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小さな工夫を重ね
町家にて
暮らすようにはたらく

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豊かに暮らすこと、生き生きと働くこと。

仕事と暮らしを別々に切り分けて考えるよりも、重ね合わせていった先にこそ、自分らしい生き方・働き方が見つかるのかもしれません。

今回紹介する「奈良町宿・紀寺(きでら)の家」のみなさんは、そんなあり方に近いところにいると思います。言うなれば、「暮らすようにはたらく」人たち。

水打ちをし、部屋に風を通して空間を整える。庭木を愛で、旬の食材で料理をつくり、旅人を迎える。

そんなふうに、この宿を営んでいく仲間を募集します。経験は問いません。

 

近鉄奈良駅から商店街を抜け、南に向けて歩いていく。

10分ほど行くと、江戸〜昭和初期ごろに建てられた町家の残る「奈良町」エリアへ。このあたりには取材で何度か訪れているのだけど、ここ数年の間に、古い建物を活用したカフェや雑貨店が増えてきているように感じる。

今回訪ねる「奈良町宿・紀寺の家」は、その先駆け的な存在。5軒の町家を活かした一棟貸しの宿として2011年にオープンし、2016年にはこの町の歴史や景観を守り継ぐ取り組みとして、宿全体が登録有形文化財に指定されている。

そんな紀寺の家からほど近い町家で育ったのが、代表の藤岡俊平さん。

俊平さんの父・龍介さんは、30年以上前から伝統的な町家や民家の設計・監理を中心に行う建築事務所を営んできた方。紀寺の家も、解体予定だった築100年の町家を改修するところからはじまった。

「日本人が培ってきた文化や歴史って、観光として“観る”にとどまっている部分があると思います。ぼくはただ保存するのではなく、体験を通して常に更新していくことが必要だと思うんです」

幼少期を町家で過ごした俊平さん。そこには、日々工夫を重ねながら営んでいく暮らしがあった。

経年による歪みや傷も、ちゃんと手をかければ“味”になるし、修繕の知恵や工夫には、生活を豊かにするヒントが詰まっている。そのことを体感的に知っていたからこそ、奈良を訪れる人にも町家での暮らしを体感してほしいと思ったそう。

とはいえ、宿としての快適さや心地よさを度外視してしまうと、現代的な住宅での生活に慣れた人には魅力が感じづらい。

伝統的な間取りや古い部材を活かしながら、ベッドルームを設けたり、床暖房やIHを配備したりと、柔軟に「現代の町家暮らし」を提案してきた。

「ぼくらは文化財をお預かりしているようなものなので、商売のための場所ではなく、町家のよさを今に伝えるパートナーとしてこの建物と向き合っていかなければいけません」

「適度に手を入れる、けれどもやりすぎない。ちょっとでもバランスが崩れればすべてが台無しです。そのちょうどいい塩梅を探りながらこの宿をつくってきました」

接客やサービスのソフト面にも、日々の試行錯誤がある。

たとえば、洋食のメニューを出すのかどうか。最近は海外からのお客さんも増えており、たまに要望があるという。

「自信を持ってお出しできるのは和食だけど、和食を食べ慣れていない海外の方にまでそれを押し通すのはどうなんだと。そういう話は前からずっと出ていて、最近は要望があれば海外の方には洋食もお出ししています」

その都度、最適な方法を検討していくんですね。

「一回決めたらそれで終わり、というものはなくて。日々変わり続けるのが当たり前というか、自然なことだと思うんです」

「マニュアル通りにきちっとやることより、なぜそうするのか?という姿勢のほうが大事で。宿についてお客さんに説明するときも、ぼくの言葉をなぞるのではなくて、自分の言葉で語れるような人に来てほしいですね」

紀寺の家では、調理や清掃、接客など、あらゆる役割を全員で担う。一通り経験したあと、適性に応じて比重は変えるものの、完全な分業制にはしないのだとか。

1日のお客さんは多くても5組まで。一人ひとり、じっくりと時間をかけて向き合う。

そういった経験を通じて、自分ごととして語れることが少しずつ増えていく。

「今働いているのは、ぼくと妻と2名のスタッフです。体力も使うし、宿にいる時間も長い。宿泊業特有の大変さはあると思います」

田植えから稲刈りまで、自分たちで育てたお米を朝食に使い、パンフレットや制服のワンピースなど、スタッフの経験や得意なことを活かして自分たちでものづくりも行ってきた。

新しく入る人は、まずは宿を運営していくための仕事に携わることが基本となる。そのうえで将来的に余裕が出てきたら、こうしたクリエイティブな仕事に取り組むチャンスも巡ってくるかもしれない。

俊平さんは、どんな人と働きたいですか?

「うーん……。今いるメンバーを思うと、人が好きな人というか」

人が好きな人。

「目の前の人に対する好奇心がある人とも言えます。お客さんの話に興味を抱いたり、ここに来てくれたことがうれしくて思わず話しかけたり、そういう好奇心。これは過去8年、ここで働いてくれた人たちの共通項だと思います」

紀寺の家は宿泊客のリピート率が高く、年に2〜3回泊まりにくる人もいるそう。その多くは「スタッフに会いに来ている」とのこと。

業務が忙しくても、お客さんへの暑中お見舞いや年賀状は毎年欠かさず送っている。

ときにストイックすぎるんじゃないかと思うほど、一期一会を大切にしていることが伝わってくる。

「あと1年ほどで、立ち上げから10年目という節目の年を迎えます。具体的な案はまだですけど、人のつながりを活かせることがしたいと思っていて」

「今まで宿泊してくださった方は、お客さんというより、この宿を一緒につくってきてくれた仲間という感じがしていて。何か一緒にできないかと考えています」

アーティストと共同でオリジナル商品をつくれるかもしれないし、町家暮らしを考えるシンポジウムなんかも開けそうだ。

昨年の2月には、東京の松屋銀座で企画展「紀寺の家考 これからの町家暮らしの可能性」を開催。単なる宿泊施設ではなく、これからの暮らし方の可能性を示すモデルケースとして、その存在を外部に広めていく節目の年になるのかもしれない。

 

そんな紀寺の家を立ち上げから一緒につくってきたのが、俊平さんのパートナーであり、紀寺の家のマネージャーを務める希(のぞみ)さん。

10周年という節目もやってくるけれど、まずは日々の仕事が大切だという。

「1年後の予約をとられるお客さまもいますし、ずっと同じレベルを保っていてはダメで。タオルの置き方ひとつとっても、どうしたらもっと美しく使いやすく置けるのか試行錯誤したり、空気を部屋の隅々まで新しくするように意識したり。気を研ぎ澄ませないとつくれない状態になってきていますね」

スタッフ同士のやりとりはもちろん、お客さんの何気ない振る舞いから気づきを得ることも。

「この間、入り口の襖戸をお客さまが外されていたことがあって。朝食を持って入ったら、なんか明るいなと思ったんです(笑)」

「そのまま次のお客さまをお通しすることはできないですけど、風が通って気持ちいいんですよ。空間としてしっくりきていて。きっと3日間お泊まりになるうちに、だんだん暮らしているような感覚になってきて、いろいろアレンジしたんでしょうね」

当初は夕飯を外食にしようと計画していたものの、部屋の居心地がよくて「ご飯を持ち込んでもいいですか?」と尋ねたお客さんもいるそう。

時間の経過とともに、日光の差し込み方が変わり、庭木に鳥が留まりにくる。かすかに揺れるガラス戸の音に風を感じ、夜は虫の声が聞こえる。たしかに、部屋の中で1日過ごしても飽きないような変化が町家にはある。

「もちろん、町に出ても面白いですよ。春日大社まで歩いていける距離ですし、人が観光に訪れたくなるような景色が日常にあるのは魅力的だなって。年を重ねるほど興味が湧いてくる、奥深い土地だと思います」

「ご近所さんもいい方ばかりで、お互いに挨拶をしたり、気づいたらゴミを拾ったり。そういった地域の魅力も、移り住んでくる人にはプラスになるんじゃないかな」

そんな話を隣で聞いていた俊平さんから、こんな提案が。

「このあと時間はありますか?ぜひ町を案内したいなと思っていて」

軽トラックに乗って、町を一望できるという若草山を目指すことに。

 

紀寺の家から頂上へと向かう車中、取材の余韻を残したまま、ざっくばらんに話は続く。

「今までは紀寺の家のことばかりだったけれど、最近は町のことを考えるようになってきて」

町のこと。

「社会貢献というわけじゃないけどね。自分たちが住む町を、いい町にしたい。ちょうど、行政や民間でまちづくりに取り組んでいる人たちと関わる機会が増えているんです」

ひとつは、公園の賑わいをつくるプロジェクト。日々の運営やイベントの企画など、アドバイザーとして関わっているそう。

そしてもうひとつが、紀寺の家の最寄り駅である京終(きょうばて)駅のリニューアルプロジェクト。

JR奈良駅から一駅と立地はいいものの、単線で利用者の少ない京終駅。そこで無人だった駅員室を改装し、地域の仲間で立ち上げたNPO法人で、カフェと雑貨のお店「ハテノミドリ」を運営していくことに。

「人のために何かをする人がいるから、社会が成り立っていると思っていて。ぼくにとっては、人から必要とされることが仕事なんですよね」

宿のお仕事もかなり忙しそうですけど、そんなにいろいろやっていて、大変じゃないですか?

「休みという感覚がないんです。仕事自体が生活の一部というか。仕事が遊びになるし、遊びが仕事になる。ある意味、ずっと遊んでいると言えばそうですよね(笑)」

話しながら30分ほど車に揺られ、そこからは少し歩いて、山頂を目指す。

うわあ…。すごい眺めですね!

「いいでしょ?ここ、大好きなんですよ。月に1回は来てるかな」

「あのあたり、屋根の低いのが奈良町エリアです。あそこに紀寺の家がある。あっちの木が茂っているあたりが、京都と奈良の県境で…」

うれしそうに解説してくれる俊平さん。

俯瞰してみると、町がまた違って見えて面白いですね。

「そうだね。ずっと住んできたから当たり前だったけど、緑が豊かでのんびりしてて…。本当にいい町だと思いますよ」

まちづくりのプロジェクトは今のところ俊平さん個人として取り組んでいるものがほとんどだけれど、今回新しく入る人も、俊平さんのこういった想いに共感できる人だといい。

町や人々を育んできた、町家で過ごす時間。

そこには、豊かな暮らしのヒントがたくさん詰まっているような気がします。

この町で暮らすように働き、身をもって体感しながらその魅力を伝えていく。暮らしと仕事を重ね合わせていきたいという人にとっては、またとない環境だと思います。

(2019/5/9 取材 2020/1/3 更新 中川晃輔)

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