コラム

「しあわせな転職」
シェアする暮らしと
2度目のスタートライン

しあわせな転職ってどんなものだろう?

答えは人それぞれで、きっと正解はありません。

このコラムでは、日本仕事百貨の記事をきっかけに転職した人たちを紹介していきます。将来的には、コラムの一部をまとめた書籍も出版する予定です。 

どんな想いで仕事を選んだのか、その後どんなふうに働いて、生きているのか。それぞれの選択を知ることで、自分にとっての「しあわせな転職」を考えるきっかけになればうれしいです。

 

株式会社Rバンク ソリューション事業部・清水麻里さん

株式会社Rバンクは、人と人が心地よい距離感で一緒に過ごせる「場づくり」に取り組む不動産の会社です。賃貸やシェアハウス、ホステル、商業施設など、物件の管理運営まで自社で担うことで、そこに暮らす人の声や、小さな気づきを企画に活かしてきました。1軒の住まいから、地域のコミュニティ、まちづくりまで、幅広く挑戦を続けています。2015年にRバンクに入社し、現在はソリューション事業部で企画などに携わっているのが、清水麻里さんです。

わたしは学生時代から家族以外の人と暮らす「暮らし縁」に興味があり、社会に出て一人暮らしをはじめるとき、コレクティブハウスに住もうと、プロジェクトに参加していました。新築のプロジェクトで、入居できるまでの間は自宅から職場に通う予定でしたが、長時間の通勤に疲れてしまい、職場の近くで家を探すことにしました。

もともと料理が好きなこともあって、キッチンが狭いワンルームは選択肢にありませんでした。それで家賃を抑えて広いキッチンを使えるっていう理由で、シェアハウスを選んだんです。たしか月3万6,000円のドミトリーだったと思います。

当時はまだシェアハウスではなく「ゲストハウス」って呼ばれていて、ちょっと変わった人が住むところっていう先入観もありました。たしかにルームメイトは個性が強かったけど、みんな夢や目標があって、一緒にいて心地よかったです。わたしは最初、平日だけの仮住まいのつもりで入居したんですが、気づいたら、シェアハウスが自分の家になっていました。

ルームメイトとは、お互いに干渉しないけど、さりげなく寄り添う感じというか。タイミングが合えば一緒にご飯を食べたり、話を聞いてもらったり。家族とも、友だちとも違う関係性が新鮮でした。そうやって、自分がシェアハウスに暮らしながら、感じたことをまとめようと思ってブログをはじめて。「ひとりじゃないひとり暮らしプロジェクト」って、今でも検索すると出てきちゃうと思います。まあ、自主研究みたいな感じです。

そこから5〜6年かけて、男女ミックス、女性専用、規模も6人から40人くらいまで、いろんなタイプのシェアする暮らしを体験しました。なかには、ルームメイトが夜大騒ぎして警察を呼ばれたり、入居者同士の恋愛模様が面倒くさくなったりすることもありましたが、だいたいのところは、みんなルールを守って暮らしていたし、シェアハウスって一口に言っても、いろんな暮らし方があることがわかっておもしろかったです。

もともと大学では建築を専攻して、将来はコミュニティやまちづくりの仕事がしたいと思っていたものの、そのときの「シェアする暮らしの研究」は、あくまでも趣味で、仕事になるとは思っていませんでした。

新卒で就活するときは、まずは業界のことを広く学んだほうがいいと思って、中堅の不動産ディベロッパーに入りました。そこで2〜3年修行するつもりだったんですが、サブプライムローンが来て、入社から半年で倒産してしまって。これは、もう「まちづくりに進め」っていうことかなと思い、チームネットっていう会社に就職しました。わたし実は、その会社でも日本仕事百貨の取材を受けているんですよ。

チームネットは「環境デザイン」「コミュニケーションデザイン」「マーケティング」を有機的に掛け合わせ、まちづくりに関するあらゆることをやる会社で、企画からプレゼン、プロジェクト運営まで、本当に休みなく、朝から晩まで働いていました。たくさん吸収できるものがあったけど、6年くらい続けるうちに、体力に限界を感じるようになってきて。

そのころ岸本さんという知人を通して知ったのがRバンクでした。彼女はもともとRバンクのスタッフで、Facebookで「わたしの古巣が求人していますよ」って、日本仕事百貨の記事をシェアしていたんです。記事のなかで、当時の代表が「管理なくして企画なし」っていう話をしていて。それは自分が感じていたフラストレーションと重なり、ハッとしました。

「日々オーナーさんや入居者の方と話をします。そのなかで、入居者の方が住まいに求めることが見えてくるんです。たとえばデザインだけ洗練されても、手の届かない住まいでは借り手がいない。デザインも家賃もちょうどよく。地に足のついた企画ができるようになるんですね。」

「僕らの仕事は、長い目で見たときに、オーナーさんに利益が生まれること。そのためには入居者同士のよいコミュニティができること。だから建てて終わりではなく、その後も管理を引き受けていきます。」

シェアハウスを届ける』より

まちや建物の企画って、完成して長い時間を経てみないと、成果も失敗もわからない。でも、実際のまちづくりの現場ではそこまで長期的に寄り添えないことも多くて。Rバンクは、自分たちで運営や管理をすることで、気づきを次の企画に活かしていて、素晴らしいなと思ったんです。しかも募集していたのがシェアハウスのコーディネーターで、自分のライフワークも活かせると思って。

そこからRバンクでシェアハウスの運営管理に携わりました。たしかに実体験が役立つ場面も多かったのですが、飽き性なわたしは、仕事に慣れるにつれ、新しいことに挑戦したい気持ちが湧いてきて。シェアする暮らしを、暮らしだけでなく、働く場や泊まる場など、まちに展開していきたいと考えるようになりました。結局3年半くらいでRバンクを退職して、知人の会社でアルバイトをしながら、シェアスペースや宿泊業の勉強をはじめました。

アルバイトをはじめて半年くらい経って、今後どうしようか考えていたころに、Rバンクの取締役の金子さんから「新しく宿泊事業をやることになったから、戻ってこない?」って声をかけてもらって、もう一度Rバンクで働くことになりました。だから、わたし、出戻りなんです。

それが2019年で、当時は、事業主と共同で進めていたホステルの企画が大詰めでした。その1軒目を皮切りに、ホステルブランドを立ち上げる計画だったので、わたしは戻ってからの3年間、ずっと企画や現場の仕込みを続け、合計7軒のホステルを担当しました。

2軒目以降は、実際にホステルで働いているメンバーやお客さんの声が企画の手がかりになることが多かったです。「くつろぎも交流も叶う宿」をコンセプトに、単なる宿泊施設としてだけでなく、どうすれば人と人がコミュニケーションを取りやすいかっていう視点で空間を考えるのは、Rバンクらしさなのかなと思います。

ホステルのゲストノートを見ていると、ときどき「すごく快適で、スタッフも優しくて、また泊まりたい」っていううれしいコメントもあって。自分が立ち上げに携わった場で、楽しんでくれる人の姿を思うと励みになります。

今は、ホステルの事業と並行して、京急沿線のまちづくりにも取り組んでいます。品川にある築90年の古民家をリノベーションして、カフェやコワーキングなどの複合施設として運営する「SHINAGAWA 1930」プロジェクトでは、企画から管理運営までトータルで携わっています。

ずっと目指してきた「まちづくり」が、自分の仕事になって、今は本当に、スタートラインに立ったばかり。まだまだ勉強しないといけないことがたくさんあると思います。

不動産の業界って、設計、法律、デザイン、管理やコミュニティづくりなど、それぞれ専門家の分業になりがちですが、それらをトータルでコーディネートできる人になりたいというのが今の目標です。飽きるどころか、まだまだです。

わたしが所属しているソリューション事業部の上長は、ある意味、放任主義で、「結果を出してくれれば、何を勉強しても、何を提案してもいいよ」って裁量を与えてくれるので、ありがたいです。

わたしはトータル7年この会社で仕事をしていますが、Rバンクには「一緒に仕事したくない」って思う人がいないんです。それぞれ考え方は違うし、揉めたり、その結果、気まずくなったりすることはありますが (笑)、同じゴールを目指すことで一緒に仕事が続けられるのかもしれません。

社内でプロジェクトを進めていくとき、「それをRバンクがやる意味って何だろう」っていう話をよくします。たぶんRバンクでは、予算ありきじゃなくて、「こういうことができたら楽しいよね」っていう気持ちが出発点になって企画が生まれていて。それが人間関係の根っこにもあるから、バラバラにならないんだと思います。

仕事が楽しいかどうかって、たぶん、内容より一緒に働く人の影響が大きいんじゃないかな。わたしは新卒から半年で会社が倒産したり、30代半ばでフリーターになったり、今まで、その時その時にやりたいことを直感的に選択して生きてきたけど、人に恵まれていたおかげでなんとかなった。自分の直感を信じてよかったと、今は思います。

2022年7月22日 東京・中目黒 Rバンクオフィスにて
聞き手 高橋佑香子

 


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