自分の居場所がない。
そういう心細さは、多くの人が一度は抱いたことがある感情だと思う。たとえば、まわりの人とうまくいかないとき、将来に悩んだとき。
あとから客観的に振り返れば、「広い世の中、いくらでも居場所はあるよ」と言える状況でも、子どものころはとくに、外側の世界を想像するのが難しい。
今回紹介するのは、そうした不安定な時期を経験したことを糧に、子どもたちの居場所づくりに取り組む人。久保里佳さんです。

久保さんは、東京・上野エリアで個別指導塾とフリースクールの運営をしています。塾は、全国展開している「個別指導WAM」のフランチャイズで、フリースクールは自分で一からつくったもの。
今回は、久保さんと一緒に個別指導塾の運営を担う人を募集します。最初は、講師や教室長補佐の仕事をしながら、ゆくゆくは教室長を引き継ぐ形。上野エリアの教室だけでなく、豊島区王子エリアにある姉妹校や、今後23区内に新設される教室に関わる可能性もあります。
業務の裁量はほぼ全て現場にありますが、経営的な面では合同会社WIZardry(ウィザードリィ)という企業がサポートしていて、新しく入る人はこのWIZardryと雇用関係を結ぶことになります。
働き方はフリーランスや個人商店に近い一方、マネジメントしてくれる会社があることで、社会的な安定も確保できる。また将来、久保さんと同じように別の事業に挑戦してみたいという目標ができたときも、相談しやすい環境です。
午後7時すぎ。上野のひとつ隣、入谷駅周辺の住宅街はとても静か。通りで一軒だけ灯りがついているから、教室の場所はすぐにわかった。

ドアを開けると、受付や事務室などの区切りはなく、いきなり教室。真ん中の席で算数をやっていた小学生の女の子が「何してるのー」と話しかけてくる。
彼女の隣で「ほら、問題やって」と促しているのは制服姿の高校生。
講師はみんな大学生。先生というよりは歳の離れた兄弟みたいな雰囲気もあり、誰が生徒で、誰が講師なのか、一見しただけではわからない。なかには塾生ではない近所の中学生も紛れているようだ。
空間の照明が暖色系なこともあって、家のリビングで宿題をしている感じを思い出す。

子どもたちのにぎやかな声を聞きながら、教室長の久保さんと入口そばのテーブルで向かい合う。
「私は大体いつもこの席にいて。目の前がちょうど通学路なので、『ただいま〜』って帰ってくる子どもたちを迎えたり、塾生と一緒に下校してくる近所の子に『暑いから入っておいでよ』って声をかけて顔馴染みになったりしています」
生徒や講師たちからは「塾長」「久保さん」「クボリカ」といろんな呼ばれ方で慕われている久保さん。この仕事を始めたのは今から3年ほど前。まずは順を追って話を聞かせてもらう。

「私はもともと広島出身で、実家がお寺なんです。弟は軽度の自閉症なので、お寺は私が継ぐものだっていう暗黙の了解がずっと家族のなかにあって。自分の人生はあらかじめ決められている。そう考えたら、就活を頑張る気も失せてしまいました」
大学卒業後は、地元のショッピングセンターや保険の営業など職を転々として過ごした。気持ちも不安定だったという。
「20代はずっとふらふらしていて、社会に居場所がないと思っていました。私の場合は、友達の存在が助けになってその時期を生き延びることができたけど、そういうつながりがなかったら、今ごろどうなっていたかなと思うことはあります」
30歳を目前にして、何か人の役に立つ仕事をしたいと思い立った久保さん。日本仕事百貨で募集していた福祉の職を得て上京し、精神障がいを持つ人たちの就労支援施設で働くことに。
幻聴が聞こえるなど、自分とはと違う「現実」を生きている人たちとどう向き合うか。模索する日々が1年ほど続いたころ、久保さん自身が体調を崩し、仕事を続けるのが難しくなった。
WIZardryの社長に「塾をやってみないか」と声をかけられたのも、その時期。WIZardryはプログラミング教育などの事業を幅広く手がけている会社で、社長と久保さんはもともと知り合いだった。

「正直、最初はあまり乗り気じゃなかったです。教育関係の経験もないし、前の仕事も1年しか続けられてないし。でも、ここで頑張れば新しい自分が見られるような気もしていました」
フランチャイズではあるものの、空間の内装をはじめ、塾のあり方は比較的自由に決めていいという条件も久保さんの意欲を刺激した。
そのころ意識するようになったのが、塾が持つサードプレイスとしての側面。
「子ども時代って、世界も狭いし、人として未熟でわからないことだらけ。学校の先生や友達とうまくいかない、親ともうまく信頼関係を築けない。そういう子たちも含めて、みんなが気軽に入って来られる場所があったらいいなと思って」
「信頼できる第三者の大人と話して、悩みを置いて帰れる。塾が、そういう居場所になったら、すごくおもしろいんじゃないかと思ったんです」

北海道から沖縄まで、全国にフランチャイズ展開している「個別指導WAM」は学校の定期テスト対策など、日常の学習サポートを担う塾。地域密着で、教室ごとにそれぞれ特色がある。久保さんが教室長を務める「上野松が谷校」には、現在小学2年生から高校3年生まで110人ほどの生徒が通う。
なかには、勉強自体が嫌いでやりたくないという子もいる。
「そういうとき私たちは『今努力しないと、将来大変なことになる』とか『みんなこれができて当たり前』みたいな、大人の脅しの言葉は使わないようにしています。私自身、他人から“普通”を押し付けられるのは苦手なので」
「子どもって、そもそも嫌いな大人の言葉は耳に入らないんですよね。学校でも、嫌いな先生の授業は聞く気にならない、だから勉強がわからない。まずは私たちも、ちゃんと人として関係をつくることが大事だと思います」

教室長の仕事は、毎日午後1時ごろにはじまる。子どもたちがやってくる3時すぎまでに集中して事務仕事を進め、あとは授業の様子を見ながら、講師が足りないときは学習指導もする。
とはいえ、塾を運営していくための事務仕事は1日2時間で終わる程度のものではない。
「一つひとつは難しくないけど、細かい作業が1年中途切れなくある感じです。生徒募集チラシの準備、ポスティングの手配、教材の準備、講師のシフト決め、保護者との連絡やスケジュール調整…。最初のころは、『一人でこの量の仕事は無理!』って、よく嘆いていました」
すでに十分いそがしそうな久保さん。にもかかわらず最近新たに、午前中の時間を使ってフリースクールの運営もはじめた。そのためにWIZardryから独立し、一般社団法人も立ち上げた。
なぜ、そんなに頑張れるんだろう。
「全部自分で考えるからじゃない?」
そう言葉を補ってくれたのは、隣で話を聞いていた久保さんのパートナーの貴史(たかふみ)さん。

「この仕事って、たしかに作業量は多いけど、誰かにやらされているとか、納得できないけど渋々やるみたいなことはひとつもなくて。逆に、マニュアルや指示がないと動けない人には辛いと思います」
もともと貴史さんは、ウェブ制作会社で働きながら、久保さんの仕事をボランティア的にサポートしてきた。この秋会社を辞め、本業として塾とフリースクールの運営に携わるようになった。
「今は、良くも悪くも、ライフとワークの境界が曖昧な状態。決して楽ではないけど、楽しくやっています。会社に雇われているときの“仕事”とは、ちょっと感覚が違います」

与えられたタスクを消化するだけの働き方はつまらない。
教室長の久保さん自身がそういう考えなので、14名ほどいる学生アルバイトの講師たちに対しても、細かい指示出しや管理はしない。
生徒に必要な教材や学習法も講師が考え、一人ひとりのカリキュラムをつくる。ちょうどいい教材がないときは、AIを活用して問題もつくる。保護者への説明や報告、今後の提案も今は講師がしているのだという。
学生アルバイトと聞いて想像するより、かなり裁量が大きい。
「正直、アルバイトの限界は超えていると思います(笑)。頑張ったら頑張った分だけ報われるし、自分で工夫できるのがいいところですね」
そう話すのは、大学4年生の辻崎さん。

辻崎さんたちは普段、授業が終わったあとなどに、教室に残って、久保さんたちとあれこれ話をするのだという。
「もちろん、仕事は終わっているので自由に帰っていいんですけど、正直、ここからが面白い。授業中は僕たちが先生だけど、ここからは久保さんが先生で、僕たちの悩みを聞いてもらっています」
「久保さんは、いろんな考え方を示してくれる。たとえば、成績が伸び悩んでいる子に対して、僕たちはもっとしっかり対策をしないとって思うけど、久保さんは『やりすぎるとあの子が潰れてしまう、大事なのはテストの点だけじゃないよね』みたいな意見だったりして。それで、議論になることも結構あります」
教室で向き合う子どもたちは、大きな伸びしろを秘めている。かといって、学習指導に熱が入りすぎてしまうと、「安心して来られる居場所」という場の価値が損なわれてしまう。
大切なのは、勉強を通して、子どもたちの成長をサポートしたいという思いやりの気持ち。

どうすれば、その子のためになるか。
答えのない問いに向き合ううち、さらに話題は、講師自身の学業の悩み、大学での何気ない日常の話へ広がっていくことも。業務上のミーティングというよりは、放課後の教室に残って話しているような雰囲気だという。
ここは、講師のみなさんにとっての居場所でもあるんですね。
「本当にそう。普通のバイトだったら『早く帰れよ〜』って追い出されるけど、久保さんたちは残って話を聞いてくれる。だからこそ、僕たちは久保さんの仕事をできるだけ楽にしたいと思うようになって」
「具体的にどういう業務があるのか聞いて、自分たちにできることはなるべく手伝う。それで、久保さんが旦那さんと休日に食事に行った話とかを聞くと、みんなでガッツポーズするんですよ。休んでくれるとうれしい。この2人、めちゃくちゃ働くんで」

最近は、シフトの管理やアルバイトの採用面接も、講師だけで行える体制ができているのだという。
誰かにやらされるのではなく、自分で考えて動く。お互いに、信じて任せる。
その積み重ねで、初めは久保さん一人でつくりはじめた居場所が、みんなの「自分ごと」になっているのを感じました。
(2025/10/9 取材 高橋佑香子)


