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健康に日々を暮らせている人はもちろん、障がいがある人も、どこか生きづらさを感じている人も。
だれもが暮らしやすい世の中にするにはどうすればいいのだろう。
SDGsの17の目標の一つにも掲げられている「ディーセント・ワークの実現」。ディーセント・ワークとは、「働きがいのある人間らしい仕事」と訳されています。
ディーセント・ワークとはどんな状態のことを指すのか。そしてディーセント・ワークを社会に広めていくにはどうすればいいか。考え続けてきた人たちがいます。
NPO法人ディーセントワーク・ラボは、障がい者の労働環境を向上させたいという思いからスタートした団体。
就労継続支援A型・B型事業所の支援、各企業で働く障がい者のサポートなど、さまざまな事業を通して障がい者の「働くこと」を支援しています。
目指しているのは、障がいのあるなしに関わらず、誰もがディーセント・ワークを実現できる社会をつくること。いろいろな人や仕組み、組織を変化させる「チェンジ・エージェント」として、コツコツと取り組んでいます。
自分の力を活かして、社会をより良くしていきたい。そう思う人に、おすすめしたい仕事です。
ディーセントワーク・ラボのオフィスがあるのは、東京・大岡山。
東京工業大学の近くにあるマンションの一室がオフィスとして使われている。
エレベーターで4階に上がり中に入ると、机を並べて作業している人たちの姿が。3年前より、机も人も増えているように感じる。
奥の打ち合わせスペースで待っていると、代表の中尾さんが来てくれた。
「ご無沙汰しています。おかげさまでこの数年で人数も増えて。組織としても大きくなっているし、事業の幅も広がっているところなんです」
ディーセントワーク・ラボが立ち上がったのは、中尾さんが障がい者が働く福祉事業所(B型)の工賃を上げる活動をしていたことがきっかけ。
活動を始めた15年ほど前、10時から16時くらいまで働いても、平均工賃が月額1万2千円ほど。もっと少ないところもあったという。
工賃を上げることで、障がい者の自立や社会参加につながるのではないか。そんな思いから、中尾さんはさまざまなことに取り組んできた。
たとえば、お菓子を製造販売している事業所とパティシエをつないで、お菓子のクオリティを上げて販売価格を高くしたり、新しい販路をつくって納品先を増やしたり。
きちんと利益を上げることで、少しずつではあるけれど、事業所で働く人たちの工賃を上げていった。
また、障がい者の法定雇用率が段階的に上げられることが決まったことで、企業から障がい者を受け入れるためのノウハウや知識を求められることが多くなり、そのサポート事業も一つの柱に。
加えて、企業で働き始めた障がい者のメンター的な役割として関わるなど、社会の需要に合わせて事業も増えていった。
たとえば、障がいのあるなしに関わらずいろんな人がつながり、一人ひとりのちがうところやおなじところを見つけて楽しむイベント「トントゥフェスティバル」を開催。
さらに2014年より始動した、障がいのある方が働く福祉事業所と、デザインのプロであるデザイナーのコラボにより付加価値を生み出す小物ブランド「equalto(イクォルト)」も新商品を展開中。
沖縄のA型事業所と協働し、何年もかけて研究を重ねた結果、日本で初めて高品質なバニラの栽培を実現させるなど。幅広い事業を展開している。
「2年ほど前までは、スタッフ一人ひとりが責任を持って一つの事業を最初から最後まで担当する形をとっていたんですが、だんだんとその負荷が大きくなってきて」
「一人で担当する利点もあるんです。ただ今後のことを考えると、仕組みを変えていく必要があるなと」
そこで2年前から新しい仕組みを実験的に取り入れてきた。
目指すのは、ディーセントワーク・ラボらしさを打ち出しながら、社会を変える事業を創り出す推進力となれるような集団。
2023年4月からは、ビジョン共有型の目標達成制度を導入。ビジョン実現に向けて、一人ひとりが目標を設定し、半期に一度中尾さんとの面談を行っている。
そして最近動き出しているのが、新たな事業。それが、企業就労をサポートする、というもの。
どういった事業なんでしょう?
「いま障がい者雇用の法定雇用率がどんどん上がっていて。雇用数を増やすことはそうなんですが、同時に働くだけではなくて、働く人のキャリアアップや働きがい、仲間との協働とか。法定雇用率に追われるんじゃなく、『雇用の質』をちゃんとしていかなきゃいけないよねって言われている状況があるんです」
「そのためには、入社してからのサポートだけじゃなく、入社前のサポートが必要なんじゃないかと。つまり、入社前の研修とかインターンみたいな『学び』で解決できる部分もあるんじゃないかと最近思うんです」
働く前の学習を質の高いものにし、また企業と協働して「働きながら学ぶ」ことによって、障がい者の仕事への向き合い方や、できることの幅が変わってくる。
そして「仕事」を通して他者や社会に関わりたいという気持ちを持つようになれば、社会貢献への意識の高まりや、自分自身の働きがいを見つけることにもつながるかもしれない。
こうしたいい循環を生み出すための質の良いトレーニングやインターンシップを、企業の人たちとつくりながら、障がい者雇用がうまくいくようコンサルティングする。これが新事業の主な内容だ。
具体的には、自分と相手を知ることで組織と自分のやりたいことをすり合わせ、一体感をもてるようなプログラムが主になっているそう。
個人プログラムやグループワークを通して、自分のことも考えながら人が考えたことも聞き、「こんなに違うんだ」「似てるところあるな」ということを感じ、自己理解を深めていく。
他者に自分のことをしっかり聴いてもらったり、自己理解が高まることで、他人のことを考える余裕が出てくる。これらを繰り返すうちに、職場という環境のなかで自分の居場所を見つけられるようになる。こういったプロセスを設計しているところだ。
すでに数社のクライアントで動いているところはあるものの、まだ詳細は明かすことができないとのこと。今回は、この新事業に加わってくれる人を募集したい。
「障がい者支援の経験があるかないかっていうのは、そこまで重視しなくても良いかなと思っていて。たとえば、一緒に障がい者の方と一緒に働いたことがあるとか、その分野に関心があるとかが大事なのかなと。スタートアップの事業に関わったことがある方も大歓迎です」
「就労移行支援や定着支援の経験も歓迎ですね。企業と関わっていた人なら、経験を活かせると思います」
さまざまな事業が動いているディーセントワーク・ラボ。なかではどんな人たちが働いているのだろう。
今まさにディーセントワーク・ラボらしさを学んでいるのが三浦さん。入社して2年半ほどになる方。
「小学校5年生のときに、たまたま盲導犬協会さんが授業に来てくれたときがあって。それで盲導犬の訓練士になりたいなと思ったんですよね」
「そこから福祉分野に興味が出てきて、就職も福祉関係のところに入りました」
最初に働いたのは、就労継続支援B型事業所。障がい者が雇用契約を結ばない形で仕事をする場で、三浦さんはそこで支援員として一緒に焼き菓子やプリンをつくっていた。
「やりがいはあったんですが、利用者のことをずっと第一に考えているので、自分の生活のことをあまり考えられなくなってしまって。このまま続けていくのは難しいと思って、一度福祉から離れて接客業を始めました」
「ただ、それも働いているうちにときめきがない、っていうか… そんなふうに感じて」
ときめき?
「やりがいというか、ドキドキする感じというか。福祉の現場の仕事って、利用者さんと日常を共にするので家族よりも一緒に長い時間を過ごすことになる。ときには疲れちゃうこともあるんですが、その人の微妙な変化や成長をそばで感じることができるのはうれしくて」
ディーセントワーク・ラボは、以前の日本仕事百貨の記事で知ったそう。福祉との新たな関わり方に興味を持ち、応募した。
実際に働いてみてどうでしたか。
「わりと早い段階で、事業をごそっと任せてもらえますね。中尾さんとかにリードしてもらうんですが、かなりの裁量を任せてもらうので、責任感もあるし、事業を自分で動かしていく実行力も必要だなと。それは厳しさだと感じた部分でもあります」
事業所や企業を訪れることもあるし、行政の事業などは提出用資料が必要になるため、デスクワークもある。
三浦さんはほかにも、equaltoなどの事業にも関わっている。想像以上にマルチタスクが求められそうだ。
「新しいことに常にチャレンジする会社なので、そこに楽しさとかやりがいを感じられる人だったら、ここで働くのは楽しいと思いますね」
「一方で、新しいものを生み出す作業って、正解もわからない曖昧な空間を模索して歩くつらい作業でもあるので…。この先にわたしたちが目指している世界があるって信じて、一緒に前へ進める人だといいな」
最後に話を聞いたのは、企業で働く障がい者の支援を主に担当している小林さん。
小林さんには以前取材をしていて、そのときよりもハキハキと自信を持って話してくれるようになった印象。
この3年間で雰囲気もいい意味で変わりましたね。
「ありがとうございます(笑)。この数年で企業側も障がい者雇用に力を入れているところが多くなってきました」
クライアントのオフィスに出向したり、障がいのある社員やマネジャーさんとオンラインで直接コミュニケーションをとって支援をしたり。
意欲がある企業が出てきた一方で、現場の状況をわかってもらえないまま進んでしまうこともあり、就労してからミスマッチやギャップが生まれてしまうことも。
「障がいのある人に、こういう仕事をしてもらいたいという企業側の要望があるとして。障がいのある人も得意不得意が異なるため、企業側の要望通りに仕事をすることが難しい場合もあるんです」
その人は何をするのが得意で、何が困難なのか。必要な配慮は何か。それを把握して、ミスマッチを減らしていくという意味でも、今回はじまる新事業は大きな意味を持つことになる。
「基本みんな、大変なこともあるけどワクワクしながら仕事をしていると思うんですよね。自分の仕事が、もしかしたら障がいのある方の環境や企業、そして社会を変える可能性がある」
「そう考えるとワクワクするし、わたしががんばれたのは、ここにいたら社会を変えられるんじゃないかって日々感じられるからなんです」
最後に、小林さんにどんな人に入ってほしいか聞いてみる。
「そうですね… 100%じゃなくてもいいけど、わたしたちの事業に共感してくれているのが第一かなって思います。あとはお互いのことをリスペクトできる人だったら、より良い組織になるんじゃないかな」
「福祉×〇〇」というコラボレーションで社会を変えていく。
決して夢物語ではなく、地道に着実に。自分たちができることを増やしながら、少しずつでも影響力を高める。
社会をより良いものにしたい。福祉の分野から、その一歩を踏み出すことができる仕事です。
(2023/12/19 取材、2024/10/08 更新 稲本琢仙)