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自分も知ってみたい、学んでみたい。教育の役割は、知識や経験を詰め込むよりも、そんなふうに思える人を育てることかもしれない、と感じる取材でした。
舞台は、石川県・能登町。
人口17,000人ほどの、能登半島の最奥部に位置する山も海も美しい町です。

その流れを汲み、2年前に生まれたのが「まちなか鳳雛(ほうすう)塾」という公営塾。
今では、小学生から高校生までが通う町の学び舎になっています。
先輩や大人の背中を感じながら、自らも学んでいく。そんな塾の新たな一員となる人を、探しています。
能登町へ向かうルートはいくつかあって、今回はのと里山空港から向かうことに。
空港から900円の乗合タクシーで山あいの道を進むことおよそ40分。町の中心部・宇出津(うしつ)地区に到着する。
総合病院や郵便局、お店などがコンパクトに集まっていて、大正時代に建てられた住宅も。
目の前の海から吹く潮風が感じられる、のんびりとした雰囲気。

こちらで待ってくれていたのが、役場で能登高校魅力化プロジェクトを担当している綱屋さん。
能登町出身の方で、東京の大学を卒業したのち生まれ故郷に戻ってきた。

能登半島の北部、海と山に囲まれた能登町は、漁師文化と農業文化の二つ顔を持つ町。
7月から10月は町のあちこちで「キリコ」と呼ばれる巨大な奉燈や神輿が登場する。

能登町には、昔からの習慣が今も息づいているみたい。
そんな町にあるのが県立能登高等学校。普通科と地域創造科からなる全校生徒185人の学校だ。

それまでも勉強が得意な子どもは、町外の高校を選んでいた。もし能登高校がなくなれば、子どものいる家庭は町から出て行ってしまうし、進学を諦める子もいるかもしれない。
能登高校を、なんとか残さなければ。
そんな思いから町民の皆さんが立ち上げたのが「能登高校を応援する会」。
町民の寄付と補助金によって年間1000万円近くを集め、部活動や通学にかかる費用の補助、奨学金の立ち上げなど、まちぐるみで支援をしてきた。
「それでも生徒数はどんどん落ち込んでいって、クラス数が減っても定員割れ。毎年、なんとかならんかって支援しても下降線で」
そんななか、能登高校の教頭先生から「高校の中に塾をつくりたい」という相談があった。
「周辺にある高校の中で、唯一定員割れをしていないのが進学校でした。中学生や保護者に選ばれる学校になるには、進学実績が必要。先生に相談ができたり、ICT教育が受けられる場をつくりたいということでした」
「県立の学校が町に協力してほしいと声をかけてくれるなんて、普通なかなかないことなんです。すぐに町長にも相談して、やってみようとなりました」
3年前に、能登地区の進学塾と提携した公営塾が、校内に誕生。ただ予想以上に生徒数が集まったことで、より勉強に集中できる環境が必要になった。
2年前に場所を公民館に移し、「まちなか鳳雛塾」としてリスタートする。

わからないところは常駐するスタッフに聞けるし、提携しているWebサービスを使って画面の向こうにいる先生にすぐ質問できる仕組みになっている。
「そのうち、せっかくこんな場が生まれたんだから、能登高生だけではもったいないと。少しずつ年齢層を広げていくことになりました」
今では小学4年生から高校3年生までを受け入れていて、今年度は、小学生14人、中学生37人、高校生21人が登録しているそう。

だんだんと、町全体にひらかれた場になっているみたい。
さらに、教科外の学びの場も少しずつつくりはじめている。
たとえば、去年まちなか鳳雛塾が企画したデイキャンプ。小学生と高校生が一緒になって参加して、地元の大人たちから、テントの張り方や、魚や肉の捌き方などさまざまなことを学んだそう。

町の主要産業の漁業を学ぶため、町内の関連施設や漁師さんなどを訪れて話を聞き、最終日に英語で発表するというものだった。

「なんでこう話せるかというと、能登高生たちは、高校や塾でもこうした発表会を経験しているからなんです。経験を積めれば、こんな上手に発表できるんだなって思いました。こうした場はどんどんつくってあげたいですよね」
高校と町が手を取り合うことによって、毎年国立大学に合格者が出るように。今年ははじめて普通科の倍率が1倍を超えた。
それでもまだ統廃合の可能性は残っている。今後、どうやって能登高校を盛り上げていくかを学校と一緒に考えていきたいそう。
「この前の学校説明会では、学校が『能登高校+能登町で、生徒たちをサポートしていきます』って説明してくれていて。お互いに手を取り合えてきているなってすごく感じました。ここからが本当のスタートだと思っています」
そんなまちなか鳳雛塾で働く一人が、木村さん。こちらの目を見ながらわかりやすく話してくれる。

「ずっと地方や地域おこしというものに興味があって。ただ、その手段は産業や観光くらいしか知りませんでした。でもこのプロジェクトは、教育や人づくりで地方を活性化していく。そんな視点があるんだ、すごく面白いって感じたんですよね」
いつか自分も仕事として関われたらと思っていたところで、能登町で高校魅力化プロジェクトがはじまることを知る。
「能登には年に5回ほど通っていたんです。訪れる度にいい人、いい土地、いい空気に出会って。いつか能登で暮らしたいなという気持ちをずっと持っていました」
ところが役場の綱屋さんには「くれぐれも慎重に決めてください」と言われたそう。
「塾もまだ形になっていない部分のほうがずっと多くて、期待通りにいかないことも多いと思います、と」
「でも、どの仕事を選んでも期待からはずれる部分は絶対にあると思っていて。ネガティブな面もちゃんと伝えてくれたので、このプロジェクトは信頼できるし、納得できる部分のほうが多いなと思って決めました」
現在、まちなか鳳雛塾のスタッフは3名。今はうち1名が産休中で、木村さんともう1人の男性スタッフが小学生から高校生の勉強をサポートしている。

「現時点で見えている成果はそれぞれなんですけど、皆勉強したいと思ってここに来ているので、勉強に真面目な子たちです」
教えるということについては、どうですか?
「中学レベルまでなら問題なく対応できると思っています。高校の数学や理科は理系出身のスタッフに任せて、僕は英単語の暗記を手伝ったり、勉強のやり方や目標設定を一緒に考えたり、自分が大学に行ったときの話なんかをしたりしていますね」
ただ、小学生や中学生との関わり方はなかなか難しい。
公営塾は私塾よりも気軽に通えるため、親に言われてしぶしぶ来る子も、30分ほどでテキストを放り出してしまう子もいる。
「勉強はいやだし、こちらから話しかけてもツンツンされることもあって。やっぱりへこむし、悩みますよ。勉強がわからないなら教えてあげられるけど、勉強したくない子どもにどう接するのがいいのかは、まだわかりません」
「ただ、仕方ないと思うんです。勉強したくなるまで待っているし、頼ってくれたら最大限、丁寧にサポートしてあげたい。関わり方って難しいなあって。僕の課題ですね」
塾自体も、少しずつ軌道に乗って来たとはいえ、まだまだ試行錯誤中。勉強に前向きになってもらうにはどう手を差し伸べたらいいかなど、新しく入る人と一緒に考えていきたいこともたくさんある。
「僕は塾の先生の経験もないし、弱い部分はきちんと自覚しないといけないなって。それでも、この仕事はすごくチャレンジングで面白い。新しく来てくださる方とも、それぞれの強みで補い合っていけたらいいですね」

「そうですね… 僕は、町の人が年齢に関係なく学びに来られる場所にしたいなと思っていて」
年齢に関係なく来られる場所。
「やっぱり子どもにとって大人の影響は大きいと思うんです。大人も学んでいないと説得力に欠けて、子どもも学ばないって僕は思うんですよね」
そんな思いから、木村さんたちが企画したのが「まちなかゼミ(仮称)」。
教科の学習だけでなく、一人ひとりの視野や考えを広げたり、自分の意見を表現するような機会を増やしていこうというもの。
今年の7月には、夫婦で世界一周したという方を呼んだ講演会を開いた。塾生だけでなくさまざまな町民が訪れて、感想を伝え合ったそう。

「早いうちから、この町の大人たちがどんな人たちで、どんな思いで生活しているのかを知る。身近な存在としてつなぐ場でありたいなと思います」
帰り際、塾の入口で見つけたのが「この街で学ぶ、この街に学ぶ」というスローガン。
世代を超えて人をつないでいく教育は、まちをより深くつなげる一つの方法になるのかもしれません。
(2018/08/09 取材 遠藤真利奈)