「僕が医師であることを知っている相手に『最近どうですか?』って聞くと、だいたい体調についての答えが返ってくる。それだと、患者になる前の人生のことがなかなか見えてきません」
「一人ひとりの生き方にあった治療を考えるためには、病気の症状だけじゃなく、相手の価値観を知りたい。だからまず、医師自身が地域に溶け込む必要があると思ったんです。そうしないと、僕はずっとそこで“先生”と呼ばれ続けてしまう」
そう話すのは、東京・足立区を拠点に活動する医師の廣橋さん。今回は、廣橋さんが中心になって立ち上げた訪問診療所「おうち診療所西新井」で働く看護師、リハビリ担当、相談員を募集します。

訪問診療というのは、原則、自力での通院が難しい人の療養先に医師が訪問するサービスです。
病院から自宅へ療養の場が変わると、趣味や家族との関係など、患者さんの病気以外の部分が見えてくる。それが、相手に本当に必要なケアのヒントになることも。だからこそ、医師も看護師も、そのほかの専門職員も、一人の人としてフラットに意見を出し合って、気づきを活かせるチームをつくりたいというのが廣橋さんの考え。
おうち診療所西新井は、2025年の6月に開所したばかり。まだこれから自分たちの手でつくり上げていく余白があります。
職場としては、医師も含め5名前後の小さな事業所ですが、平成医療福祉グループという団体に所属しているので、全国に100ほどある拠点と連携して、リソースやノウハウを共有できる横のつながりもあります。
おうち診療所西新井は、足立区の西側、日暮里舎人ライナーの西新井大師西駅から住宅街を歩いて15分ほどのところにある。

周辺には、同じく平成医療福祉グループに所属する大内病院や、精神障害を持つ人たちが働く福祉施設「OUCHI CAFE」など、医療や介護、福祉に関する施設が多い。
それらの点をつなぐハブとして訪問診療所の開設を提案したのが、院長を務める廣橋さん。
もともと医者の家系に生まれ、物心ついたころから医師を目指していたという。

「医者になりたてのころは、ICUの医師を目指していました。運ばれてきた人が治療によって良くなっていくのにやりがいを感じて、ある種のハイ状態というか。2〜3日に1回当直をするような忙しい日々でも平気でした」
一方で、退院したはずの人が再び症状を悪化させて入院してくることも、しばしば。自分がやっていることは正しいのかという迷いはあっても、目の前の仕事に向き合うので精一杯だったという。
転機は、入院から自宅療養に切り替えた肺がん患者の診察を担当したときのこと。
「病棟ではいつも苦しそうに呼吸していた患者さんが、自宅では笑顔で、家族とも普通に会話していて。なんなら生活の質は病院より上がっているかもしれない。それを見て、肺がんっていうのはこの人を構成する要素の一部でしかないんだなと気付かされました」

できる治療をすべてやることが相手のためになるとは限らない。あえて引き算で考えるほうが、バランスが取れることもある。
廣橋さんのなかでは、そんな考えがまとまりかけていたものの、病院では病気の治療が最優先されることが多かった。
長年持病とうまく付き合いながら生きてきた高齢患者が、根治を重視する治療に切り替えたことで、副作用から感染症で亡くなってしまうこともあったという。
「やっぱり自分は、病気だけじゃなく『人をみる』という部分も大切にしたいと思って。都市部の病院を離れ、少し田舎の病院で訪問診療や地域連携の仕組みづくりに取り組むようになりました」
その後、能登半島地震の支援活動などが縁で、平成医療福祉グループが徳島県の神山町で進めていた訪問診療所の立ち上げに参画。グループに入職したのが、2024年。

2025年におうち診療所西新井を立ち上げるため、拠点を東京に移す。現在は、足立区を中心に車で30分ほどの圏内で50軒ほどの家庭に訪問診療を行っている。今後はチームの体制を整えて、100軒くらいを担当できる診療所を目指していく予定だという。
もともと西新井には、縁もゆかりもなかった廣橋さん。開所にあたって最初に取り組んだのはフィールドワークだった。
「半年くらいかけて街を歩き回って。路上でお酒を飲んでいる人に話しかけたり、地域の救急病院で当直をしてみたり。そうすると、病気の裏にある地域特有の課題が少しずつ見えてくるんです」

廣橋さんは、普段の訪問診療でも患者さんやその家族との対話を重視している。
1人あたり約1時間。何気ない話にゆっくり耳を傾け続ける。
「何か目的を持ってヒアリングするというよりは、入口は雑談みたいな感じ。認知症の方だとそれ自体が刺激になって周辺症状が起きにくくなるし、しっかり向き合うことで、薬の必要性を理解してちゃんと飲んでくれるようになることも多いです」
「日中のケアの質を高めることで、夜中の急変を予防できる面もあります。この診療所は一応24時間対応ではあるんですが、夜中に緊急で連絡があることはほとんどないです。それも普段のコミュニケーションのおかげなのかなと思います」
病気に直接関係なさそうな趣味や、若いころ携わっていた仕事の話が、治療のヒントになることもある。
「たとえば、定年退職後の孤独感からアルコール依存症になった人がいたとして。肝臓の治療をするだけでは、根本的な解決にはならないんですよね。生活が変わらなければ家でまたお酒を飲んでしまう」
「もし、その人に趣味があれば。仮にそれが囲碁だったら、地域にある囲碁教室の中から、その人の性格にあった場所を紹介してみる。そうやって人とのつながりを回復することで、お酒に手を伸ばすきっかけを減らせますよね」

薬の代わりに、活動を処方するみたいな感じですね。
「 “社会的処方”っていう言い方もあって。病院経営としては一円の利益にもならないんですけど、誰かの人生をそっと後ろから支えるような関わりをしていけたらいいなと思うんです。そのためには、まず僕らが地域のなかにどんなコミュニティがあるのか、知っておく必要があります」
ここで地域活動をリードしているのが吉野さん。診療所の相談員とリハビリの業務を担当しているほか、平成医療福祉グループの本部職員として仕組みづくりにも携わっている。

吉野さんはもともと理学療法士で、病院や訪問看護の現場で仕事をしていた。
「患者さん一人ひとりに向き合う仕事にもやりがいがあったんですが、やっぱり重症化してからでは、リハビリでできることに限りがあるというもどかしさもありました。診療所の相談員として地域に出ていくことで、病気の予防的な関わりが増えるし、今の役割にはすごく可能性を感じています」
「高齢で体が弱ってくると、家に籠りがちになって、どこに行けば人と会えるのか情報が入らない。それでますます孤独になっていくという状況があります。病院から家に帰すだけじゃなく、帰ったあとの社会的なつながりまで診療所で伴走していきたいです」
吉野さんが地域活動の手がかりにしたのは、団地のコミュニティ。かつては交流が盛んだった地域も高齢化が進んで、つながりが希薄になりつつあるという。
そこで、まずは団地の自治会長に連絡をとり、集会所などでできる活動を提案しているところ。
健康体操や、認知症予防のための相談会など自分で場をつくる以外に、まずは公園のラジオ体操に参加して顔見知りを増やすだけでも、地域活動の布石になる。
「廣橋先生は、通常の診療業務以外の活動でも『やってみたら』って、僕たちの提案を受け入れてくれることが多いので、新しい取り組みは進めやすいと思います」
おうち診療所では、普段から患者さんと直接接点のない事務方のスタッフも含めてカンファレンスを行い、ケアの方針を考えていく。
「もっとリハビリの機会を増やしたほうがいいのでは」という専門職としての意見のほか、「自分の親ならこうしてあげたい」という、一人の人としての思いも、同じように尊重されるという。
今回募集する職種のうち、リハビリ担当や相談員は吉野さんが先輩として協働できるものの、2026年1月現在、おうち診療所西新井には看護師がいない。

そこで、話を聞かせてくれたのが、グループ内の別の訪問看護ステーションで働く武藤さん。
訪問診療の現場で働いた経験もあり、おうち診療所西新井も含めたグループ内の訪問診療所で働く看護師の相談役も兼ねている。
「私はもともと大学病院で働いていて。結婚や出産で夜勤が難しくなって在宅医療の現場に移りました。それが、今から15年くらい前ですね」

「看護の仕事をしっかりやりたいと思っていても、ライフステージによって働き方を変えなければいけないこともある。それは、長く働き続けていくうえでも大事なことかなと思います」
在宅医療の看護職でも、訪問診療と訪問看護にはいろんな違いがあるという。
「一番は、やっぱり医師とのコミュニケーションの取りやすさですね。訪問看護の場合は、基本的に看護師がひとりで訪問して、後で先生に連絡するという形ですが、訪問診療は一緒に行動するので、些細なことでもその場で相談できます」
「あとは、先生が患者さんに話をされるときも、そばで一緒に聞いて、難しい部分を噛み砕いて説明したり、ご家族が不安そうな表情をされていたらフォローをしたり。自分の気づきを治療に活かしやすいです」
一方訪問診療所でも、まれに同時に複数の呼び出しがあったときなどは、“みなし訪看”といって看護師が一人で訪問して、医師に判断を仰ぐことも。
慣れないうちは、自分からアセスメントをすることに緊張する人も多いという。
「応募する段階では、『自信を持ってできます』と言える必要はなくて。少しずつできるようになりたいという気持ちがあれば十分です」
「私自身は、在宅医療を経験したことで、看護っていい仕事だなとあらためて思うようになりました。ご家族との生活などその人らしい部分が見えてくると、薬の渡し方ひとつでも、相手のためになる方法を考えられる。看護師としても自分の“色”を出しやすい現場かなと思います」

おうち診療所西新井では、開業以来ずっと「患者さんの幸せのために、必要なケアってなんだろう」という問いに向き合い続けています。
医療の知識や経験だけでは、その答えに辿り着かないこともあります。
だからこそ、職種の垣根を超えて意見を出し合える関係性を重視しています。
自分で考え、意見を出し、形にしていく。
誰かの指示通りに動くより大変な面もあるけれど、納得しながら前に進める道だと思います。
(2025/12/17 取材 高橋佑香子)


