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感性を磨く一年
和食の世界に踏み出す
その一歩を、島で

※日本仕事百貨での募集は終了いたしました。再度募集されたときにお知らせをご希望の方は、ページ下部よりご登録ください。

島根県の沖合に浮かぶ、隠岐中ノ島・海士(あま)町。

本土からはフェリーで約3時間、東京からだと一日がかりで辿り着く離島に、「島食の寺子屋」という小さな料理学校があります。

ここで取り組むのは、「その日を形にする」料理。

今朝獲れた魚に、畑で実を結ぶ季節の野菜、山の恵み。一年間、プロの料理人に和食の基礎を学びながら、島で採れる旬の食材のみで季節を表現します。

なんでも手に入るわけではない環境で、五感で食材に向き合う。自然に学び、料理の感性を磨く場所です。

今回は、2026年度に加え、2027年度の入学希望者を募集します。

日本仕事百貨でも長く紹介している、島食の寺子屋。さまざまな人が島へ飛び込み、学びを深めてきました。

卒業後は、日本料理の道に進む人もいれば、生産地の近くで働くことを選ぶ人、いくつかの飲食店をかけ持ちしながら料理を続ける人もいる。その進路はいろいろです。今回は、今年寺子屋を卒業し、京都で働くふたりの卒業生に話を聞きました。

島での学び、いまだから感じること。どんな未来を描いているのか。

少し先の未来を想像しながら、読んでみてください。

 

訪れたのは、京都・宇治。

まずはここで、島食の寺子屋のコーディネーターである恒光さんと、寺子屋の活動を応援する料理人の方に話を聞く。

「島では秋まで行事が目白押しで、ようやく落ち着いてきましたね」

そう話すのは、恒光さん。

生徒募集や食材の仕入れのほか、寺子屋の活動に協力してくれる人との調整など、裏方として活動を支えている。

「寺子屋では『和食の入口に正しく立つ』人を育てることを掲げています」

その土地で、その季節に、自然からいただく恵みで料理をする。和食の基本だけれど、生産技術や流通網が発達するとともに、失われつつある感覚でもある。

島での暮らしを通じて、和食本来の心や技術を学んでほしい。そんな想いから、プロジェクトが始まった。

「包丁の使い方や出汁の引き方などの基本は押さえますが、寺子屋の活動に決まったカリキュラムはありません。天候や生産現場の状況によっては、毎年同じ体験ができるとも限らない。そのときどき、島にあるもので学びをつくっていきます」

四方を海に囲まれた海士町は、一時間もあれば車で一周できる。島には放牧された牛もおり、季節の魚に野菜、山菜とも出会える、自然ゆたかな環境だ。

港で水揚げされたばかりの魚を仕入れ、みずから捌く。作業を手伝った畑で採れた野菜を使う。食材がどのように育って、手元に届くか。生産現場が近いとよく見えてくる。 

島にある「離島キッチン海士」に予約が入れば、先生とともに会席のコースに取り組む。途中からは仕出し弁当を献立から考える機会も加わり、実践の経験を積んでいく。

後半では、自身の興味をもとに授業を企画することも。

基礎の習得、実践、アウトプットの日々。何ができるか、何をしたいか。自然と向き合い、必死に走り続けるなかで、一年がめまぐるしく過ぎていく。

「自然から学ぶ島に対して、研修でも訪れている京都は文化の集積地みたいな場所で、知識や教養が必要とされる。学べることがたくさんあって、料理人として成長できる場所だなと」

今年は2名の卒業生が京都で就職したという。ふたりの話をぜひ聞いてほしい、と恒光さん。

「京都で働くことをむやみに勧めたいというわけではなくて。その人がやりたいことをできるよう応援するスタンスは、昔から変わりません」

「ただ、料理人として生きていくなら、京都で過ごす時間はきっとためになる。寺子屋の先に、こんな道もあるんだと知ってもらえたらうれしいです」

 

京都で働く料理人から見て、寺子屋はどんなふうに見えているのだろう。話を聞いたのは、「京料理・抹茶料理 辰巳屋」で主人を務める左(ひだり)さん。

店の若手を連れて島を訪れたり、逆に外部研修先として寺子屋の生徒たちを受け入れたりと、寺子屋を応援している料理人のひとり。

「もし自分が若いときに島食の寺子屋があれば、間違いなく参加していたと思いますね」

「料理人をしていると『10月になったし、こういう献立をつくるから、何々を仕入れよう』がふつう。でも、島では仕入れられないものがたくさんある。仕入れできるものから献立を考えるというのは、すごい経験やなと」

魚でも、当日になるまでどんな魚が揚がるかわからない。揚がったとしても、大きさや鮮度を自分の目で見て、最適な調理法を考えることが必要だ。

「感性が磨かれるんでしょうね。発想力や目利きは、めちゃくちゃ料理人に必要な要素だけれど、ふつうに就職する道では時間がかかるし、なかなか身につくものじゃない」

食材のことをよく知り、どう届けるか考える力は、料理人として大事な要素。一方で、京都だから学べることもある、と左さん。

「京都にある料理屋には、地方のお店には絶対真似できない何かがある。それは一言で言うと、もう雰囲気やと思います」

「料理人とは、食べる相手がいてこそ成り立つ仕事。つくった料理だけじゃなくて、器づかいやサービス、しつらえ、食べていただく環境… すべてにおいて、どこまで相手のことを考えられるかというのが大事です」

2026年度から、島食の寺子屋では、卒業後に京都の料理店を複数まわりながら料理人としての実務経験を積む、有償インターン制度を設ける予定。

もちろん参加は希望制。しばらくの間働いて経験を積むもよし、気に入った場所があればそのまま就職する道もある。いろいろな料理店を回って働く経験は、のちのちの進路選択の助けにもなるはず。

 

卒業生たちは、島での日々をどう感じているんだろう。

車を走らせ、銀閣寺ふもとにある三友居の別邸へ。

三友居は、出張茶懐石を専門とする料理屋さん。数百あるという流派や地域を問わず、さまざまなお茶事に対応している。

4月からここで働く、前田さんが迎えてくれた。

大阪出身の前田さん。大学を卒業して、島食の寺子屋へやってきた。

「進路選択をするうえでずっと大事にしてきたのが『不便のなかに本当に大事なものがある』ということ。寺子屋の記事を見つけたとき、これだ!と思いました」

茶道を嗜み、茶事の世界に興味を持っていた前田さん。

茶事とは、亭主が親しい人を招いてもてなす宴のこと。道具や掛け軸、器など季節を感じるしつらえでお客さんを出迎え、濃茶をおいしくいただくための料理、茶懐石がふるまわれる。

いつか自分でもやってみたい。恒光さんのあと押しもあり、授業の自主企画として茶事に挑戦することに。

「島の人に掛け軸をお借りしたり、別のお家では着付けを練習させてもらったり。講師の鞍谷先生や生徒のみんなにもたくさん協力してもらって、島の力を総結集した感じの会になりました。わからないなりに、精一杯まことを尽くせたと言えます」

鮮明に覚えているのは、ふだんからお米を仕入れていた農家さんとの会話。

「茶懐石でもお米を使わせてもらったんです。そしたら、茶事に参加した方が『お米がおいしい』って、翌日農家さんに伝えにきてくれたと。『いつも食べてるお米なんだけどね』と、その話をする農家さんがすごくうれしそうで」

「そうだ、私はこれがしたいんだ!って。いろいろうれしいことはあったけれど、茶事に関わってくれた人、農家さんの笑顔が見たくて頑張ったんだな、と」

自分の仕事にどんな意味があるのか、どう心を込めれば伝わるのか。島という顔の見える距離感で過ごした時間は、きっと原体験として刻まれていく。

三友居とは、京都での外部研修時に訪ねたことがきっかけで出会った。現在は、創業者でもある会長について回りながら、さまざまな茶事の経験を積んでいるところ。

「ただおいしければいいわけじゃない、京都の文化の深さを感じています」

話してくれたのは季節の捉え方のこと。

「たとえば10月なら、冬がもう来るよと予告するような先取りの文化があるんです。少しでも遅れるとだめ。京都の好きな文化でもありつつ、本当に自然かといえば、そうではないなとも思っていて」

「まだ文化が肌に馴染んでいないのかなと思います。一方で、繊細な心配りが人と人の関係を深くしてきた一面もある。うまく活かせば、深い感動を届けられるかもしれない」

時代は変わるし、文化とされているものがすべてではないかもしれない。けれど、まずは知ることからはじめてみたい。全部学び、全部吸収です、と微笑む。

 

もう一人の卒業生、冨田さんを訪ねて、松尾大社のすぐそばにある「京料理店 鳥米」へ。

辰巳屋と同じく、島食の寺子屋の外部研修先として交流を深めている。

今日は料理長の講演に同行してきたのだそう。

「日本料理で仕事をするのは、高校生のころに決めていて。でも、専門学校に行くのはなんか違うなと」

「用意された食材を、ただ切って完成!って、そんな簡単なことじゃないよなと。食材を育てるとか収穫するとか、もっとむずかしいことがあるのに、それを学ばずに料理をするのはどうなのかなと思って」

自然に囲まれて成長した冨田さんにとって、島は理想的な環境だった。

「島では毎日幸せでした。目に映る景色がまず幸せで、耳も目も、頭も心もずーっと幸せ。春は大根の桂むきを練習するんですけど、桜があまりに綺麗で。先生にお願いして、桜の木の下でむいてました(笑)」

「農家さんのところに行ったら、なんでもかじらせてくれる。そのまんまを味わえるし、そのときどきで味も変わるから、めっちゃ面白いな!って」

年2回ある外部研修で訪れたのが鳥米。おせちづくりの手伝いなどを経験するなかで、アットホームな雰囲気に惹かれ入社を決めた。

鳥米で働きはじめて、料理の見方が変わったという。

「料理長からは口酸っぱく『目的を決めてから料理をするように』と言われていて。なぜその料理が必要なのか。和え物ひとつでも、どんな食材を使うのか、どんなタイミングで出すかで、食感のつけかたは変わる」

「島で鞍谷先生からも教わっていたけれど、当時は目の前の食材に向き合うことで精一杯で。調理場に立つようになって、あらためて大事なことなんだと感じています」

隣で聞いていた料理長の田中さんが、うなずきながら続ける。

「まずは気づけたことが大きいよね。冨田の動きを見ていると、鞍谷先生が基礎をしっかり教えていることは伝わってくる。ただ、島で過ごす怒涛の日々では咀嚼しきれてないこともあるだろうから、うちでその手伝いができたらいいなと思ってます」

「経験を通して覚えるって、やっぱり一番大事」と、田中さん。

「座学で専門学校に勝るものはないだろうけど、料理人として生きる道筋をしっかり描けるのは島食の寺子屋やと思いますね」

 

五感をはたらかせ、全身で学んだ島での日々は、原風景としてこの先もその人を育ててくれる。そう感じた取材でした。

「その日を形にする」あり方は、どんな料理にも通じる根っこのようなもの。今回は京都で働くふたりを紹介しましたが、日本料理の道に限らず、自分が働きたいと思う場所に出会えたらまっすぐ飛び込むのもありだと思います。

オンラインでの個別相談会も随時開催中なので、ピンと来るものがあれば、ぜひ話をしてみてください。大切にしたいと思うものが、きっと見えてくるはずです。

(2025/10/13取材 阿部夏海)

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