コラム

移り住む人たち
– 佐賀編 – 後編
ものつくる人のまち、有田

思い描いている、暮らしがある。

たとえば、趣のあるまちでお店をやってみたい。自然の豊かな土地で子どもを育てたい。地域の人とゆるやかにつながれる、コミュニティがほしい。

でも知り合いもいないなか、ただ場所を移しただけで、思い描いたような暮らしができるんだろうか。

漠然とした不安から、なんとなく現状の暮らしを続けている方もいると思います。

実際に移住しようと思ったら、その土地にはどんな人がいるんだろう。どんなふうに、地域とつながっていくことができるだろう。そんな想像が膨らんだら、一歩を踏み出すきっかけになるかもしれません。

今回取材に訪れたのは、佐賀県の唐津市と有田町。

>>前編では、唐津で移住コンシェルジュとして活動している、NPO法人NetworkStationまつろの三笠さんに話を聞きました。

後編では、「やきもののまち」として知られる有田を訪ねます。

 

 

唐津から、南へ。

まちの中心部を離れると、市内でも一気に景色が変わってゆく。

有田までの道のりは、1時間ほど。

車窓からぼんやり外を眺めていると、両脇にお店や工房がぽつぽつと見えてきた。やがて、白壁の建物が並ぶ通りへ。このあたりが、有田の中心部。

年に一度の陶器市では、世界中から約100万人が訪れるという。

普段はいったいどんなまちなんだろう。

そんなことを考えながら、NPO法人灯す屋(ともすや)の代表、佐々木元康さんを訪ねる。

表には「すみれ」の文字。もともと美容室だったという事務所のなかへ入ると、佐々木さんが「どうも」と迎えてくれた。副島さんとも顔なじみのようで、リラックスした雰囲気が漂う。

壁には、灯す屋のみなさんがディスカッションした形跡が。

「この前、10年後の有田についてみんなで話し合ったんですよ。ずっと目の前のことを必死でやってきた感じだったので、ようやく未来のことを考えられるようになったかな、と」

東京の製薬会社で働いていた佐々木さんが、地域おこし協力隊として有田にUターンしてきたのは2015年のこと。その任期が終わる2018年、仲間2人とともに灯す屋を立ち上げた。

「最初は空き家の活用や移住支援から始まった団体でした。その後、活動の幅も広がって。昨年あらためて、合言葉を決めたんです」

それが、「まちの未来に、あかりを灯す」という言葉。

“あかり”というのは、照明を落としてしまった空き家に再び灯す、文字通りの“あかり”であるとともに、未来の希望という“あかり”も意味している。

「空き家問題に限らず、このまちに住む人たちが、これから先もよりよく暮らすためにどうすればいいかを考えていこうと。ただそれは、5年後、10年後に成果があらわれること。長い目で見て、取り組みを始めています」

やきもののまちとして有名な、有田。

にぎわう陶器市の印象から、華やかなイメージを持っている人も多いんじゃないだろうか。

でもちょっとだけ、現実の話をしたい。

1990年ごろを最盛期として、今、有田焼の産業はずっと低迷している。安価な輸入品の普及や、ライフスタイルの多様化などがその理由だ。

やきものに携わる職人さんが多く暮らすこのまちにおいて、有田焼の低迷は、まちそのものの活気にも大きな影響を与えている。

佐々木さんが協力隊としての任期を終えるとき、「有田に残って灯す屋を立ち上げよう」と決めたのも、そんな現実があったからだという。

「当時、『有田でこれから何も活動がなくなったら、10年後にはゴーストタウンになる』と言い切った人がいて。それを聞いて、やっぱり自分が活動を続けなくちゃ、と決意しました。協力隊としての3年間で、有田はすごくポテンシャルの高いまちだと感じていたんです」

以降、佐々木さんたちはいろいろな活動を行ってきた。

伝統的建造物が並ぶ内山地区で開催してきた、空き店舗と出店希望者のマッチングマルシェ「うちやま百貨店」もそのひとつ。

「内山地区の空き店舗を、陶器市以外でもお試しで使わせてもらおうと始まった企画です。店舗のオーナーさんたちに、このまちでこんなチャレンジをしようとしている人がいるよ、と見せる場をつくりたくて」

過去5回開催するなかで、このイベントをきっかけに常設のお店を始めた方もいるという。

やきもの店2階の空きスペースをDIYで改修したシェアハウス&アトリエ「コネル」には、2017年のオープン以降、キャンドルアーティストや外国人の陶芸家など、若いクリエイターたちが住んでいる。制作環境を求めるクリエイターは多く、陶芸に限らず広く受け入れをしているそうだ。

ただ、オープン当初はまちの人から「そがんことしたって人は来んばい、やめとった方がよかよ」と言われたりもした。

「でも、いざ移り住む人が出てきたら、周りの目も変わっていって。その後、コネルの近くに2軒、新しくシェアハウスができたんです。そのうち1軒は、まさに最初は『やめとった方がよかよ』と言っていた方が、ご自分の実家をシェアハウスにされたんですよ」

かつて窯元の工場では、技術が盗まれないように塀を高くし、客人も家のなかでひっそりともてなしたという。

ものづくりへのプライドから、隣近所で何をつくっているか知らないし、お互いに知ろうとしない。そんな文化の名残りが、まちの閉鎖性につながっているんじゃないかと佐々木さんは言う。

「有田で何十年とお店をやっている人でも、陶器市ではずっと接客をしているし、まちを歩いたことがないんですよ。そんななか『うちやま百貨店』をやったら、みなさん本当に楽しそうに、にこにこしながらお店を回っていて。『初めてこの地区を歩いた』って言うんです」

今では地元の人たちも、佐々木さんたちの取り組みを楽しみにしている。

そんな灯す屋が最近力を入れて取り組んでいるのが、昨年始まった「ちゃわん最中」のプロジェクト。

「有田にはかつて、“茶わん最中”という銘菓があったんです。でも製造元のお菓子屋さんが閉店になり、茶わん最中も姿を消してしまった。それを知って、僕たちが新たに復活させたのがこの『ちゃわん最中』です」

試作品を見て、「あんこを詰めるだけじゃもったいない」と思った佐々木さんたち。人と人をつなぐツールにならないか?と考えた。

実際に、地域のカフェで佐賀の特産品を使った限定メニューを出したり、地元の農協と新しいあんこの開発について相談したり。県内・県外の事業者とのさまざまなコラボレーションが生まれている。

さらに、それらのニュースを見たご近所さんや企業が灯す屋を知り、空き物件の相談に来ることもあるそうだ。

「今まで有田は、やきもの好きな方以外には知られないまちだったと思うんです。だからこの最中がきっかけで、いろんな方に『有田、おもしろそう』と思ってもらえたらいいなと」

佐々木さん曰く、今の有田に一番来てほしいのは、新しいことにチャレンジしたい人。

「もっと言うと、有田の伝統をリスペクトしつつ、それとかけ合わせた新しいプロジェクトや事業をつくろうという人に、ぜひ来てほしいですね」

もしそういう人が来たら、灯す屋でも事業の相談にのったり、人を紹介したりと、多方面で伴走するつもりだという。

「うちやま百貨店」のように、お試しで出店できる舞台もすでにある。たしかに、新しいチャレンジをしたい人にとってはとても魅力的な環境だ。

決して順風満帆とはいえない、有田の伝統産業の現状。一方で、灯す屋の活動をはじめ、おもしろいプロジェクトもいくつか動き始めている。

現在進行形で、じわじわ、新しい方向へと歩んでいる有田。だから“2021年現在”はまだ「移住してくる人を選ぶまち」だと思う。

ただその分、ある特定の人にはとことん肌に合うまち、という確信もある。

「マジョリティ(多数派)にはならないけれど、すごくニッチなところでドハマりする人が絶対にいる」と、佐々木さん。そう、そんな感じ。

あらためて、有田の魅力って何だと思いますか。

「有田って、人口約1万9千人に対して、陶芸家や絵付師、デザイナーなど、ものづくりをする人の割合がすごく多いんです。ゼロから考えて、実現できる人がたくさんいる。それが有田の一番おもしろいところだと思います」

有田には、Uターンで帰ってくる人が多いという。

ここで育った子どもたちは、なぜか有田のことが大好きなのだとか。

0から1を、生み出す感覚。自分の手で身の回りのものをつくり、暮らしをおもしろくしてゆく感覚。

幼いころから自然と身近にあったそれらの感覚が、もしかするとこのまちに戻りたくなる理由のひとつ、かもしれない。

「有田の小学生は、絵がすごくうまいんですよ。小さいころからいいものを見て育っているからだと言われます」

佐々木さんの息子さんが通う小学校は、人間国宝だった故・第14代柿右衛門さんの母校。毎年柿右衛門さんが訪れ、子どもたちのつくった作品を見てくれるそうだ。

「子どものころから一流の人やものと接する機会が多いのもまた、この土地ならではの魅力かな、と思います」

オフィスを出て、佐々木さんと少しまちを歩いた。

やきもの店のご主人と佐々木さんが、笑顔で世間話をする。その様子から、佐々木さんがこのまちで積み重ねてきた日々を思う。

細い路地から、裏通りへ。

商店が並ぶ表通りとは、また違った趣のある景色。

かつて窯元や絵付師は、こうした裏通りに住居を構えていたのだとか。

「この壁は、トンバイ塀といって。登り窯をつくるために使った耐火レンガ(トンバイ)の廃材や、陶器の欠片などを集めて、赤土で塗り固めてつくった塀なんです。もともとは技術を盗み見られないように、もっと高さがあったらしいですよ」

職人のまちとして脚光を浴びてきた表の歴史もあれば、あまり知られていない裏の歴史もある。

どちらもあってこその、「ものつくる人のまち」。

移住してくる方のなかには、そんな有田ならではの町並みや雰囲気に惹かれて移住を決める人もいるという。

路地を歩きながら話を聞いていると、このまちにどうしようもなく惹かれる人がいるわけも、わかるような気がした。

多様なライフスタイルが選べる唐津。ものづくりのまち、有田。

どちらにも違った魅力があり、きっとそれぞれに、強く惹かれる人たちがいると思う。

たったふたつ、まちをのぞいただけでこんなにも色が違う。ほかのまちには、いったいどんな色があるんだろう。

唐津や有田、そして佐賀での暮らしに興味がわいた方は、ぜひ3月のイベントもチェックしてみてください。

(2021/1/18 取材 渡邉雅子)
※撮影時はマスクを外していただきました。

 

 

▼3/17(水)の夜、しごとバーを開催します!

このコラムに登場してくれた、唐津市移住コンシェルジュの三笠旬太さん、有田町のNPO法人灯す屋代表の佐々木元康さんをゲストに迎え、さらにお話しする生配信のイベントです。聞き手は日本仕事百貨編集長の中川が務めます。

コラムを読んで気になったこと、もっと聞きたいことなど、ぜひ当日のチャットにお寄せください。ご参加お待ちしています。

 

▼前編はこちらから

おすすめの記事