コラム

母になって、見えたこと

しあわせな転職ってどんなものだろう?

答えは人それぞれで、きっと正解はありません。

コラム「しあわせな転職」では、日本仕事百貨の記事をきっかけに転職した人たちを紹介していきます。将来的には、コラムの一部をまとめた書籍も出版する予定です。 

どんな想いで仕事を選んだのか、その後どんなふうに働いて、生きているのか。それぞれの選択を知ることで、自分にとっての「しあわせな転職」を考えるきっかけになればうれしいです。

 

株式会社loop&loop 岩崎阿沙子さん

loop&loopは、イスラエル発の革靴ブランド「NAOT」を輸入・販売する会社。奈良に本店を構え、現在は「entwa」という自社のアパレルブランドも展開しています。WEBマガジンに音楽イベント、1年かけて全国を巡回する受注会、本の出版など。自分たちが「面白い!」「いいね!」と思ったことを、形にし続けてきました。そんなloop&loopに2017年に入社したのが、岩崎阿沙子さんです。

奈良の生駒市で生まれて、高校卒業まで地元で育ちました。もともと絵を描くのがすごく好きだったんですけど、高校のときは勉強に全然興味を持てなくて、成績もあまり良くなかったんです。でもある日、普段は温厚な母に怒られて。「絵を描く人になるためにも、勉強は必要なんやで。そんなんじゃ美大に行かれへんで」って。

自分からは美大に行きたいなんて言ってなかったので、あ、行っていいんやって。そこから志望校を見つけて受験勉強するんですけど、目標があったら勉強も頑張れるんですね。晴れて京都の美大に通うことになりました。

大学では、版画を専攻して。大学院では、表現方法やメディアを問わずにアイデアやコンセプトを中心に作品をつくる、構想設計(Concept and Media Planning)という専攻に進みました。

わたしがやっていたのは、紙の地図のうえに線を引いて、自分がその線の上を歩く様子を撮るっていう映像作品で。何があってもその線を進むようにするので、知らないお家のインターホンを押して、「通らせてください~」ってお願いしたり、駐車場の壁をよじ登ったりしたこともありました(笑)。

卒業後、就職活動はせずに、大学のデザイン学科で助手のような仕事をしていました。情報を整理して人に見せる技術にも興味があったので、助手をしながら学生と一緒に学んで、2年間過ごしました。

その後は結婚して、東京でアートプロジェクトのサポートやWEB・書籍の編集などフリーランスの仕事を1年ちょっと。ただその頃から、夫とわたしが東京の仕事や生活に疲れはじめて(笑)。

そこで、わたしの出身地の奈良県に、夫とプチバカンスとして帰省しました。祖父母の家は明日香村ってところなんですけど、家の近くにわたしの好きな滝があって。あの滝を見たら絶対元気になる!と思ったんです。

ふたりで滝のふもとに座っていると、ポツポツ素直な言葉が出てきました。「ちょっと疲れたよね」って。

その滞在で夫も私もあらためて奈良の良さに気づいたんです、「ここで過ごしたいね」って。いつかは奈良に帰りたいと、密かにずっと思っていたので、結果的にはしめしめですよ(笑)。

じゃあ実際に奈良に帰って、わたしたちに仕事はあるだろうか、という話になりました。わたしはずっとフリーランスで美術に関わる仕事をやってきたけど、奈良で同じような仕事はかなり少ないだろうなと思ったんです。

そうなると、今まで避けてきた「会社の正社員」にならないといけないかもしれない。でも折角奈良に戻るなら、大阪や京都ではなく、奈良で腰を据えて働きたい。そこで覚悟を決めました。そんなときに日本仕事百貨でloop&loopの求人を見つけたんです。

「NAOTの靴を長く履き続けて愛用している人も多かったんですけど、日本にまったく入ってこなくなってしまって。ちょうどそのころ、僕と嫁は放浪していたんです」

「20代のとき東京で知り合ったんですけど、ふたりとも夢があったんです。ピラミッドとかマチュピチュとか、行きたい場所がいくつもあって。でも会社勤めじゃ1週間休みをとるだけでも大変。一度きりの人生で、行きたいところに何回行けるんかなって。どうせ行くならいっぺんに。それやったら一緒に会社を辞めて、行こうって」

『好きなモノ、好きなヒト』より

loop&loop のWEBサイトには、商品コラムもたくさん載っていて。ふつう靴の紹介って、カチッとした商品の説明を書くと思うんです。でも『座談会』というコンテンツには、ふたつのデザインの紐靴のどちらがどう好きか、スタッフ同士がただただ話しあっているものが書いてあって。

「この子は本当に疲れない!アカデミー賞かグラミー賞か、いや発明品?そんなくらいすごい!」「色のバリエーション、ツヤ感が格好良い靴底、遊び感は負けません!」「3回履けばもう自分のもの!」みたいな(笑)。その場で話している熱量そのままに載せていて。素直な伝え方で素敵だなって思いました。

ここだったらぜひ入りたいなと思ったんですけど、そのときは募集が終わっていて。また出ないかな出ないかな~ってずっと待っていました。

待ちきれなくて、電話で問い合わせもしたんです。そしたら「もうちょっとしたら求人出ますから待っててくださいね」って言われて(笑)。実際にお店に行ってスタッフさんと話したり、NAOTの靴を買ってみたり。気持ちが募っていたところに、ちょうど求人が出ました。

ずっと準備していたので、想いを長文にしたためてエントリーして。ほかの人とは、スタートダッシュが違いますよね(笑)、無事に選考も進んで。

代表の宮川とはじめて会って面接したときに、温度感もすごく良かったんです。「岩崎さんは将来何したい?僕はこんなことしたいねん」って、仕事に対する考え方だけじゃなく、自分が将来やってみたいことでも大盛り上がりして。靴の良さはもちろんだけど、この人と働いてみたいと思いました。

loop&loopに入ってからは、お店で接客をしたり、イスラエルから届く靴の検品をしたり、WEBマガジンの取材・編集をしたり、いろいろとやっていて。

良くもわるくも小さな会社なので、一旦物事が決まったあとにさらに変化が加わることもたくさんあります。昨日と今日で全然変わるなんていうこともあって、初めは悩んだこともありました。

でもその変化って、誰かの悪意とかで台無しになっているわけでなく、最初の案があったからこそ、もっとよくできないか?っていう、みんなの試行錯誤の結果なんですよね。

それに宮川や先輩スタッフと喋っていると、ふわふわしていることが形になるんです。NAOTのWEBで看板企画になっているインタビュー企画『さんぽびより』や、うちの出版部門が制作した書籍『隙間時間』なんかは、ほかのスタッフから出てきた案や宮川との他愛ないお喋りから発展して、最終的にみんなの力で形になったもの。ここにいると、何でもできるんちゃうかなって気になります。

2019年の12月からは、育休のため仕事を休んでいました。コロナ禍での育児だったこともあって、自分の両親や親しい友だち含め、本当に大人の人と会って話す機会がなかったんですね。結構メンタルをやられてたと思います。でも、そんなときに宮川が「本を出版するんだけど、お休み中にブックデザインをお願いできる?やりたかったらでええからね」って連絡をくれて。

子どもを育てながら、先輩スタッフと一緒に森田三和さんの『サンドイッチブルース』という本をつくらせてもらいました。それがちょうど1年前、復職直前でした。そしたら、本の刊行日がちょうど息子の誕生日になって。1月16日刊行。なんだか不思議な縁ですよね。

いまは時短勤務で、みんなより早く17時には帰らせてもらっています。どんなに忙しくても後ろ髪ひかれても、残業は絶対しないって決めてるんですけど、誰もいやな顔せず一緒に働いてくれて。復職してからさらに働きやすいというか、すごく楽しいです。

産休前は、NAOTのWEBの編集長のようなポジションで、自分でも記事の取材や編集もしていました。復職してからは、企画自体やNAOTの運営を考える側にまわって、WEBまわりや紙もののデザイン全般やSNSのスケジューリング、出版部門での編集・グッズ制作など、なんだかいろいろやらせてもらってます。

本当にみんないい子なんですよ。日々の仕事もあって忙しいはずなのに、お互いの持っている仕事に対して積極的にアイディアを出し合ったり。すごく感謝してます。

これまでって結構自分の努力でどうにかしてきたタイプで。わたし一人が頑張ったらどうにかなるとか、人に振るより自分がやったほうが早いかもとか。フリーだったこともたぶん関係してると思うんです。成果物がないと認めてもらえない世界だったので。

ただ出産と育児を経験して、そんなこと言ってる次元じゃないなって。わたし、つわりもひどかったんです。結構大変で、しかも長い。なので産むギリギリまでしんどくて、つわりが終わったと思ったら今度は育児が大変で(笑)。

作業時間も体力も、もうわたしには残ってない、差し出せるものは何もない状態。それでも職場のみんなは受け入れてくれて。自分が何も差し出せない代わりに、ほかの子が力を貸してくれるから、復職後もいろんなことが実現していくんです。

うちの会社は「とりあえずやってみよう!」というチャレンジ精神の塊です。なので相手が有名な方でも、取材経験のないスタッフがインタビューに行く機会も結構あって。すごくドキドキすると思うんです。わたしも、新幹線の中でひたすら自分のつくった拙い確認事項を読みながら東京に行って、震える手で取材したことがあったから。みんなも同じようにやってるんだろうなって。

自分が通った道だからこそ、その大変さがわかるんです。編集作業もスケジュールを間に合わせるためにちょっと無理してるだろうなとか、接客中も自分の力不足を感じることがあるだろなとか。想像はするけれど、わたしはそのとき隣に居てあげられないことのほうが多い。

それをカバーできないんだったら何が自分にできるだろうと。頑張っている人にどう声をかけるべきか、どうしたらみんながもっと働きやすく面白いことができるだろうか。ここ最近、すごく考えるようになったと思います。

「May the Force be with you.」って、スターウォーズの名フレーズをチャットで送ることもあるんですよ。心は一緒だよ!って。

2022年1月20日 奈良・奈良市 loop&loopアトリエにて
聞き手 ナカムラケンタ
書き手 杉本丞