朝7時。
窓を開けると、庭の竹やぶから、筍が頭を出している。
そして、かまどが一つ。
はじめチョロチョロ中ぱっぱ。白い煙とともに、お米が炊ける匂いがする。
黄身のきれいな生卵、大粒の梅干し、目の前の湖で取れた魚の佃煮。ごはんのお供は、ほぼ地のものらしい。

茨城県にある霞ヶ浦(かすみがうら)は、日本で2番目の面積を持つ湖。このほとりには、2つの宿があります。
ひとつ目は、「古民家宿 江口屋」。元酒蔵を営んでいた住宅をリノベーションした、10人ほどが滞在できる宿です。酒蔵はビール醸造所になっています。
ここから坂を登ったすぐのところに、ふたつ目の宿「水郷園」があります。少人数でゆったり過ごすプライベートな空間が特徴で、テントサウナが併設。
この場所を求めてくるのは、都会の喧騒から離れたい人。インバウンドの観光客よりも、日本人がよくやってくるそう。
運営している株式会社かすみがうらFCは、観光と地域産業を育てるまちづくり会社です。
ここで、宿の運営を担う地域おこし協力隊を募集します。任期は、最大3年間。
宿事業を学ぶもよし、ビール醸造にチャレンジしてみるもよし。かすみがうらにゆかりがなくても、幅広く地域と接点を持てる場所だと思います。
首都圏から電車や車で約1時間。
取締役の今野さんが、最寄りの神立駅へ車で迎えにきてくれた。ここから20分ほどで霞ヶ浦に到着する。
湖の隣には、すーっと伸びるサイクリングロード。静かな空気は、東京から遠く来たように感じる。
「今日は、あいにく曇っていますね。霞ヶ浦から見る朝日はとてもきれいですよ」

前回の取材は1年前。水郷園がオープンするころだった。
「水郷園にはテントサウナも設置したんですよ」
茨城県が人口減少対策として、霞ヶ浦のサイクリングロードを整備したことをきっかけに、観光事業を担う組織として、2016年にかすみがうらFCが設立された。
当初は、地産地消レストランとサイクリング事業を行っていたものの、滞在型の観光を展開していこうと宿泊施設をつくることに。
「かすみがうら市は、人は決して多くはない地域ですが、滞在するならそれなりにゆっくりできる場所」
「湖、サイクリングロードだけでなく、近くに水族館や博物館もあって。農業も盛んなまち。それらをつないで活かすことができたらいいなと、2020年に江口屋をオープンさせました」

過去には、体験ツアーをスタッフが企画したことも。市の特産品のレンコンを農家さんのもとで収穫したり、果樹園で果物を狩ったり。
滞在と体験の両方を組み合わせることで、地域に自然と足を運んでもらう導線をつくってきた。

「僕は、新しいものをゼロからつくるよりも、衰退していくものを拾って活かしていくほうが向いている」
「かすみがうらFCの仕事も似ているんです。地域課題に自分たちが継続して関わることで、地域経済を回していく。この10年間で、江口屋や水郷園、農産物の販売、マルシェ事業などが、地域と外の人をつなぐ接点として機能しているなと実感しています」
空き家活用の一環として、リノベーションされた2つの宿。
江口屋は、明治後期に建てられた酒屋だった建物。釜戸とピザ窯がある広い庭では、春には目の前の竹やぶで筍を掘ったり、夏にはスイカ割りをしたり。家族や親戚との時間を過ごしたい人が訪れる。

水郷園は、元は築50年ほどの民家。江口屋とは対照的に、接客は最低限。少人数で景色や空間をゆったり楽しむ空間だ。
「大人数でわいわい楽しめる江口屋と、プライベートな時間を大切にする水郷園の両方の接客を楽しめるのは魅力だと思います」

今回募集するのは、この宿泊事業を担う地域おこし協力隊。
宿の運営だけでなく、ビール醸造に携わったり、農産物の収穫や管理、マルシェ事業のイベント出店を手伝ったり。興味があれば、体験ツアーも企画してほしい。
「僕たちは、宿以外にもビールや地域の特産物の加工品をつくって、地元の商店に納品したり、イベントで販売したりもする。地元の事業者やお客さんと距離が近いので、お互いの声を事業に反映しやすいんです」

かすみがうらFCの運営は現在、10名ほどの体制で行われている。2年前から市の委任を受け、地域おこし協力隊を受け入れ始めた。
「卒隊後に向けてバックアップはしていきたいと思っています。最後1年間は、転職活動を支援したり、次の仕事を考える準備をしたり。会社との条件が合えばかすみがうらFCでそのまま雇用ができるかもしれません」
実際に地域おこし協力隊の任期後に、カフェを開くなどかすみがうらで起業した先輩もいる。
移住や働き方、事業の立ち上げまで、身近に相談できる存在がいることは、心強い。
新しく協力隊になる人は、宿の運営やイベント企画を通して地域の人たちと関係性を築きながら、自分の役割を少しずつ広げていくことができるといい。
「地域おこし協力隊の任期は3年間。とりあえず来てみようという気軽さもありましたし、東京からも大きく離れていないことも決め手でした」
そう話すのは、今年の4月に入社した協力隊の佐々木さん。

大学を卒業後、島根県の海士町で「大人の島留学」制度を活用し、1年間宿泊施設で働いていた。その後、ニュージーランドでワーキングホリデーへ。
昨年帰国し、今後を考えようと日本仕事百貨を読んでいたときに見つけたのが、かすみがうらFCの記事だった。
「記事を読んで、働いているスタッフさんがさまざまな国や地域へ行って田とどり着いたのがここで。私も転々と旅をしてきたけれど、一度立ち止まって、地域に根付いて、いろいろなことにチャレンジしてみたいなって」
働きはじめて約1ヶ月。宿業務の一連は覚えてきた佐々木さん。今は、ビールづくりに参加し、ラベル貼りからはじめているところ。

新たなメンバーもまずは宿業務から覚えて、イベント出店やビールづくりにも関わっていく。
どちらの棟も早番、遅番の2交代制で、夜間はスタッフが常駐せず、ゲストに任せるスタイルだ。
清掃や予約管理、朝夕の食事は、事前に専属のシェフが仕込み、スタッフが盛り付けて提供。早番は朝7時ごろから米を炊くところから一日が始まる。
「宿業務全体は、慣れるまでは先輩がついて教えてくれました。釜戸でご飯を炊いたこともなかったので、手とり足とりで」

「お客さんが、わざわざ早起きしてご飯が炊ける様子を見にこられるんです。朝食を提供するまでに長くて1時間くらい作業するので、じっくりお話しすることもありますよ」
地元の佃煮屋さんや、梅干し屋さん、養鶏場の卵。味噌汁は、毎年2月に宿のスタッフがつくる味噌を使っているのだとか。
どこで誰がつくったのか、一つひとつ説明しながら配膳していく。
それを聞いたお客さんが、帰りに佃煮屋さんに寄るなど、地域をめぐるきっかけにもなっている。
「近場からいらっしゃるお客さんも多くて。最近は、『ちょっと気分転換したくて』って、つくば市に住む主婦の方がひとりで宿泊されることもありました」
「住んでいる県内を観光するってあまりないと思うんです。わざわざ来る場所になっているのはうれしいですよね」
この仕事で初めて茨城に来たという佐々木さん。お客さんが周辺のおすすめのお店を教えてもらい、休日に行くこともあるという。
「自分の知らない世界を教えてもらったり、知っていることを伝えたり。そういう会話が楽しめる場所だと思います」
自分の知らない世界に出会ったのは、入社5年目の横山さんも同じ。
江口屋と水郷園の運営と、ビール製造のメイン担当としても活躍している。協力隊に加わる人は、横山さんから業務を教わることになる。
このタップのビールは、オリジナルのもの。宿泊した人がウェルカムドリンクで飲めるんだそう。アイデアは横山さんが考えた。

地元は広島の尾道。観光地としての賑わいはある一方で、地域の事業者が衰退していることも感じていた横山さん。そこから地域創生に興味を持ち、最初のチャレンジとして東京で民泊を営んでいた。
「コロナ禍をきっかけに、宿を辞めて、ゆったり過ごすために家族で隣のつくば市へ移住したんです。民泊の経験を活かしながら、地域創生がしたいと思っていたら、かすみがうらFCを知って入社が決まりました」
「入社して2年目にビール醸造がはじまって。岐阜にいるビールづくりのレジェンドの力も借りて立ち上げました。ある程度、知識がついたので、昨年からは自分たちでつくっていますよ」
まさか自分がビールをつくるなんて思いもしなかったですね、と笑う横山さん。
現在、オリジナルのビールは9種類。日本酒の酒蔵だった当時のロゴを真似たオリジナルのパッケージや、かすみがうら市で採れた、柚子やブルーベリーを使用したビールなど。

「東京や関東圏で月に1〜2度ほど、ビールのイベント出店もするんです。お客さんの声をダイレクトに聞けるので、常に味をアップデートできる機会になっています」
「ほかの企業さんのビールを試飲することもあって。企業秘密もあると思うのですが、美味しいなと思ったら、包み隠さず教えていただける。クラフトビール業界は横のつながりが柔軟で、そこも面白さのひとつですね」
この春には、横山さんが一から手がけたビールも完成した。
「霞ヶ浦では毎年春にマラソンがあるし、隣の土浦市では夏に大きな花火大会があったり。イベントに合わせてビールをつくっていこうと話していて」
「セゾンビールといってベルギー発祥のビールがあって。昔、農家さんが汗だくで作業した後に飲むビールだったんです。マラソンにもピッタリだなって」
地域のイベントや農産物に合わせて新しいビールを考え、形にしていくように、試行錯誤を重ねながら、新しいことに挑戦していく機会も多くあると思う。
「既存のもののクオリティを上げながら、新しいことをやり続けているのがこの会社の魅力で」
「宿が併設している醸造所はめずらしいと思うんです。だからこそできることをやっていきたい。それがかすみがうらの地域性にもつながると思いますし、協力隊の3年間でも地域に還元できることはたくさんあると思いますよ」
地域に根付いた宿は多くあるけれど、ここは宿泊事業にとどまらず、地域の産業や、人の営みに直接関わることができる場所のように思います。
都心からのアクセスもよく、地域との距離も近い。
まず飛び込んで、関わってみる。そうやって地域創生していきたい人には、ぴったりな場所だと思います。
(2026/04/30 取材 大津恵理子)


