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修験道の聖地で
山の声を伝える

神聖な山に分け入り、断食や滝行、読経、火渡りなどの厳しい修行をおこない、神仏の霊力を借り、超人的な力を得て悟りに達することを目的とする修験道。

平安時代、日本古来の山岳信仰と仏教を融合させた修験道の聖地となり、九州の人々に深く信仰された英彦山(ひこさん)。

福岡県添田町と大分県中津市の境にそびえ、かつては、3000人の修験者が行き交い、山伏が住む800もの坊舎が建ち並ぶ日本屈指の霊山でした。

ところが、明治維新の神仏分離令や修験道の禁止により山伏たちは還俗を余儀なくされ、英彦山修験道は終焉。

かつての営みは歴史のなかに埋もれてしまいました。

今、英彦山の歴史・文化を活かし、英彦山修験道を復活させようと、精力的に取り組んでいる人たちがいます。

中心人物のひとりが、英彦山神宮の禰宜(ねぎ)である高千穂さん。禰宜とは、宮司を補佐し祭祀や社務を執り行う神職の役職のひとつ。

高千穂さんは、神職にありながら、仏教の作法を学ぶため高野山・比叡山におもむき、僧籍を取得した異色の神職です。実際に英彦山神宮の下宮でお経をあげ、護摩供養をおこなっています。

「信仰だけを守るなら神社だけでやっていけるかもしれない。でも、英彦山にある歴史や文化すべてを守っていこうと思うと、もっと多くの人の力が必要なんです」

英彦山の修験道の歴史・文化を守り活かし、まちの観光を盛り上げる地域おこし協力隊を募集します。

着任先は、福岡県添田町。修験道体験の運営のほか、知られざる英彦山の魅力を発信することが期待されています。

 

博多駅から電車を乗り継いで、2時間ほどで添田駅に到着。

ホームに降り立ちまわりを見渡すと、一面、山や田んぼに囲まれている。すぐとなりには、線路と並行するように道路も敷かれている。

いったい何用の道路なんだろう。

担当者の方が車で迎えに来てくれて、役場へ向かう。

「それは、BRTと呼ばれるバス高速輸送システムなんですよ」と、柴田副町長が教えてくれた。

「もともとは、北九州市の小倉駅から大分県の日田駅までつながる路線でしたが、2017年に九州北部豪雨があり、線路が壊れてしまった」

「線路としての復旧が難しかったため、鉄道に変わるBRTという新たなモビリティシステムとして復旧したんです」

BRTを目当てにした観光客も訪れるようになり、鉄道時代より利用者が増えている。そんな状況を追い風に、関係人口を増やしていきたいところ。

福岡県の東南部に位置する添田町は、人口8200人ちょっとのまち。面積の8割は森林に覆われていて、おもな産業は農林業。

ほかの自治体と同じく、高齢化が進んでおり、まちを盛り上げるために、地域おこし協力隊の制度を活用し、外から新しい視点でまちを捉え、地域の活動に取り組むメンバーを募集することになった。

「添田町のシンボルである英彦山には、国の重要文化財に指定されている建造物があります。また、ブナやミズナラなどの原生林が今なお多く残され、英彦山自体も国定公園に指定されているんですね」

魅力あふれる場所であるものの、泊まる場所や飲食店・お土産屋などがほとんどないこともあり、日帰りで登って帰ってしまう方ばかりだという。

「もっと英彦山の魅力を情報発信したり、良さを体験できるプランを考えたり、形にしてほしいというのが、今回の協力隊の方にお願いしたいことなんです」

すでに、観光の拠点となるビジターセンターを道の駅内に設置しようと動いていて、英彦山でも地域内の連携と情報発信による地域の活性化を担う法人の設立を目指している。

新しく入る協力隊も、その法人ができた際には、一緒に運営を担い活動してほしいとのこと。

 

英彦山の歴史を知るために、現地へ向かう。

銅鳥居(かねのとりい)に刻まれた英彦山の文字。

神様の世界と人間界を区別する境界を象徴する鳥居。

くぐると、400段もの石段が続く。近くにはスロープカーもあり、中腹まで行くことができるけれど、せっかくなので歩いて登ってみる。

参道沿いには、かつて山伏たちが暮らしていた坊跡の石垣。

当時は檀家回りといって九州各地へ出向き、お経をあげてお布施をいただき、また英彦山に戻ってきて山で修行や、加持祈祷する生活が成り立っていたという。

はぁ、はぁ。少し息もあがってきたところで、ようやく開けた場所についた。

左手に見えるのは、英彦山神宮奉幣殿(ほうへいでん)。朱色の社殿と大鈴が迫力満点。ここでは年間祭祀や祈願がおこなわれ、本殿は正面の鳥居からさらに上へ登った中岳山頂にある。

生い茂る木々、歴史的な建造物。積み重ねた時間によるものか、力の源泉近くにいる感じ。

ここで話を聞いたのは、英彦山神宮の禰宜(ねぎ)である高千穂さん。

「ちょうど3月に峰入り修行をしてきました。ここから宝満山まで70キロほどをお参りしながら歩き続ける。1日12〜14時間ほど歩き、3日間ほど。食事はすべて持参して、動物性のものは摂りません」

「祈祷のために、修行を続けているところもあるかと思います。合格願いを祈祷したあとに、実際に合格しましたって報告に来てくれることもあって。そういうことがあるとうれしいなと思います」

飛鳥時代にまで遡る英彦山修験道の歴史。それを現在復興させ、残していこうとしているのが高千穂さんだ。

「残された古文書を読み解いていくと、英彦山は神仏習合のなかでも仏教色が強いことがわかりました。それで仏の作法を学びに高野山と比叡山に行き、15年ほど前に僧籍を取得したんです」

「修行後は、英彦山でもお経を読んだり、護摩焚きをおこなったり。英彦山修験道の復活に向けて取り組んできました」

2019年には、英彦山の植樹を目的としたクラウドファンディングも実施。

1991年の台風により、英彦山に植林されていた樹齢400年を超える木々は壊滅的な被害を受けていた。

林がなくなった周辺は登山道の荒れにもつながり、滑落事故の危険性も高まる。また、木々が減り荒野となることで、霊山としての魅力も薄れつつあった。

この状況を解決しようと、高千穂さんを中心に植樹サポーターを募集。その返礼品として、修験道体験を企画した。

「商品にすることでこれは信仰なのかって思ってしまうところもあります。信仰と観光のバランスは一生悩みながらなのかなって。でも、来た人たちの心に少しでも変化があったり、満足してもらえたりすると、やってよかったなと感じますね」

 

銅鳥居から車で5分ほどのカフェに移動し、オーナーの田中さんに話を聞く。

ここは「HIKONIWA」というカフェで、元観光案内所だった場所を田中さんが購入し、豆乳スイーツの製造販売とカフェを営業している。

田中さんはカフェを経営しながら、地域プロジェクトマネージャーとして修験道体験も企画・運営している。

新しく入る英彦山ツーリズム推進員は、田中さんや地域の人と一緒に活動を進めていくことになる。

「修験道を復活させるためには、やっぱりいろんな人にこの修験道という文化をきちんと味わってもらう、体験してもらうことが重要だと思うんです。そのために、関係者で話し合いながらつくっています」

大変だったところはありますか。

「チラシ一枚つくるにしても、誤った文化や歴史を伝えてしまわないように気を遣うところ。あとは、参加料をいただいたうえでの体験になるので、値段以上にきちんと満足いただけるような価値を提供しないと、ということで毎回緊張はしますね」

英彦山ツーリズム推進員が取り組む主な業務内容は、大きく分けると3つ。

1つ目は、SNSなどのメディアを活⽤し、イベントや英彦山の魅力を伝える情報発信。2つ目は、良さを価値に変える体験型観光商品の企画・運営。そして3つ目は、将来的に整備を目指している地域観光まちづくり拠点の運営。

修験道などの歴史を尊重しながら、英彦山の活性化に向けて、英彦⼭神宮やひこさんホテル和など、地域の関係団体と積極的に交流・情報交換をおこない取り組んでいく。

「はじめは修験道体験の運営に一緒に入ってもらい、企画・販売・実施の一連のプロセスを覚えていきます。この体験を軌道に乗せつつ、新しいツアーのプランを考えて定常的に動かしていければ、いいかなと」

現在、毎月1回のペースで実施している修験道体験。銅鳥居に集合し、山着を着用して参道を登り、奉幣殿に正式参拝。山内修行をした後、昼食を挟み、最後に護摩焚きをして解散する。

「いまは定年を迎えた方などが多いですが、僕は同世代くらいのビジネスマンやクリエイターの方にもぜひ来てほしいと思っていて」

「自分は業務に追われた日常生活のリフレッシュにひとりで登山に行くこともあるけれど、変に自然を感じ取ろうとしたり、やっぱり頭で考えたりしてしまう。でも、修験道体験の山内修行は自然と無心になっているんですね」

高千穂さんが前を歩き、「ざ〜んぎ、ざんげ(慙愧懺悔)」という。そのあとを参加者が「ろ〜っこん、しょ〜じょ〜う(六根清浄)」と続ける。

慙愧懺悔は、自らの罪や過ちを深く恥じ、心から悔い改めること。六根清浄は、五感と心の6つの感覚器官を清め、煩悩や欲望、迷いを断ち切ろうとすること。

「禰宜さんのお話も含めて、衝撃もあります。一度体験してもらえれば、分かっていただけるので、ぜひそういう方に刺さるような発信の仕方を模索したいです」

英彦山神宮のほかにも、近くには、九州では珍しいりんご園や、霊山の静かな雰囲気を感じながら、郷土料理を楽しめるホテル。そして四季によってさまざまな表情を見せる荘厳でうつくしい景色など。

たとえば、修験道体験の様子を動画に収めて発信したり、体験記事を書いてみたり。新しく入る人の視点で、魅力を伝えていってほしい。

「やっぱり、英彦山の雰囲気や環境は素晴らしいなって思うんです」と田中さん。

「もっといろんな方に来てもらうべき場所だと思っているし、より面白くなる可能性がある。文化や歴史を守りたいという気持ちがある方など関係者も多いので、人の話をよく聞いて、丁寧に関係性を築ける人。そういう人と一緒にチャレンジしていきたいですね」

かつての修験者たちは、信仰と暮らしをひとつにして、山を行き来していました。

英彦山に流れる静かな時間のなかで、いまを生きる私たちができること。

あなたなら、この山の声を、どう伝えますか?

(2025/04/24 取材 杉本丞)

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