求人 NEW

海へ、山へ、里へ
今、ある島の食材と
とことん向き合い料理する1年

※日本仕事百貨での募集は終了いたしました。再度募集されたときにお知らせをご希望の方は、ページ下部よりご登録ください。

「この島で和食の料理人を育てたい」

島根・海士町(あまちょう)。この島を訪れた和食料理家で食文化の普及活動も行っている斎藤章雄さんの言葉から、「島食の寺子屋」のプロジェクトがはじまりました。

こんこんと湧く水、米や野菜、漁業に、畜産。隠岐諸島の一部をなす海士町には、そのすべてが車で1時間以内の距離にあります。料理人自ら、生産者の元を訪れることも、自然の食材を採りにいくこともできる。

生産現場に触れ、生産者から話を聞き、ときには食べてみる。そんな食の経験は何にも変え難いことだと思います。

「島食の寺子屋」は、島や食材を五感で感じ、料理の技術や考え方を1年をかけて学んでいくプログラムです。

島の食材のみを使い、その調達から調理、提供を通して和食の基礎を身につける。

包丁の持ち方から教えてもらうので、調理の経験がなくても大丈夫。卒業後、海士町で働きながら研修に必要な費用を返す選択もできる。

料理の世界に飛び込んでみたい、食に深く向き合ってみたい。そんな人にとっては、ここでの1年はきっと宝物になると思います。

 

東京から飛行機、電車、船を乗り継ぐこと8時間。

最後は島と島をつなぐ連絡船で海士町へ。到着するころには、暑さのピークはすぎ、爽やかな潮風が感じられる時間になっていた。

一夜明けて、朝8時。島食の寺子屋の授業に同行させてもらう。

この日は、「島食の留学弁当」の食材調達とその仕込みを行うそう。

最初に向かったのは、ムラーズファーム。2014年に移住したドイツ人のムラーさんが、有機野菜と鶏を育てている。

オクラ、ナス、ズッキーニ、バターナッツカボチャなどの夏野菜がちょうど食べごろ。寺子屋の生徒8人は、じっくり野菜を見て収穫していく。

朝とはいえ暑い日差しのもとでの農作業。汗をかきながらも、畑に入る生徒たちの顔はなんだか楽しそう。

ひと段落つくと、とれたてのオクラをムラーさんが生徒たちにひとつずつ手渡す。わたしも一緒にひとついただいた。

パリッ、シャクシャク。

実があつく、食感がいい。市販のものより緑の味が濃い気がする。よく味わい、感想を話す生徒たち。

「同じ食材でも時期とか株で味が違う。食材があるから料理ができるって順序で考えていくので、食材のことをまずは知らないと」

そう話すのは、講師の鞍谷(くらたに)さん。

鞍谷さんは、この道28年の和食料理人。神戸や京都で修行を積み、京都の実家のお店で寿司と京料理をつくる料理人として働いた。その後、縁あって2020年から島食の寺子屋の講師を務めている。

「ちょっと苦味があるな、甘みが強いなとか。食べて感じたことや味を覚えておくことが大切で。そうすると、自分のなかにだんだんと味の蓄積ができていく。舌を育てるっていうのかな」

「いろいろ食べると、ほかの産地のものと比べて、島の野菜ってこんな感じやったんやって1つの指標ができます。だから、とりあえず食べてみって生徒らに伝えてますね。あとは無意識に食べるなって」

生徒たちも鞍谷さんも、ムラーさんやほかの島内の生産者さんのもとを毎日のように訪れる。授業以外で作業を手伝うこともあるそう。

「料理人って、直接食べる人に説明できる立場じゃないですか。生産者さんがどういう思いやこだわりを持ってつくってはるか聞くことで、料理でも言葉でも伝えることができる」

顔が見える関係で料理をしていると、食材に対する意識も変わっていく。生産者との関わりや話も、料理や食材を深めるきっかけになると思う。

ほかの畑や、料理を詰めるお弁当の資材を買う商店をまわり、校舎にもどる道すがら、車を路肩にとめる。

どうやら、このあたりに茗荷(みょうが)が生えているらしい。食材を探していたときに、寺子屋も利用する商店の奥さんから茗荷が自生する場所だと教えてもらったという。

ガサガサと藪には入っていく生徒たちに加わり、鞍谷さんも一緒に探す。

「ここらへんにたくさんあるで」と教えてくれる鞍谷さんの手には茗荷が。

地面から少しだけ頭を出している茗荷を見つけ、「あった!」と歓声をあげる生徒たち。

茗荷が採れる時期は1週間ほど。自然に生えているものなので、採れないときもあるし、時期がずれて気づいたら終わっていることもある。

自然の恵みをいただいている、そんな当たり前のことに気付かされる。

 

島食の寺子屋の校舎に着いたのは11時すぎ。ここから料理の実習がはじまる。

料理に向かう生徒たちの表情からは、緊張感が伝わってくる。今日仕入れた食材と、前日までに仕入れた食材の量を確認し、仕込みを進めていく。

入学してからは、大根の桂むきや魚の三枚おろしなどを学び、お客さんへの料理の提供も経験する。島内の飲食店「離島キッチン海士」での実習や、今仕込みを進めているお弁当もそのひとつ。

「4月に、桂むき用の大根を200kgぐらい仕入れます。最初は桂むきにならなくてザクザク切るから、生徒8人が使うとすぐになくなるんです。みんなが慣れてくると、なかなか減らなくなっていきますね」

授業の最初には、必ず鞍谷さんがお手本を見せる。

「簡単そうだな、自分もできそうだなって思ってもらいたい。難しそうだな、で入ると、頭も体も固くなる。とりあえず1回大胆に失敗して、そこからうまくなっていったらええ」

「簡単にできたら、俺いらんやんけ」と笑う鞍谷さん。卒業生はみな、桂むきも三枚おろしの技術も身につけて卒業していく。

「海からあがったばかりの魚が見れるのも、貴重な体験だと思います。市場で魚を見ても、何て魚かわからない料理人が増えている。寺子屋発起人の斎藤さんにもその危機感があって」

「校舎から歩いて5分くらいのところに定置網の漁港があるので、水揚げに立ち会ったり、漁師さんの船に乗せてもらうこともあります。こんなに新鮮な食材に出会える現場があって、それをお客さんにお出しできる場所がある。料理をする人間からしたら、こんなに恵まれている環境はないと思います」

取材日は台風が近づいてきている影響で、漁はお休み。生産現場に近いからといって、いつでも食材が豊富にあるわけではない。

島食の寺子屋のコンセプトは「その日を形にする」。

大量に獲れて、一日中魚をさばいているような日もあれば、旬の食材が少ない5月や12月には島中の食材を探し回る日もある。刻々と変わる島の日々を、自然を追いかけるように形にする。

「予定通りにいかないことばかりです。でもそれが魅力というか。あるものでいかに工夫してつくるかってことを常に考えています。ここに来てから、野菜のヘタや芯で出汁をとったり、食材を余すところなく使ったり。自分自身も学ぶことが多いです」

「普通の料理学校より、あるものをどう料理するかという対応力は嫌でも身につきます。卒業した子が働く料理屋を訪ねたとき、ほかの学校の卒業生よりも厨房での動き方とか指示の理解が早いって言ってもらえたことがあって。すぐには気づかないかもしれないけれど、ここでの経験は確実に骨身になると思います」

卒業生には、日本各地の日本料理などの飲食店で料理人になる人も、農家や魚屋になる人もいる。和食の料理人を育てるプログラムではあるけれど、そこに収まらない学びがあるんだろうな。

 

今かよっている生徒たちは、寺子屋のことをどう感じているのだろう。

6期生のひとり、野本さんにも話を聞く。

「私ともう1人でお盆明けのお弁当を担当していて、今はその試作をしています。お品書きから仕入れ、仕込みの段取りも含めた全てを担うのは、今回がはじめてで。ドキドキしながら準備を進めています」

島に来る前は、東京の市場でトマトの流通にたずさわる仕事をしていた野本さん。

「正直、料理人になりたいってよりは、生産者さんのもとを訪ねたり、島での暮らしを体験したくて入学しました。でも実際にやってみたら、料理もすごく楽しくて」

「最初、毎日大根の桂むきをするのが嫌だったんですけど、だんだん手を切らないで薄くむけるようになって。ステップアップしていくのが楽しいんですよね。6月からの離島キッチンの実習で、お客さんのことを考えながら料理をするのも、梅干しや桜の葉や花を漬ける季節の手仕事も… 思い出すと全部楽しいです」

最近の離島キッチンでの経験も話してくれた。

「炊き合わせっていう、出汁の割合や味付けを変えた煮物を1つの器に盛り合わせてお出しする料理があるんです。お出ししたときに、味付けを変えていることに気づいてくれた方がいて。美味しく味わってもらうためのひと手間が伝わっているんだなって、うれしくなりました」

実際にやってみたからわかる楽しさやうれしさ。大人になって、1年間かけて何か新しいことに打ち込む経験は、なかなかできないと思う。

不安はなかったんでしょうか。

「レールを外れる不安は確かにありました。前職の会社に入社してから、ずっとお世話になっていた方もいて、その人たちとやってみたいこともあったので、迷いましたね」

「ただ、自然に囲まれて、季節の移り変わりを感じながら暮らしてみたいとずっと思っていて。30歳を目前にして、いつ死ぬかわからないし、やりたいことは元気なうちにやってみようって。一念発起して来ました。寺子屋に入っての後悔は、全然ないです」

島での暮らしも気に入っているという。

「お弁当の盛り付けに使う笹や柿の葉が身近にあって、すぐに採りにいけるし、この前は蛍を見たんですよ。こういう環境がすごくいい。でも一瞬で過ぎていっちゃうから、また見たいなと思うと1年後なんですよね」

「今は寺子屋で用意してくれたシェアハウスに2人で住んでいますが、家族みたいに感じていて。大根だったり、魚のあらだったり、実習で使う食材の切れ端を持ち帰えらせてもらって、捨てないで工夫して食べ切ることをモットーに暮らしています」

冷蔵庫いっぱいの魚のあらで、鯛めし、潮汁、ラーメン、そぼろなどいろいろ試し、あるものを活かす工夫を重ねていく。

1年間の島暮らし。授業も、ここでの暮らしも楽しめる人だといいのかもしれない。

「島食の寺子屋は、自然の影響や集まる生徒によってもプログラムが変わります。それって当たり前のことだなと思っていて。前職のときに、無理矢理食材を集めないといけないことがあって、品質が悪くてもなんとかおさえて、高い値段をつけて売ることに違和感を感じていました」

「この島では『ないものは、ない』んです。それでいいし、あるものを活かせる人に私はなりたいです」

島食の寺子屋では、仕入れる食材の大きさや品質を明確に決めていない。15cmくらいのズッキーニがほしくても、30cm以上のものしかないこともある。

「大きいズッキーニは皮が硬いんです。だから市場では弾かれてしまう。食材の良さを活かす技術があれば、規格外と言われてしまうものでも、きっとスペシャルな料理にできると思うんです」

頭は柔軟に、料理の腕は確かに。そんな人が増えていけば、食の世界を変えていけるかもしれない。

 

一人前になるまで10年かかると言われている和食の世界。島食の寺子屋で学ぶことで、その心構えや核になるものができるように感じました。

ここで得た経験は、すぐには花開かないかもしれない。それでも、料理の道を進むうちに、必ず自分の糧になるものだと思います。

(2023/8/7 取材 荻谷有花)

この企業の再募集通知を受ける

おすすめの記事