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すこし前に、古道具店で合皮のユーズドソファを買いました。
座面が少しへたれているのですが、見た目や座り心地に惚れ込んで購入を決意。部屋の雰囲気もガラッと変わり、毎日座るのが楽しくてお気に入りのソファです。
ものが溢れた現代社会では、買い換えるのは簡単だけど、できることなら一つのものを長く使い続けたい。
そんな人たちの想いに応えているのが、椅子工房あざぶやです。

2019年に静岡で創業した、椅子張り専門の工房。
古くなった椅子やソファを修理して、雰囲気を変えたり、座り心地を整えたり。
代表の麻布さんは、椅子張り職人として20年以上修復に携わってきたプロフェッショナル。個人からの依頼だけでなく、病院や飲食店などの法人のご相談も増えています。
いまは麻布さんのほか、バックオフィスを担う奥さんと、3名の作業スタッフが働いています。
新たに募集するのは、未経験から椅子張りに挑戦する人。少人数なので、高い技術を持った麻布さんのすぐ近くで教えてもらえる環境です。家具が好きで手に職をつけたい方、将来独立したい人におすすめです。
静岡駅に到着すると、代表の麻布さんが車で迎えに来てくれた。
駅の近くには、徳川家康が晩年を過ごしたことで知られる駿府城。
20世紀を代表する染色工芸家の芹沢銈介美術館、弥生時代の登呂遺跡、それから新しい商業施設に、個性的なご飯屋さん、独立系の本屋さんなど、さまざまな歴史と文化をあわせ持つまち。
あざぶやの工房は、駅から少し離れた落ち着いた住宅街のなかにある。一部だけライトグリーンに塗られた壁が目印だ。

工房内は静かで、ローカルのラジオ番組が流れている。
脚だけの椅子や、座面の剥がれたソファなど、まさにこれから、という家具が並ぶ。
「椅子張りといっても、ベッドの頭部分にある”ヘッドボード”なんかの仕事もあるんですよ」と麻布さん。
「よかったら見てみますか」と、生地を張り替える作業を見せてもらうことに。
近くにあったヘッドボードを手に取ると、慣れた手つきで新しい張り地をつけていく。

張り地が均等に配置されるように測りなども使い、位置を微調整。タッカーという器具を用いて、ダダダダダダッと間髪入れずに針を打ち出し、座面に張り地を固定していく。
打たれた針を近くで見てみると、すこし斜めに打ち込まれているようだ。
「生地の繊維と並行して打ち込むと、力がかかったときに破れやすくなってしまうんですね。複数の糸に絡めるように打つことで、耐久性を上げているんです」
シワにならないように張り地を引っ張りながら、ふたたび打ち込む。
ものの数分で、手際よくあっという間に完成させてしまった。
素早くて正確な動きは、麻布さんの身体に染みついているもので、そのなめらかな動きは見ていて気持ちがいい。

「高校を卒業したあと、専門学校でものづくりの勉強をして。最初は木工の家具づくりができる会社を探したけど、難しかったんですね。そのときたまたま紹介してもらったのが、名古屋の椅子張りの会社でした」
「当時は椅子張りの仕事も知らなくて。でも実際に仕事を見せてもらうと、純粋に楽しそうと思いました」
まわりにいた職人さんたちは、60〜70代のベテランばかり。
何気なく張っているように見えたけれど、自分でやろうと思うと時間もかかり、キレイにも張れなかった。
独立して自分の名前で仕事がしたいと思っていたので、一生懸命に技術を学んでいく。

「7年働いて、ある程度技術は身につきました。ただ、業界のなかで自分がどれくらいの力を持っているのかは自信が持てませんでした」
「ちょうど、ある北欧家具メーカーの展示会を見にいく機会があって。椅子張りのクオリティがすごかったんですね。そこでかなりの衝撃を受けて。シワひとつない、仕上げの美しさと言いますか」
その家具メーカーは、ヤコブ・ケア、フィン・ユール、イプ・コフォード・ラーセンなど、デンマーク家具黄金時代を代表する巨匠たちと正式ライセンスを結び、現地でも製造されていない名作を復刻、制作してきた特異な会社。
気になって調べてみると、岐阜の工場でつくっていることがわかった。まずはショールームを訪れ、縁あって入社することに。
取り扱うのは、世界的な名作家具たち。現物や図面に忠実であることが求められ、ミリ単位での正確性と全体のバランス感覚が必要。そんなハイレベルな環境に3年間身を置いた。
その後は再び愛知に戻ってきて、規模の大きな会社で椅子張りの仕事を続けた。
「関東に支店をつくりたいってことで、責任者として場所決めからさせてもらいました。採用、営業、製作まですべて担当して。そこでも5年ほど勤めて、最後は20人ぐらいの規模になってたかな」
昔のことも、楽しそうに思い出して話してくれる麻布さん。
充実した時間を過ごしていたこと、椅子張りが好きなことが伝わってくる。
早い人では10年ほどで独立するそうだけど、麻布さんはじっくりと倍の時間をかけ、6年前に地元の静岡で独立した。

「お客さんは個人と法人が半々ぐらい。個人の方は50代以上の方が多いです。最初は各ご家庭のポストに投函される情報誌に、広告を載せていたんですね。みなさんその広告を切り抜いて大事に持っていてくれて」
「静岡は椅子張りの会社が少ないので、『張り替えしたかったけど、どこに持っていけばいいかわからなかった』って頼んでくれる人も多い。受け渡したあとに『頼んでよかったよ』って言ってもらえると、独立してよかったなって」
椅子張りの業界は、大きく製造とリペアの2つの仕事に分かれる。
新規・別注製作の場合は、飲食店や病院などの法人からの相談がほとんど。一度にたくさんの製品をつくるため、効率のよさと均一な品質が求められる。
また、デザイナーから新商品の開発を相談されることもあるそう。デザイナー独自の張り地のパターン選び、色彩、構成などの意図を組み込んで形にする必要があるし、トレンドの素材への対応も欠かせない。
リペアの場合は、個人のお客さんの持ち込みも多い。お客さんの要望を聞いて色味や質感を考えたり、ヴィンテージの椅子やソファの場合は、当時の技法を理解したうえで再現していく必要がある。

椅子の種類を絞っている会社もあるなかで、あざぶやでは幅広い依頼に対応している。
それができるのは、麻布さんの豊富な知識と経験があるからこそ。
麻布さんは、家具職人のなかでもとくに専門的な技能を問われる、国家資格の一級椅子張り技能士。実務経験7年以上が必要で、試験内容は1mm単位で仕上がりが問われる狭き道。学科試験でも、布・革・クッション材・木部構造など幅広い知識が求められる。
工房に置かれている40〜50年もののヴィンテージソファも、高度な装飾技術が必要なデザインだ。

ボタン締めと呼ばれる技法で、ボタンを布の上から締め込み、深くくぼませることで立体的な装飾効果を出す。
左右対称かつ等間隔にボタンを並べる必要があるし、布地が分厚い場合は張力を均等にかけるので力加減もむずかしい。
日々、年代もジャンルも異なる椅子やソファの依頼が届くので、それらがどのような構造で成り立っているのかが気になる人は、興味惹かれる現場だと思う。

独立して6年目。最近は、法人からの依頼も増えてきている。合計で月に100〜200個ほどの張り替えを行っていて、6月の予定はすでにいっぱい、7月も半分ほどが埋まっているそう。
正社員のひとりが産休に入るため、新たに職人見習いスタッフを募集することになった。
「はじめは座面に使うウレタンのカットや接着、それから古い張り地を剥がすといった簡単な作業から入ってもらう予定です」
「指の力を使う作業が多いですね。生地に打ち込まれた針を工具で抜いたり、カバーを引っ張ってクッションスツールに被せたり。ミシンでの作業も、生地がズレないようにしっかり押さえる必要がある。慣れるまでは疲れると思います」

始業は8時半から。その日の作業について麻布さんからの指示を受けて進めていく。
日によっては、ひたすら同じ椅子の生地を剥がすこともあるので、同じ作業でも時間を測ってみたり、よりキレイにできる方法を試してみたり。
最初は全体像が見えなくて単純作業と感じやすい部分も、目的意識を持ちながら取り組めると良さそうだ。
「生地を剥がすところから、ウレタンを交換して、張り地の型出しをして。仕上がりの形が見えてくるのがやっぱり楽しい。新しい人にも、ゆくゆくはすべての工程をできるようになってほしいですね」

印象に残っているお客さんを聞いてみると、ある社長さんの話をしてくれた。
「以前、その社長さんの会社の案件を担当して。僕のことを覚えていてくれて、『弟さんが病気で長くないので、椅子の張り替えをして、最後はきれいな部屋で過ごしてほしい』とご相談をもらいました」
いそがしい時期ではあったものの、時間も限られているため、「急いで納品します」と引き受けた。
「ダイニングチェア4脚かな。だいぶ使い古されてボロボロだったのを、雰囲気は変えずに同じような色味の生地で丁寧に張り替えて。なんとかご存命中に納品することができました。後から『間に合わせてくれてありがとう』って連絡をいただき、無理してでもやってよかったなって」
前職のときの先輩や後輩も独立しているそうで、忙しいときはお互いの工房に行って、手伝うこともあるという。取材中も、たまたま前職の上司の方が麻布さんに会いに来ていた。
技術を極めるだけでなく、人との関わりも大切にする。椅子と人と、長く付き合う。
一人前になるには、長い時間をかける必要があるけれど、丁寧に向き合って行った先に、温かい未来があるように感じました。
(2025/06/06 取材 杉本丞)


