いつかどこかに移り住みたい。
日本仕事百貨を読みながら、漠然とした思いを持っている方もいるのではないでしょうか。
でも、環境を変えることって、そう簡単ではありません。仕事も暮らしも、すべてが理想通りというのはむずかしい。
実際に移住した人たちは、何をきっかけに移り住み、その地で暮らしているのでしょう。
今回訪れたのは、「ゆずの村」として知られる高知県・馬路村。
そこで、地域おこし協力隊を経験し、そのまま移住したふたりに話を聞きました。
どうして、ふたりは馬路村へ?
移住を考えている方のヒントになればと思います。
そもそも馬路村ってどんな村?という方、まずはこちらを読んでみてください。
話を聞きに行ったのは、馬路村役場。中に入ると、役場のみなさんが迎えてくれた。
会議室に案内してもらい席に座ると、飲みものを手にした職員さんが。
「ごっくん馬路村」というゆず飲料で、馬路村の名物だという。
原料は、ゆずとハチミツと水だけでつくられていて、スッキリとした味。おいしくて、一気にたくさん飲んでしまった。
最初に話を聞いたのは、建設課で働く平瀬さん。
草刈りや庭木の伐採など、村の環境整備を担っている。また、ゆずの栽培など、個人でもさまざまな取り組みをしているそう。
「馬路村に移住する前は、鹿児島の集落で農業研修を受けていました」
「研修では、主に野菜と果樹の栽培をいろいろと経験させてもらって。そのうちに、自分は果樹が肌に合うことに気づいたんです」
果樹生産は、年に一度の収穫に向け、果樹それぞれの性質を見極めて、水や肥料を与え、病気や害虫から守るという地道な手入れを、1年間かけておこなう。
「剪定をするときも、木がなりたい形と、自分が管理しやすい形の中間を探っていくんです。1年を通してじっくりと育てていきながら、少しずつ自分好みにしていく感覚が、たのしくて」
ただ、集落には同世代の人がほとんど住んでおらず、もう少しにぎやかな場所を探してみることに。
果樹生産が有名な場所を探したときに、馬路村のゆずがパッと思いついた。
「ゆずのポン酢しょうゆは、どこのスーパーでも見かけるほど人気ですよね。地産品がそれほどのブランドになっているって、素直にすごいなって。人気の理由や、マーケティングの方法も学べるんじゃないかと思いました」
調べてみると、馬路村は昔林業で栄えた歴史があることから、移住者に対して寛容な雰囲気があることもわかった。
2020年の4月から、地域おこし協力隊として馬路村に移住することに。農協に所属して、ゆずの栽培をはじめる。
移住してみて、実際どうでしたか。
「村に若い人がよく来るんですよ。観光だけでなく、農協で実施しているふるさとワーキングホリデーの制度を活用して、村に訪れる人もいます」
ふるさとワーキングホリデーとは、秋口から冬にかけてのゆずの収穫時期に、各農家さんのもとでお手伝いをするというもの。全国から参加者が訪れ、それをきっかけに馬路村へ移住をする人もいるんだそう。
「村の受け入れ制度が整っていることで、若い人も訪れて、友だちも増えていく。休みには、キャンプや川釣りに一緒に行くこともありますね」
働くなかで分かったことは、ゆずの専業農家として生活することの難しさ。
「意外にも、馬路村ってゆずの専業農家さんはいないんです。村は山間部にあって、段々畑が多く、十分な農地がとれず大規模な栽培ができない。年配の方でも、農協で働きながら栽培をしている人も多いんです」
平瀬さんも地域おこし協力隊の任期終了後は、自分ひとりでできる範囲でゆず栽培をおこないながら、週4日役場での勤務をしている。
休みの日はなにをしているのか聞いてみると、「実はほかにも、個人事業主として仕事をしていまして…」と、名刺を見せてくれた。
「妻と一緒に焼きおにぎりのキッチンカーを始めて。活動は村外でおこなっていて、高知県東部をメインに、週末はイベントに出店しています」
名刺を裏返すと、今度は「ハンドメイドルアー販売」の文字。
これはなんでしょう?
「趣味の川釣りを極めるうちに、ルアー製作をはじめて、ネットショップで販売しているんです」
馬路村の木材を材料にしたものや、3Dプリンターで成型したもの、猟で獲れたイノシシのレザーを使用したものなど、さまざま。
アウトドアが好きで、キャンプや釣りが趣味だという平瀬さん。趣味を仕事と結びつけて、興味あることにどんどんチャレンジしている。
「休みがないというか、暮らしが仕事になっている感覚です。毎日、楽しいですよ」
ふるさとワーキングホリデーのほかにも、働き方の選択肢を広げられるよう、馬路村ではマルチワーク制度を導入している。
村にある温泉や林材加工所、農協に社会福祉協議会など、季節の繁閑に応じて、複数の仕事を組み合わせ働くマルチワーク。
はじめの数ヶ月は村内の事業所を回り、それぞれの仕事を体験。その後、本人の希望や適性に合わせて働き方を決めていく。
「仕事が決まってから移住しようと身構えなくても、まずは村に来てみるのがいいと思います。役場に来れば、相談に乗ってくれる人もいるし、ぼくも相談に乗れます」
「ゆずの栽培もするし、役場でも働く。キッチンカーでイベントにも出店するし、ルアーも自分でつくる。住みながら働き方をつくっていく、という選択肢を体現できたらと思うんです。安心して移住できる人がひとりでも増えれば、うれしいですね」
つづいて話を聞いたのが、地域おこし協力隊OGの五味さん。
平瀬さんと同じく、日々の暮らしから村での仕事を見つけていった。
名古屋で暮らし、グラフィックデザイナーとして働いていた五味さん。
「25、6歳ぐらいのときに、人間関係がきっかけで仕事をやめようと思うようになって。当時住んでいたシェアハウスでも、悩むことが多くなってしまったんですよね...」
「いろいろなタイミングが重なって、どうにもならない現状が原動力になり、思い切って『田舎に引っ越す!』って、決意したんです」
ただ、移住しても仕事がなければ暮らしつづけるのはむずかしい。そこで、地域おこし協力隊を募集している自治体に絞って移住先を探すことに。
「わたしはペーパードライバーだったんですけど、どこの自治体も自家用車必須で。ただ、馬路村だけは『自家用車の持ち込みを ”おすすめします” 』って書いてあったんですね。ここだ!って思って(笑)」
6年前に地域おこし協力隊として着任。移住して最初の半年間は、バスを利用して近隣の市町村へ出たり、ネットスーパーで日用品を注文したりと、車なしで生活していた。
「馬路村を走っているバスは、バス停以外でも、バスのルート上なら好きなところで乗り降りできるんです。手を上げたら止まってもらえるので、まるでタクシーみたいですよね(笑)」
とはいえ、髪を切りに行ったり歯医者に行ったりと、村外へ出る機会も多い。少しずつ車の運転も練習して、いまではすっかり慣れたそう。
協力隊としての任期中は、馬路村が運営する移住促進のホームページの更新や、SNSで村の暮らしについて情報発信をしていた。
また、幼いころからものづくりをしていた五味さん。
任期最後の年となる3年目は、卒業後の仕事も見据えて、ふるさと納税の返礼品に、馬路村の桜で染めたスカーフを企画。
協力隊を卒業したあとには、小物や雑貨を中心に取り扱うブランドを立ち上げた。
革のバッグに、蝶の髪飾り、パールのアクセサリーなど、商品はさまざま。
ものづくりのヒントは、自然豊かな村のあちこちで見つかることも。
「役場の裏を散歩していたら、日本茜という、根っこが染料になる植物を見つけて。面白い植物で、染める素材や抽出の仕方によって、染まる色が違うんですよ」
「村長にお願いして種をいただくことができたので、自宅のプランターで栽培しています」
ほかにも、村の広報誌のデザインレイアウトの一部を担当したり、村内の子どもたちに向けた草木染めの体験教室を開いたりしている。
住まいは、役場から紹介してもらった村営住宅。家賃は月に2万円程度なんだそう。
「まずは、役場に問い合わせるところが必須ですね。新しく建てたものが多いので、設備も整っていてきれいですよ」
「馬路村って人口が800人ほどなんですけど、役場職員だけで40人くらい。役場に来るだけで、20分の1の村民と知り合える。職員さんの親戚も村内に住んでいることが多いので、紹介してもらえれば村のほとんどの人と顔見知りになれますよ」
森林組合に勤める旦那さんとの出会いも、役場でのこと。
「村で結婚相手を探そうかなと思っていたときに、役場の人が何人か候補相手を紹介してくれることになって」
「そんなとき、目の前できれいなスライディング土下座を決めた人がいたんです。その日頼まれていた仕事を忘れていたようで。役場の人がその方を指差して、『候補のうちのひとり』って。変な出会いだなと思って、印象に残っていたんです(笑)」
縁あって結婚し、もうすぐお子さんも生まれる予定。
五味さんが馬路村に暮らしつづける理由は、どんなところにあるんでしょう。
「やっぱり、人のやさしさは大きいと思っていて。村のあちこちで、ありがとうが巡っている感じがします」
「わたし、趣味でお菓子づくりをしていて。普段お世話になっている方に、お礼としてケーキを持っていくと、大根や玉ねぎになって返ってくるんです。 ほかにも、川で釣れた魚とか。お礼に行ったはずなのに(笑)」
ほかにも、空いている畑の敷地を貸してくれたこともあるし、草を刈って、雑草が生えないように整備までしてくれたこともある。その畑で野菜を育てたり、染め物づくりで活用できるよう綿花と藍を育てたり。
村の人のやさしさを感じながら、暮らしている。
「移住を決めたときは、生活や人間関係のことで悩んでいたし、先が見えなくて不安もあったけれど、いまはこの心地よい状態を続けていきたい。生活が凪のようで、おだやか。それで十分な気がしているんですよね」
「いつかはアトリエ兼住居を建てて、元気なおばあちゃんになって暮らしていくのが、夢ですね」
あたらしい暮らしをはじめようというとき。かっちりと準備をしても、すべてが思い通りに進むとは限らない。
まずはその土地を知って、向き合って、地に足をつける。そのゆるやかな流れから、自ずと次の一歩が見えてくるのかも知れない。そんなことを思いました。
(2024/07/12 取材 田辺宏太)
・馬路村ってどんな村?村長と移住コンシェルジュのふたりに聞いてみました。
▼コラムで紹介している制度などについて、下記URLよりご確認いただけます。
◎村の定住補助制度について
◎移住・定住応援サイト「堂々たる田舎 馬路村」
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