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感謝し、味わい、伝える
山と生きるということ

※日本仕事百貨での募集は終了いたしました。再度募集されたときにお知らせをご希望の方は、ページ下部よりご登録ください。

「山と生きる、山に生きる。」

取材を通して、何度もこの言葉の意味を考えました。

山形県、西村山郡西川町。

日本百名山のひとつ、月山(がっさん)の麓に佇む、山菜料理発祥の宿・出羽屋。

一歩足を踏み入れると、あらゆるところにそっと山の面影を感じる場所です。

今年で創業95年。

今は廃線となった三山鉄道の終着駅の目の前に、出羽三山詣りに行く行者さんをもてなす宿として始まった出羽屋。

今回は、山の恵みを山菜料理へと昇華させ、そして次世代へとつなぐ、調理担当とサービススタッフを募集します。

どちらも経験は問いません。

月山はこの地域の生活の源。その恵みを受け取り体感する。そして、感じたものを料理や語りなどさまざまな形にして伝えてみたい。そう思う人に届いてほしいです。

 

山形駅前から鶴岡・庄内行きのバスに乗る。

窓からはいくつものビニールハウスが見えて、その奥に雪が積もったひときわ高い山が見える。

あれが月山。

広大な自然に癒されながら、30分ほどで最寄りのバス停に到着した。ここから宿へは送迎車で5分ほど。

静かな通りを進んでいくと見える、門構えに特徴のある建物が出羽屋だ。

中へ入ると左手に囲炉裏があって、右手には山形のお土産が並んでいる。

田舎のおばあちゃん家に来たような懐かしさと安心感になんだかほっとする。

フロントで迎えてくれたのは、若女将の佐藤悠美さん。

夫である4代目、佐藤治樹さんのそばで出羽屋を支えてきて8年目。以前は、広告代理店の経営をしていた。

出羽屋が山菜料理発祥の宿と呼ばれるようになったのは、祖父である2代目の佐藤邦治さんのとき。

邦治さんは日本中を食べ歩き、普段から食べている“山のもの”に一番価値があることに気づく。

そこから、世代を超えて山菜料理の文化を築いてきた出羽屋。

4代目の治樹さんに代替わりしてからは、「山と生きる、山に生きる。」を在るべき姿に掲げ、新しい取り組みもはじめている。

そのひとつが、「シェフズテーブル」。

一日一組限定で、お客さんの目の前で料理をつくり、会話を楽しむというもの。

食材の香りや調理する姿はもちろんのこと、醍醐味は治樹さんの語り。

たとえば、ツキノワグマのジビエ料理を出すとき。

秋に獲れる冬眠前と春の冬眠明けで、味や食感が違うことや、ブナの花の咲き具合でクマがどれくらい獲れるのか予測する、「ブナ会議」と呼ばれるものが開かれることを話す。

お客さんは、目の前の素材がどのような道を辿ってきたのかを想像しながら、命をいただく。

「わたしたちが山菜料理を出し続けられるのは、山に生かされているから。山の循環に合わせて営んでいるということを、お客さまにも味わっていただきたいです」

「シェフズテーブルの料理の量は、お腹の8分目ぐらいまで。残りの余白は、空間や音楽、それから語りによって満たしているというか。体験してくれた方は、自分の知らない世界の話に感動してくださって、その場で次の予約をされるお客さまも多くいらっしゃいます」

ほかにも自社農園で子どもたち向けに野菜の収穫祭を開催したり、山の魅力を紹介する「出羽屋通信」の発行をしたりするなど、料理だけにとどまらない多様な取り組みをしている。

「不易流行って言葉がありますよね。時代に合わせて自分たちも変わっていくことは大事だと思いますけれど、ずっと根底にあるのは、山と生きるということ」

「山が元気でなければ、わたしたちも続けていくことはできない。ただ美味しい料理をつくってお出しするだけでなく、本当の山の営みを伝える場所であり続けたいと思っています」

料理だけにとどまらず、ほかにもいろいろ取り組んでいるのは、山との関係を守っていくため。今後も出羽屋が地域のハブとなって、まちの魅力を発信したり、地域で活躍している人と訪れる人をつなげたりしていきたい。

悠美さんが、山と生きていると感じるときはどんなときですか?

「そうですね…。やはり山に入っているときでしょうか。日によって、天候も気温もちがう。空気感もまったくちがうし、採れるものもちがう。山に行けば必ずなにかが採れるわけではなく、もちろん採れないときもあります。なので、どんなものであれ、山で見つけたときは、本当に感謝の気持ちでいっぱいです」

「冬は特に祈りが強くなります。冬はジビエなどの生き物が中心となりますが、生きているものが人間の生のために亡くなる姿を見ると、ゾッとします。包丁をいれるまえには必ず手を合わせ、祈り、感謝をします」

話を聞いていると自然と目の前に動物がいる風景が思い浮かび、鳥肌が立つ。

実際に体感したからこそ話せる語りに、グッと引き込まれる。

山と生きるというのは、大雨や厳しい寒さ、いのちの尊さなど、山で起きることから目を背けないこと。人の力では制御できないものと向き合うということなのかもしれない。

その実感が料理やおもてなしに現れているのだろうな。

 

次は、調理場の中心的存在の明希菜さんに話を聞く。

一日一組限定のシェフズテーブルに治樹さんが立ち、宿に泊まる方にお出しするコース料理の調理は明希菜さんが担っている。

「春にはいろんな山菜が採れるんですけど、そのなかでもいいものは冬のために取って置くんです」

山と生きるというのは、冬を起点にして生きること。

出羽屋がある西川町は、冬になると気温がマイナスを超え、一日中雪が降り止まない日もある。

厳しい冬を越えるためにも、一年かけて仕込みと備えをする。

ゼンマイを干したり、ウドを塩漬けにしたり。春にたくさん採れた山菜は、出羽屋で働くみんなで仕込んでいく。

「山菜は採れたてが一番美味しい。なので、下処理は採れたその日に全部します。それから冬に向けて加工するので、冬に食べる山菜もおいしいんです」

できるだけ旬を感じてもらおうと、自社の農園では、トマトやきゅうりなど30〜40種類ぐらいの野菜を育てているのだとか。

今では田んぼ8枚分にもなった農園。瑞々しい食材を収穫するほかに、この土地で育つ子どもたちにもここで生きる心地よさと、山の恵みを土に触れながら伝えていきたいと思っているそう。

調理場の仕事は朝の仕入れから朝食の準備、お昼のコース料理の調理やそば処、夕食の準備をすること。

今回来てくれる人は、調理場で過ごす時間が多いけれど、食材と向き合う時間以外に畑や山に行って山菜の名人や子どもたちと一緒に収穫することもある。

ときには汗をたっぷりかいて、山の営みから学んだ知恵を聞いたり体感したり。それを次の世代へ伝えていく。

調理だけではない、ほかの過程も楽しんで、山のものを活かしたここだけの山菜料理をつくりたい。そう思う人がいいのかもしれない。

「これは『やたら漬け』といって」、と持ってきてくれた明希菜さん。

「70歳を過ぎた出羽屋のスタッフが、お正月にこの漬けものを持ってきてくれて。すごく美味しかったので、レシピを教えてほしいっていったんです」

「でも、漬けものにすさまじいプライドを持っている人で、簡単には教えてくれなくて。『片手間でやるもんじゃない、1年間、私について来られるんだったらいいよ』って言われて」

野菜の収穫から漬けものの仕込みまで、手伝いながらメモをして、必死についてまわったそう。

「大変でした(笑)。やってみるとたしかに、ただ教えてくださいっていうのは失礼だったなと思いましたね」

昔から受け継がれてきたレシピを、これからもつないでいきたい。その想いで、書き残してきたノートには、お客さまからの感想のメッセージが。

「お客さまに合わせて、同じ料理でも年配の方だったら柔らかい部分を使ったり、味付けをほんの少し調整したり。食材も、見た目ではわからないし、味もすごく変わるわけではないんですけどね。ちょっとした気づかいが喜ばれることも多々あります」

「『来てくださってありがとうございます』っていう気持ちと、いただいたいのちを触らせてもらっている感謝があるので、その想いを一皿に乗せてお出ししています。こうやって『おいしい』と言ってもらえると、本当にうれしいです」

穏やかな口調でまっすぐこちらを見て話す姿は、心に響いてくる。

その話を聞きながら食べたやたら漬け。

自然と箸のスピードが落ちて、ゆっくりゆっくり噛み締めるとうっすらとした塩味と野菜の甘さ、そして心がじんわりと温かくなる。

「基本的に、調理場にいるのでお客さまと直接関わることはあまりないんです。サービススタッフが、お客さまの声をこちらまで届けてくれるから、できることだと思います」

 

最後に話を聞いたのは、サービススタッフの佐藤舞生(まお)さん。今年の5月に出羽屋にやって来た。

サービススタッフの主な仕事は、チェックアウトが済んだ部屋の掃除と、お昼はコース料理の提供。その後に少し休憩をとり、チェックインがはじまる前にお客さまを迎える準備を整える。夜は食事出しと片付けだ。

お客さまがいらっしゃる時間までには、掃除や調理の準備など、たくさんの業務がある。

足を運んでくれる方にゆっくり過ごしてもらうために、一分一秒も無駄にできない。体力も神経も使う仕事。

出羽屋で取り扱う山菜は年間で100種類ほど。毎年採れるものもあれば、たまにしか採れないものもある。

どんな山菜も収穫して調理する前には、必ず見て、触って、味見をすることで覚えていく。

「ミズとアイコっていう山菜は、おひたしにすると、色も形もよく似ているんです」

左がアイコ。小さなトゲトゲがあり、噛むとほんのり甘みがある。一方、右のミズはしゃきしゃきとしていて土っぽい味がする。

「このおひたしをお出ししたとき、去り際にお客さま同士が『似ているね』って話していたのが聞こえて。調理する前の実物をお持ちして、見た目や味の違いを説明しました」

「最近は、お客さまに料理の説明すること以外にも、『どこから来たんですか』とか『午前中は何をして来たんですか』とか会話も楽しめるようになって。調理場にお客さまのことを伝えることもできるようになってきました」

好きな食べ物や何かの記念日、何気ない会話を調理場に伝えることで、「じゃあ今日は、ちょっと変えてみよう」とレシピをアレンジすることもあるのだとか。

そのきめ細やかな気配りが加わることで、お腹だけでなく心も満たされていく。

ほんのひとときのその体験は、記憶として残り続ける。実際に「幼いころに出羽屋に来たことが忘れられなくて」と数十年後にまた訪れる人も。

「わたし自身が、出羽屋の一番のお客さまであり一番のファン。そして4代目・佐藤治樹という料理人のファンであり続けたいと思っています」

悠美さんは、そう話します。

出羽屋で働くみなさんからも、「ここまでわざわざ来てくれる人のために」、「未来の子どもたちのために」と、誰かのためを思うやさしさを感じました。

 

「山と生きる、山に生きる。」

山と生きるということは、山の恵みをいただき山を活かすということ。

山に生きるということは、命の尊さや冬の寒さ、厳しさも受け入れるということ。

それを、自分の手で形にして、誰かに届ける想いがある人なら、月山があたたかく迎えてくれると思います。

(2023/06/19 取材 大津恵理子)

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