子どものころを過ごした家に、どんな思い出がありますか?
台所から聞こえてくる包丁の音に、夕食の気配を感じたこと。飼っていた動物と一緒に遊んだ日々。冬の朝に冷たい廊下を通り抜け、ストーブで暖をとったこと。
家は、そこで暮らした記憶と、切っても切り離せない存在だと思います。
一人ひとりの思い出がつまった家を引き継いで、次の住み手へと渡していく。
家を未来に引き継ぐための、新たな取り組みが生まれています。

舞台は、長野・佐久穂町。
八ヶ岳のふもと、千曲(ちくま)川沿いに広がる人口1万人ほどのまちです。
教育に特色のある学校が開校したことで、教育移住の選択肢として注目されている佐久穂町。
住まいの需要と供給の適切なマッチングに課題があり、「移住したくても移住できないまち」と言われています。
理由の一つが、空き家活用の難しさ。所有権や荷物の片付けなど、再び活用するにも大きなハードルがあります。
そんな空き家の問題に対して「予防」の観点から取り組む、新たなプロジェクトが立ち上がっています。

今回募集するのは、プロジェクトを推進していく担当者。
長野県内の協力隊を支援する一般社団法人Local Innovation Initiativesや、まちのサポートも受けながら、一つひとつの家の記憶も含めて次世代へつなぐ仕事です。
実践的な知見を蓄えながら、宅地建物取引士の資格取得にもチャレンジできます。
地域おこし協力隊の制度を活用するため、任期は3年。
卒業後には、全国の空き家問題解消のエキスパートになれる。そんな可能性を秘めたプロジェクトです。
佐久穂町までは、東京駅からおよそ2時間。
佐久平駅で新幹線からJRに乗り換えて、さらに30分ほど南に進む。
車内には通学する子どもたちの姿が。佐久市や小諸市といった近隣から、佐久穂町に通う子も多いそう。
海瀬(かいぜ)駅に到着して、住宅街を歩いて抜ける。眼下に千曲川が流れる橋を渡ると、澄んだ空と山々が遠くに見えて気持ちいい。

駅から歩いて8分ほどで、佐久穂町役場に到着。3階の会議室に案内してもらう。
役場で空き家対策を担当する土屋さんに、プロジェクトの成り立ちについて聞く。

「オランダで広まった『イエナブラン教育』を取り入れた、日本初の認定校が6年前に開校して。佐久穂町では、子育て世代の教育移住が増えているんです」
「ただ、学校の近くに住みたくても家がなくて。現在は8割の方が町外に住んでいる状況です。9年前の調査では、町内におよそ500軒の空き家があることもわかっています。この需給のミスマッチを解消することが、まちの最優先事項なんです」
空き家が多いのに住めないというのは、どういうことなんでしょうか。
「家は個人が所有する財産なので、まちとして移住希望者に貸したい・売りたいと思っても、家主さんのOKをいただけない限りは話を前に進められないんです」
主な理由が、家族との思い出がつまった家を手放したくない、所有権の変更に必要な手続きが面倒といった心理的なもの。
ほかにも、遠くに住む家族の荷物が残っていて膨大な荷物を一人で片づけるのが大変など。さまざまな理由が絡み合っており、たとえ空き家になっていても、活用できる物件の数は少ないそう。

そんな状況を解消しようと、まちが立ち上げたのが「おうちタイムレスプロジェクト」。
一人暮らしの高齢者やその家族の相談相手となり、暮らしの記憶を聞きながら、家のこれからを考える。
家を次の住み手に継承したいという気持ちになったら、協力隊がハブとなって専門家につなぎ、スムーズに家を手放せるように支援する。
地域で協力しながら、手付かずの空き家を生まないようにする取り組みだ。
「全国を調べると、片付けを一生懸命やって1年に1〜2軒空き家を活用できました、という事例が多いのですが、それだと佐久穂町では数が足りなくて」
「移住のニーズに応えるためにも、より多くの家を活用できる新たなモデルづくりが必要なんです」
佐久穂町では65歳以上の高齢者が人口の4割を占め、調査で判明している空き家の数は500戸ほど。その数は今後も増えることが予想されている。

契約手続きや補修などの専門知識が必要なことは、不動産や建築分野の民間プレイヤーたちと協力して進めていく。
今回募集する協力隊自身も、興味があれば学びながら利活用に関わっていくこともできるそう。
「新しく入る人が動きやすいよう、少しずつ活動を進めていて。その中心メンバーのひとりが彼女です」
そう紹介してもらったのが、佐久穂町で生活支援コーディネーターとして活動している畑(はた)さん。
地元出身で住民からの信頼も厚く、高齢者の抱える生活全般のお悩み解消に向けた取り組みをしている。

「佐久穂町は古い風習が残るまちで、高齢者の方が集まるサロンがある集落が多い。住民の関心があるテーマを持ち寄って話し合ったりして。その企画運営を手伝っています」
「今年度は『お家の終活』というテーマでサロンを開きました。『話が聞けてよかった』『自分にもできることがあるとわかって気持ちが楽になった』といった声をもらって、みなさん関心が高いんだなと感じていますね」
新しく入る人は、まずは地域でのヒアリングを担当する。
自治会や民生委員など、地域で活動する人たちと家庭を訪問。どの地域にどんな人たちが暮らしているのかを知り、自分の名前と顔を覚えてもらう。
関係を深めていくなかで、暮らしや家の困りごとを聞き取り、必要に応じて支援できる専門家につないでいく。
あわせて、不動産や建築、福祉に関わる人たちと情報交換をしながら、空き家の管理・継承についての知見を深めていく。

また、サロンなどのイベントや相談会も開催。
住民が集まって、家の不安や悩みを話し合ったり、集落ごとに関心のあるテーマの専門家を招いて話を聞いたり。
得た気づきを役場とも共有しながら、家庭ごとの事情に合った支援の形を模索していく。
「ある方は、旦那さんが亡くなったときに荷物を片付けるのが大変だったそうで。その経験から、動けるうちに準備をはじめていると教えてくれました」
「話を聞くなかで協力できることも見えてくると思うので、まずは顔見知りになって話を聞くことが重要だと思いますね」
実家や祖父母の家をどうするか、という不安は自分にもある。
まだその時期ではないからと、考えることをつい先延ばしてしまうけど、将来、自分も当事者になるという人は多いと思う。

地域の人から聞かせてもらった話のなかで、とくに印象に残ったエピソードがあって、と畑さん。
「あるお宅の庭に、左右から違う色の葉っぱが出ている紅葉の木があって。話を聞くと、お父さんが木に別の根っこを差し込んで、一緒になるのを何年も待ったそうなんです」
「美しい紅葉だと近所でも評判で、誇らしかったんだと思います。その方は、いまでもその木を大切にしていて。こうした記憶だけでも、誰かにつないでもらいたいと思っているのかなと感じたんです」
家のハード面だけでなく、そこで紡がれてきた記憶も引き継ぐことができたら、前の住み手も新しい住み手も、きっとうれしいと思う。
「佐久穂町は、介護を必要とする人の割合が全国平均よりも少なくて、快活な方が多いんです。家主さんが元気で話を聞かせてもらえるうちに、一つでも多く、そういった話を残せたらと思っています」
佐久穂町では、2022年から「集落の話の聴き手」という活動も行われている。

集落に住む80歳以上の方々に、子どものころの話や思い出を聴いて、その一部を「佐久穂の集落 聴きめぐり」という冊子にまとめるというもの。
関心があれば、この活動にも参加できるそう。生活史の聴き取りに関心がある人にとっては、ぴったりの環境だと思う。
続いて話を聞いたのは、今回のプロジェクトをサポートしている一般社団法人Local Innovation Initiativesで理事をつとめる副島さん。
地域おこし協力隊として佐久穂町に移住し、卒業後も家族でまちに暮らしている。

「家って住んでいないと、2〜3年であっという間に元気がなくなるんです」
元気がなくなる?
「掃除や空気の入れ替えをしてもどこか埃っぽくて、廃屋感が出てくる。どんな建物も、そこに人が住み続けることで、家が生き生きとしてくるんです」
「わたしがはじめに住んだ家も空き家で、家主さんが丁寧に管理されていた物件でした。住んでみてまちにも愛着が湧いたので家も購入して。家は不思議な縁を結んでくれる存在ですね」
Local Innovation Initiativesは長野県内を拠点に、地域おこし協力隊の伴走支援をしている組織。
地域の課題解決に向けた行政とのプロジェクト運営や、コーディネーター人材の育成など、地域が今後も続いていくための取り組みをしている。
「宅建を持っていればすぐに活躍できると思いますが、未経験でも大丈夫です。別の地域にいるメンバーが実践的な学びをサポートできるので」
資格取得に向けたサポートはもちろん、県内の協力隊とのつながりや研修など。新しく入る人が、業務や地域への理解を深められるよう、継続的なサポート体制を整えてくれる。
さまざまな知見を持った副島さんが近くにいてくれることも、安心材料の一つだと思う。

副島さんから見て、このプロジェクトに向いているのはどんな人でしょうか?
「まだ世の中にないモデルをつくるので、自分で考えて動くことが求められる。指示がないと動けない人だと、しんどいかなと思います」
「だからこそ、このプロジェクトに意義を感じる人が適任かなと。家の記憶や暮らしのストーリーは、継ぐ人がいなければ途絶えてしまう。それを無くしたくないって気持ちが、原動力になると思います」
実は、「集落の話の聴き手」の取り組みを企画したのも副島さんなのだそう。
任期が終わる3年後は、どんな見通しなんでしょうか。
「空き家事業は佐久穂町に限らず需要があるので、生計も立てやすいと思います。3年間で宅建を取得して仲介事業をはじめたり、リノベーションを手がける企業に入ったり。どこでも生きていける人材になると思います」
「佐久穂町の協力隊は、全員が卒業後も地域に残っていて。企業に就職する人もいれば、僕みたいに複数の仕事を掛け持ちする人もいます。興味のある生き方も、きっと見つかるんじゃないかな」
家の記憶を聴いて、愛着を次世代につなぐ。
大切にしてきた場所が、次の誰かのかけがえのない場所になっていく。
そんなふうに家が続いていくことは、その場所にとっても、これまでの家族にとっても、きっとうれしいことだと思いました。
これからの家のあり方を、ともに考えてくれる人を待っています。
(2025/12/7 取材 櫻井上総)


