、昨年卒業していった寮生のこと。
入学してきたころは、殻にこもっている印象があったそう。
「最初はただ一緒に過ごして、少しずつ話すようになっていって。寮生やスタッフと関わり、次はまちに出て地域の人と関わって。そういったまちのいろんな人との関係ができ、一人の人として見てもらえたことで、自分を受け入れられて。最後は地域の愛されキャラというか、すごく明るく変化していったんです」
寮生の話をしているまささんは、とてもうれしそう。
管理人というよりも先輩。
家族じゃないけど家族。
ちょっと大げさかもしれないけれど、日々、愛情を伝えていくような役割なんだと思う。
「基本は彼らを応援し続けているというか。3年間、ここで後悔のない暮らしができるといいなって。これは僕のやり方で、正解ではなくて。誰でも、その人らしさを活かしてできる仕事だと思いますよ」
次に会ったのは、同じひとづくりチームのなかで、高校での活動を担当している米田さん。
まささんから聞いた話を伝えると「ハウスマスターは仕事と暮らしの境目がないような、不思議な仕事だなって感じていて。それが大変さでもあり、楽しさでもあるのかもしれません」と話してくれた。
「出身は徳島の阿南市です。阿南市のなかでもすぐ側に山がある地域で、活き活きしている大人たちの背中を見てすくすく育ちました。小さいころから、自分の住んでいるまちがすごく好きだったんです」
進学を機にまちを離れ、楽しく大学生活を送ったという米田さん。
友だちと話すなかで気づいたのは、暮らしていた環境によって、経験してきたことが大きく異なることだった。
「まちに図書館がないとか、予備校がないとか。地方ならではの格差みたいなものがあることを知りました。その人が持っているものや可能性が活かされる、力が発揮できる状況をつくることに関わっていきたいと思うようになりました」
企業研修を行う会社で2年ほど勤めたあと、福島に移住。
高校で探究プログラムなどを進めるコーディネーターとして働いた。
「人と人が関わり合うことで、可能性が開かれていくような瞬間を見るのがすごく楽しいんです。そういうことが起こりやすいのは、教育の分野なんじゃないかと思っていて。徳島で、学校や教育を起点にまちと関わっていけそうなところを探して神山に来ました」
授業を受け持ったり生徒の募集をしたりと幅広く高校に関わるなかで、高校生と地域の人たちとの関わりをつくっていくのも役割のひとつ。
印象に残っているのが、まちにあるパン屋「かまパン&ストア」の笹川さんに話を聞きに行ったときのこと。
パンの生地をこねる横で、地域と高校生の関わりについて、じっくり話を聞かせてもらうことができた。
「いろいろ話してもらって、高校生ともっと接点をつくりたいんだと受け取りました。そう言ってくれる大人って、どのまちにもいるわけじゃないと思うんです。子どもたちに主体的に関わろうとしてくれる大人がいるのって、おもしろいなって」
「まちの人たちと学校の関わりが増えるなかで、毎年授業で地域に出ていく子どもたちから同じような質問をされたりして、地域側が疲弊してしまうこともあると聞きますが、神山ではそれがないというか。度量が広いというか、受け止めてくれる感じがすごくいいなと思っています」
メインの担当ではないものの、米田さんも月に2回ほど、あゆハウスの宿直を受け持っている。
公社のメンバーのほかにも、食材を持ってくる人がいたり料理を教えてくれる人がいたりと、さまざまな人が出入りして、寮生と関わっている。
「こういう場所って、大人たちが関わり方の方向性を統一したり、意図を持って接するようなところが多いけれど、あゆハウスは違っていて。いろいろな大人たちが、それぞれによかろうと思う接し方をしているのがおもしろいなって」
「自分の場合は先生ではない立場で、子どもたちに関わっているんですよね。責任を自覚しつつも、あえて枠から外れたようなことを言おうと意識しています」
枠から外れたこと?
「役割によっては『こうしてみたら?』とか気軽に言えないじゃないですか。少し外から関わっているからこそ発言できたり、背中を押せることがあるなって思うんです」
いろいろな大人が、子どもたちと大切に関わっていく。
その温かさはきっと子どもたちに伝わって、ふとしたときに、味方になってくれるはず。
自分なりの関わり方ができるかもしれない。
そう思ったら、まずはぜひ神山を訪れてみてください。
(2025/4/22 取材 中嶋希実)