人にも場所にも、導かれるように辿りついたのだと気づく瞬間が稀に訪れます。
運命と言うのは恥ずかしいけれど、必然的な出会いはきっとある。
出雲大社埼玉分院は、そんなふうに人が集まるおやしろだと感じました。

1973年、埼玉県朝霞市に荒船神社として創建。10年後に出雲大社から分霊を受け、出雲大社教の講社となりました。
現在は分院に昇格して、大国主大神(おおくにのぬしのおおかみ)を祀りつづけています。
設立35周年の節目には、御社殿の建て替えとリブランディングも実施。クラウドファウンディングでしめ縄の掛け替え資金を募り、Webサイトで御守りの授与やお焚き上げの受付もはじめました。
新しいことを果敢につづけているおやしろで、共に躍進していく神職を募集します。
主な仕事は、各地で地鎮祭や神葬祭を執り仕切る外勤と、御社殿でのご祈祷奉仕、お焚き上げの対応、御朱印浄書などをおこなう内勤。
内勤では筆での書きものが多いため、書道経験は必須。神職資格もあると望ましいですが、入社後に取得することもできます。運転が好きな人、Webのシステムに強い人も経験を活かせるはず。
読み進めてみて、直感が動いた人はここに呼ばれているのかもしれません。
東武東上線の朝霞駅。
池袋から急行電車に乗れば、15分で着く。
駅の周辺には、個人店のほか、チェーンのたこ焼き屋やアイスクリーム店が点在していて、地元の人たちで程よく賑わう。
やわらかな陽の下、線路沿いに歩く。一本道を曲がると、出雲大社埼玉分院が見える。

御社殿は広すぎず、コンパクトな印象。取材中も子どもから外国人まで参拝に来ていて、気軽に訪れやすいんだろうな。
辺りを見回すと、のぼり旗や神前幕が目を引く。船やうさぎのデザインで、シンプルさの中に意味が詰まっているように思う。

ここにいると、気持ちがだんだん落ち着いていくので不思議。寺社が好きな理由の一つかもしれない。
奥にある扉を開けて中へ。清潔な空間に御守りや御札が整然と並ぶ。
「ようこそお越しくださいました」と丁寧にあいさつをしてくれたのは、副長の渡邉さん。

分院長である父とともに、この場所を守りながら改革している。新しい数々の取り組みは、渡邉さんが進めてきた。
「祖父はもともとネジ屋の社長で、ちょっと変わった人でした。荒船神社も突然創建して、その後『だいこくさま』を信仰するようになり、出雲大社教とご縁をいただきました」
「だいこくさま」とは、いわゆる大国主大神のこと。
家業を継ぐことに反発する人は少なくない。しかし渡邉さんは、自ら神職の道を志願する。
「小さいころから父が家にいるのが当たり前で。参拝者が毎日溢れほど来ることはありませんから、常に忙しく動き回る姿も見たことがない。大人になればこんな未来が待っているんだと、継ぐことに拒否感はなかったですね」
國學院大學の文学部神道学科で学び、フリーターの期間を経て別の神社で3年半奉仕。そこで得たのは、土木工事の安全を祈祷する地鎮祭や、新しい建物の完成をお祈りする新築清祓などの出張祭典だった。
「埼玉でもできるのではと思い、自分のおやしろに持ち帰りました。父と私で出張祭典を始めると、ありがたいことに依頼が増えていったんです」
2020年、分院に昇格した際、リブランディングを考えた渡邉さん。まずは御守りの置き場所から変えていく。

「御守りって外に並んでいるイメージがありますよね。汚れやすいし、日焼けもするし、ゴミも入って大変で。建物のなかに陳列すれば、それを防げる。参拝客も、天候に左右されませんし、御朱印を待つあいだに選ぶこともできます」
「誰に頼めばいいんだろうと悩んでいたとき、たまたまラジオで神社のリニューアルに関わった人が出ていたんです。この人だ! と思い、つないでもらいました」
クリエイティブディレクターの山田遊さんと、アートディレクターの木住野彰悟さんがリブランディングを引き受けてくれることに。
荒船神社の船や、出雲大社にゆかりのある大社造、しめ縄が描かれた。

「出雲の伝統を現代に引き継ぎながら、調和のとれた不変的なものになり、お願いしてよかったなと思います」
Webサイトのリニューアルでは、御守りを授与するサービスやご祈祷の予約、お焚き上げの受付もはじめた。
「お焚き上げはうちで力を入れている事業のひとつ。Webからの申し込みが多く、持ち込みも含めて1ヶ月で200件以上届くこともあるんですよ。どんなものでも、その方やものの気持ちに目線を合わせることを心がけています」
ほかにも、大しめ縄の掛け替えではクラウドファウンディングを実施。お宮参りや地鎮祭、お祓いでお世話になったという人や、地元の人たちから、合計100万円ほど集まった。
そんな数々の新しい取り組みに、分院長が口を挟むことはない。社務収入も参拝客も増加しているからこそ、渡邉さんを信頼している。
「見た目を美しくすることで、おやしろのイメージは変えられると思うんです。伝統や格式を守りつつ、新しい社会に適応していく形をここでは学んでもらえるはず」

「内勤希望の方は書道経験があれば、年齢も性別も問いません。デザインやシステムがわかる人だと理想的ですね」
「まさに温故知新。変えてはいけない伝統を守りつつ、時代にあわせられるものにはあわせる柔軟にやっていくスタイルがいいところです」と、話してくれたのは、祭儀主任の池田さん。

ここに勤めて5年半。過去には波瀾万丈な、4社での経験を持つ。
「学生時代に実家の茶道教室と関わりのある神社のお手伝いをして、推薦で國學院大學の神道学専攻科へ入学しました。資格を取るために1年通ったあと、地方に行ってみたいと思い、近畿地方の小さな神社に奉仕することになって」
しかし、1年経たずに財政難で「辞めてほしい」と告げられる。
「大学に戻り、神社界隈でいちばん厳しいと言われる千葉県の神社に行くことになりました。立ち居振る舞いから境内の清らかさに厳格で、お正月は分刻みのスケジュール。3年持った若手はいないなかで、なんとか主任まで務めて。そのうちに東京の神社からお誘いいただいて、2年3ヶ月で退職しました」

東京の神社で12年務めると、神事の責任者まで任された。その後、とある神社から次期宮司として推薦が。ただ、赴任先で事件が起こる。
「宮司が亡くなり、いざ就任するときにご親族から反対されてしまったんです。地域に根ざした親族と争うのは神社によくないと考え、私が去ることを決断しました」
「係争のあった神社を追われた神職はどこへ行っても色眼鏡で見られ、採用したがらない」と池田さん。
それからは流通センターで働いたり、タクシーの運転手をしたり。一般職でそれなりに楽しく働くものの、ある気持ちが拭えずにいた。
「神葬祭と呼ばれる神道の形式でおこなわれる葬儀を、どうしてもまたやりたかった。それまでライフワークのようにつづけてきたので神葬祭を多くご奉仕しているおやしろを探したんです」
神葬祭に力を入れている出雲大社埼玉分院が池田さんの目に留まり、奉仕することになる。

神葬祭を長く執りおこなっているからか、どこのおやしろに移っても「池田さんにお願いしたい」と連絡が来るほどまでになった。
「ご生前に『私が死んだら池田さんを呼んでくれ』とおっしゃっていた方がいて、故人さまに話しかけると『お父さんよかったね』『池田さんが来たよ』とご家族が安心してくれました。思い出すと、やっぱり涙が出ますね」
「淡々とやってほしい、話を聞いてほしい、苦しさを伝えたいなど、ご遺族の想いは千差万別、その気持ちを感じ取るようにと教わりました。死は魂の昇華ですので、満足して神様のもとへ故人さまを送り出したいと思っています」
どんな人が神職に向いていると思いますか?
「礼儀正しくて、動じない方。知らないことに直面しても、ごまかさずに誠心誠意向き合えば解決できます」
「素直だと作法がすぐ身につき、立ち居振る舞いも立派になります。職員もご参拝のみなさまも、楽しく過ごしやすい空間をいっしょにつくっていきたいですね」
真面目な表情で2人の話を聞いていたのは、神職の近藤さん。3年目になったばかりだけれど、何事にも積極的に取り組む姿勢が評価されている。

「私の父が、マレーシアで出雲大社の教会に関わっていました。幼少期から信仰していましたが、仕事にすることは考えてなくて。実は漫画が好きで、専門学校に進んでデビューが決まっていたんです。でも、コロナをきっかけにその話がなくなって…」
そんなとき、家で神棚に手を合わせていると、ふいに「神職ってどうやってなれるんだろう」と考えがよぎる。
翌日は9月1日で、月の初めにお祭りをする神社が多い。近藤さんは、父と出雲大社東京分祠に参列に向かった。神職さんと話をしたとき「出雲大社に学校があるんだよ」と助言をもらう。
「昨日考えていたことだったので、すぐに『詳しく教えてください』とお願いしまして、どうにか大社國學館に推薦で入ることができたんです」
2年間の修行を経て、そのまま島根の出雲大社で奉仕するつもりだった。けれど、家庭の事情で埼玉の実家へ戻ることに。
「私は、どうしても出雲大社に関する場所で奉仕したいと思っていまして。知り合いを通して、出雲大社埼玉分院を知ることができました」
「最初の印象は、住宅街の中にドン!ってあるんだなと。中へ入っていくと、静けさやパワーが、出雲大社の雰囲気に似ていて。ここで奉仕したいとより強い意志が芽生え、渡邉さんを紹介していただきました」
近藤さんも、出張祭典や井戸のお祓いなど外勤を中心に働いている。

「初めは1人で行くことに驚きました。1日に多くて4件ほどで、1都3県を回ります。5時起きの日もありますが、うちはフレックス制で早く帰れて、自分の時間はきちんと取れます」
「装束で移動して、儀式の際は烏帽子も被るので、真夏はすこし暑いです。ただ、袴も充分な量を支給してもらえるので安心してください」
近藤さんには、ここで心に決めていることがある。それは、嘘をつかないこと。
「神様がすぐ近くで見ていると思うんです。嘘をつくと、そのあと何が起きるかわからないじゃないですか」

「わからないことをきちんと言える雰囲気があるのがいいなと。しっかり聞いていただければ、丁寧に教えますし、誰も怒ったりしないので」
「自分の人生を、未来まで見据えて、考えて、選んでください。精神を蝕んでまで、働く必要はないですよ。我々は幸せを迎える立場ですから」
そう言ったあと「あなたが取材に来たのも、ここに呼ばれたんだと思いますよ」とみなさんが笑ってくれました。
奉仕の姿勢は変わらずに、時代にあわせて柔軟に行動していく。
より広く神道を捉えていきたい人にとって、挑戦できる環境がここにはあると思います。
(2026/03/12 取材 久保泉)


