コラム

移り住む人たち
– 佐賀編 – 前編
ふところの深いまち、唐津

思い描いている、暮らしがある。

たとえば、趣のあるまちでお店をやってみたい。自然の豊かな土地で子どもを育てたい。地域の人とゆるやかにつながれる、コミュニティがほしい。

でも知り合いもいないなか、ただ場所を移しただけで、思い描いたような暮らしができるんだろうか。

漠然とした不安から、なんとなく現状の暮らしを続けている方もいると思います。

実際に移住しようと思ったら、その土地にはどんな人がいるんだろう。どんなふうに、地域とつながっていくことができるだろう。そんな想像が膨らんだら、一歩を踏み出すきっかけになるかもしれません。

今回取材に訪れたのは、佐賀県の唐津市と有田町。

それぞれのまちで、移住者とまちのコーディネートに携わるおふたりに話を聞きました。そのようすを、前後編でお届けします。

 

 

九州の北西部に位置する佐賀県。

博多―佐賀間は特急で40分と、お隣・福岡への通勤だってかなう。

唐津湾や玄界灘、佐賀平野などの恵まれた自然環境に、有田焼や伊万里焼といった伝統産業。地域ごとの個性が豊かな県、という感じがする。

最初に向かったのは、呼子のイカや、ユネスコ無形文化遺産でもある祭り「唐津くんち」で有名な唐津市。

唐津駅の改札をくぐると、地元の幼稚園児たちのつくった「唐津くんち」のミニ曳山が出迎えてくれた。

幼いころからまちの伝統に触れて育った子どもたちは、どんな大人になるんだろう。そんなことを、ふと思う。

少しのあいだ待っていると、佐賀県庁の副島さんがあらわれた。副島さんは、今回の取材旅の案内人。「移住支援室」の室長として、移住者と地域両方をサポートするために、県内各地を日々奔走している。

これは後々わかるのだけど、プライベートでも移住してお店をはじめる人のDIYを手伝ったり、行政職員の集いの場をつくったりと、アクティブに活動しているそう。行く先々に顔見知りの人がいて、頼りにされていることが伝わってくる。

そんな副島さんの案内で、さっそく最初の取材先へ。

NPO法人NetworkStationまつろの運営する移住相談窓口で、唐津移住コンシェルジュの三笠旬太さんが迎えてくれた。

これまでにたくさんの移住相談を受けてきた三笠さん。

聞けば、ご自身も移住者のひとりだという。

出身は青森県八戸市。祖父母が唐津の人で、母親の実家が空き家になっていたことをきっかけに移り住み、かれこれ7年ほどが経つ。

「子どものころから、毎年家族で唐津に遊びに来ていて。すごくいい思い出だったんです。福岡から電車で唐津に来るときの、海がわーっと開けて見えるところとか、ずっと頭の中に残っていて」

そうだ。確かにあの風景、とても印象的だった。

三笠さんは、今も同じ家に住んでいるんですか。

「そうですね。シェアハウスにして、5人で住んでます」

三笠さんは青森から。ほかの住人も、岡山、鳥取、兵庫、茨城と出身はばらばら。それぞれ海外生活なども経て、今は一緒に暮らしているという。

不思議と人が呼び寄せられてくるようだ。

いったい、なぜだろう。

「なんでですかね……。ひとつ思うのは、唐津って地域ごとに、全然色が違うんです。合併で、いろんな町や村がひとつの市になったので、それぞれのエリアで文化や、言葉もちょっと違って」

「移住相談に来る人たちって、一人ひとり『こういう暮らしがしたい』というイメージが違うんです。でも唐津なら、自分のイメージに合わせて住む土地を選ぶことができる。それがすごく魅力的なんじゃないかなと思います」

たとえばまちの中心部なら、都市部へのアクセスもいいので、会社勤めをしたい人も住みやすい。一方で、自営業や農林水産業につきたい人にとっては、リノベーションして活用したくなる歴史的な建物が残っていたり、豊かな自然環境が広がっていたり。あらゆる分野に活躍している人がいるので、紹介してつなぐこともできる。

「いろんな相談が来ることで、自分も知らなかった唐津を知ることができておもしろいですよ」と三笠さん。

「たとえば、唐津には有人離島が7つあって。馬渡島(まだらしま)は、キリスト教と仏教の方が半々くらいの割合で住んでいるんです。墓地には日本のお墓に十字架が立っていたりもして。移住相談をきっかけに初めて訪れたときは、同じ唐津でもこんなに違う場所があるんだ、と衝撃でした」

唐津市内には、家族向け、単身向けそれぞれ、最長1か月滞在できるお試し住宅がある。

お試し移住の前には、しっかりとヒアリングすることを心がけているそうだ。

「1か月って、意外とあっという間。だからその人がお試し移住期間で何を知りたいのか、どんな人に会ってみたいのか。事前に聞いておいて、唐津に来たその日から、動けるようにしておきます」

なかでも三笠さんが大切にしているのは、人に会うこと。

「たとえば、古民家でお店をしたいという方が来たら、築100年以上の趣ある元薬問屋をカフェや宿泊施設として再活用している方をご紹介したりとか。唐津焼に興味がある方には、窯元を案内したりもします」

場所を紹介するだけじゃなく、一緒に連れて行くんですか。

「そのケースが多いですね。やっぱり知らない人どうしだと、話しづらいと思うので。僕が間に入ることで、聞きたいことも聞きやすくなるといいなと」

それは心強い。

そのあとも、「農業をやりたい方には、この浜玉エリアにおもしろい人がいて」「呼子も最近、古民家を改装した宿やレストランができてですね…」と、各地の魅力紹介がとまらない三笠さん。なんだか楽しそうだ。

「あと、ここから歩いて10分くらいのところが砂浜になっていて。SUP(サップ)で無人島まで15分くらいで行けるんです。最近は、朝みんなで集まって、SUPで無人島に行き、コーヒーを飲んでからそれぞれ仕事に出かける、みたいなことをやっている人たちもいますよ」

移り住んできた人たちが始める新しい活動に、地元の人たちも一緒に参加しはじめているそう。

「やっぱり、外と内の視点は違うので。最近は外の視点が、唐津にもともといた人たちといい感じに混ざり合ってきているなぁと感じます」

唐津にもともとある魅力。そして、移り住む人が発見したり、生み出したりする新しい魅力。

唐津では、自分がかなえたいライフスタイルを「選べる」という話があったけれど、その選択肢はますます豊富になりつつあるのかもしれない。

一方で、まちには課題もある。

「唐津は、情報発信がまだちょっと弱いかなと感じていて。魅力的な人やものはすごく多いけれど、それを表に出していく人が少ないんです。だから発信のできる人たちが来てくれたら、さらにおもしろくなるんじゃないかな」

そう語る三笠さんも、市の移住促進事業の一部として「唐津暮らし」というウェブサイトを運営している。

「地元の人たちに、僕たちのライター講座を1年間受けてもらって。その講座を卒業した方に、お仕事として唐津の人たちの取材をお願いして、『唐津暮らし』にコラムを書いてもらっているんです」

このコラムが結構おもしろいんですよ、と顔をほころばせる三笠さん。

ただ、その情報が届くべき人に十分届いているかというと、そこには課題感があるそうだ。まちには魅力があふれているのに、発信が追いついていない。

見方を変えると、仕事やライフワークで情報発信に携わる人には、いい意味で余白があるまちと言えるかもしれない。

ところで、唐津や佐賀県への移住を検討したいと思ったら、どんなふうに話を進めればいいんだろう。

あの。たとえばわたしが東京にいて、よりよい子育て環境を求めて家族で佐賀への移住を検討するとしたら、どうすればいいですか。

素朴な疑問に、県の副島さんが答えてくれた。

「たとえば東京なら、有楽町の東京交通会館に“さが移住サポートデスク”があるんです。そこへご相談いただいたら、まずは専属のコーディネーターがご要望を伺います。『教育のことを考えるなら、IT教育の進んでいる武雄市はどうですか』というようにエリアのご紹介をして」

「そのお話を、今度は佐賀の移住支援室で受けて、ご本人の希望をより詳しく伺います。もし佐賀に来るというお話になれば、県のコーディネーターが、候補エリアを実際にご案内します」

エリアが決まれば、その先で今回の三笠さんのような、地域ごとのキーパーソンとつないでもらうこともできるらしい。

なんて万全のサポート。ちょっと驚く。

そんな移住の検討段階でのサポートに加えて、三笠さんたちは移住後のことまで考えている。

そのひとつが、「唐津Switch」。唐津にもともと住んでいる人や移住してきた人、これから移住したい人など、およそ200人が参加するコミュニティなんだとか。

「農家さんやゲストハウス経営者、アウトドア関係の方など、いろいろな方がいて。それぞれが主催するイベントの告知とか、『やりたいことがあるから手伝って』『いらない家具があるからだれかいらない?』とか。ゆるやかに交流するコミュニティになっています」

新しい生活のことを、移住前から相談できる人たちがたくさんいる。

それは何よりも心の支えになるかもしれない。

正直に言うと、唐津のこと、そもそも佐賀のこと、よく知らなかった。

でも話を聞いて、その魅力に驚いた。移り住む人たちに対して、ここまで丁寧に「人と人」をつないでくれる体制があるのは、とても貴重だと思う。

俄然、佐賀への興味が深まってきたところで、次の取材地の有田町へ。

「やきもののまち」というイメージはなんとなくあるけれど、住むという視点ではどんなまちなんだろう。どんな人がいるんだろう。

わくわくした気持ちを抱えて、車に乗り込んだ。

(2021/1/18 取材 渡邉雅子)
※撮影時はマスクを外していただきました。

 

 

▼後編はこちらから

 

▼3/17(水)の夜、しごとバーを開催します!

このコラムに登場してくれた、唐津市移住コンシェルジュの三笠旬太さん、有田町のNPO法人灯す屋代表の佐々木元康さんをゲストに迎え、さらにお話しする生配信のイベントです。聞き手は日本仕事百貨編集長の中川が務めます。

コラムを読んで気になったこと、もっと聞きたいことなど、ぜひ当日のチャットにお寄せください。ご参加お待ちしています。

 

▼佐賀への移住に興味が湧いたら…
さが移住サポートデスク(東京・有楽町 東京交通会館8階 NPO法人ふるさと回帰支援センター内)
唐津暮らし
唐津Switch

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