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挑戦に伴走する人
大きな未来も
まずやってみる

※日本仕事百貨での募集は終了いたしました。再度募集されたときにお知らせをご希望の方は、ページ下部よりご登録ください。

AMAホールディングス株式会社は、島根県の離島にある海士町でまちづくりを担う第三セクターです。

役場と民間、島内と島外、地方と都市などの境界を超えて連携しながら、島の未来を見据え、この島で挑戦する人を増やすために活動しています。

今後も挑戦を増やし続けるために取り組もうとしているのが、企業が海士町をあらたな事業の種をみつける場として活用し、ともにプロジェクトを進めていくこと。

企業版ふるさと納税の仕組みを通して、海士町にあたらしい事業、そして将来の循環を生み出していくことになります。

募集するのは、プロジェクトマネージャーとしてこの事業を推進していく人。

近い経験があるにこしたことはありませんが、なにより大切なのは、はじめてやること、大きな挑戦にひるまず1歩を踏み出していけること。

都会の人とも島の人とも、一緒に汗をかきながら進んでいける人を探しています。



東京からは米子空港まで1時間半。

電車やバスに乗り換えて、3時間フェリーに揺られて、ようやく海士町に到着する。

離島、と聞いて想像するよりも立派な港は、船を降りる人、出迎えの人、これから島を出る人でにぎわっている。

AMAホールディングスのオフィスは、港から歩いて5分のところにある観光の拠点、Entôのなか。

ロビーで海を眺めながら話を聞いたのは、この春からAMAホールディングスの代表になった大野さん。

「島を出るのっていつなんだっけ?週末、地区の運動会あるから見てったら?綱引き、みんな本気でびっくりすると思うよ」

気さくな印象の大野さん。

東京で大学の職員として働いたあと、教育の事業をはじめようと独立した。

知り合いを訪ねてふらりと来た海士町で、一緒に働かないかと声をかけられ、そのまま移住することになったのが9年前。

持続可能な教育と地域づくりに取り組む、隠岐島前教育魅力化プロジェクトのスタッフを経てリーダーに。

今は高校の学校経営補佐官、AMAホールディングスの代表、海士町役場の課長など、さまざまな立場からまちの未来について考えている。

「ずっと教育をやってきたところから、はみ出すようになったは5年前くらいかな。今Entôの代表をしているアオさんと2人で話したとき、まちのなかでもっと横の連携が必要だってことになって」

海士町では、高齢化や人口減少、財政難など、日本各地で課題となっていることに早くから向き合ってきた。

教育や観光、産業など地域の資源を活かし、行政と民間が協力しながらいろいろなプロジェクトが立ち上がり、今もぐいぐいと進められている。

さらなる攻めのまちづくりをしていくにはどうしたらいいのか。

そこで2018年に立ち上がったのが、AMAホールディングス株式会社。

「町の困りごととAMAホールディングスの売上を立てられることの組み合わせを考えるなかで、出てきたのがふるさと納税で。当時は3000万だった寄付額を、ぜんぜんわからないけど1億にする!っていう目標を立てたんだよね」

ふるさと納税の寄付額が増えれば、まちが使える資金が増えていく。

当時は80ほどしかなかった品目を500まで増やしたり、都会でイベントを開催したり、フェリーターミナルでチラシを配ったり。

できることをとにかく試した結果、寄付額は2億4000万に。2018年から600%もの増額に成功した。

そこで得た資金の一部は「海士町未来共創基金」という仕組みを通じて、島であらたな事業に挑戦したい人に対して投資される。

AMAホールディングスでは、事業計画をつくるところから投資を獲得し、動き出すところまでのサポートを担当。これまでにあらたな観光の仕組みをつくる事業や、島で牛乳を生産する事業などが立ち上がり、まちのなかであらたな仕事が生まれている。

「自然環境をこのまま活かして、今あるものは未来に受け継ぎたい。その上で、もっと若い人がこの島に住み続けたい、おもしろそうだって期待感を持ってもらえるまちになるにはどうしたらいいだろうってことを考えていて」

みんな挑戦しないと!という、ガツガツした話ではなくて。

出る杭が打たれない、最初の1歩を踏み出そうとする人に対して応援が寄せられるまちでありたい。

「ずっと主婦だった人が、カフェをやってみたいって思ったときに、私なんて…っていうんじゃなくて。こうしたらできるんじゃないですか?ってサポートできる組織になっていくっていうのが、僕らの目指すところだと思っていて」

「歩いていても、声をかけられるわけよ。こんなことやってみたいんだけどとか、共創基金って使えるのかな?って。小さな島だけど、なにかやりたいとか、まちのためになることをしたい、自分の夢を叶えたいって思っている人は意外といる。そういうのって、うれしいよね」

挑戦の資金源であるふるさと納税は、年々市場規模も広がってきている。

さらに加速したいところだけれど、小さな島で、限られた産業で用意できる返礼品には限りもある。

個人向けの寄付額が頭打ちになりつつあるなかで、今後力を入れていきたいのが、企業版ふるさと納税。

国が認めた自治体や地方公共団体が取り組む地方創生事業に対して企業が寄付を行うと、税額が控除される税制優遇制度で、寄付額は年々伸びている。

海士町では用意したものに対して寄付を募るだけでなく、その寄付金を活用して、ともにプロジェクトに取り組んでいく企業を探していこうと考えている。

「『ないものはない』を掲げてきた町だけど、あるものに目を向ければこれだけ豊かな海があって。これはまだ仮定だけど、海のサムライと書く町から海のグッドニュースを企業と共創する、みたいなことを柱にできないかと考えていて」

「共感してくれた企業が、実証実験地、プロジェクトの種をつくる場所として海士町を活用する。ブルーカーボンのことだったり、水中ドローンだったり。新産業を呼び込んでくることができないかって」

島であらたな事業が生まれるきっかけをつくることができるかもしれない。

環境が整ってくれば、さらにあらたな企業や仲間が集まってくるかもしれない。

関わる人が増え、海士町に入る税収が増えることで、さらに挑戦したい人に投資し続ける仕組みができるかもしれない。

壮大かもしれないけれど、未来に向けて、いい循環が生まれるイメージができている。

あたらしく仲間になる人には、企業が海士町に対してふるさと納税をしやすくなる仕組みを整えたり、興味を持ってくれた企業にアプローチしてほしい。

さらに事業が動き出したら、プロジェクトマネージャーとして事業に伴走してもらいたい。

「企業が実現したいことと島のニーズ、つまり都会のロジックを理解しながら、田舎にうまく結びつけていく事業構想力。もうひとつはコミュニケーション能力を期待しています。いろいろな人とすったもんだするだろうから、投げ出さない胆力みたいなものもあるといいんだけど」

大野さん自身が島に来たとき、最初はこれまでの自分のやり方と島でのものごとの進み方の違いに戸惑いがあったそう。

「スピードが自分の存在価値だと思っていたところがあったけど、ここに来たら、スローダウンしろって言われて。結果よりプロセスを重視する場所だから。電話1本で済む話でも、わざわざ会いに行くほうが話がうまく進むとかさ」

「スキルがあるに越したことはないけど。それよりも、高い山に登るぞ!って言われてひるまない人がいいね。僕らだってはじめてやることだから、得意なことを持ち寄って、一緒に進んでいけたらいいんじゃないかって思うんだよ」

 

横で話を聞いているのが、個人向けのふるさと納税を担当している堀之内さん。

一緒に働きはじめて2年が経つ今でも「本当にできるのかな?と、戸惑うことがある」と笑いながら話してくれる。

「埼玉の大学を卒業して、地元の三重に戻ってスーパーでアルバイトをしていました。おもしろいことないかなって友だちに聞いてみたら、紹介してくれたのが海士町の大人の島留学だったんです。離島で暮らすって、なんかおもしろいなってくらいの感覚で参加することにしました」

大人の島留学は、1年間、海士町で働いてみることができる仕組み。

どこで働くかは島に来て、さまざまな事業所で話を聞いて決めていく。

堀之内さんが最初に話を聞いたのが、ふるさと納税を担当している役場の課長だった。

「おもしろそうですね、って言ったら、じゃあ決まりだね!って言われて。とりあえず1年だし、まあいっかって。最初はなにをどうしたらいいのかわからなくて。目の前のことをただただやっていくっていう感じで」

ふるさと納税の商品を登録したり、寄付してくれた人への発送準備をしたり。

事務的な仕事を中心に、自分ができることに取り組んでいった。

「その後のことはなにも決めていなくて。役場の課長と先のことを相談していたとき、『ひとつのことを続けてみるのもいいんじゃない?』って言ってもらって、たしかにって。これまであんまり、これをやりきったってことがなかったんです」

やりたいことがなにかと聞かれると、はっきりとはわからない。

けれど、ここでなら続けてみてもいいかな、という気がした。

さらに1年が経ち、今年の春からは、ふるさと納税のメイン担当として、返礼品の開発やマーケティングなど、幅広い仕事を任されるように。

チームのメンバーに相談しつつも、基本的には自分で考え、決めながら仕事を進めている。

東京で海士町のPRイベントをするときには、まさか自分が企画することになるなんて、思ってもみなかったそう。

「不安でいっぱいでした。声をかけてもらって、やるしかないよな、やりたいなって。ここで仕事をしていくとどうなるのか、自分の想像を超えた自分になっていくことが楽しみなんだと思います」

「周りには、ガンガンやるぞ!ゴリゴリ進めるぞ!みたいな人が多いんです。1億やるぞ、じゃあ次は2億だ!って。言うだけじゃなくて、ちゃんとそこに向かって、やるって決めたらやるんですよね。とりあえずやってみるって大事なのかなって、ここにいて思うようになりました」

この記事を書いているちょうどその日に、少し前に寄付していたふるさと納税の返礼品が海士町から届きました。

ていねいに梱包されて運ばれてきたのは、島の農家さんが育てた野菜とたまご。

あの人は元気にしてるかな。 あのとき準備していると話していたイベントは成功したかな。

料理した野菜をいただきながら思い出していたのは、大野さんの言葉です。

「まちの未来をつくるって、なんだか大きなことで責任を感じるかもしれない。縁もゆかりもないところのために働けるだろうかって思うかもしれない。でも、俺も堀之内も、たまたま出会っちゃったって感じなんだよね。たまたま出会った人たちと生きたいと思った。それだけのことなんじゃないかな」

(2023/9/1 取材 中嶋希実)

今回の取材では、島前地域で暮らし、働く人たち19人に話を聞きました。さまざまな挑戦が生まれていく風土が育まれてきた話を、コラムで紹介しています。

12月8日には島前地域の人たちと一緒に、東京・清澄白河のリトルトーキョーでしごとバーを開催します。堀之内さんも会場で参加予定です。記事を読んで、もっと話を聞いてみたくなった方も、ただただ飲みながらお話ししたい方も。配信もあるので、よければ覗いてみてください。

しごとバー「やりたい!に素直な人たち 挑戦と生きる島で

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