長崎に暮らしてもうすぐ5年。斜向かいに住む大家さんはいちご農家でした。
まだ辺りも暗い午前5時。眠い目をこすりつつ布団から出ると、外から軽トラックの発進音が聞こえる。窓の外には、照明に照らされたハウス。その光景を見ながら、「よし、自分もがんばろう」と気合いを入れる。
空が白んでくると、今度はパートのおばちゃんたちの声が聞こえてくる。内容までは聞きとれないけれど、いつの日もみなさん元気な笑い声。朝から溌剌としていてすごい。
とくに子どもが生まれて早起きするようになったこの2年ほどは、そんなふうにして勝手にパワーをもらっていました。

今回、その大家さんを取材する機会が巡ってきました。
いちごと米を育てるファーミライズ株式会社。長崎県東彼杵(ひがしそのぎ)町の地域おこし協力隊として、ここでいちご栽培を学ぶ人を募集します。
任期後は独立するか、ファーミライズに就職する道もあります。いずれにしても、3年後に一人前のいちご農家になるつもりで主体的に動ける人だといい。
さまざまな農作物のなかでも、いちごは初期から収入を得やすいと言われます。いつか農業に携わりたい気持ちがあるなら、ここで3年間学ぶことを選択肢に加えてもいいかもしれません。
南北に長い長崎県の中央部に位置する東彼杵町。高速道路のICがあるほか、町の中心部から空港まで30分前後と遠方へのアクセスも便利。
かつては宿場町として人々が集い、とくに鯨の陸揚げ・流通で栄えた歴史も。スーパーではいまだに、鯨肉が当たり前に売られている。
名産のお茶は、品評会でたびたび日本一に輝くおいしさ。町の西側には大村湾が広がり、きれいな夕陽が沈む。

そんなお茶と鯨のまちの一角、潮風がほのかに届いてくる住宅街のはずれに、ファーミライズのいちごハウスが並んでいる。
迎えてくれたのは、代表の隅(すみ)さん。
「今日は曇ってるからまだマシだけど、もう最近は暑くて。従業員に倒れられると会社的にもよくないので、体調だけは十分注意しながらがんばってもらってます」

隅さんの周囲に並んでいるのは、すべていちごの苗。9月中旬ごろの定植に向けて、今は苗を育てつつ、土やハウスなどの生育環境を整えているところ。
「もともとうちのじいさんは博労(ばくりゅう)をしてて。博労は、牛の運び手のこと。運搬用のトラックを使いはじめたのも早かったから、『隅っていったら、さはっちゃんの孫ね』って、県内で農家してる人なら誰でもすぐわかってもらえた」
そのおじいさんが博労のかたわら、稲作もしながら50年ほど前につくりはじめたのがいちごだった。
ちなみにいちごも、このあたりが長崎県内で先駆けとなった産地。時代を切り拓いたおじいさんだったんだな。

以前は自衛隊で働いていた隅さん。看護師の奥さんと結婚し、一番上の子が生まれるタイミングでいちご農家に。
0からいちごづくりに向き合い続け、今ではこの道25年になる。
法人化したのは4年前のこと。社名のファーミライズには「農業の未来を上向かせる」という意味を込めた。
「どこの地域、どの作物でも同じだろうけど、生産者の高齢化は進んでるし、ハウスもぼんぼん減ってる。若い子たちと一緒にいちごをもっと盛り上げていければなって」
生産者の若手研究会をつくり、地域おこし協力隊とは別枠で新規就農者を支援。これまでに2人が研修を積んでいて、ひとりは30分ほど離れた波佐見町ですでに独立しているそう。
また、3年後を目処に観光農園をはじめる計画も進めている。近隣でハウスを新設し、今年度から生産量も倍に。
せっかくなので新しいハウスを見学させてもらう。

先ほどのハウスと比べて、ずいぶん見た目が違いますね。
「子どもも取りやすいように、上下段に分けて。車椅子でも通れる幅はほしいなと思って、通路もだいぶ広くしてる。これでも以前のハウスより植わる本数はめちゃめちゃ多いよ」
「ここは全部自動。水から温度管理まで、ケータイひとつ。苗を植えたり枯れ葉をとったり、もちろん作業はあるけど、ハウスのなかの環境は自動で整えてくれるから、だいぶ楽になると思う」
ほかにも、キッチンカーを使ってスムージーなどの加工品を直接販売したり、希少な白いちごを栽培したり。
新しいことに挑戦していく開拓者精神は、おじいさんの代から変わらず受け継がれているように感じる。

いちごの最盛期はクリスマスシーズン。そこに向けて11月中旬から収穫がはじまり、6月10日まで続く。
終わりの時期が明確なのは、田植えがはじまるから。ファーミライズではいちごと米を育てているので、初夏から秋にかけては稲作と並行することになる。
収穫期以外にも、ハウスの片付けや来シーズンに向けた土づくり、育苗や田んぼ周辺の草刈りなど、1年中いろんな仕事がある。
現在のメンバーは正社員2名、隅さん含めた役員3名、パートタイム3名。加えて役場からの出向という形で、地域おこし協力隊が1名活動している。
続いて話を聞いたのは、協力隊の磯田さん。来年の4月で任期満了し、その後は町内で独立するそう。
「ようやく空きハウスの借用が決まりました。これから出さないといけない書類やお金の借り入れ、新規就農の認定とかもいろいろあって、頭のなかは忙しいんですけど。充実はしてますね」

大阪出身の磯田さんは、大学卒業と同時に就職で東京へ。大手飲食チェーンで調理師免許をとって4年勤めたあと、大阪屈指の飲み屋街である天満や福島でも働いた。
29歳で独立。大阪の住吉大社近くで、7年半にわたって夫婦で喫茶店を営んでいた。
「おしゃれなカフェが自分には合わなくて、喫茶店がよかったんです。何時間でもおれる店にしたかったんで、サイフォンでたっぷり出して1杯350円。途中値上げはしましたけど。本片手に6時間とか滞在する常連さんもいました」
「なんで辞めるん?って自分でも思う」くらいに、お店は楽しかったそう。
ではなぜいちご農家に?
「いつか移住したい気持ちがあって、妻とは『10年店やったら考えよう』って話してたんです。それがコロナ禍で早まったっていう感じですね」
「最初は移住だけを考えたんですけど、田舎に行くなら農業をしたいなと。ふたりとも食が好きやし、食べものをつくる一番最初のほうからやってみたいなと思ったんです」

岡山、高知、佐賀、宮崎と巡り、最後の移住先候補地としてやってきたのが長崎。
作物もぶどうやトマト、きゅうり、ナス、花などさまざまなものを検討したうえで、いちごを選んだ。
「ぶどうとか桃のような果樹もいいなと思いつつ、ちゃんとした実がなるのに5年はかかる。一方でいちごは、施設栽培で初期投資は結構かかるんですけど、1年目から収益が上がりやすいと言われているので。そこはひとつ大きなポイントでした」
地域おこし協力隊として3年間の収入が保障されていること、そして任期後にファーミライズに就職する道があることも後押しになった。
「最初から独立の意志はあったんです。ただ、選択肢として就職できるセーフティーネットがあるのはありがたかったですね」

とはいえ、日々の仕事は決して楽ではない。
代表の隅さんは、前日どれだけ遅くに寝ても朝5時には畑へ。ほかのスタッフが来る前に、水やりなどの作業を済ませておく。
6〜7時ごろに社員やパートタイムのおばちゃんたちが集まってきて、9時ごろまで収穫。その後はパック詰めや出荷手配といった屋内での仕事もあれば、道の駅や町内のケーキ屋さんへの配達、キッチンカーでの販売といった外に出ていく仕事も。
気候や苗の変化をよく見ながら、必要に応じて追加の水やりや施肥、害虫の防除なども行う。
「重労働というほどではないですけど、最低限の体力と根性は必要だと思います。なめてかかるとむずかしい。同じ作業を一日だけじゃなく、何日も続けていく仕事なので」
近年の夏の猛暑は深刻さを増している。12〜15時の炎天下での作業は避けたほうがいいし、雨などで作業予定が変わることも。
自然を相手にする以上、ある程度の臨機応変さは求められると思う。
「隅さんは、社員の労働時間を守ろうっていう感覚はすごくある方だと思います。農業だから当たり前やんけ、もっと働け! みたいなのはないです」

磯田さんは来年の4月いっぱいで任期を終え、その後はひとりでいちごを育てていく。
車で10分ほどの距離感だけど、日当たりや水はけといったハウス内の環境が変わるので、同じやり方が通用しないことも出てくる。
隅さんや近隣のいちご農家さんにアドバイスをもらいながら、まずは自分のいちごをつくることが当面の目標だという。
「技術習得はもちろん、空きハウスを借りるために地元の人と話しに行ったり、地域行事に出たり。独立を考えるなら、誰かが動いてくれるのを待つんじゃなくて、自分から動いて状況を前に進めていく主体性は少なからず必要ですよね」
続けて隅さんもこう話す。
「受け身よりはチャレンジャー、じゃないけど。自分の考えをしっかり発信できる人であってほしい。人って、他人が何考えてるかわからない。言葉で発信しないと相手の気持ちもわからんし、ある程度コミュニケーションがとれる人だったらいいかな」

ちなみに、移住先としての東彼杵町はどうだろう? 磯田さんに聞いてみる。
「車は絶対必要ですけど、佐世保や大村まで車で30〜40分で買いものも行きやすいですし、うちからだと15分くらいで嬉野温泉も行けます。保育園も3つあるし。田舎やけど田舎すぎない、移住者にとったらめちゃめちゃいい環境やと思いますよ」
1〜2週間家族で地域に滞在する「保育園留学」を、長崎県内ではじめて導入している東彼杵町。1日あたり1000円で泊まれるお試し住宅もあるので、子育てや暮らしの様子が気になったら、まず体験してみるのもよさそう。
また、ここ10年ほどは移住・起業する人が増えているまちでもある。
このまちでチャレンジする人たちを応援しているのが、日々研究所株式会社のみなさん。元米倉庫を改装した交流拠点「Sorriso riso」やWebメディア「くじらの髭」を運営するほか、移住にあたって壁となりがちな空き家のコーディネートや起業後のサポートもしている。
協力隊の伴走支援もしていて、定期的な面談や地域とのつながりづくり、年に数回の研修も企画中。
メンバーのひとりである内野さんはこう話す。
「サポートとか伴走って言葉は使いますけど、どちらかと言えば同志とか仲間みたいな感覚で関わらせてもらっています。観光農園ができたり、農家として独立する人が出てきたり。いろんな営みが広がって、このまちを一緒におもしろくしていけたら」

ぼくは少し前に町内で引っ越しをして、隅さんが大家さんではなくなってしまったのですが、早朝のハウスに明かりが灯った景色やスタッフのみなさんの明るい笑い声がたまに恋しくなります。
いちごに限らず、農業に関心があるなら、ぜひ一度会ってみてほしいです。
(2026/08/07 取材 中川晃輔)


