コラム

移り住む人たち
– 伊那編 – 第2回
「森と暮らす、を仕事に」

都市から地方へ、地方から地方へ。移り住んだ人たちは何を思ったのだろう?

移住者たちの足跡をたどりながら、まちのことや暮らしのこと、あれこれと考えるコラム「移り住む人たち」。今回は、ふたつのアルプスに挟まれた長野県伊那市を紹介しています。

ここで紹介するのは、2月23日(日)に東京新宿で開催される移住就職・転職セミナー「いいシゴトーク」に参加する企業の人たち。伊那市での仕事や暮らしのことを気軽に話せるイベントです。

まずは、記事を読んで気になったら会いに行ってみてください。

続いて紹介するのは、1年半前に東京から家族で移住した吉田かおりさん。今は木工や林業を通じて森と暮らしをつなぐ「株式会社やまとわ」でディレクターとして働いています。

吉田さんの仕事場であるやまとわのオフィスは、駅前の市街地から少し山側に入ったところにある。外にはうっすらと雪が積もっているけれど、屋内は薪ストーブで心地よく温かい。

「やまとわは、私が伊那に来る一年前にできた会社で。オーダー家具製作からスタートして、森そのものをつくる林業や、森と関わる暮らし方を伝える活動など、事業を少しずつ広げてきたんです」

最近は、伊那産のアカマツを使った折りたたみ家具のブランド「pioneer plants」も新たにスタート。吉田さんは、職人さんとお客さんの間に立ちながら、木を活かしたものづくりに関わっている。

「もうひとつ、これから力を入れていこうとしているのが『経木(きょうぎ)』です。もともと日本の食文化の道具として使われてきた包装材なんですけど、今はつくり手さんが減っていて。これもアカマツの間伐材からできていて…」

そう言って吉田さんが見せてくれたのは、紙のように薄くなめらかに削られた木のシート。

「たとえばおにぎりを包んだり、お菓子を出すのに使ったり。適度に水分を吸い取ってくれる素材なので、茹でたお野菜をおいてもいいし、肉や魚などを切るときのまな板代わりに使って、そのまま捨ててもいいんです」

キャンプとか、外での食事にも役立ちそうですね。

「木製品を使い捨てするって、ちょっともったいないイメージもあると思うんですが、このあたりの木は伐期を迎えた使うべき木が、実はたくさんあるんです。もうすぐそこに経木を加工するための作業場もできて、製品として打ち出していこうとしているところです」

東京に住んでいたころは、ログハウスのメーカーで働いていた吉田さん。

もともと山が好きで、仕事を通じて田舎のライフスタイルに触れていくうち、いつかは自分も自然豊かな場所で暮らしてみたいと思うようになったのだそう。

「直接のきっかけは子どもが生まれたことですね。東京は保育園も公園も人でいっぱいで、子育てしづらいと感じるようになって。やっぱり子どもには、のびのびできるふるさとをつくってあげたいなと思ったんです」

吉田さん自身は、子どものころから転勤族の家庭に育ち、二十歳になるまでに海外も含め10回ほどの引越しを経験してきた。

ただ、今回のような田舎での暮らしははじめてのことだった。

「長野や山梨なら、子どものころによくキャンプに来ていて馴染みもあったし、移住先としていいなと思っていたんです。ただ、あんまり雪が多いところだと大変かもしれないという不安もあって、長野県でも南部を中心に探していました」

いくつかの候補地のなかから最終的に伊那に決めたのは、新しい勤め先である「やまとわ」の存在があったから。

「暮らしの拠点を移しても、自分にあった仕事がしたいと思っていて。ものづくりというより、どちらかというと人の暮らしに関わる仕事がしたくて、ここを選んだんです」

やまとわは、木製のプロダクトをつくるだけでなく、フリーペーパーを発行したり、小学生と一緒に森づくりを考える出張授業をしたり。

メーカーであると同時に、森とともに暮らすライフスタイルを提案する会社でもある。

吉田さんご自身の生活は、伊那に来て変わりましたか。

「季節の変化は身近に感じるようになりましたね。今住んでいる家は少し古いので、冷え込んだ冬の朝は『は〜』って吐く息が白くなるんです。鳥や虫の声が聞こえたり、山が一日ごとに表情を変えたり」

最近は大家さんの畑を借りて野菜をつくったり、もらった杏や梅の実でジャムや梅干しをつくったり。

意識しなくても、旬の食材が自然と暮らしに入ってくるようになったという。

「直売所に行くとズラ〜って漬物の材料が並ぶ時期があって、今たくあんを仕込む時期なんだなって季節を感じることもあります。あとは息子が『保育園でイナゴをとって食べた〜』って言うのを聞くと、すごいな…って思いながらも地域の食文化を感じて」

都市部で子育てをしていたときは、公園などの遊び場も窮屈に感じていたという吉田さん。

伊那に来てからは、「遊具やおもちゃがなくても、木の実や石を集めて自由に遊べる場所がたくさんあるから楽です」と笑う。

とはいえ、知り合いもいない新しい土地での子育てに、不安はなかったですか。

「伊那にはじめて来たとき、移住者の方が運営しているゲストハウスに泊まって。そこで暮らしの話とか聞かせてもらったんです。『車は一家に二台要る』とか。そこで不安はだいぶ解消されたかな。だからまずは、地元の人にいろいろ話を聞いてみたらいいんじゃないかと思います」

伊那で暮らしはじめてからは、大家さんからおすそ分けをもらったり、ご近所さんから自作の竹とんぼをもらったりするうちに、少しずつ付き合いが生まれるようになったという。

「東京にいるときは、まわりに迷惑をかけないようにと思いながら子育てをしていたんですけど、今住んでいる地域ではまわりの方が子どもに対して寛容で、優しいなと思います。限られたコミュニティのなかで濃い関係ができていくのがうれしいです」

家族と仕事と、自分の暮らし。

どれが最優先かを選ばなくても、すべてがひとつながりになる場所はきっとある。吉田さんと話していると、そんな気がしてきました。

(2019/12/24 取材 高橋佑香子)



▲イベント「いいな伊那 いいシゴトーク」
株式会社やまとわをはじめ伊那市には、さまざまな職種で採用を考えている企業があります。メディアや食品、ITなど、10社の経営者と「いい仕事」について本音で話し合えるイベントが開かれます。
日時:2月23日(日)13:00〜17:00
場所:TKP新宿カンファレンスセンター(新宿区西新宿1-14-11 Daiwa西新宿ビル)
参加費:無料

※参加には申し込みが必要です。詳細は以下のサイトでご確認ください。(外部サイトへ移動します)

▲株式会社やまとわWebサイト
https://ssl.yamatowa.co.jp/
▲信州産のアカマツでつくった家具「pioneer plants」
https://pioneerplants.jp/



続いて紹介するのは、このまちで採れるりんご生かして、自分たちで新しい仕事をつくった人たち。話を聞いていて印象的だったのは、新しい挑戦を迎え入れた地域のコミュニティの存在でした。

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