コラム

移り住む人たち
– 伊那編 – 第1回
「山と考える未来のまち」

今いる場所を離れて、新しい暮らしの拠点を探す。

自分らしい働き方はもちろん、目に触れる景色、口にする食べ物、出会う人。そこで過ごした時間が、自分と家族にとっての新しいふるさとになる。

数ある選択肢のなかから、みんなどうやって移住先を決めているんだろう。

移住者の方に話を聞くために、今回は長野県南部にある伊那市を訪ねました。

ここで紹介するのは、2月23日(日)に東京新宿で開催される移住就職・転職セミナー「いいシゴトーク」に参加する企業の人たち。伊那市での仕事や暮らしのことを気軽に話せるイベントです。

まずは、記事を読んで気になったら会いに行ってみてください。



南アルプスと中央アルプス、ふたつの大きな山脈に挟まれた伊那市。東京や名古屋からのアクセスもよく、都市部からの移住先としても人気の高いまちです。

豊かな自然のそばで暮らすというだけでなく、その自然を守り共生していくための取り組みをはじめていることも、このまちの魅力のひとつかもしれません。

今、心地よいだけでなく、子どもたちの世代に残し伝えたいもの。自分が年を重ねたときにも変わらず楽しめる暮らし、人の輪。

未来に対する想像がちょっと明るくなるような。そんなきっかけが伊那にはあるかもしれません。

今回は4つのストーリーを通して、このまちを紹介します。

新宿から伊那へ向かう高速バスのダイヤは一時間刻み。目的地の「伊那バスターミナル」までは三時間半ほど。

信州方面へ進むにつれて、雪の積もった山々が間近に迫ってくる。この辺りはやっぱり寒いのかなと、ちょっと覚悟をしながら進んでいくものの、到着した伊那市はおだやかな晴天で暖かかった。

バスターミナルのそばには、JR飯田線の伊那市駅。その後ろを天竜川が流れている。その向こうには、うっすら雪をかぶった山々の姿。

駅前には商店街が続いていて、昔ながらの商店やおしゃれなギャラリーのようなお店もある。

市役所は、バスターミナルから車で10分ほどのところにある。エントランスの内装に木が使われていたり、木工品が置いてあったり。豊かな森のあるまちなんだなと感じさせる。

応接室に向かうと、2010年から市長を務める白鳥(しろとり)さんが和やかに迎えてくれた。

「このまちは見渡す限り山でしょう。アウトドアが好きな人にとっては、体がいくつあっても足りないくらいです。伊那市は今、その豊かな森のエネルギーを活用する取り組みを進めているところなんですよ」

たとえば、山の間伐で得られる端材からつくる固形燃料「ペレット」。この市役所のロビーにあるストーブもそのペレットを燃やして温めている。

電気を使う空調よりも環境に負担が少ないだけでなく、間伐をして山を手入れすることで、土砂崩れなどの災害も防げる。

「伊那市には100年以上使われてきた水力発電の設備もあります。今後さらに再生可能エネルギーの活用を加速させていく予定で、7年以内に全電力の25%を再生可能なものでまかなえるようにするという計画を進めているところなんです」

もともと農業の盛んな地域で、豊かな水もある。

そこに加えて再生可能エネルギーの自給自足が成り立てば、マイクログリッド、つまり地域内で資源が循環していくまちの将来も見えてくる。

それは、災害に強い地域づくりという視点で考えても欠かせない取り組みだと白鳥さんは言う。

「人間はもともと森のなかで暮らしていたのに、最近そのことを忘れてきている気がします。すべてが森につながっているっていうのは、人の暮らしの基本だと思いますね」

森を守り、森に守られる暮らし。

まちで育つ子どもたちにも木や森に親しんでもらうため、伊那市では、生まれた子どもに木のおもちゃをプレゼントする「ウッドスタート」や、山の自然のなかで幼児教育を受ける「山保育」など、子どものころからその環境に親しめる仕組みづくりをはじめている。

「もうひとつ私が大切にしたいのは、伊那の景観を守るっていうこと。ずっと暮らしていると当たり前になっちゃうんだけど、山も川も、雪が降る風景も、秋の田んぼも、何をとっても素敵なところだと思うんですよね」

白鳥さんは施策として、数年前から市内の一部の地域で、景観保護のために看板や建築の規制に取り組み始めた。

当初は地元住民の共感を得にくい面もあったものの、結果的に景観規制を設けた地区に移住者が増え、景観に対する意識は地元の人たちの間にも徐々に浸透してきた。

移住者にとっては、新しい「ふるさと」になる場所。

子どもたちのふるさとの姿を変えずに残していくという約束は、たしかに魅力かもしれない。

誰もが安心して暮らせるまちづくりのためにもうひとつ意識的に取り組んでいるのが、高齢化への対策。

都市部に比べると、医療機関へのアクセスや交通の面ではどうしても不便さが生じやすい地方の暮らし。伊那市では新しい技術を積極的に取り入れることで、そのハンデを補うチャレンジをはじめた。

「来春からは、人工知能を搭載した乗り合いタクシーの実証実験に入ります。AIが複数の乗客のオーダーに合わせて最適なルートを割り出すことで、低コストでタクシーを利用することができるんです」

ほかにも、脈拍計や心拍計など医療機器を搭載した移動診療車が患者の自宅に出向き、車内で病院の医師とテレビ電話を使いオンライン診療が行える遠隔医療(モバイルクリニック)事業など、企業や大学の研究機関などと共同で技術開発を進めている。

まだ一般的にはあまり馴染みのない新しいサービスですよね。地域の人たちの反応はどうですか。

「新しいものを受け入れやすい土地柄なんでしょうか。ほかに自動運転バスなどの仕組みも準備中なんですが『早く乗ってみたい』って、せっつかれているくらいですよ(笑)」

環境のことや医療福祉のことなど。いつかは誰もが向き合う課題にいち早く直面している地方都市だからこそ、新しいモデルを自らつくって解決していく。白鳥さんの話からは、そんな前向きなチャレンジを続けるまちの姿が見えた気がします。

森の景観や農業など、ずっと変わらずにここにあるものと、暮らしを豊かにしていく新たな技術やサービス。

自分ならこのまちとどんな関わり方ができるだろう。ぜひ想像しながら、この地に移り住んだ人たちのストーリーを続けて読んでみてください。

(2019/12/24 取材 高橋佑香子)

▲イベント「いいな伊那 いいシゴトーク」
伊那での暮らしをはじめるために、気になる仕事のこと。伊那市には、さまざまな職種で採用を考えている企業があります。メディアや食品、ITなど、10社の経営者と「いい仕事」について本音で話し合えるイベントが開かれます。
日時:2月23日(日)13:00〜17:00
場所:TKP新宿カンファレンスセンター(新宿区西新宿1-14-11 Daiwa西新宿ビル)
参加費:無料

※参加には申し込みが必要です。詳細は以下のサイトでご確認ください。(外部サイトへ移動します)

▲伊那市移住応援サイト「伊那に住む」(外部サイトへ移動します)
https://www.inacity.jp/iju/(外部サイトへ移動します)

▲コラムの続きはこちらから
>>株式会社やまとわ・吉田さんに、移住先でも自分らしく働くことや、家族との暮らしの変化について聞きました。

>>カモシカシードル醸造所を立ち上げた入倉さんと中川さんに、地域とのつながりながら暮らし、働くことについて聞きました。

>>中央不動産の鈴木さんに、新しい環境を楽しみながら仲間をつくることについて聞きました。

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