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可能性を見出す視力

※この仕事は募集終了いたしました。ご応募どうもありがとうございました。

「働き方だとか生き方に悩んでいる人って多いんですよね。それは、どこも同じに見えて、手がかりが見えなくなっちゃったから。場所をみる視力っていうのが本当に必要で」

これは神山つなぐ公社の理事である西村佳哲さんの言葉です。

徳島県・神山町は、ここ数年で大きく変わり続けています。

その動きの中心のひとつとなっているのが、神山つなぐ公社

すまいづくり・ひとづくり・しごとづくりを主な領域としながら、「まちを将来世代につなぐ」ためのプロジェクトを行っています。

今回募集するのは、主にひとづくりに関わっていく人。

具体的には、神山の高校をまちに開いて、授業や地域との関係性をより良いものにしながら、全国からも生徒が集まる環境をつくっていく。そんなプロジェクトを担います。

まずは本格的にはじまる2019年春に向けて、生徒たちがどのような住まい方になるのか考えるところからはじまります。

  
徳島空港から神山町へは、車で1時間ほど。

1年に1度あるかないかの大雪が降り、空気が凛としているように感じる。

周囲を山で囲まれるこの町は、アーティストやクリエイター、サテライトオフィスで働く人など、世界中から人が集まることで注目を集めている。

そんな神山も、ほかの地域と同様に、高齢化や少子化、耕作放棄地の増加など、たくさんの課題を抱えている。

そこで神山町では、2015年から町の状況を考える勉強会やディスカッションを開催。

考え出されたいくつかの取り組みを実現するために、一般社団法人 神山つなぐ公社が立ち上がった。すまいづくり、ひとづくり、しごとづくりを中心に日々さまざまプロジェクトが進められている。

ひとづくりを担当しているのが森山さん。笑顔が印象的な方。

出身は岡山県岡山市。中学校からは広島の一貫校に通っていた。地元ですごす時間は短く、部活や塾、学校行事に一生懸命な学生生活だったそう。

毎年やってくる教育実習生を見ていて、自然と教育に関心を持つようになった。

「私も母校で教育実習やりたいって思って。でも、大学で教育課程をとってみたら、先生が200人に向けて話をするだけの一方通行の授業が多かったんです。これじゃいきなり現場に立つなんてできないよなって」

そのころに出会ったのが、島根の離島・隠岐島前で動き出していた高校魅力化プロジェクト。

町全体を学びのフィールドに見立てて、地域に愛着のある高校生を育てていく。そうすることで町外からも入学生を呼び込み、町の将来を支えていくような取り組み。

「現場に来てみなよって誘われて、すぐに行きます!って。半年間休学してインターンをしました。そこでの経験で一気にいろいろなものが見えるようになったというか」

見えるようになった。

「いい大学を出て大企業で働くっていう王道から抜け出して、田舎の島で、自分の課題意識に沿って生きている人たちに出会って。それがもう、衝撃で。私もそっちがいいなって漠然と思ったんです」

もう1つは、と続けて話してくれたのは、将来の夢を語る高校生たちの姿。

親の仕事が将来なくなることに危機感を感じている子。将来は戻ってきてカフェを開きたいと話す子。

自分の将来を地域や社会とつなげて考えている姿を見て「かなわない」と感じたんだそう。

「町と社会と自分がつながっているというか。根っこがしっかり生えている感じがして、すごく羨ましかったですね。帰ってこれる場所があるって、強い支えになるんだなって」

隠岐島前から戻った森山さんは、さまざまな角度から教育の機会をつくっているNPO法人Teach For Japanに参画。自ら志願して、九州支部の立ち上げを行った。

次のステップとして留学の準備をしていたときに出会ったのが、神山だった。

「学びたかったビジネスやデザインのことを、ここでは走りながら身につけることができる。まずは3年という約束で、プロジェクトに参加することになりました」

神山つなぐ公社を立ち上げた当初、具体的にどう町の教育に関わっていくのかは、決まっていなかった。

小学校や中学校、高校の授業を見学したり、先生たちと話をするなかで、最初に取り組むべきところを高校に絞ろうと考えていった。

「行きたい学校が町外にある子はそこへ行くのがいいと思うんですよ。町が好きでここにいたいと思っている子たちが、周りの大人にここには仕事がないから出ていきなさいって、言われているならそれはもったいないなって」

町や高校の協力を得ながら、昨年4月からは学校のカリキュラムのなかに「神山創造学」を設置。森山さんが社会人講師として入り、高校生が町のことを知り、町の人たちと出会う機会をつくってきた。

神山にあるのは、徳島市にある城西高校の分校。県内にはここしかない造園土木科20人、生活科10人の生徒たちが3年間を過ごしている。

「高校生たちが町の取り組みに参画することが増えてきました。多様な大人たちとともに、農業や林業など地域の課題に取り組んでいける環境になりつつあると思います。こういうことを学びたい高校生って全国に結構いるんじゃないかと考えています」

「よそから来る子たちを受け入れるためには住まいが必要だよねって話をしていて。それは学生寮かもしれないし、下宿がいいのか、新設するのか。まだ検討がはじまったばかりです」

1つアイディアとして上がっているのが、多世代がともに暮らすかたち。

生活の知恵を持っているおじいちゃんやおばあちゃん、移住して自分で事業をつくっている人やサテライトオフィスで働くIT企業の人たち。短期間だけ神山に滞在しているアーティスト、それに調査研究でやってくる大学生。

神山には実にさまざまな大人が集っている。

彼らと一緒に暮らすことで学べることはきっとたくさんあるだろうし、自分の未来を考える手がかりにもなるはず。

それはこの場所で時間を過ごす大きな意味になるかもしれない。

町がこれまで培ってきた関係性に目を向け、ともに新たな可能性を切り拓いていける人に出会いたい。

森山さんは自他ともに認める”ブルドーザータイプ”。これ!と決めたら、ぐいぐいプロジェクトを進めていくんだそう。

  
そんな森山さんのことを「自分の気持ちにすごく正直なんだよね。この人と働くのはとても面白いと思いますよ」と話してくれたのが西村佳哲さん。

神山つなぐ公社でさまざまなプロジェクトを支える役割を担っている方。

「働き方研究家」という肩書きで書籍を出したり、プランニングディレクターとして仕事をしたりもしている。

「神山に移り住んで1年が経つころに、町のことを手伝いはじめました。僕は長時間一緒にいてもお互いに気持ち良くいられる人と仕事をしたいと思っていて。ここで会った人たちは、なんか相性が良さそうだと思ったんです」

神山つなぐ公社のプロジェクト全体を見渡している西村さん。ひとづくりについて、どんなことを考えているのか聞いてみる。

「ある時期から、場所をみる視力が必要だなって思うようになって」

場所をみる視力、ですか。

「たとえば今は、インターネットがあればどこでも仕事ができるとみんなが言う。そりゃそうなんだけど、でも違うよねって思うんです」

たとえば西村さんがよく訪れる栃木の益子は、陶芸の産地として有名な場所。関東平野から低山への傾斜がはじまる地形で、傾斜に合わせて登り窯がつくられ、山では釉薬になる松葉も採れる。

まさに陶芸に最適で、環境が人の生き方・働き方をゆるやかに決めていた。

「地形や自然環境自体が、陶芸をしやすい状況だった。だから、無理なく自分の働き方が決まってくる。でも石油を使うようになって、どこでもいろんなことが容易にできる時代になった」

その最たるものとして西村さんが話していたのが「工場野菜」。どこでも同じように栽培ができる。

「もともとある太陽と水と土の組み合わせが、日本は地域ごとにすべて違っていて。ここはこういう場所だからお茶ができやすいとか、陶芸ができやすいとか、そういうのが全然わからなくなっちゃっていて。もうちょっと場所が見えれば、自分にできることが見つかるんじゃないかって」

「これまでの農業や林業ではなく、これからのそれらを作り出していく。そのためには、可能性を見出す視力がいる。この高校はそんな力を培える拠点になっていくんじゃないかって期待があって、町や高校の人たちと話し合っています」

神山つなぐ公社と同じタイミングではじまったフードハブ・プロジェクトでは、子どもたちと一緒に農業をしたり、地域で採れる野菜のおいしい食べ方を提案している。

「それは、ここにあるもので、こんなふうに豊かに暮らせるよっていう経験をつくっている。高校生の体験や暮らしも、そういう3年間になりうるものをつくっているのかな」

身近にあるものを価値として捉える経験ができると、進む道を選択するときに、外にあるものばかりを追う必要がなくなるかもしれない。

「どんな学校教育をつくるかということではなくて。神山つなぐ公社で関わっているプロジェクトはどれも、今近くにあるもので豊かに生きるっていう、文化みたいなものを取り扱おうとしているんじゃないかなって思っています」

  
こういう新しいことを試みる学校はどういうところなのだろう。

教頭の阿部さんにも話を聞きました。

「農業の専門教科の教員をして、3年前にここの教頭を任されました。小さいころは体育の先生になりたかったんですけどね」

そう言われてみれば、ハツラツとした感じが体育の先生っぽい雰囲気。学校の現状を包み隠さずに教えてくれた。

「町外からバスなどで通う生徒が9割を占めています。分校って小さいし、生徒数も少ない。どちらかと言うと、行くところがここしかないからって、気持ちがマイナスになっている子もいるんです。ずっと自信をつけさせてあげたいというのがあって」

今は古民家の再生や新たにつくっている集合住宅の緑地化など、町のあらたな動きと積極的に連携をしているところ。

たとえば宿泊施設のWEEKをつくる際には、造園部分を生徒たちが担当して庭をつくっていった。

「やっぱり一生懸命取り組んだものが形としてできあがるのは、生徒の自信になるというか。自分たちでこれだけのことをやったんだという実感もあるし、すごくよかったんですね」

「農業は相手が生き物の仕事なんです。そのとき、その状態をしっかり見れること、どうしたらいいかを考えることが農業では大切で。そういう目を養うことが、将来にプラスになると思います」

  
町の大きな流れのなかにいるからこそ、時間をかけることもある。人の成長に関わるということは、変化が感じられるまでに長い年月を要することにもなる。

まずは3年、と思って神山にやってきた森山さんも、まだまだ終われないだろうという感覚になってきているそう。そんな彼女は、とても健やかに働いるように見えました。

3月に3日間、実際に神山を訪れて、学校や町が今つくり出そうとしている状況に触れる機会があるようです。

もっと見てみたいと思ったら、まずはぜひ神山へ。

(2018/1/13 取材 中嶋希実)

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