コラム

食と地酒を愉しみながら
まちの日常を思い浮かべる
ほどよく便利な地方暮らし編

こんにちは。日本仕事百貨の増田早紀です。

前回の「とことん暮らし探求編」に引き続き、今回も高知県の移住体験ツアーの様子をお届けしたいと思います。

高知県で毎年開催している、移住体験ツアー。

県内のさまざまな市町村を巡って、実際にその地に移住した人たちの話を聞いたり、住民がよく利用する場所や空き家を訪れたり。観光ではわからない、リアルな暮らしを感じることができます。

今回は、「ほどよく便利な地方暮らし」をテーマに、香美(かみ)市、香南(こうなん)市、高知市、南国(なんこく)市の4市を訪ねました。

いずれも高知県の中心エリアに位置し、空港からも近い地域。一方で海・山・川も近くにあるので、自然の豊かさと便利な生活、どちらも満たした生活を送ることができると思います。

また今回のツアーでは、高知の「食」と「地酒」を楽しむことも目的のひとつ。

豊かな食・酒文化に触れながら、自分だったらこの地でどんな暮らしができるのか、思い描くツアーとなりました。



今回のツアー参加者は、東京や大阪、神奈川、鹿児島などに住む14名。はじめて四国を訪れたという人から、すでに高知市内で体験移住をしている人まで幅広い。

高知市から30分ほどで、バスは香美(かみ)市に入る。

ここでの目的は、スーパーマーケット「バリュー」の訪問。バリューは地域密着型のお店で、香美市内では大手スーパーを超えるシェアを誇るそう。

生産者と消費者が直接つながれる「山田のかかし市」がその魅力のひとつ。地元生産者がつくった野菜や果物を委託販売するスペースだ。

地元食材スペースはほかのスーパーでも見かけるけれど、かかし市の面積はそれに比べて大きく、野菜だけで何十種類も置いてある。

案内してくれたのは、社長の石川さん。地域でつくられたものを大切にしたいという思いで、積極的に地元産の食材を取り入れている。

そんな石川社長と、香美市でクラフトビールを製造している瀬戸口さんを囲んで、座談会を行った。

瀬戸口さんは、大阪から香美市に移り住んだ方。市内にブルワリーを設立し、クラフトビール「TOSACO」の製造・販売を行なっている。

「高知にはよく遊びに来ていて、びびっとくるものがあったんです。どうすればここで暮らしていけるのか、考えるところがはじまりでした」

「起業にもともと興味があったので、高知県主催の起業塾に参加して。自分の興味関心を掘り起こすうちに、大好きなビールをつくってみたいっていう気持ちが出てきたんです」

起業をするなら、心からやりたいと思う事業に取り組むことが大切だと話す。

「起業って、はじめたらもう止まらないんです。自分が本当にやりたくて、何があっても続けていけることを計画の核にしていく。そういう思いがあれば、地域で協力してくれる方がきっといると思います」

島根県の石見麦酒に弟子入りし、一からビールづくりを学んだ。試作品を持って、高知で事業説明会や試飲会を実施するなかで、石川社長に出会った。

今のブルワリーも、バリューがもともと使っていた工場を借りた場所。また、バリューの店舗内にはTOSACOの特設コーナーもある。

瀬戸口さんの取り組みを全面的にサポートする石川社長は、こんなふうに話していた。

「彼は、自分の信念を持ちつつも素直に人の話を聞くんです。経営していくにあたって、周りの人の声に耳を傾けるっていうのは大事なことかなと思います」

移住先で仕事を探すとき、企業に勤めることをまず考える人が多いと思う。

起業することで、思い描く暮らしを実現する方法もあるのだと、瀬戸口さんの話から知ることができた。

とはいえ、いきなり起業を選ぶのは、少しハードルが高いもの。

地域おこし協力隊として移住し、自分の生業をつくるという選択肢もある。

話を聞くために向かったのは、お隣の香南市。「山北みかん」という品種のみかんを栽培する、地域おこし協力隊の浅浦さんを訪ねた。

浅浦さんは京都出身。今年5月から香南市に住み、みかんづくりの研修を受けている。

「もともと農業がやりたくて、調べるうちに地域おこし協力隊の制度を知りました。おばあちゃんが大分県でみかんづくりをしていたことも、このミッションを選んだ理由のひとつです」

みかんの生産者数は全国的に減っており、山北みかんも例外ではない。産地を守っていくため、市が地域おこし協力隊として後継者を募っている。

路地栽培のみかんは、ほとんど設備投資がいらない一方、木が育つまでに時間がかかる。協力隊として周囲の農家さんと人脈を築き、園地を貸してもらえるような関係になるのが理想的。

「まずは自分のことを知ってもらわなきゃいけないと思っています。やっぱり飲み会も多いですね(笑)。皆さん本当にあったかくて、人が支えになっている部分は大きい。そうやって顔を覚えてもらって、将来的には山北みかんの園地を自分で構えられたらいいなと思っています」

本日最後の目的地は、高木酒造。

香南市で明治17年から酒造りを行なってきた歴史ある酒蔵で、酒蔵見学と日本酒の飲み比べをさせてもらう。

案内してくれたのは、6代目の高木一歩さん。

「このあたりは、水質がすごく良くて。生活で使う水道水とまったく同じ水でお酒をつくることができます」

「特殊だと思うんですが、県内の酒蔵は、酒造りに関するデータをお互いに共有しています。みんなで一緒に、高知の酒造りを盛り上げていこうという思いがあるんです」

普段触れることのないお酒造りの話は、一つひとつがとても新鮮に感じられる。

一歩さんは、東京からのUターン。大学進学を機に上京し、酒販店で数年働いた後、家業を継ぐために戻ってきた。

「高知はやっぱり自然が豊かです。ここは海が近いですし、そこでとれる海産物も新鮮ですごくおいしい。そういうところが高知の魅力なのかなと思います」

「それにすごく人がいい。皆さん、ツアー中にウェルカムな雰囲気を感じたんじゃないでしょうか。それはきっと移住をしても変わらないので、安心してもらっていいと思います」

試飲会では、高木酒造が製造するお酒10種ほどを飲み比べ。

きれいな水でつくられたお酒は、やはりおいしい。全種類味見した人や、酒粕などの商品を購入する人など、各々がここで過ごす時間を楽しんでいた。

「食が豊か」と言われる高知県。その食文化の裏にいるつくり手の存在を、あらためて実感した1日となりました。

生産者をはじめ、その食材を加工する人や売り場をつくる人。その温度を感じられることで、口にする食べものの味わいも変わってくるような気がしました。

ツアーでは、ほかにも高知市と南国市を訪れ、地域での暮らしを体験してきました。その様子も紹介します。



高知市は、高知県の県庁所在地。

ツアーに同行してくれた高知県の移住・交流コンシェルジュの方から、県の総人口のおよそ半分がここに暮らしていると聞いて、少しびっくりする。

公共交通も整っているし、ほかの市町村に比べて仕事も見つけやすい。高知市に一旦拠点を構えて県内をまわり、将来的には自分が長く住みたいと思えるまちに移り住む。そんな「二段階移住」をする人も多いそう。

そんな説明を聞いているうちに、市街地からバスで30分ほどの公園で開かれている「高知オーガニックマーケット」に到着。

2008年から毎週土曜日に開催されていて、有機野菜や手づくりのパンなどを、生産者と直接話をしながら買うことができる。

300年以上の歴史を持つ日曜市をはじめ、高知には生産者の顔を見て買いものをする機会が多くある。

わたしも地域のお母さんが握った玄米おにぎりを購入。朝ごはんとしていただきました。

次にバスを降りて乗り換えたのは、市民の足となっている、路面電車。高知市と、両隣にある南国市、いの町を結んでいる。

移住・交流コンシェルジュのなかには、毎日路面電車で通勤している人もいる。生活に車は必須だと思っていたので、ちょっと意外かも。

電車のなかでは、参加者のひとりが隣のおばあちゃんに「どこから来たの?」と話しかけられていた。

高知在住の人によれば、“高知の人は誰にでも構わず話しかける”そう。ほかに教えてくれた話では、「“熱しやすく冷めやすい”気質だから、大手のショッピングモールができたときには市内の商店街から人がいなくなり、最近また戻ってきた」というものも。

どこか自虐的に、でも楽しそうに自分たちのことを話す高知の人たち。やっぱりここが好きなんだろうな。

高知市での暮らしを少し体験できたところで、お隣の南国市に向かう。

市の中心部から車で10分も走ると、あたりは自然豊かな雰囲気に。

空き家の見学や相談会を経て、次は郷土料理づくり体験へ。地元のお母さんたちに教わりながら、全員で夕飯づくりに参加した。

メニューは鰹のたたきをはじめ、葉にんにくと味噌とお酢を混ぜてつくる“ぬた”という調味料など。高知では当たり前に食べられていても、普段聞きなれないものも多い。

葉っぱをすりおろす作業ひとつとっても、長年この料理をつくってきたお母さんたちの手つきはまったく違う。

調理のコツはなんなのか、どんな食材に合わせるのか、話をしているうちに料理は完成。

移住者の方々も招き、料理を囲んでの交流会へ。

一緒に料理したものに加え、テーブルに並んだのは、大皿に盛り付けてみんなで食べる皿鉢(さわち)料理。晴れの日の特別な料理ではなく、普段から食卓にのぼるものを中心にお母さんたちが用意してくれた。

料理を味わいながら、参加者のみなさんと話をしてみる。

「自然が豊かなところに住みたいなと思って、高知への移住に興味を持ちました」

ツアー参加のきっかけを尋ねると、そう話してくれる人が多い。たしかにわたしも、移住といえば田舎暮らし、といったイメージだった。

今日あらためて実感したのは、高知県はまちの中心部と自然が本当に近いこと。

暮らしやすさか自然の豊かさか、どちらかひとつを選ばなくても、ここなら無理なく両方をかなえることができる。それが体感できたのは、大きな発見だったように思います。



2日間のツアーを終えて、実際に訪れたからわかるまちの雰囲気や、地域に根付いて暮らす人たちの温度を感じることができました。

高知県では、3月にも移住体験ツアーを実施します。

次回は、安芸市や室戸市など県の東部を巡る予定。今回のツアーに比べ、自然のなかでの生き方に触れる機会が多いと思います。

移住体験ツアーでさまざまな地域や人と出会うことは、自分らしい暮らし方をあらためて考えるきっかけになるのかもしれません。

(2018/11/17、18 取材 増田早紀)

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