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栃木県に「日光珈琲」というカフェがあります。でも、ここは「カフェ」という言葉では表現しきれない場所。もうひと言付け加えるならば「広がっていく場」だと思います。
オーナーの風間さんが路地ではじめたカフェ。いつしかその姿に感化されるように、いろんな人たちが周りに様々なお店をつくりはじめ、路地は一つの街となった。
原点は、風間さんの「まずやってみよう」という気持ちでした。

カフェやコーヒーに興味がある人はもちろん、挑戦してみたい夢がある人に知ってほしい仕事です。
東京・北千住から特急列車に乗って、1時間半。栃木県・新鹿沼駅に到着した。
日光珈琲の本店「饗茶庵(きょうちゃあん)」は、この小さな駅からゆっくり歩いて15分ほどのところにある。地元のお祭りでにぎわう神社の参道を抜けた先でたどり着いたのは、一本の細い路地。
お店はどこにあるのだろうと奥を覗くと、ちょうど建物から出てきた人が、手招きをしてくれている。
「大丈夫、こっちで合っているよ。おいでおいで!」

穏やかな眼差しと語り口が印象的な風間さんは、この鹿沼から日光まで続く街道沿いに、現在4つのカフェとゲストハウスを経営している方。ほかにも全国からカフェの立ち上げの相談を受けるなど、今や引っ張りだこだ。
そんな風間さんの幅広い取り組みも、もとはこの饗茶庵からはじまった。

「少し分かりにくいところにあったでしょう。さっきみたいに『お店はどこだろう?』って迷いながらも来てくださる方も多いです。本当にありがたいですね」

華やかな生活に憧れ、東京に進んだ大学時代。ところが就職活動が思うように進まず、地元であるこの地に戻って就職するも、半年で退職してしまう。
「当時は『俺は、何もない田舎で決まり切った人生を歩むんだろうな』ってもうすべてに負けたような気分でした。でも一方で、それは絶対面白くないよな、とも感じていて」
何かしなければという思いから、求人の張り紙を見つけ応募したのが、新しくオープンするお店のバーテンダー。面接を受けにいくとその場で採用となり、まずは内装工事を手伝うところからスタートした。
働きはじめて気づいたのは、何もないと思っていたこの街には面白い人が沢山いるということ。自分もこの場所で何かをはじめたいと考えたとき、ふと思いついたのがカフェだった。
「お金も、経験もない若者でした。もちろん人が集まりそうなところでお店を開いてみたかったけれど、そんなのは夢のまた夢。でも、それだからやらないと諦めるのでは今までと変わらない。だから、まずはどうにかやってみようと思って」
そうして手探りで自宅を改装し、10席分の椅子を用意してカフェをつくってみた。

そうしてお客さんが増えるたびに、改装や増築を繰り返す。
気づけば輪は広がり、カフェにやってくる若者たちも「自分もお店を開きたい」と、周りの空き家で様々なお店を開くように。
雑貨屋、古着屋、カフェにレストラン。ありふれた路地は、いつしかここにしかない小さな街になった。
一軒のカフェからはじまったことが、自然と街に広がっていく。その核となった風間さんを突き動かしたものとは、一体なんだったのだろう。
「うーん。もっと数を伸ばしたいとか、誰にも負けたくない、という思いではなくて。自分は、好きなことをやりたいし、やりたくない仕事はやりたくない、というマイペースな性格なので(笑)」
「失敗も、そこでやめてしまえば失敗だけれど、手法を変えながら続けていけばいつかは成功になる。そうしていくうちに人も街もスキルが上がって、街が広がる。繋がる人たちが増えると、その人たちのおかげで日光珈琲が活きてくる場も生まれるんです」
まずは自分たちでやってみて、試行錯誤を繰り返していく。そんな風間さんたちのそばにいると、周りの人たちも「自分にも何かできるかも」と思えてくるんじゃないか。
実際に、日光珈琲のもとには、多くの人やチャンスが集まってきている。
日光珈琲の3店舗目以降は、常連さんの「自分の住む地域でもお店を開いてほしい」という誘いがきっかけでオープンしたのだそう。

「お店も自分たちで左官するんですが、こうなるんじゃないか、ああなるんじゃないかって想像しながらペンキを塗っていたら、気づけば朝になっていたこともあって(笑)いいものは何かを真似るだけじゃなくて、皆が『こうしてみたらどうだろう』と取り組み続けた先に生まれるんじゃないかな」
少しずつ変わるお客さんの期待に的確に応えられるよう、まずは自分たちで考えながら動いてみて、反応を確認してまた軌道修正していく。
それを積み重ねることで、日光珈琲は街に溶け込み、さらに引力を増していったのだと思う。

「実は、ここ3年くらいずっと、自分が本当にやりたいことって何だろうって悩んでいて。自分自身は好きなようにやらせてもらって、たくさんの経験ができた。やりきった、という思いもありました。けど、さらにその先を求めていたんです」
その先を?
「そう。この仕事をずっと続けてきて、得られた仲間やチャンスがここにはあるし、自分自身もいろんな人との出会いで成長していった。だったら、その資源や経験をお店を盛り立ててくれる仲間にどんどん使ってもらって、一緒にいろんなことをやってみたいという思いが強くなって」
この春、新たに栃木市内でオープンする予定のカフェもその一つ。
市内の古い蔵をリノベーションし、さらに宿泊施設も兼ね備える予定だ。新たな街の風景になれるような場をつくろうと、現在は内装やコンセプトを考えているところ。
この日も、それぞれの店舗で働くスタッフとメニュー案やイメージ像をやりとりしていたようで、楽しそうにその様子を教えてくれた。
「自分も案は持っているんだけれど、それだけじゃ面白くない。いろんな仲間と一緒に『もっとやろうぜ!』とやるうちに、もっといいものが出来るんじゃないかな」
「時代も、カフェに求められるものもどんどん移り変わっていくなかで、自分たちで考えてつくったものは、その街にも、人の記憶にも残っていくと思う」

「カフェの仕事って、技術だけじゃなくてその人の持つ厚みも大事だと思うんです。技術は頑張って努力すれば身につくけれど、人間的な厚さはそう簡単には身につかない。技術を磨いたり経験を積むのはもちろん、ここではいろんな人との出会いも大切にしてほしい」
カフェを起点に何かに興味を持てたなら、「こんなやり方があるのか」という発見や、「自分なら何ができるだろう」と考える機会は、日々多くあるはず。
そんな機会をスタッフに提供することを、風間さんは楽しんでいるように見える。
「もちろん楽なことばかりではないと思います。きちんとコーヒーを淹れるようになれなければ焙煎ができないように、まずはカフェの仕事の土台を掴んでほしい。その先で『こんなことをやってみたい』って相談してくれたら、真剣に応えたい。僕の楽しみは、そんな人に出会えることです」
話が落ち着いたところでコーヒーを持ってきてくれたのは、店長の鈴木さん。前回の日本仕事百貨での募集をきっかけに入社した方だ。
「私の地元は茨城なんです。大学進学を機に地元を離れたけど、北関東でも面白いことをしてみたいと戻ってきて。その手段がわからなくてモヤモヤしていたときに日光珈琲の求人を見つけて、ここなら何かできるかもしれないと思って応募しました」

「すごく自分次第なんだな、って思いました。正直、手取り足取り教えてもらえるんじゃないかと思っていた節もあったんです。でも、ここは自分からどんどん聞いていく場所でした。オーナーとは常に一緒に居られるわけではないし、日常の業務も思った以上に幅広かったです」
日々の仕事は、カフェ業務のほか、コーヒー豆をホテルや遠方に送る卸業務、さらにイベント準備など、多岐にわたる。
鈴木さんも、最初の1年は仕事に慣れるので手一杯で、遠慮がちに過ごしていたそう。
「まだ経験が浅いのに『これはこうしたらいいんじゃないか』なんて案を出しても失礼かな、と思ってしまって」
「でもある程度日々の仕事ができるようになってからは、自分の可能性を広げたいなら、もっと風間さんにぶつかっていかないと、って思うようになったんです。ドキドキしつつも仕事をするなかで思いついたことを話してみたら、真剣に耳を傾けてくれて」
それからは、新たに調理道具を考案してみたり、イベントを通して街に深く関わってみたり。まずは思いついたことや、興味のあるものから試してみた。

今は試行錯誤しながら、よりよい場をつくりあげようと切磋琢磨しているところだ。
「プレッシャーに押しつぶされそうにもなったんですけど、もうまずはやってみちゃおう!と思うようになりました。皆も『誰でも最初は失敗するし、やっていくうちに見えてくるよ』と言ってくれたので、飛び込んでみようって」
「だから、日光珈琲という大きな流れに乗って、一緒に楽しめてしまう人がいいかもしれません。自分で一からはじめるのは難しいけれど、ここには土台とチャンスがあって、自分次第でどんどん広げていける。向き合えば向き合うだけ返してくれる場だと思います」
風間さんの言うように、ここで何年間働いたから完璧に力がつく、というような仕事ではありません。経験や知識がなければ補う努力が必要だと思うし、それが自然にできる人に合った仕事だと感じました。
それに、華やかな部分だけでなく、まずはコツコツとやっていく仕事がほとんどだと思います。カフェは気配りの仕事なので、細やかに動けば動くほど体力も必要になる。
それでも働きたい、という方はぜひ風間さんに連絡をしてください。何かに挑戦する人たちのそばにいることで、見えてくるものがあると思います。
そんな風間さんをお招きしたしごとバー「カフェを仕事にしナイト」が、2/23(金)に開催されます。
風間さんはとてもフランクで優しい方。気になることは、ぜひ直接尋ねてみてくださいね。
(2018/01/10 取材 遠藤真利奈)