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複業からはじめる
好奇心を活かす山・川・町

自然の多いところに移住したい。

いろいろなことを知って、経験してみたい。

地域の役に立つような仕事をしたい。

けれど、自分になにができるのかわからない。

そんな人の最初の1歩としてオススメするのが、今回の募集です。

高知県吾川郡いの町。

高知市に隣接して利便性がありながら、真っ青に透き通った川、空に近い山道などの自然にも恵まれている地域です。

ここで、いくつかの仕事をしながら暮らし、自分に合った生活を見つけていくことのできる「複業」プロジェクトがはじまりました。

いの町複業協同組合<イーノ>に正規職員として所属しながら、季節ごと、曜日ごと、時間ごとに、いの町のさまざまな事業者の仕事をする。

そんな「イーノワーカー」の1期生を募集します。

参加する側も、受け入れる側も、コーディネートする側もはじめての試み。

新しいまちでの仕事と暮らしを楽しめる、好奇心のある人を探しています。



多くの人が行き交う高知駅から、電車に乗って20分。

映画『竜とそばかすの姫』の舞台として話題になったこともある、いの町。

駅から歩ける範囲にコンビニ、スーパー、薬局やパン屋さんもあって、「自然が豊か」と聞いて想像していたよりも、暮らしやすそうな印象を受ける。

災害に強い庁舎に建て替えて10年という町役場で出迎えてくれたのは、総合政策課の尾﨑課長。

「土佐弁がすごう出るき、わからんかったらすまんね!」と豪快に笑う尾﨑さんは、いの町の出身。

土木技師として30年ほど土木業務に携わり、昨年、総合政策課に配属された。

「総合政策課に来てはじめて複業協同組合という言葉を知りました。調べてみたら、いの町に必要な仕組みだ!って。いいものをつくっている事業所はけっこうあるけれど、人手が少ないんです」

2004年に3町村が合併。

商店が点在する役場周辺から、標高1700mの山の上まで。

南北に広がるまちで、合併当時29,000名ほどだった人口は、昨年の時点で約19,000人になった。

「飲みに行った先なんかでいろんな人の話を聞かせてもらっていて。まちに愛着があっても、若い人は外に出ていってしまう。働く人たちは高齢化していく。不安とか課題とか、職員でありながら対策しきれないところにモヤモヤしていたんですよ。できる限りのことはやっていきたいし、もがける範囲でもがいていこうって」

「地方移住に興味はあっても、いきなり自分に合う仕事を見つけられるかどうかはわからないし不安がある。いろいろな仕事を試せる『複業』でありながら正規社員の待遇として働けるのは、すごくいい仕組みだと思っているんです」

「イーノワーカー」と呼ばれる参加者はまず、いの町複業協同組合<イーノ>の正規職員として雇用され、そこから各事業者に派遣されることになる。

受け入れ準備をしている事業者は、林業や農業、観光や福祉、アイスクリーム屋やキジを育てる組合など幅広い。

たとえば月火の午前中は農家で生姜を育て、午後はアイスクリーム屋の店頭に立つ。水木はゆっくり休んで、金土日は宿泊施設へ。

イーノワーカー本人の適性にも配慮しながら、人手が必要な季節や曜日、時間などに応じて、仕事を担っていくことになる。

事業者は繁忙期に人手が確保でき、イーノワーカーはさまざまな場所で働きながら、自分に合う仕事、働き方を探していくことができる。

「都会と違い人口が減っている地域だからこそ、単なる『代替可能な派遣人員』として扱われるのではなく、地域の顔の見える人から感謝される。直接役に立っていると実感できる仕事にもなるのではないかと考えています」

受け入れる準備は整っているものの、事業者にとって複業というかたちで人に働いてもらうのははじめてのこと。

イーノワーカーとして参加する人も、移住して慣れるまでには時間がかかるはず。

人手の必要な場所の把握や仕事の組み合わせを調整したり、ときにはワーカーの相談相手になったり。サポート役を担うのがいの町複業協同組合<イーノ>の事務局のスタッフ。

「仕組みをつくるだけではなくて、はじまってからサポートしていく伴走型じゃないと成り立たないって思っていました。誰ならできるだろうと考えていたとき、冊子に載っていた今村さんのインタビューを読んだんです」

「これは今村さんしかできんなって。どうやろかって話をしたら、本当に快く事務局長を引き受けてくれたんで。ここから、このまちがおもしろくなるんじゃないかって期待しています」



事務局長の今村さんがいるいの町複業協同組合<イーノ>の事務所は、役場の目の前にある。

事務所の扉を開けると、帽子とメガネが似合う今村さん、そしてコーディネーターの見津田さんが出迎えてくれた。

やわらかいトーンで話をしてくれる今村さん。

イーノの事務局と並行して、「まちづくり会社ドラマチック」という会社を経営し、さまざまな場所のプロデュースや運営などを行っている。

東京からいの町に移住してきたのは5年前。

高知県の別の自治体の仕事をしていたこともあり、家族を連れて高知をぐるっと周ったことがあった。

「仁淀川(によどがわ)っていうとてもきれいな川があるんです。そこにね、まるでビーチのようにみんなが川遊びしてる風景を見たんですよ。こんなふうに川で遊べるんだってことにびっくりして」

子どもを通わせたいと思える学校があったことも移住を決める理由だった。

仕事というよりも、どんな場所で暮らしたいかでいの町を選んだ。

「たまたま複業協同組合の事務局を担う人を探してるって話を聞いて。めちゃめちゃおもしろそうだからやりたいって話したら、トントンと話が進んで、今に至ります」

「この仕事をすることになって、地域の事業者さんのことを知ることができて、いの町がさらにカラフルに、魅力的に見えるようになってきました」

独立する前から、週3日は会社員、週4日はドラマチックの社長という複業生活をしていたという今村さん。

ドラマチックでは、カフェやシェアアトリエ、コワーキングスペース、公共施設。さまざまな人たちが出会い、活動できる場づくりなどを行っている。

「僕は、誰しもが個性や才能を持っていると思っていて。都会で自分の力を発揮できずにモヤモヤしている人が、このまちで暮らして働くことで自分の才能を発揮できるかもしれないと考えています」

「僕らは、その人の花が咲くのを後押ししていくような役割を担います。新しい環境で最初の1歩を踏み出すには、最高の仕組みだと思うんです」

この日も事務所には、イーノワーカーになることを考えているという方が相談にやってきていた。

いの町でどんな仕事をしていくとよさそうか。住居はどうやって見つけるのか。自分にも参加できる仕組みだろうか。

あたらしいことに挑戦する人たちの話を、コーディネーターとして、見津田さんがじっくり話を聞いていく。

「自分にはぜんぜん違う分野の仕事だと思っていても、やってみるとフィットすることもあったりしますよね。あんまり先入観を持たずに、やってみようと思えるといいんじゃないかと思います」

「いくつかの場所で働く楽しさもあれば、そのぶん覚えることが多かったり、関わる人も増えていきます。周りの人たちとコミュニケーションをとりながら、仕事や関わる人に対して責任を持って向き合ってほしいですね」

イーノワーカーとして働く期間の上限は決まっていない。

フルタイムでも、たとえば週4日の勤務など相談もできるので、自分に合う時間の使い方を考えていくことができる。

しばらく働いてみて、フィットする会社があれば転職を考えてみてもいい。

新しい生活のなかでやりたいことを見つけて、自分で仕事をつくっていく人も出てくるかもしれない。

「大事なのは好奇心だと思います。いろいろな経験をしてやりたいことを見つけて、次のステージに進んでもらいたい気持ちはあるかな。最初から定住を前提としてくる人は少ないかもしれない。だけど、ここに住み続けたくなっちゃうんじゃないかな」

「お金では買えない景色があって、季節ごとにおいしいものが食べられる。ホタルが見えるよって誘ってもらったり、餅つきに参加したり。自然のなかで暮らしている満足感があるというか、五感で楽しめる感じがめちゃくちゃあるんですよね」

イーノの取り組みははじまったばかりではあるものの、いの町には今村さんのように、移住してきた先輩も少なくない。

どんな暮らしをしているのか話を聞かせてもらったのは、いの町に5年前に移住してきた貴志(きし)さん。

この日はちょうど町外に出かけているタイミングで、オンラインでつないで話をすることに。

「和歌山で教員をしていました。30歳になるときに、環境をガラッと変えたいなと思って。奥さんの実家が高知県で、祖父母がいの町に住んでいて。結婚の挨拶に来たときに、地域おこし協力隊の募集があることを教えてもらったんです」

「国道194号線を登っていく途中で川が見えて。めちゃくちゃきれいやなって感動して。周りの人にもよくしてもらって。いい家も紹介してもらえたので、ここに移住してきました」

貴志さんが担当することになったのは、いの町のなかでも山側の地域で特産品として育てられてきた、キジの飼育とその販売促進。

最大3年の任期が決まっている地域おこし協力隊では、任務を進めながら、自分の仕事をつくっていくことができた。

「1年目にはサウナのレンタル業をはじめて、2年目くらいからはWebサイト制作の依頼を受けるようになりました。3年目には猟師の免許もとって。せっかくだから、やりたいことをやってみて、違ったら別のことをしようって」

ほかにも養蜂、山菜採りなど、次々とあたらしい話が出てくる貴志さん。

持ち前の好奇心で、このまちでの暮らしを楽しんでいる様子。

「いの町に来たら、自分が知らない世界がありすぎて。見たことのない食材とか、こんな調理の仕方があるんだとか。ロープの結び方、床材の選び方。今まで解像度が低かったものが、実体験とともに鮮明になっていく。ゲームをしているような感覚で、生活にハマってます」

「祖父がめちゃめちゃ熱い人で。ここに来てから知り合って好きになった人たちもいっぱいおって。その人たちのためになにかしたいっていう感情が大きいんです。頼まれたことはやりたいし、なにか役に立ちたい。地域の人たちががんばってきていることにちゃんと関わって、続けていきたいんです」

地域おこし協力隊の任期を終えて、別の場所に移る選択肢もあった。

貴志さんの場合は、自分ではじめた事業を継続しつついの町で暮らしている。

今、力を入れているのが、一部の地域で続いてきた原木まいたけの栽培なんだそう。

「いい環境で育てられるから、めちゃくちゃうまいし香りもよくて。生産量を増やして売り方を考えられれば、まだまだいけるやろって思ってるけど。70代のみんなは、もう続けられないっていうんですよ」

「以前はここを産地にしようってがんばってたけど、周りからは失敗だと言われたこともあって。それを聞いて、僕はめちゃめちゃ悔しかったんです。10年、15年かかるかもしれないけど、ここを産地にしていきたいと思っています。地域の人たちと、みんなでなにかするが本当に楽しいんです」

地域に馴染み、自分の仕事をつくっている貴志さん。

ここでの暮らしを楽しむコツを聞いてみる。

「今も続けていることなんですけど、名前となにをしている人なのか聞いたら、メモをしておきます。次に会うときには確認して。人に紹介してもらうことが多いから、失礼のないようにって」

「ここにいると、暑ければ川に入ればいいじゃんって気分になるんですよ」

いの町で会った人たちは、前向きで気持ちがいい人たちでした。

ここで1歩を踏み出すことにいい予感がしたら、ぜひ、いの町を訪れてみてください。

(2026/8/5 取材 中嶋希実)

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