ホームパーティーでおもてなしをするために、スパイスからカレーをつくる。
ちょっとクミンが足りなかったかな。次は本格的なバターチキンカレーにも挑戦してみたい。
なんでも素早くできてしまう便利な時代だけれど、自分なりの美学に沿って、時間をかけてなにかを極めるのっていいですよね。やっていくうちに、文化や歴史も学べるし、スキルアップしていくのも楽しい。
神社を取材したら、誰かの笑顔のために、技術やこだわりを極めるのが好きな人にぴったりの仕事ではないかと思いました。

群馬県前橋市にある産泰(さんたい)神社は、安産・子育てのご利益がある神社です。
安産祈願やお宮参り、七五三のお祝いでお参りする家族、特に子ども連れの参拝者が多く訪れる場所。ハレの日の神社として、地域内外の人たちから愛されています。
今回募集するのは、神主見習い。未経験も大歓迎、資格は一切なくて大丈夫。
「神社なんて転職の視野に入れていなかった」という人や、「誰かを笑顔にしたい」という思いで接客業をしていた人、そして「リネンの白シャツがよく似合う、感じのいい人」にぜひおすすめしたい仕事です。
ハレの日に寄り添う神聖な場所で、伝統と文化の担い手になってみませんか?
群馬県の県庁所在地、前橋駅から車で20分ほど行ったところに産泰神社はある。
主祭神は、桜のように栄える美しさと、子を産む母の強さを象徴する女性の神さま、木花佐久夜毘売命(コノハナサクヤヒメノミコト)。
大安の日だったので、お宮参りに来ている家族がちらほら。天気にも恵まれ、みなさんのうれしそうな表情に、思わずこちらまで笑顔になる。

迎えてくれたのは、禰宜(ねぎ)の鯉登敬紀(こいと たかのり)さん。禰宜というのは、神職の職名で、宮司の下の役職。
1年ぶりの取材ですが、いかがお過ごしでしたか?
「神社主催でイベントをやるようになったことが大きな変化ですね。産泰神社は安産と子育て祈願の神社です。それにちなんでマタニティフェスタを2度開催したところ、とても良い反響がありました」

イベントでは、オムツ替えの講習や、マタニティヨガなどを実施。パパ向けの妊娠体験やVRの生理痛体験も企画した。
「生理痛体験は私でも怖いですけどね。学んで、少しでも理解することはとても大切だと思います。イベント開催にあたっては、妻と子どもを連れて、朝から車で横浜のマタニティフェスタまで行ったりと、いろいろリサーチに出かけました。見比べてみると面白いんですよ」
イベント会社主催が多いなか、神社主催でやっているマタニティフェスタは全国的に見てもめずらしい。
「安産と子育て祈願の神社が主催することならではの強みを、今後もっと活かしていきたいです。神社として、今までの伝統を守ることはもちろん大事ですが、それと同じくらい現代の人の価値観を反映させることも大事だと思います」

昔と比べて神社に行く人が減り、神社の数も減少。長年いわゆる「まちの神社」だった産泰神社は、ほかとどう差別化しながら足を運んでもらえるか、文化をどう存続させていくかを考えて、数年前からリブランディングに取り組んでいる。
「エイトブランディングデザインさんに相談して、安産と子育て祈願に絞ってアピールすることに。社紋をはじめ、ご祈祷の授与品やお守りなどのデザインをやわらかく可愛らしいものに変えたことで、地域外から来る人も増えてきました」
デザインを変えたら終わりではなく、もっともっと新しいことに挑戦したいと意気込む敬紀さん。神社=格式高いものだと思いがちだけれど、時代やニーズに合わせてこんなに柔軟に変わっていいんだな。

神社の仕事には、どんな人が合っているでしょうか?
「小さなお子さんと話すのが好きな方。それから、古いものや伝統を大切にできる方。すごくざっくりしたイメージですが『リネンの白シャツがよく似合う、感じのいい人』に来てもらいたいですね(笑)」
感じのいい人。なんかわかるなあ。
今回の募集は、事務作業をはじめ、ご祈祷やお祓い、お守りの受け渡し、参拝者の案内などを担当する神主見習い。神社は「清浄」を大切にしているので、境内の掃除にも力を入れている。
「専門的なことは働きながら教えるので、未経験でもまったく問題ありません。儀式を執り行うときも、急に一人で対応するということはありませんし、落ち着いて対応すれば大丈夫です」
「おめでたいシーンで使われることが多い神社なので、笑顔でのコミュニケーションが第一。日々の残業はほとんどありませんが、お宮参りや七五三、お正月など、繁忙期の波はあります」

のちのち必要になってくる「神職資格」についても教えてもらった。
「入るときは持っていなくて大丈夫ですが、國學院大學の講習会に1ヶ月ほど通って資格を取ります。神道の歴史などを学ぶ座学と、ご祈祷などの実習どちらもあって、受けると『直階(ちょっかい)』という階位が取得できるんです」
聞けば、お辞儀の角度や歩き方、姿勢など細かくルールが決まっているという。
「一つひとつすべて丁寧に、というのが神様の前で失礼のない作法なんですよね。たとえばお辞儀にも種類があって、15度の礼は小揖(しょうゆう)、45度は深揖(しんゆう)、90度は拝(はい)と呼びます」
「こっちの足から出すとか、こっちの手を上にするとか。全部の所作に意味があるのが面白いところですよね」
美味しいコーヒーを淹れるなら、蒸らす時間やお湯の注ぎ方など、ちょっとしたポイントを一つずつ丁寧にやることが大切。神社も似ているのかもしれないな。
続いて話を聞いたのは、権禰宜(ごんねぎ)の菊池さん。東京の八丈島出身で、芸術系の大学に進み写真を勉強していた。前回の日本仕事百貨の記事を通して、半年前に新卒で入ったそう。

「実家が八丈島の神社なので、以前から日本の伝統文化に興味があって、第一志望でここだけ受けたんです」
海に囲まれた八丈島に対して、海なし県の群馬。環境の変化はいかがでしたか?
「高校時代はよく自転車をこいで、海に落ちる夕日を見に行っていました。今は通勤途中にある川や山を見るのが大好きです。八丈島って大きな川があまりないんですよ。だから新鮮ですし、自然に触れる時間は、一番心が落ち着きます」
「住んでみたら、新幹線もあるのでアクセスがよく、東京に行くのは楽ですね」

実家が神社ということもあって、自分のなかに固定概念があったと話す菊池さん。
「神社って、昔ながらのイメージから外れてはいけないと思い込んでいたんですけど、産泰神社はリブランディングもしていたりと少し違いました。文化や歴史を重んじる、神社としての大切な部分はしっかり残しながら、新しい時代を見据えている。その温度感が今の私には心地よいです」
リブランディングの会議にも、敬紀さんと一緒に参加している。
車用のステッカーについて話していたとき、敬紀さんから提案が。
「『マタニティオンボード(妊婦乗車中)』って、マタニティの人は付けなくない?『ベイビーオンボード(赤ちゃん乗車中)』にして、それを貼った車でパパが、ママと生まれたばかりの赤ちゃんを迎えに行くっていうストーリーにしたらどうだろう?」

「私、なんか感動しちゃって。そこの違いが分かる感覚ってとても大切だと思うんです。敬紀さんはいろんなところに気が遣えて、すごく広い視野でものを見ている人です。奥さまに対しても敬意を持ちながら接している様子が伝わってきて、そういう人がもっと増えたら素敵だなって思いました」
夏には、國學院大學の講習会に行ってきた。
「1日中座学の日もあれば、1〜2限が座学、3〜4限が実技でそのままテストという日もあって、けっこう大変でしたね。特に、膝進膝退(しっしんしったい)という膝を使った歩き方を習ったときは筋肉痛になりました」
動きを体に馴染ませ、癖付ける。それが日々の儀式につながっていく。
「言葉遣いも意識するようになりました。たとえば、参拝者の方に声をかける場合は、『すみません』ではなく『失礼いたします』と言う。ネガティブな表現は避けています」

働くうえで、やりがいを感じる瞬間はありますか?
「参拝者の方々とコミュニケーションをとるのは楽しいですね。七五三で来ている参拝者の方に作法を教えて、実際にやっていただいて、よろこんだ顔を見たときはとてもうれしかったです」
最後に話を聞いたのは、敬紀さんのお父さまで宮司の鯉登茂行さん。もともと建設会社の技術者として働いていたが、42年前に実家であるこの神社に戻ってきた。
「ここは、令和元年に完成した祈祷殿です。本殿や拝殿は群馬県の重要文化財なので、エアコンをつけるのは難しいんですよ。ここなら、赤ちゃんや女性の方でも安心して、季節を問わず快適にお参りいただけます」

茂行さんのお父さまも会社員をしながら、神主としてお祭りや神楽を担当。継ぐことは強要されなかったけれど、だんだんと廃れていく状況を見て、茂行さんはここにある文化や歴史を残したいと神職に就いた。
「『鎮守の森』といって、神社を守るための木々は、私がどんぐりを拾い集めてポットで育てて。全部で2000本くらいかな。一本ずつ植えたんですよ」
もともと建設会社で働いていたスキルを活かして、広い駐車場に植えてある木もチェーンソーを使ってメンテナンスするし、駐車場のコンクリート舗装や大きな石の階段の積み直し工事にも指示を出す。
落ち葉ひとつ無いように、大きなブロワーを背負って境内の掃除を毎朝するのも慣れたこと。

神社と関わりがなさそうに見える建設会社の仕事でも、活かせるスキルはたくさんある。
たとえば、カフェやレストラン、アパレルで働いている人。子どもと接することが好きな人。今持っているスキルが、産泰神社で活かせるかもしれません。
誰かの笑顔のために技術やこだわりを極めたい。そんな人を待っています。
(2025/10/23 取材 今井夕華)


