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「学校の先生とも、親とも違う大人でありたいです。塾だけど、教えるのは勉強だけじゃない。喋りやすい大人がいて、ちょっとした相談もできる場所だと思ってもらえたらいいな」そんな言葉が印象的な取材でした。
北海道・白糠町(しらぬかちょう)。
海と山に囲まれた自然豊かなこの町に、公営塾『久遠塾』はあります。
塾に通うのは、町にただひとつの道立高校・白糠高校の生徒たち。
白糠町では、生徒数がゆるやかに減り続けている高校を盛り上げようと「高校魅力化プロジェクト」がはじまっています。その一つの柱として、高校と連携しながら生徒の学びを広くサポートする役割を担っているのが久遠塾です。
今回は、この塾で働く講師を募集します。
教職の経験はなくても大丈夫。資格やテクニックよりも、生徒とともに学び合えるような方を求めています。
白糠を訪れるのは、およそ1年ぶり。羽田から釧路空港までの1時間半、前回自分で書いた「青春の伴走者」という記事を読み返す。
前回はまだ塾のオープン前で、町が向き合っていることについて教えてもらった。
白糠高校の生徒数がゆるやかに減っていて、このままでは学校そのものがなくなってしまう可能性があること。
もし高校がなくなれば町も衰退してしまう。そこで町は、白糠高校をあらゆる面から支えてきたこと。
今から向かう久遠塾も、そんな流れを汲んで生まれている。オープンするその日を、町の皆さんが心待ちにしていたことを思い出す。
空港に着いてから海沿いに車を30分ほど走らせる。向かった先は、塾が入っている公民館。
3階の教室の扉を開けると、窓いっぱいに海が広がっていた。夕焼けに照らされた漁船がとてもきれい。
「いい景色でしょう。僕もはじめてここに来たときは『海だ!』ってうれしくなりました」
そうにこやかに話しかけてくれたのは塾長の上内さん。やわらかな口調のとても話しやすい方。
「長く関西にいたので、氷点下は体にこたえます(笑)そのぶん夏は涼しいし、スーパーにならぶ魚や野菜もすごくおいしくて。買い物に行くのが楽しみなんですよ」
北海道の東にある白糠町は、海と山に囲まれた町。
漁港ではシシャモや鮭がよくあがる。山のほうには焼酎『鍛高譚』で知られるシソ畑や牧場が広がっていて、最近では鹿肉の加工も盛んなのだとか。
上内さんが白糠にやってきたのは、塾がオープンした6月。それまでは高校や塾の先生として長く教育に関わってきた。
「たまたま高校魅力化プロジェクトを知って、面白そうだなって思ったんです。町の人や高校生と一緒に新しい場所をつくり上げていくなんて、楽しそうじゃないですか」
「白糠は未知の世界でした。まず教育委員会のサイトを見たら、ふるさと教育の資料がすごく分厚くて。この町本気やな、こんな想いを持った人たちに会ってみたいと思いました」
そうして思い切って関西から移住。
実際に来てみて、いかがでしたか?
「町長や教育長に『よく来てくれたね』と声をかけていただいて。町の人も『いい場所ができた』って本当に喜んでくれました」
「この塾は、町の期待を背負っているんだなって感じましたね」
白糠高校の生徒の学びをサポートするために生まれた久遠塾。
何を学習するかは自分で決めて、わからないことがあれば上内さんたち講師に質問することができる。
「マニュアル的ではなく、目の前の子の理解度にあわせて一緒に考えるのが基本です。反応を見ながら、こう説明したらわかるかな、と考えていきます」
「答えまでの道が十人十通りなのが面白いところかな。わからなかった問題が解けてニコッとする瞬間に立ち会うと、よし!って思うんです」
オープンから半年が経って、塾で学ぶ生徒も増えてきた。
ただ、最初は苦しい時間も長かったという。
「なかなか生徒が来なかったんです。定期テスト前は増えるんですが、テストが終わるとぱったりと足が途絶えてしまって」
というのも、机に向かう習慣のない生徒もいるのだそう。
そこでまずは、高校の先生たちと連携して、何か生徒の将来の選択肢を増やすような取り組みができたら、と考え学校に顔を出すように。
先生たちも最初は新しい取り組みに不安を抱いていたものの、話すなかで少しずつ仲が深まっていった。
いまでは課外授業のサポートや、面接練習なども一緒にしているという。
「生徒にとっていいと思うことはすべてやりたい。高校でできること、塾でできること、高校と塾だからこそできること。そのすべてに携われたら嬉しいですね」
さらに、より多くの生徒に気軽に訪れてもらうため、さまざまなイベントも開くように。
特に印象的だったと教えてくれたのが、11月に開いた『白糠の仕事人』。
きっかけは、商工会青年部の人たちとの飲み会で交わした何気ない会話だったそう。
「『白糠には仕事がないって思われがちだけど、そうじゃない。白糠高校の生徒に町の仕事をもっと知ってもらいたい』と聞いて。すぐに、一緒に何かやりましょうって食いついたんです」
高校OBでもある町内のホテルの社長を呼び、学生時代の思い出や仕事について話してもらうことに。ホテル特製のカレーも用意したところ、30人近くが集まった。
「正直、それまではイベントを開いても数人しか集まらなかったんです。でもこのイベントはトークも食事会もいい雰囲気で、アンケートもちゃんと書いてくれて。すてきだなあと思ったし、自分は何も見ていなかったんだなって気づかされました」
見ていなかった?
「そう。あまりに恥ずかしいんだけど…始まるまでは、生徒が集まってくれるのか、1時間きちんと話を聞き続けられるのか不安に感じていて。終わってみて、生徒を信頼しきれていなかったんだなって思いました」
「知らず知らずのうちに、“今時の高校生”って一括りにしていたのかもしれません。でも興味があることには前向きになってくれる子ばかりだったんですね」
そう振り返る上内さん。今後は、生徒が自分の気持ちや意見を表現できるような授業をゼミ形式で開きたいのだそう。
「なんとなく進路を選ぶのではなくて、自分のやってみたいことにちゃんと気づいてから社会に出られる場をつくれるといいなって。そのほうが、きっと人生面白いと思うんです」
久遠塾の目標は、学力を伸ばすことだけではない。
できることも幅広いぶん、ただ勉強を教えるだけではもったいないかもしれない。
「そうですね。教えるだけの仕事だと思うと辛くなってしまう気がします。そのぶん教育の経験はあまり関係なくて、何か一つ熱中できるものがあれば十分。生徒と一緒に楽しんで仕事をつくっていける方がいいですね」
まさにそんなふうに働いているのが、講師の仲村明日香さん。
主に国語を教えていて、この日も生徒からよく声をかけられていた。
もともと中学校の先生として働いていた明日香さん。
そのころ訪れたリトアニアで、今につながる体験をする。
「ゲストハウスで働いていた20歳くらいの女の子が、日本語を勉強していると教えてくれて。日本人の先生がいるの?って聞いたら、『いないよ』と何てことないように答えたんです」
「先生がいるかいないかとか、環境がどうとかに左右されずに、本当に学びたいことを一所懸命学ぶ。これこそ本来の学びだなって強く感じました」
久遠塾のオープニングスタッフの募集を知ったのはそんなとき。ずっと頭の隅に残っていて、数ヶ月考えたのちに連絡した。
そうしてオープン前の4月、白糠にやってくる。開塾の準備をしながら、高校にも顔を出していたそう。
「生徒はみんな『明日香ちゃん』って人懐こく話しかけてくれるんです。校内を案内してくれたり、オープンしたあとも塾に来てくれたり。学習をしに来る子もおしゃべりをしに来る子も、とにかくみんなかわいいです」
公営塾の講師は、学校の先生とはまた違う立場。明日香さんのなかでも変化があったそう。
「教師時代を振り返ると、本当は褒めて認めてあげたいのに、どうしても注意したり叱ったりする場面が多かったなって」
「だから今は“先生”ではない立場で生徒の学びをサポートしたいと思っています。皆が自信を持ってきらきら生きられるような助っ人でありたいですね」
同時に大切にしているのは、高校の先生との関係づくり。
積極的に学校に通ううちに、先生たちから仕事を頼まれ手伝うことが少しずつ増えていった。
その結果、塾だけでなく高校で行われる講習も担当させてもらえるように。
「教壇に立って大好きな教科を教えるのはすごく楽しくて。国語は何を勉強していいかわからないって思われがちだけど、案外面白いなって思ってもらいたいです」
今では先生方の飲み会に呼ばれることもあるのだそう。
そんな関係を築けたのも、明日香さんの前向きな姿勢によるところが大きいと思う。
「学校の先生と話をするのは楽しいし、コミュニケーションが取れれば連携にもつながる。できることの幅も広がる気がします」
そんな明日香さんが定期的に開催しているのが『美文字講座』。
気軽に塾に来られるようにと、書道の経験を生かして企画した。
「高校の先生から、『塾というとハードルが高いかもしれないね』ってアドバイスをもらって。それなら勉強っぽくないことをやってみようと思ったんです」
興味を持ってくれるか不安だったものの、初回には4人の生徒が集まってくれた。
「みんな楽しんでくれたみたいで、次の回には友達も連れて来てくれたんです。最初は5回で終わるつもりだったけど、もっとやろうよって言ってくれて毎月恒例の講座になりました。今月は年賀状をつくるんですよ」
講座をきっかけに勉強をしに来る生徒もいて、今では町の人も参加してくれるようになった。
さらに、明日香さんの趣味でもある映画の上映会も企画中。
『白糠の仕事人』でホテルの仕事を知った生徒たちに、ホテルや料理がテーマの映画を見せてあげたいと、楽しそうに話してくれた。
「国語の授業も、美文字も映画も。私だけこんないい思いをしていいのかなってくらい、自分がやっていて楽しい仕事ばかりさせてもらっています」
新しく入る人も、明日香さんのように型にはまらず、アイデアをどんどん実行できる人がいいかもしれない。
「私は生徒たちに、大人になることも仕事をすることも、案外悪くないかもって思ってもらえるような自分でありたくて」
「だから、私が楽しみながら働いている姿を見てもらえるのはいいなと思っているんです。たくさんの引き出しをつくって、そのどれかがほんのちょっとでも生徒の心に引っかかってくれたら嬉しいですね」
この半年間、土壌を耕してきた久遠塾。
上内さんも明日香さんもそれぞれの目標を胸に、探りながらチャレンジを重ねています。
生徒と一緒に楽しみながら、久遠塾らしさをつくっていく。そんな大人の姿こそ、生徒にとって生きた学びになるのかもしれません。
(2018/12/3 取材 遠藤真利奈)