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山と川が壮大で、
空の広いまちの
放課後に

山と川が壮大な景色のもと堤防を降りると、視界が開けた。

田んぼの向こうに養老山地が連なり、空がすっと広く見える。

岐阜県海津市。名古屋駅から30キロ圏内で、人口はおよそ3万人。木曽川・長良川・揖斐(いび)川という三本の川が出会う場所。

この海津市に一つだけある公立高校が、1921年に創立された岐阜県立海津明誠高等学校。地元では「海明(かいめい)」の名で親しまれ、地域のイベントや取り組みにも生徒が自然に参加し、海津市も高校を応援する。そんな関係が息づいている学校です。

この学校に来年度、海津市が設置・運営する公営塾が校内にできます。岐阜県内の県立高校では初めての取り組み。

今回募集するのは、その公営塾で生徒の学びを支えるスタッフ。そして高校生と地域をつなぐ橋渡し役となる、高校魅力化コーディネーターです。

勉強を教えるだけでなく「学校に行きたい」と思える場所を、海津市、学校、生徒と一緒につくっていく仕事です。

 

天気が良く気持ちいいこの日。向かったのは、海津市役所の企画課。

迎えてくれたのは、課長の山崎さん。企画課は市長の特命を受けて、何でもやる部署だそう。昨年度は市制20周年を記念し、市で初めてとなる野外音楽フェスの開催、新たな市のキャラクターであるヅイーカのデザイン、市を舞台にした絵本もつくった。

「市長より高校の魅力化に取り組んでくれ、という特命を受けました。多くの自治体では高校魅力化は教育部局が担当していますが、企画課で取り組むことになり、市長の本気度を感じています」

海津明誠高校は、市内唯一の高校。ただ近年は定員割れが続き、ついに普通科の出願率は0.19倍に。このままだと存続の危機につながってしまうことも考えられるという。

地理的には、海津市は離島でも山間地でもない。むしろ名古屋市という都市に近いまちだ。

「名古屋駅からおよそ30キロの輪郭を描くと、東のほうに春日井市があり、西が海津市なんです。名古屋から見て東は栄えているんですが、西は揖斐川、長良川という大きな川があるのもあって、同じベッドタウンなのに栄えていない」

都会と距離が近いのもあり、市外の高校を選びやすいという側面を持つ。近隣の大垣市にも普通科の高校が多くある。

「市に高校が無くなると、さらに若者が帰ってこなくなる。教育環境があることは、子育ての最低条件。だからこそ、高校が無くなるというのは大きな問題なんです」

「ただ、具体的に何人増やす、みたいなのは、まだ、決めていなくて。令和8年度中に高校の魅力化ビジョンを作成予定です。まずは少しでも回復すればと思っています」

県立高校である以上、本来は県が取組む案件にも思える。ただ、今回は市長の判断で市が動くことになったそう。しかし、山崎さんの想いには、それ以上のものがある。

「昔は子どもに対して、いい学校へ行けよって。いい学校に行って一流企業に入る、まるでそれが勝ち組なんだっていう言い方をしてきて」

学力の高い大学や一流と呼ばれる会社の多くは都会にある。

「地元に帰ってくる人は負け組なのかもしれないって、感じてしまいますよね。周りの雰囲気もそれを助長していた。そんなことを言われていたら、子どももUターンしづらいと思うんです」

そこまで話して、少し間を置く。

「それは、やっぱり間違いだったなっていうのを、今回の魅力化プロジェクトで思っているんです」

「自分が生き生きと暮らせる場所で職に就くのが、大切な選択なんだろうなって。これからの時代、そっちの価値観が重要なんだろうと思います」

海津市には、「おちょぼさん」の愛称で親しまれる千代保稲荷神社がある。商売繁盛にかけて、 市は「生涯繁盛」というキーワードを掲げている。

「自分のなかでは、言い換えると『人生謳歌』っていう意味だと思っているんです。つまり、子 どもから大人まで、自分の活躍できる場所があるまちだということ」

「だから公営塾といっても、単にたくさん勉強していい大学に入れっていうだけじゃなくて。どちらかというと、地域の居場所づくりの意味合いが強いのだろうと思っています」

高校時代にこの地域で居場所ができれば、一度離れてもその居場所に戻ってくることができる。いわゆるブーメラン人材を公営塾を通じて育成していきたい。

山崎さんは仕事だから、という話し方をしているけれど、海津市の出身で、海津明誠高校の前身にあたる高校の卒業生。つまり母校になる。

根っこには、なにか思うことがあるんじゃないでしょうか?

すると山崎さんは、少し照れたように話してくれる。

「最初はもう、無くなる学校なんだってちょっと思ってましたけどね。無くなったら、隣の市の学校に行く、みたいな。でも、高校魅力化の話が出てきて、自分でもいろいろ調べるうちに、やっぱり母校がなくなるのはやるせないというか… この地域に高校は必要だって思うようになりました」

「高校生と地域課題の解決に取り組み、地域を活性化させる。将来、若者が帰ってきて活躍できる場所をこのまちにつくる。地域と高校、行政をつなぐ高校魅力化コーディネーターには、それに取り組んでもらいたい。もちろん、プレッシャーを抱え込まないように、企画課と学校両方に席を用意して、みんなで一丸となって取り組みを進めていく体制をつくっています。それくらい、今回のプロジェクトは本当に重要なんです」

 

続いて、公営塾が設置される海津明誠高校学校へ。市役所からは車で5分ほどの場所。

迎えてくれたのは、校長の向田さん。赴任して2年目になる。

「ここに来て一番感じたのは、この学校が市のみなさんに愛されているんだなっていうこと。地域の方や生徒と話すなかで、それを強く実感しましたね」

夏祭りや市が開催している産業祭で高校がブースを出すと、生徒と地域の人が「〇〇さん!」と声を掛け合い、顔見知りで話しているなど。生徒が開発した商品を並べると、「高校生が売ってるから買いに行こう!」という声が聞こえて、気づけば列ができる。

ほかにも、竹灯籠のプロジェクトも進行中。地域の竹をいただいて、ドリルで穴を開け、火を灯す。夏祭りの夜に並べて、まちをやさしく明るくする取組みだ。

「竹を提供してくださったり、穴の開け方を教えてくれたり、いろんな方が、やりましょう、やりましょうって、でてきてくださるんですよ」

海津明誠高校は、普通科、ビジネス情報科、生活デザイン科の3つの学科があり、近年はいずれも定員を割っている。

公営塾は、校内の視聴覚室に置かれる。平日は放課後から20時まで、長期休暇中は9時から17時までひらく予定。

どんな場所になってほしいですか。

「生徒の進路は、さまざまなので。国公立大学を目指している子もいれば、宿題を出すので精一杯という生徒もいる。臨機応変に対応してくださる方が来てくれるのが理想です」

「ただ心持ちとしては、学校でもない、家庭でもない、第三の居場所をつくってほしいなって。『あ、行ってみようかな』、『なんか行ったらいいことありそう』って思えるような場所になるといいですよね」

公営塾の目的は学力向上もあるけれど、それは大学進学率を増やすことだけではない。さまざまな進路希望や学力レベルに合わせて、生徒一人ひとりに伴走していくということ。

「生徒が『よし、また明日も学校がんばろう』って思えるといいですよね。勉強が思うように進まず、学校に行くのが気が重いときってあるじゃないですか。そんなとき、塾でサポートしてもらって『できた!』が増えたら、胸張って学校に行けると思うんです」

公営塾のスタッフは、視聴覚室に加え職員室にも机が設置されることになる。

「具体的なイメージは、職員室に机を置いてもらって、先生方と情報交換しながら生徒と向き合ってもらっていただきたいと思っています」

学校には、3年生に担任とは別の「進路サポーター」という先生が一人つく制度があり、生徒一人ひとりを丁寧に見る仕組みがある。

迷ったときは先生方とも相談しながら、生徒に寄り添ってほしい。

「生徒たちって、家族、そして学校の先生が、普段話す主な大人だと思うんです。つまり、すごく狭い社会で生きていて」

この学校では、卒業後すぐに働く生徒が4割近くいる。

親や学校の先生の仕事以外にも、たくさんの生き方や働き方があることを、もっと知ってほしい。

公営塾のスタッフとともに募集するのが、高校魅力化コーディネーター。主に、「総合的な探究の時間」をより深めていく役割だ。

この学校には、すでに探究の実績がある。アパレルブランド「ユニクロ」の「届けよう、服のチカラ」アワードで全国最優秀賞。観光甲子園の地域探究部門でも準優勝している。

ほかにも、いま動いているのは「高校生書店プロジェクト」。

市内から書店がなくなったのをきっかけに、取次会社にも協力してもらい、市内に本屋さんをつくろうと普通科の3年生が取り組んでいる。

「最終目標は、生徒たち自身が課題に気づいて、よし、じゃあこれをやったらまちが活性化するんじゃないかって、動いていくこと。それを一緒に考えてくれたらいいなと」

コーディネーターには、どんなことを期待しているでしょう。

「すごく立派なことから始めなくていいと私は思っているんです。まずは生徒自身が本当にやりたいな、興味があるなって思ったことを掘り出して深めるお手伝いをしてほしい」

「そういう話って、他愛のない会話のなかから出てくると思うんです。親でも先生でもない、お兄さんお姉さんみたいな感じでコミュニケーションができたらいいですよね」

 

最後に話を聞いたのが、市の未来創生マネージャーの古澤さん。普段は市役所にいる。

「私、民間出向なんです。サントリーで30年ほど勤めていて、海津市に来て3年目になります」

「市長から言われたことは、海津市の未来に資することを考えてやってくれっていうことだけ」

外から来た人の目に、このまちはどう映ったんでしょう。

「いい意味で田舎だと思いました。もし便利すぎたら、こんなに田園風景は残っていない。この自然があるからこそ、都会からわずかな距離で人が集まるきっかけになるんじゃないかな」

「ただ地元の方は見慣れすぎていて、それ自身が魅力だと感じていないことも結構あるんで す。コーディネーターの方は、そういったところにも着目してほしいなと思います」

働く場所はもちろん、暮らす環境も大切。いわゆる田舎だけど、川と山と空、そして田畑が広がる風景があり、それでいて都会に近い。都会の騒がしさに飽きてきた人には、いい場所だと思う。

「高校生の成長を楽しんでくれる人が一番ですね。在学中だけを見てさよなら、じゃなく、その子たちがいずれ帰ってきて就業するとか、都会で自分らしい生活をしているとか。そこまで思いを馳せられる人が来てくれるといいなと思います」

暮らしについては、車は必須。市役所のある海津地区に鉄道は通っていない。任期は3年。本人の希望があれば、そのまま残る道も考えていきたいとのこと。

「立ち上げから関われるので、自分たちが開拓者として海津市の教育の道をつくっていける。それくらいの自由さやおもしろさがある仕事だと思います」

高校の存続という言葉には、どうしても重さがつきまとう。定員割れ、人口減少、統廃合。

「ネガティブワードから始まっているように感じるけど、僕はそうじゃないと思っていて。存続は目的ではなく、いい教育をした結果としてついてくるもの。現状をどう活かしておもしろくするかだと思うんです」

 

帰り道、また堤防に上がりました。夕方の光のなかを、三本の川が集まってくる。降りれば田んぼが広がって、その先に養老山地。

今日の空がどうだったかを忘れずにいられる。

来年の春、あの校舎に放課後の明かりが灯ります。

そこに来た生徒が、また明日もがんばろうと思って帰っていく。その景色を一緒につくれる人を待っています。

(2026/08/21 取材 稲本琢仙)

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