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もうすぐ春が来る。
私たちがそんなふうに季節の変化を感じられる理由のひとつは、まちに植物があるおかげだと思います。
外の空気はまだ冷たいけれど、家々の庭先には少しずつ花が見られるようになって。
先日、うちの台所で種から発芽させたアボカドも冬を越して新しい葉を出していた。そんな小さな変化を発見することで、元気をもらうこともある。
花をつけたり、葉を茂らせたり、ときにはしおれたり。私たちの関わり方に対して、正直な反応を示す植物。
言葉こそないけれど、草花を育てる楽しさはある種のコミュニケーションなのかもしれません。
今回紹介するのは、そんな園芸の楽しさを広げる仕事。東京・東久留米市にある秋田緑花農園で、園芸植物の栽培に携わる人を募集します。
小売店に卸す花の苗を栽培するだけでなく、農園でワークショップを開くなど、花と人と地域の新しい関わり方を探っていく仕事です。
秋田緑花農園の最寄り駅のひとつは、新宿から電車で約20分の田無駅。そこからさらにバスで5分ほどで農園に着く。私は自宅が近いこともあり、今回は暖かな日差しのなかを自転車で向かうことに。
都心のラッシュをよそに、のどかな市街地を自転車で通勤するのもいいなあ。そんなことを考えていると、団地を望む通りに青々とした麦畑が見えてきた。
「秋田緑花農園 タネニハ」という看板を見つけて、奥へ入っていく。
そばにはビニールハウスがいくつも並んでいる。中には水やりをするスタッフの姿が。敷地のなかには大きな民家のような建物もある。
どこを訪ねればいいか迷ってしまったので、電話をかけてみる。すると、すぐに代表の秋田茂良さんがビニールハウスから出てきてくれた。
早速、ハウスの中を案内してもらう。
「手前にあるのがゼラニウム。かわいいでしょ?」
ハウスには苗を育てるポットがずらり。
爽やかな香りのするレモンの葉、小さな花を揺らすビオラ。寄せ植えを引き立てるクローバーにも、いろんな種類がある。
フリルのような花弁のパンジーは、農園で独自に改良した品種なのだそう。
花の良さを語るとき「かわいい」と形容する秋田さんの口ぶりに、花への思いが伝わってくる。
秋田さんのお家は、この東久留米市で代々農業を営んできた。園芸用の植物の栽培が中心になったのは、秋田さんの代になってからのこと。
「もともと僕は花の市場で働いていました。流通の仕組みを知りたいっていう思いがあって市場に入ったんですが、そこでわかったのは、いかに花が安く買い叩かれているかということでした」
「僕は生産者側の苦労を間近で見て知っているから、だんだん市場で働くのがつらくなってきて。最後には花の匂いを嗅ぐのも、カタログを見るのも嫌になっていました」
市場を辞めて実家に戻った秋田さん。もう一度花の仕事をはじめるきっかけになったのは、畑に植えられたコキアだった。
「本当にポコン…っていう感じでそこにあって。その姿にすごく癒されました。植物って動物みたいに自分からアピールしてくることはないんだけど、寄り添ってくれるというか、自分の感性を育ててくれるものなんだなと思いました」
野菜や穀物など、人の体を育てる食べものをつくる農業とは違い、園芸は人の気持ちを豊かにするための営みなのかもしれない。
きれいに咲いた花が人の心を和ませたり、健気に芽を出す姿に励まされたり。
秋田緑花農園では花を売るだけでなく、植物を育てる楽しさも伝えるために、地域の子どもたちと一緒に麦を栽培して小麦粉をつくるなどのワークショップを開いてきた。
自分で育てた植物は、ちょっと芽が出ただけでもうれしい。そういう体験は園芸ならでは。
プロである秋田さんは、どんなときに植物を育てる楽しさを感じますか。
「蕾から花が咲く瞬間の感動はかけがえがないですね。観葉植物とかグリーンとかあんまり手間のかからないものもいいとは思うけど、やっぱり花の力ってすごいなと思います」
「あと、作業で好きなのは水やりですね。植物の成長が見えるだけじゃなくて、自分の気持ちも見える。イライラしながら適当に水やりをしているとしおれてしまうし、優しい気持ちを向けると返してくれる。植物って、自分の鏡みたいなものだと思うんです」
話をしながら「ちょっと作業していいですか」と、秋田さんはブルーシートを被せていた土をコンテナに移し替えはじめた。これがなかなかの力仕事なのだそう。
種まきや水やり、農薬の散布、出荷など農園の仕事は多岐にわたる。社長である秋田さんも、社員もパートも、みんなで分担しながら進めていく。
「経験や知識は必須ではないです。最初から全部できなくても、ひとつずつ覚えてくれたら。ゆくゆくは肥料の種類とかちょっと化学っぽい話でも、意見交換ができるようになったらうれしいですね」
もうひとつ、秋田さんがこれから力を入れていきたいと思っているのは、もっと効率的に生産を進めていく仕組みづくり。
「決して楽な業界ではないけど、まだ売り上げを伸ばす余地はあるんです。もっと温室の稼働率を上げられるように、作業全体の進め方を俯瞰的に見て工夫していきたくて」
今の悩みは、花の出荷の繁忙期である春や秋に種まきなどの仕込みが間に合わず、半年後のシーズンに出荷数が減ってしまうこと。
その日の作業だけでなく、植物の成長具合を見ながら次の作業を予測し、並行していろんな植物を育てていけるような状態が理想なのだそう。
「毎年決まった種類のものだけを育てていれば効率化は簡単なんですけど、僕はそこを目指していなくて。年間を通していろんな花を届けられるようにしたい。秋田緑花農園に行けば、いつも何かかわいいものがあるっていう」
「切り花と違って、まだまだ園芸植物はおしゃれなイメージではないかもしれない。だからこそ、僕たちがもっとかわいくておしゃれな植物を生み出すことで、暮らしを大切にしていく人たちに届くといいなと思います」
年間100種類以上の植物を出荷している秋田緑花農園。
周辺では畑を手放して離農する家も多いなか、社員を雇って花づくりに取り組む農家は珍しい。
秋田さんはどうしてこの仕事を続けようと思ったんですか。
「農家っていうのは、農業を営むだけじゃなくて地域の環境を預かる仕事だと思うんです。東久留米にはきれいな湧き水が出ている場所があって、そこが地域の子どもの遊び場にもなっている。農地や雑木林が豊かな状態でなければ、それも維持できなくなる」
「うちは以前から、資本となる不動産事業と並行して農園を続けてきました。これからはもっと都市農業としての花の生産を進化させていけるように、今年の1月から、不動産と農園の事業を統合して運営することになったんです」
そうやって地域のなかで農業を営むためには、近くに暮らす人とのつながりも欠かせない。
秋田さんは、農家と並行して農協や消防団の役員の仕事にも力を入れている。
「消防団員なので、サイレンが鳴ると消火に行く。スタッフにしてみれば『また社長がいない…』みたいに感じることもあるかもしれないけど、地域で農業をしていくうえでは大切なことだから、理解してもらえたらいいなと思います」
秋田緑花農園で働いているスタッフは、現在パートも含めて8人。
以前は休みの日でも秋田さんがハウスに顔を出すことが多かったけど、最近は少しずつ、スタッフに任せる部分を増やそうとしているところ。
「任せているうちに、それぞれの得意な部分っていうのも見えてきました。みんなが植物を楽しむ気持ちでこの農園の仕事をつくりあげたいので、無理して働く状態にはしたくない。休みのとり方も相談しながら調整していけたらいいなと思います」
スタッフのなかで一番のベテランは、パートの田極(たごく)さん。
1日の仕事はどんなふうに進めているんですか。
「朝8時半にミーティングをして、その日の出荷や発送の内容を確認したり、どのハウスを受け持つか担当を決めたりして、仕事に入ります」
その日の気温や天気に応じて管理の仕方も違う。ハウスごとの状況を見ながら、世話をしていく。
次の日の担当者にもわかるように、日々の仕事は日報に記録する。
もともと花が好きだったという田極さん。秋田さんが育てたゼラニウムを見て、農園での仕事に興味が湧いたのだそう。
「ここのゼラニウムは、株や葉っぱがしっかりしていて、とにかく元気で素敵なんです。土へのこだわりとか、風や日当たり、肥料のタイミングなど、条件を整えるために工夫していらっしゃることが、働くようになってわかりましたね」
農園で使う土は、群馬県から取り寄せたもの。微生物を多く含んだ状態に整えたものを使用している。
「土を運ぶような力仕事もあるので、腰を傷めないように注意も必要です。最近はみんなで『農園エクササイズ』とか言って、体の使い方を工夫したりしているんですよ(笑)」
「人と一緒にやるとはかどるし、なんでも面白がってくれる仲間が増えたら、楽しいですよね。作業に没頭してしまうと、陽の当たり具合が変わったことにも気づかなかったりするので、みんなで声を掛け合いながらやっています」
パートをはじめて1年目の松本さんも取材に参加してくれた。とても明るい方なのですが、写真は恥ずかしいとのことなので、ちょっと遠くから。左端で笑っているのが松本さんです。
農園内に同じ名字のスタッフがいるので、みんなからは下の名前でめぐみさんと呼ばれている。
松本さんも田極さんと同じように、未経験からこの仕事をはじめたという。
「子どもが生まれて、家にチューリップを植えたのがきっかけで植物に興味が湧いてきて。今は毎日植物に囲まれていて、本当に幸せです。もうすぐヒューケラの花が咲くのが楽しみで」
弾んだ声で、花の話をしてくれる松本さん。
そばにいた田極さんが、「めぐちゃんはこの前、花が話しかけてくるって言ってました」と笑顔で補足する。
そうなんですか?
「いや…!私、変な人みたいじゃないですか。あー恥ずかしい。でも、そう。話しかけてくるんです。この前、私が『みんな、おはよう〜』ってハウスに入ったら、ヒューケラが『葉を広げてほしい…』って言っているような気がして」
感じ方は人それぞれだけど、数値でははかりにくい植物の状態を感じ取ることは、この仕事で大切なこと。
専門知識よりまず、元気な状態の植物を「いいな」と思える気持ちがあれば、小さな異変に気付けるようになるはず。
自分の接し方に対して正直な反応を示す植物。人に対するコミュニケーションとは違うからこそ、活かせる感性があるような気がする。
取材の日は立春。
もうすぐ来る春は、花の出荷と種蒔きが重なる農園の繁忙期。年に一度、地域に農園を開放する『タネニハ祭り』もある。
季節の移ろいを日々感じながら、花の成長を一緒によろこべる仲間を待っています。
(2020/2/3 取材 高橋佑香子)