冬、真っ白な雪に覆われ、春になると山菜が芽吹く。
山は新緑に包まれはじめ、次第に色鮮やかな夏野菜の時期を迎える。
秋の祭りに精を出し、山が暖かな色に変わりゆくころには、また冬の足音が聞こえはじめる。
季節の移ろいを受け取って、それに応えるように営み、訪れる人たちを「おかえりなさい」と迎える人たちがいます。
ハウス サンアントン ホテル&ジャムファクトリーは長野県・野沢温泉村にあるホテル。
スキーのレンタル事業、ジャムやジュースなどをつくる工房、カフェ、ショップの運営などを手がける有限会社福田屋商店が経営しています。
全15室あるヨーロッパのコテージのようなホテルには、国内外からさまざまな人が訪れます。
ハウスサンアントンでは今、リブランディングに取り組むなど、代表の代替わりを機に、より洗練された事業づくりに取り組んでいる。
今回募集するのは、ホテルのフロントに立ちながら、これから進んでいく新しいプロジェクトの中心を担うスタッフ。
目標を立て、達成する一連の過程を経験したことがある人だと良さそうです。ホテルでの業務経験は問いません。
誰かを喜ばせることに幸せを感じる、みんなで何かを成し遂げるのが楽しい。
そんな人に届いてほしいです。
東京から北陸新幹線で2時間。到着した飯山駅では雪が舞っていた。
ここから野沢温泉行きのバスに乗り30分。大型バスは、海外からの旅行客でほぼ満席。いろんな言語で楽しそうに話す声を聞いていると、どこか異国にいるよう。
野沢温泉村は、ブナが茂る山に囲まれた長野県北部の小さな村。外湯と呼ばれる13の共同浴場がある温泉街とスキー場を目当てに、冬には約3,400人の村に約40万人もの人が訪れるそう。
バス停から3分ほど歩く。風情のある温泉街のなかにホテル&ジャム ハウスサンアントンを見つけた。
今日はカフェとショップはお休み。普段は自家製のジャムやドリンク、ジェラートを販売していて、お店の前に置いた蒸し器でつくる「おやき」を食べる人も多いそう。
中に入ると、冬季の繁忙期にむけた準備の真っ最中。繁忙期の間だけ泊まり込みで働くスタッフもいて、いそがしそうな雰囲気。
「慌しくてすみません。今日はよろしくお願いします」と迎えてくれたのが、シェフ兼常務取締役の片桐健策さん。
スタッフのみなさんからは親しみを込めて「けんけん」と呼ばれている。
福田屋商店の創業は100年前。呉服屋からはじまり、時代に合わせお土産物屋に。そこから宿泊、食品加工、スキーのレンタルと事業を広げていった。
「ハウスサンアントンができたのは、1981年。祖父から両親が事業を引き継いだときで。父は全日本アルペンスキーの監督をしていたため留守が多く、母が守ってきました」
ヨーロッパをはじめ、さまざまな国や地域とスキーを通した交流が盛んだった野沢温泉。「インバウンド」という言葉が使われるずっと前から、海外の観光客が多く訪れていた。
「僕が小さいころから、ここにはいろんなバックグラウンドのお客さんとスタッフが来ていました。それはもう『人種のるつぼ』って感じ(笑)。それがすごく楽しくて、小学生のときからこの場所を継ごうって決めていました」
両親の背中を見て育った片桐さんは、同時にスキーにも熱中。アルペンスキー全日本選手権で優勝、オーストリアでホテルの学校に通いながらプロスキーヤーとして活動した経歴を持つ。
「選手時代、味噌とか醤油、みりんといった発酵食品を日本から持っていって、自分で料理していました。食事は自分の体や心の状態を整えるためにとっても重要なんです」
「食べたもので身体が変わることをアスリートとして実感して。24歳で引退した後、料理の道に進みました」
大阪でフランス料理を学び、27歳で帰郷。最初はキッチンを任され、徐々に経営にも関わり、今年には両親から経営を引き継ぐ予定だ。
今は外部の人とともに、ビジョンやミッションを決めたり、働きやすい環境づくりを進めたりなど。ホテルのリブランディングに取り組んでいる。
「『野沢温泉の明日を食でつむぐ』は、これからやっていきたいことに近い言葉で。まだブラッシュアップ中ですが、食にフォーカスすることは変わりません」
「この土地の食材を使い、食べた人が元気になるものをつくる。温泉に入ったり、スキーをしたり、ホテルで休んだり、ごはんを食べたりすることで、お客さまに元気に帰ってほしいんです」
ホテルでの食事も、ジャムなど加工品も、余計な添加物は入れずなるべく手づくりで。地域の食文化に根ざしたものをつくっている。
「うちに来たらぜひ味わってほしいのが、ディナーで提供している『循環のサラダ』です」
「ここから歩いてすぐのところに麻釜(おがま)っていう共同源泉があります。100度近い源泉が湧き出ていて、この地域の人はそこで野菜とかを洗ったり茹でたりするんです」
最大限に味わいが引き出されるタイミングをはかり、野菜を一つひとつ茹でる。10種類以上の野菜に、塩とオリーブオイル。最小限の味付けで仕上げた1皿。
野菜本来の旨味、甘みが引き立ち、ほのかに温泉の香りもする。
「温泉は、山に降った雨や雪が50年かけて磨かれ、地中から出てきたものです。水の循環があって野菜が育ち、温泉も湧いている。すごくシンプルだけど、野沢温泉でしかできない料理なんですよ」
「温泉を調理に使うとか、野沢菜漬けなどの発酵食品をつくるとか。この自然環境のなかで生きていくための知恵が当たり前に継承されている。そんな宝物を受け継ぎながら、その価値や意味を伝えていきたい」
一方で、12月下旬から3月まではホテルの稼働がほぼ100%の日が続くため、リブランディングなどのプロジェクトはどうしても止まってしまう。
「僕たちはホテルに関してはプロですが、プロジェクトマネジメントに関しては試行錯誤をしているところで」
「いつまでに、何を整理して手を動かせばいいのか。どうすればお客さまに、働く人に、そして野沢温泉にとっていいのかってことを一緒に考えてくれる人が来てくれるとうれしいですね。そうだな、まいちゃんはどう思う?」
そう話をふられたのは、片桐さんの妻のまいさん。
フロント業務を担当し、健策さんとこの場所を支える頼れる存在。
以前は大きなホテルでコンシェルジュ、エグゼクティブラウンジなど10年勤めてきた。
「スタッフとお客さまとのつながりとか、あたたかい家族みたいな雰囲気とか。そういうハウスサンアントンの良さに共感して、大事に思ってくれる人が来てくれるといいなって思います」
「けんけんのお母さんの時代から、お客さまと程よく近い接客、家族や大事な人に接するような心配りを大切にしていて。肩の力を抜いてゆったり過ごせるような接客、サービスを心がけています」
リピーターも多く、「ただいま」「おかえりなさい」と、お客さんとスタッフの間で交わされる場面も多い。「ハウスサンアントンに帰ってくる」と表現するお客さんもいるそう。
「以前、海外からはじめて日本に来られるお客さまが、サプライズプロポーズをしたいと相談してくださったことがあったんです」
男性から女性へのプロポーズは和装で、キャンドルなどを飾り付けた場所で行いたいという希望。衣装からヘアメイク、ブーケ、カメラマンの手配に、プロポーズする場所の飾り付けまで。一連の準備をした。
結果は大成功。サプライズで女性の家族も野沢温泉に招待していて、家族みんなで結婚を祝ったそう。
「うちのスタッフは、こういうことを喜んでできる人たちばかりなんです。『なんかおもしろいからやってみよう』って」
「サービスって、省こうと思えばいくらでも省けます。でもそれが結果的に大きな差を生むことがある。居心地というか空気感というか… 言い表すのは難しいのですが、お客さまが安心して帰ってこられる場所でありたいですね」
きっとやろうと思えばキリがない。大変なこともあるだろうし、時間もかかる。
まいさんが働きはじめたころ、健策さんやお母さんがずっと働いている姿を見て、働く環境も整えていきたいと思ったそう。
「あるお客さまが、『いつかここのキッチンで働いてみたい』と話してくださって。スタッフみんなの顔とか雰囲気がよくないと、そう思わないと思うんです」
「この雰囲気を守りながら、スタッフそれぞれが目指したい目標をうちの会社で叶えられるようにしたい。そのためには、まずなにをしたいのかわからないといけないと思って、全スタッフと面談をしました」
ホテルだけでなくカフェやショップなども合わせ、通年で働くスタッフは20名ほど。
どんなことを思いながら日々働いているのか。腰を据えて聞かないと出てきづらい言葉を聞ける場になった。
「正社員の菜々子は、夏場の閑散期に何をしていいか悩んだって正直に話してくれて。今のサンアントンの現状を率直に話してくれると思いますよ」
紹介された正社員の菜々子さん。
2023年7月から通年のスタッフとして働きはじめた。アイスランドにワーキングホリデーに行くため、この冬でハウスサンアントンを退職する。
働いてみてどうですか?
「客室の掃除、朝夕の食事のサーブ、お客さまの対応をしています。冬は担当する部屋数が増えますが、だんだんと慣れてきましたね」
「カフェや工房にヘルプに行くこともあって。カフェなら、ジャム、コーヒー、ジェラートと、取り扱っているものが多いので、覚えることも細かい対応も多い。頭も体も使い方が全然違うから飽きずに働けます」
ホテルの予約は12月下旬から3月の繁忙期を過ぎると落ち着いてくる。冬のシーズンが終わると、5、6月は山菜の瓶詰めのため工房のヘルプに入ったり、7月と8月はサマーキャンプの準備と運営をしたり。季節行事の対応もホテルの業務と並行して行う。
「冬が忙しいぶん、夏場の閑散期に仕事のリズムをつくるのが難しかったです。手が空いているときに私は何をすべきなんだろう… と動けずに、様子をうかがってしまうことがありました」
「『この夏はこれをしよう』という方針があれば、そのなかで自分は何ができるかを考えやすかったかなって。裏を返せば、自分で新しいことを探してなんでもできたかもしれない。提案を聞いてくれる環境はあるので、それを活かせたらよかったなと思います」
健策さんたちも、スタッフの声を聞いてくれる人たちなので、安心して自分の考えを伝えてみてほしい。そこから夏の集客や新商品のアイディアが生まれるかもしれない。
「ここに住みはじめてから身体が健康になったように感じていて。温泉も太陽の光も気持ちいいし、水もおいしい。お腹も壊しがちだったのが、健やかになりました。自然に近い生活を求めている人にはぴったりだと思います」
ドライブしたり、山登りに出かけたり、冬場を一緒に乗り越えた同志たちと旅行に行ったり。いそがしさの緩急はありながらも、のびのびと暮らしている。
めぐる季節、めぐる水、巡り合う人たち。
これからのあたらしい流れを一緒につくっていく人を待っています。
(2024/12/18 取材 荻谷有花)