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島根県の沖合に浮かぶ、隠岐中ノ島・海士(あま)町。本土からはフェリーで3時間もかかる離島です。ここに「島食の寺子屋」という小さな料理学校があります。生徒たちは1年間、島に暮らしながら、プロの料理人から和食の基礎を学びます。
海に、山に、畑に、食材を育む自然が豊かな島。今朝獲れた魚や、畑で実を結ぶ野菜、生産者の声、山の恵みから知る季節の巡り。五感で食材に向き合い、料理の感性を磨いていきます。
一人前になるまで10年かかると言われている和食の世界。島食の寺子屋で学ぶのは、その入口の部分です。
初心者のうちに、食材のありのままの姿に触れることには大きな意味がある。とはいえ、仕事や生活を一度ストップして、離島に渡るのはちょっと勇気がいる。
これまで寺子屋に学んだ生徒たちも、そんな不安や葛藤を抱えながら、自分なりの学びの形を模索してきました。
今回はそんな卒業生の一人を訪ね、海士町だから学べたこと、新しい仕事のこと、そして島を離れた今感じていることについて、話を聞きました。
2018年からスタートしたこの寺子屋。現在は2022年度の入学希望者に向けて、オンライン説明会や来島見学会を進めているところです。
気になったら、ぜひ、続けて読んでみてください。
訪ねたのは、神奈川・葉山にある古民家。
ここは、和食薬膳の料理家である山田奈美さんの自宅兼仕事場で、日が差し込む縁側には梅やニンニクが干してある。裏庭からは鶏の声も聞こえた。
この春、島食の寺子屋を卒業した岡村恵さんは、今ここでアシスタントとして働いているらしい。
玄関で傘をたたんでいると、なかから「お久しぶりです〜!」と、岡村さんの元気な声が聞こえてきた。
岡村さんと会うのは、約1年ぶり。昨年、梅雨も明けきらない7月の海士町で、寺子屋の実習を見学させてもらったとき以来だ。
あの日は野菜を収穫するところから1日の授業がはじまった。たしか朝7時半に、4人の生徒さんと先生とみんなで畑に集合して、トマトを味見したりしましたよね。
「そうそう。島食の寺子屋は、お米も野菜も、お魚も、さっきまで自然のなかにあった、生きた食材を自分たちで採るところから授業がはじまるんです。魚をさばくと、あんなに血が出てくるんだとか、スーパーの切り身ではわからないことがたくさんありました」
「今こうして島を離れてみると、海士町で見るもの、触れるもの、すべてが学びだったなあって思います。でも、島にいるときは、そんなことをしみじみ思う余裕もなく。1年間本当に忙しくて、怒涛でしたよ(笑)」
朝から夕方まで、食材を採りに行ったり、教室で実習をしたり。ときには漁船に乗って沖合まで出ることも。
生徒同士でシェアハウスに暮らしていた岡村さんたちは、授業が終わってからもみんなで食事をつくるなど、まさに料理漬けの日々を過ごしてきた。
島食の寺子屋には、決まったカリキュラムがない。
その日島で手に入る食材に応じて授業を組み立てていくので、天候不良で漁がない日は、野菜を使った授業や出汁の取り方などの実習に切り替えることも。そのときどきの素材と向き合う視点は、和食の現場では欠かせない力。
また在学中から、実践経験を積めるというのも、特徴のひとつ。島で仕入れた食材のみで料理を提供する「離島キッチン海士」というお店に予約が入れば、先生の指導のもと、和食懐石の献立づくりから調理までを実践的に学ぶこともある。
現在、寺子屋で指導を担当している鞍谷浩史さんは、もともと京都で長く働いてきた料理人。そんな先生と一緒に調理場に入るだけでも、吸収できることはたくさんありそう。
島食の寺子屋の授業には、教室で基礎を磨く時間、現場での実践、野外でのフィールドワークなど、いろんな要素がギュッと詰まっている。それを1年で学ぶって、考えてみればすごいボリューム感ですよね。
日々、めまぐるしく授業内容が動いていくなかで、一度に全部を身につけようと思うと、大変かも。
「そうなんです。先生も、『今は現場で実践していくための土台になる部分を学んでいるから、焦らないで』って言ってくださっていたんですが、何か資格が取れるわけでもない。いろんな可能性のなかから何を掴み取るか、常に考え続けるような日々でしたね」
以前は会社員として働いていた岡村さん。本物の食材に触れられる環境で料理を学びたいと、2020年の春に島食の寺子屋に入学した。
「いろんな実習をしていくなかで、職人のように黙々と厨房で技を磨いていくのは、自分には向いていないかもしれないって思うことがあって」
それよりも、人の顔が見えるところで食と関わりたい。
自分のなかに浮かんできた思いをたしかめようと、岡村さんは在学中にオンライン料理教室を企画。参加者には海士町の食材を事前に送り、画面越しに話しながら、一緒に料理をした。
生徒それぞれが興味を持ったことを実践してみられるのも、カリキュラムのない寺子屋ならでは。
「やってみたら、すごく楽しくて。ああ、やっぱり自分は食の楽しさを伝えたり、人がつながる場をつくったりするのが好きだなって思いましたね」
卒業を間近に控えたころ、岡村さんは、やりたいことを実現できる場所を探しに、就職活動の旅をはじめる。
地元神戸から、京都、大阪、長野、湘南と、気になる飲食店を1軒1軒訪ね、店主と話をしてきた。
「まずはカウンターに座り、自己紹介をして。そこから自分が海士町で1年間学んできたこと、これからやっていきたいことを話そうと思ったんです。だけど、どう伝えたらいいのか、最初は言葉が出てこなくて」
「私は正直、この1年で本当に成長しているか実感が持てなくて悩んでいたんですが、旅で人と出会って話をすることが、振り返りにもなって。だんだん、自分の言葉で話せるようにもなって、私は島でこれだけのことを学んできたんだって、自信を持てるようになりました」
そんななか訪れた鎌倉のカフェで、隣り合わせたお客さんから紹介されたのが、山田奈美さんのこと。
葉山に仕事場を構える山田さんは、もともと東京で編集ライターの仕事をしていて、取材を通して和食薬膳の師匠に出会った。
和食薬膳というのは、中国の薬膳の考えをもとに、日本人の体質や気候風土に合った、季節の家庭料理を提案するもの。
「和食こそ、日本人にとっての薬」という考えに共感した山田さんは、自然豊かな土地で暮らしながら、料理教室という場を通して、食の楽しみを伝えてきた。
そんな山田さんの話を聞き、「会ってみたい!」と強く感じたという岡村さん。アシスタント志願のオファーを受けた山田さんは、そのときどう思いましたか?
「そうですね…。行動力と、エネルギーがある子だなって思いました。初対面で、私自身、海士町のこと、寺子屋のことは知らなかったんですけど、恵ちゃんは、自分の言葉で思いを伝えてくれて。おもしろい学校があるんだなあって思いましたね」
「私はこれまでアシスタントを募集していなかったんですが、一緒に仕事をしてみたら、恵ちゃんは技術もしっかりしていて安心感がある。教室でも私の手が回らないところを、個別に生徒さんに付いて教えてくれて、本当に助かっています。何より、キッチンで一緒に話しながら料理できるのが楽しいですね」
山田さんのところに通いはじめた岡村さん。はじめのころは、裏山に逃げた鶏を探しに行くこともあったよね、とふたりは笑う。
岡村さんは今、週に1〜2回のペースで山田さんの仕事場に通い、それ以外の日は2軒の飲食店での仕事を掛け持ちしている。
1軒は「茶飯事」という日本料理屋さん。もう1軒は「まちの社員食堂」というコミュニティスペースのようなごはん屋さん。1日でふたつの仕事場をはしごすることもあるという。
「今は忙しいんですけど、めちゃくちゃ楽しいです。仕事だけど、お金を稼ぐためだけに働いているわけじゃなくて、自分が大切にしたいことに全部つながっているって思えるから」
鎌倉や逗子のまちに料理を通じて自分の居場所を見つけながら、少しずつ次の目標に向かって動き出している。
それは、料理を通して人が集まり、日常のなかにある食を味わうような場を、自分でつくるということ。
「やっぱり今、本物に触れる機会って減っていますよね。生きた魚に触るとか、山菜を採ってみるとか、ぬか床を混ぜるとか。自分が海士町で経験したように、五感を使って食を自分のものにしていくような教室をつくって、日々のご飯を大切にしたり、食を通じて人をつないでみたいんです」
昨年、海士町で出会ったときに岡村さんは、毎日見るもの触れるものが新鮮すぎて、インプットが間に合わないと話していた。
今、島で体験したことが、少しずつ自分のものとして定着してきているんですね。
その場ではすぐに理解できなくても、浴びるようにたくさんのインプットをしてきた経験が、いつしか岡村さんのなかにいい土壌をつくっていたのかもしれない。
「以前の私は、人に教えてもらわないと学べないと思い込んでいたんですけど、今は校舎の外にもたくさん学びがあるって思える」
「近所の魚屋さんと話をするのも、外食して店主の人と料理や味付けについて話すのも、奈美さんの横で料理をすることも、全部が学び。料理の技術は仕事をしながら磨いていけるし、道のりが長いからこそ楽しいんだって思えるようになりました」
「今、正直、お金はないんですけど、自分が大事にしたいことを大事にする生活ができているから、あまり不安はなくて。その考え方って、会社員時代には想像もできなかったことですね」
新しい一歩を踏み出そうとする岡村さんに、山田さんはこんな言葉をかける。
「新しいことをはじめるとき、最初はうまくいかないこともあるかもしれないけど、正しいことや楽しいことが何か、自分のなかでちゃんとわかっていれば、自然に人が集まってきて場ができる。焦って世の中に迎合しなくても、やりたいことで突き進んでいけば結果は後から付いてくるはず」
島食の寺子屋の卒業生は現在通算で8人、2021年の在校生を入れると、12人になる。
1年間和食の基礎をに学びながら、それぞれが模索しながら自分にあった進路を見つけていく。島外のお店に就職することが多いけれど、島に残って働く道もある。
自分は何を大切にしたいのか、それぞれが問いに向き合いながら学んでいく。そのための1年間なのかもしれません。
取材のあと、山田さんと岡村さんが昼ごはんを用意してくれました。
台所から聞こえる話し声や、ホカホカの湯気があがるご飯。その穏やかな光景を見ていると、岡村さんが見つけた“大切にしたいこと”が、何かわかるような気がしました。
(2021/6/14 取材 高橋佑香子)
※撮影時はマスクを外していただきました。