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130年のバトンをつなぐ
おもてなしは、なくならない

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世の中には、100年以上続いている仕事があります。

それは単純に必要とされてきたからだけではなく、地域や人との関わりを丁寧に紡いできたからこそ、残り続けている。

奈良県、興福寺のすぐそばに位置する菊水楼は、創業131年目を迎える老舗料亭です。

国の登録有形文化財に指定されている建物を舞台に、食事のほか、パーティーやウェディングサービスなど、さまざまな形のおもてなしが提供されています。

今回募集するのは、ウェディング、レセプション、セールスそれぞれの担当者。「飲食」をきっかけに、人と人、人とまちの縁を紡いでいくような仕事です。

将来の幹部候補として、目線は高く、視野を広くもって、菊水楼の次の100年をつくっていくような人を求めています。

 

近鉄奈良駅を出ると、アーケードのある商店街がすぐ見える。チェーン店もあれば、地元でとれた野菜を販売しているスペースもあって、にぎやかな雰囲気。

そこからさらに10分ほど歩くと、春日大社の赤い鳥居が目に入る。その手前に「菊水楼」の暖簾を見つけた。

中には、風格のある建物が。恐る恐る、引き戸を引いて中に入る。案内されたのは、3階にある大広間。

大河ドラマに出てきそうな荘厳な和室に少し緊張していると、支配人の内藤さんがやってきた。

「今朝は6時からここへ来て、サウナに入ってたんですよ。リラックスしてミーティングができたらいいなと思って購入したテントサウナがあって。だからこんな格好なんです。建物と合ってないでしょ?」

姿だけでなく、話も軽快。テンポの良さはまさに関西の人という感じ。

ホテル運営を手掛ける会社、株式会社Plan・Do・Seeに籍を置く内藤さん。2019年から、菊水楼の4代目支配人として経営を担っている。

菊水楼の創業は、明治24年。奈良随一の迎賓館として、国内外の要人や著名人をもてなす場として栄えていたそう。

五感を使って四季を楽しむ割烹料理に、上質で心のこもった接客。「一流のおもてなしなら、菊水楼へ」と言われ、親子2代にわたって利用するお客さんも多かった。

ただ、接待文化の衰退や大阪や京都への人の流入をきっかけに、2000年代にかけて業績が厳しくなる。

直近ではコロナ禍もあり、宴会や婚礼もいつまで延期となるかわからない状況に。

経営の危機とも言えるタイミングに直面した内藤さん。そのなかで最初に取り組んだのは、メンバーとともに菊水楼の在り方について話し合うことだった。

「ピンチが重なるタイミングだからこそ、あらためて菊水楼の強みや弱み、お客さまに提供したい価値について考え直す必要があると思ったんです」

「僕たちはなにを大切にしてきたんだろうって、一つひとつ洗い出してたどり着いた結論は、『ワンランク上の特別な時間を提供することで、菊水楼に関わるすべてを豊かにする』ということでした」

関わるすべてを豊かにする。

「たとえば、菊水楼で式を挙げられたご夫婦がいたとして。結婚記念日やお子さまが生まれたタイミングでも足を運んでいただきたい。お客さまの人生の節目に寄り添う存在でありたいと思ってきたんです」

ここで、「僕らの在り方を象徴するようなサービスがあるんです」と、内藤さんが見せてくれたのが、「結(ゆい)」と呼ばれる巻物。二人がかりで広げてもまだ足りないほど長い。

「この巻物には、うちで式を挙げられたご夫婦にお出しした献立を書き残しています。見学での試食から、披露宴、結婚一周年記念、その後生まれたお子さんのお食い初め。披露宴のときには、ご両家のみなさんに手形やサインを残してもらって」

「僕たちが扱っているのは、いわば人生。人生を豊かに彩り、結ぶ存在としてお客さんとともにありたい。『結』はそれを象徴しているものですが、思いはずっと変わらずあるものなんです」

 

「結」の発案者は、菊水楼に勤めて48年という料理長の松浦さん。

事前に「松浦さんをキャラクターにしたLINEスタンプがつくられているくらい、お客さんからも、スタッフからも愛される人物なんです」と聞いていて、どんな人なんだろうと思っていた。

その言葉通り柔らかな口調で、安心して話せる雰囲気を持つ方。

「先ほどお見せした巻物は、僕にとって特別な一本で。冗談でね、ご夫婦に『お子さんが産まれたら、親御さんより先に連れておいで』って言ってたんです。そしたら本当に連れてきてくださって」

しかも、その子の名前は「結心(ゆい)」ちゃん。「結」に感激したご夫婦がつけたそう。

「つい先日は1歳の記念に遊びに来てくれたので、手形と足形を押しました。お食い初めのときと比べると、ずいぶん大きくなってるでしょ」

わぁ、本当ですね。

「これがずーっと、続いていくんです。お預かりしている巻物は、いまでは260本ほどになりました。だんだん、孫が増えているような気持ちですね。朝、巻物の棚のそばを通るときには、おはようってつい声をかけちゃいます」

菊水楼の良い時代も、そうでない時代も経験してきた松浦さん。

「お客さんと築いてきた、この店を残したいという思いが強くありました」

この店を残したい。

「なぜなら、お客さまに救われてきたからなんですよね。『こんなもん食えるか』『京都行って勉強してこい』とおっしゃる方もいましたが、そういう方って不思議とまた来てくださるんです」

「調理場の暖簾をちょっと上げて『ちょっとマシになったか?』って、ニコッと笑うんですよね。そうやって菊水楼を愛してくれる人がいたからこそ、130年の歴史があると思うんです」

菊水楼で提供しているのは、いわゆる会席料理。季節にあわせた献立に加えて、披露宴のコース料理では新郎新婦からのリクエストも取り入れている。

新郎新婦の出身地のお米や、お水の持ち込みもあるのだとか。1時間、じっくりと打ち合わせをするなかで、松浦さんから提案することもあるそう。

「結婚って、ふたつの家族がひとつになるタイミングじゃないですか。それを彩る食事を、ご家族にゆかりのあるもので演出できたら、なによりの親孝行になると思うんです」

思いを込めた、ふたりだけの献立。これまでつくった献立について話す松浦さんは、本当に楽しそう。

「まず私が一番楽しむね、っていつも新郎新婦に話していて。私が楽しむと、菊水楼のみんなも楽しめる。みんなが楽しめば、新郎新婦とゲストさんにも楽しさが伝わる。だから、すべてつながっているんですよね」

 

過去、料理を持った松浦さんが会場でこけてしまったときも、野次が飛ぶどころか、拍手が起こったのだとか。

誠心誠意、お客さんのことを思って臨む松浦さんの気持ちが伝わっているからこそ、そんなあたたかい雰囲気が生まれるんだろうな。

松浦さんの話を、隣でニコニコして聞いていたのが、セールス部門でマネジャーを務める浅村さん。

「入社後、僕も菊水楼で式を挙げたんです。打ち合わせのとき、松浦さんはいつも『自分の息子や娘が結婚式を挙げると思って、料理をつくるよ』と話すんです。いざ当事者になって、その本気さを肌で感じましたね」

そう話す浅村さんは大阪出身。これまでバーテンダー、郵便局の配達員とさまざまな仕事を経験。転職活動でたまたま知ったのが菊水楼だった。

「こんな格好いい建物があるんやって驚いて。菊水楼がなにをしている場所なのか、はっきりわからないままでしたけど、当時の支配人の人柄に惹かれたこともあって、入社することにしました」

菊水楼のセールスは、県外の旅行代理店とコミュニケーションをとるのが主な仕事。

実際に訪れるお客さんは、企業などの団体客で、懇親会や宴会、会議での利用が中心。

泊まりがけの企画も多いので、菊水楼単体での利用を勧めるというよりは、ほかの観光地もふくめて、奈良の滞在をまるごと提案することが多いのだとか。

「僕らの役割って、菊水楼のことだけを紹介するんじゃなく、奈良で生きる人たちを紹介することなんだと思っていて」

どういうことでしょう。

「奈良には昔、大きな花街があって、菊水楼とも深い関わりがあったんです。ただ、昭和初期に200人いた芸妓さんも、いっときは1人になってしまって」

「その方が『絶対に奈良の芸妓を絶やさへん』と、強い想いで活動されているのを知って。これを伝えなあかん、と思ったんです」

そこで浅村さんは芸事をメインに据えたツアーを旅行代理店に提案。「芸妓さんが絶対にハッピーにしてくれるから」と口説き、無事に実施。お客さんからも好評で、別のツアーにもつながった。

「芸妓さん、お客さんたちの帰るバスが見えなくなるまで手を振ってくれるんですよ。そんな熱意のある人たちと触れ合ったことで、奈良にはまだまだ僕の知らない魅力的な人やものが眠っているんじゃないかって感じました」

浅村さん自身、菊水楼で働くまでは、奈良にあまり興味を持てなかったそう。

「子ども時代の印象がずっと残っていたんですよね。大阪の小学校の遠足って、だいたい奈良なんですよ。子どもだからお寺に行ってもよくわからないし、鹿とたわむれるくらいしか面白みがなくて」

日々、松浦さんに菊水楼の歴史について聞いたり、休日に自転車でまちを巡ったり。仕事を通して、だんだんと奈良に興味を持つようになっていった。

「菊水楼の歴史には、ちゃんと文献に残っていない事柄も多くて。たとえば、『いでんぼう』という名前の、毎年仕込んでいるお味噌。実は一度途絶えてしまったものを松浦さんが文献から紐解いて、レシピから復活させたものなんです。松浦さんに話を聞くまで知らなくって」

「これまで菊水楼を守ってきてくれた人がいて、今がある。そのつながりを知ることで菊水楼のことを好きになっていくし、それは奈良のまちに対しても同じ。知るほどに、伝えたい、歴史をつなげていきたいと思うようになるんです」

とはいえ、京都や大阪と比較すると、奈良の知名度はまだまだ低い。

「行ってみよう」と思ってもらうまでのハードルが高く、いかにして人を呼び込むかが、セールスの腕の見せどころになる。

職種にかかわらず、新しく入る人も、まずは浅村さんのように日々の仕事のなかで菊水楼のことを知っていくのがいいと思う。

そのなかで自分が面白がれることを見つけていけば、おのずと奈良という地域の面白さにも気づくはず。

「すごく泥臭い仕事だと思うんです。『この人のためにやりたいねん』、『こうしたらみんな楽しいよね』という気持ちで動く人が、菊水楼には多い気がします。合理的じゃないとしても、目の前の人のために力を出せる。そんな人だったら、きっと合うんじゃないかな」

 

取材で聞いた、内藤さんの言葉が印象に残っています。

「お越しいただいたら『おかえりなさい』って言いたいし、出ていくときは『いってらっしゃい』と言いたい。お客さまと築いてきた関係性あっての130年なんです」

時代とともに変化しつつ、目の前にいる一人ひとりの豊かな時間を紡ぎ続ける。

人を想う気持ちも、自分の向上心も。どちらも大切にして成長できる場所だと思いました。

(2022/3/3取材 阿部夏海)

※取材時はマスクを外していただきました。

5月25日(月)、菊水楼支配人の内藤さんをゲストにお招きして、オンラインしごとバーを開催しました。



東吉野でコワーキング施設を運営する、合同会社オフィスキャンプの代表でデザイナーの坂本さんと、奥大和・山添村で空に浮かぶ宿「ume, yamazoe」を営む梅守さんとともに、奈良で暮らし働くことの魅力をお話いただいています。

あわせてぜひ、ご覧ください。

 

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