コラム

移り住む人たち
– 伊那編 – 第3回
「りんごから育てたシードル」

都市から地方へ、地方から地方へ。移り住んだ人たちは何を思ったのだろう?

移住者たちの足跡をたどりながら、まちのことや暮らしのこと、あれこれと考えるコラム「移り住む人たち」。今回は、ふたつのアルプスに挟まれた長野県伊那市を紹介しています。

ここで紹介するのは、2月23日(日)に東京新宿で開催される移住就職・転職セミナー「いいシゴトーク」に参加する企業の人たち。伊那市での仕事や暮らしのことを気軽に話せるイベントです。

まずは、記事を読んで気になったら会いに行ってみてください。



伊那市は果樹などの農業にも適した豊かな土壌のあるまち。続いて訪ねたのは、特産のりんごを使ってお酒をつくるカモシカシードル醸造所。地元のりんごを使うだけでなく、自分たちでりんごからつくる。このまちだからできる挑戦の形を紹介します。

カモシカシードル醸造所は市街地から少し山を登った標高の高いところにある。駅前より気温も少し低い気がする。

しばらく行くと小さな家のような建物が見えてきた。

2016年に発足したカモシカシードル醸造所。工房のそばには1haほどの畑があって、26品種800本のリンゴの木を育てている。

生食用のリンゴを育てている農家さんから仕入れた甘い品種と、自分たちで育てている加工用の小ぶりの品種を掛け合わせ、お酒をつくっている。

まずは所長の入倉さんに、ここで仕事をはじめることになった経緯を聞いてみる。

「もともと、僕の祖母が伊那に住んでいて。子どものころによくりんごを送ってくれていたんですよ。伊那といえばりんごがおいしいところっていうイメージでしたね」

以前は東京で高齢者福祉の仕事に就いていた入倉さん。30歳のときに農業や加工に携わる仕事をしてみたいと思うようになり、専門学校で醸造を学びはじめる。

伊那に限らず、日本ではりんごを醸造した「シードル」自体があまり一般的ではなかった。

いわゆるブルーオーシャンの分野に、入倉さんはのめり込んでいった。

「うちのシードルは、クリーンでフレッシュな酸味を大切につくっていて。リンゴの風味をダイレクトに感じられるように、研究したんですよ。いろんな国のシードルを分析して、いいとこ取りできないかなって」

コンクールでもその味わいは評価され、取引先も年々増えてきた。

4年目となる今年は、初年度の3倍以上の量を仕込むまでになり、忙しさにうれしい悲鳴をあげているという。

今ではすっかりここでの生活に馴染んでいる入倉さん。移り住んできたばかりのころはどんな感じでしたか。

「農業はまったくの素人だったので、まずは伊那市から紹介してもらった地元のリンゴ農家さんに、いちから教わりました。あとは産学連携で信州大学の果樹研究室の先生にもお世話になって。みなさん本当に面倒見がいいというか、優しい方ばかりでしたよ」

「最近はイチゴのスパークリングとかもつくるようになって。りんご以外にもベリーやマルメロなど、地元の果物を使ってお酒をつくりたいと思っています。同じりんごでも、今度はシードルを蒸留したカルヴァドスをつくってみようっていう話もあるんです」

果物の栽培に適した土地柄であるだけでなく、実は伊那市には、醸造家である入倉さんにとって別のメリットもあった。

それは、人口当たりの酒屋さんや飲食店が多いこと。

もともと日本酒の酒蔵などもあり、「飲み歩きイベント」などでお酒を通じて人と出会える機会が多いのだそう。

みんなで集まってお酒を飲むのが好き。そんな文化には、入倉さんと同じく移住者であるスタッフの中川さんも助けられていると話す。

千葉県出身の中川さんは、醸造を学ぶ専門学校で入倉さんと出会い、5年前に移住。リンゴの苗木を育てるところからシードルづくりに携わってきた。

「はじめて伊那に来たときは、ものすごく山がきれいだなって思ったのをよく覚えています。冬の寒さはちょっと厳しいですけど、半農みたいな生活で健康的ですよ。東京にいたころより風邪をひかなくなりました。人ごみに出ることとかが減ったからですかね」

市内には飲食店やホームセンターなど、都市部にあるような大型チェーン店が一通り揃っているので、遠出しなくても生活に困らない。

たまに都会に行くと、上手に人ごみを歩けなくなったねと中川さんたちは笑う。

普段、仕事以外ではどんな人たちのコミュニティで過ごしているんですか。

「同年代の友達がもうちょっとほしいなっていう恋しさはありますけど、年上の飲み友だちはいっぱいいます。週末になると公民館に集まって飲むんです。みなさん親切ですよ。日本酒をコップにダバダバダバ…って注ぐ感じは最初びっくりしましたけど、もう慣れました(笑)」

集まるメンバーはりんごなどの農家さんだけでなく、仕事も年代もさまざま。

りんごの収穫で人手がいるときに“公民館のメンバー”の方が助けてくれたこともあるのだそう。

「最近は、アウトドアスポーツを事業化できないかっていう話をよくしてます。以前からパラグライダーは盛んで、土日になると飛んでいる人がいるんですよ。ほかにも、山の展望台まで四輪バギーで登れないかとか。そういう話はお酒の席でもよく出ますね」

「みなさんすごく地元愛が強くて。この地区をいかに発展させるかっていう話題は尽きないです。僕も自分でりんごを育ててお酒をつくって、一緒に飲んで語って…この仕事をずっと続けていきたいなって思っています」

仕事のジャンルが違っても、年代や出身地が違っても、一緒に盛り上がろうという仲間がいれば心強い。

地元の人たちの輪に入っていく。都市部だとハードルを感じることも、暮らしと仕事がつながっている地域なら、案外すんなり溶け込めるのかもしれません。

(2019/12/23 取材 高橋佑香子)

▲イベント「いいな伊那 いいシゴトーク」
カモシカシードル醸造所をはじめ、伊那市には、さまざまな職種で採用を考えている企業があります。メディアや食品、ITなど、10社の経営者と「いい仕事」について本音で話し合えるイベントが開かれます。
日時:2月23日(日)13:00〜17:00
場所:TKP新宿カンファレンスセンター(新宿区西新宿1-14-11 Daiwa西新宿ビル)
参加費:無料

※参加には申し込みが必要です。詳細は以下のサイトでご確認ください。(外部サイトへ移動します)

▲カモシカシードル醸造所Webサイト
https://kamoshikacidre.jp/



続いては、伊那に移住して20年の不動産屋さんに、地域で暮らすコツを聞きます。まずはいろんなところに顔を出してみる。移住者だけでなく、いろんな人にとってヒントになる話だと思います。

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