この記事は、高島市地域おこし協力隊募集を行う「オールたかしま」の特集記事です。
「オールたかしま」は、高島のみんなで地域を漕ぎ進めていくプロジェクトです。
1,400人が22集落に暮らす滋賀県高島市の朽木(くつき)地域。人口が減少していくと、まちにはいろいろな課題が起きる。
免許返納後の交通、買いもの難民、地域行事の担い手不足、福祉、空き家問題…いろいろな課題があるなか、一人何役にもなる住民たちが現れた。
滋賀県高島市ではじまりつつある、一人多役のすみよいまちづくり。
一人目は、73歳の上山さん。

コンバインで稲刈りをして、道の駅で接客をして、へしこをつくり、朽木地域住みよいまちづくり推進協議会の会長を務める。
二人目は、49歳の坂井田さん。

住民として手づくりの結婚式を行い、滋賀県初の「特定地域づくり事業共同組合」の事務局長に就き、住みよいまちづくり協議会としても活動する。
2,300,000人が住む愛知県名古屋市から、1,400人が住む滋賀県高島市の朽木地域へ移住して20年。生まれ育ったのは、名古屋のどまんなか。
「一人多役で、ぼやっとしていた自分の輪郭が、はっきりしたんです」
滋賀県高島市の朽木地域で活動する地域おこし協力隊を募集します。経験や資格は問いません。「一人多役とは?」と気になる方に、まずは読み進めてほしいです。
朽木地域へは、JR湖西線の安曇川(あどがわ)駅から車で30分ほど。
最初に向かったのは、22集落の一つである地子原(じしはら)集落。道路沿いに広がる田んぼで、上山さんが稲刈りをしている。2日後から天気が崩れる予報のなか、急いで稲刈りを進めている。

そんなタイミングにもかかわらず、上山さんの対応はていねいだった。コンバインを止めると麦わら帽子にトンボが止まったままこちらへ駆け寄り、米袋を差し出した。
「新米、よかったら食べてみてください。わたしは毎年つくりかたを試行錯誤しています。ただつくるんじゃなくて、おいしいお米をつくりたいから」
はじめて田んぼに足を踏み入れたのは、小学生のとき。それから60年以上続く今も、未完成。お金を稼ぐための仕事を「ライスワーク」と呼ぶことがあるけれど、上山さんの米づくりは「ライフワーク」。
新米に大喜びしていると、さらに上山さん。
「へしこはすき?新米と合わせて食べてみる?」
へしことは、鯖(サバ)のぬか漬けのことで、日本海に伝わる保存食。受け取ると、ふくよかでずっしり重い。

でも、どうして山のなかで鯖?
「ここは、福井の海産物を京都へと運ぶ海の道『鯖街道』の途中にあります」
そこで、貴重なタンパク源である鯖のへしこや鯖ずしは、家庭の味として受け継がれてきた。

田んぼの向こうには森林が広がる。秋の稲刈りが終わると、大人たちは木を伐った。
「コナラは焼いて木炭に。スギは安曇川(あどがわ)をいかだで下り、建築材として出荷したんです」

木は、このまちのゆたかさのシンボルだった。
「嫁に行くなら木を伐って、車を買うなら木を伐って」と上山さんは歌うように話す。
木は、木材にも燃料にもなり、売ることで外貨にもなるのだから。朽木地域の中心街である市場(いちば)集落には、映画館もあったという。

ここで生まれた上山さんは、22歳で旧・朽木村役場へ勤めた。そして、69歳で朽木地域住みよいまちづくり推進協議会・通称「すみまち」の会長に就任することに。
2022年に立ち上がったすみまちは、地域住民・団体が一体となり、身近な地域課題の解決や魅力あるまちづくりを自主的に進める地域コミュニティ組織。人口が減少するなか、行政だけでは支えきれない“自治の空白”を担う住民自治協議会の取り組みだ。
すみまちの事務所を訪ねると、事務局長の河合さんが迎えてくれた。

「高齢者も、子どもも、みんなが住みよいまちにしたいから、やることがどんどん増えていって、もう頭がてんやわんやです」
河合さんは、取材前日には高齢者へお弁当の配食へ。これは地域住民の見守りサポートを兼ねていて、必要に応じて福祉・医療機関へつなぐこともある。
かと思えば、子ども向けのプログラムも行う。アユの友釣り体験で、地域の高齢者が先生役を務めたときのこと。
「ふだんは静かなおじさんが、目をひときわ輝かせていたんです。あんな姿は、見たことがなかったな」
人はだれしもがいろいろな面を持っていて、一面を見るだけではわからないことも多い。すみまちの活動は、一人多役を通じて、このまちに住む人も訪れる人も、一人ひとりをゆたかにする取り組みといえそう。
ちなみに河合さんは、商工会を早期退職していたところ、すみまちに仲間入りすることに。未経験の仕事もやってくる分忙しそうではあるけれど楽しそうで、これが自分で自分の住むまちをよくする、自治の表情なのかな。
最後に、住みまちのもう一人の仲間を、丸八百貨店に訪ねた。

炭本さんだ。小中高と朽木に住み、進学のため京都へ。知人の勧めで看護師となった。その後は、隣接する京都と福井で勤務。やがて地元の同級生と結婚。出産を機に、地元へ帰った。
子育てが一段落した2017年には、訪問看護の事業所を開設した。取材中に、利用者さんから電話がかかってくる場面があった。バックパックからペンを取り出し、紙ナプキンにメモをとる表情は和やかで、見ているこちらも和んだ。
救急医療からキャリアをはじめた炭本さんにとって、訪問看護は未知との遭遇だった。
「救急病棟で働いていたときは、患者さんの怪我や症状ばかり診ていました。けれど今は、自宅でその人まるごとを見ています。看護師と利用者であり、住民と住民であり、人と人として関わり合う感じ。訪問看護とは、このまちで暮らしてきた人たちの人生の終盤に伴走させてもらう仕事でした」
利用者さんの入浴や食事の介助をしながら、はまってしまったことがある。
「利用者さんのライフヒストリーを聞くのがおもしろい…どんな映画やコンサートよりおもしろい。ライブですから!特に90代以上の方。靴を買うのではなく、自分でぞうりを編む。灯油を買うのではなく、自分で山の木を伐って木炭を焼く。そうして営みの自治をしてきた人たちです」
ここで「過疎とゆたかさって、全く別の話で」と坂井田さん。

「この先も朽木の人口減少は進んでいくでしょう。あと10年ちょっとしたら、わたしも高齢者の仲間入りです。だけど、上山さんや河合さんを見ていると、朽木の60代、70代はもりもり元気でしょう?」
「理由は、自分で自分の人生をつくっているからだと思う。一人多役で働くなかで人とも土地ともつながる。そのゆたかさが、過疎という言葉で見えなくなってしまうのは、残念だな」
二人は、ここにあるゆたかさに出会うプロジェクトをはじめたいと思っている。それは“生活観光”とでも呼ぶべきもの。
そして、生活観光の拠点にしたい空間もある。かつての商家である熊瀬邸(くませてい)だ。10年間ほど空き家となっているけれど、躯体も水回りもしっかりしている。
ここを滞在拠点として、訪れた人が生活観光を行う構想だ。日帰りのツアープログラムもあれば、中長期滞在型のクリエイターインレジデンスも展開したいと考えている。

とはいえ、プロジェクトはまだまだ企画段階。生活観光についても、これから形にしていくところ。今回は、坂井田さんを含む「ぼくみん・山笑う共同事業体」の伴走支援もある。自らプロジェクトをつくる楽しさを感じる人に来てほしい。
「不特定多数に向けた情報発信も必要ですが、ほんとうは顔の見える特定少数…つまり、朽木の人たち向けの広報に取り組みたい。朽木の人に、朽木の光を観てほしい。それこそが地域おこしだと思うから。たとえば同期の協力隊と連携して、TAKASHIMA BASEにあるリソグラフで、地域新聞を刷れないかな?」
構想は無限に広がるなか、坂井田さんも炭本さんも、ともに活動する仲間を心待ちにしている。
「高島市に地域おこし協力隊、ぜひに!という気持ちです。人生の3年間を預かる大切な仕事であり、そこに関わらせていただく責任感も感じています」
ちなみに坂井田さんは、地域おこし協力隊の前身である緑のふるさと協力隊経験者。自身の経験も活かし、今回募集する地域おこし協力隊事業において地域統括ディレクターを担う。
「かつてわたしが隊員として活動していたときは、若者がいること自体に価値を置くものでした。今回はより事業性が明確で、まさにゼロイチをつくれる予感がします。タイミングもよい。今年は農村RMOと特定地域づくり事業協同組合が動き出し、波に乗っています」
協力隊として着任すると、1年目は坂井田さんと活動していくことになる。まずは地域での関係の土壌をつくることから。2年目からは「熊瀬邸の活用」をはじめ、任期後につながるプロジェクトを芽吹かせてほしい。

ちなみに、求める経験はありますか?
「何もいりません。もちろん、これまでの経験や資格があれば、活かせると思います。でもきっと、あなたがここに来るだけで、みんな喜ぶと思う。朽木での一役目は、ここにいることなんです」
あなたは、どんな役を朽木でつくっていきますか?
オールたかしまは、地域を漕ぎ進める仲間を募集しています。
(2026/8/21インタビュー 大越 元)


