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たいていのものは、お金を出せば手に入る。世の中の仕組みはどんどんと最適化され、社会が無駄なく高速で回っていく。
スピードが合わない。立ち止まりたい。ただ消費するだけの側にいることに、時折ひどくいや気がさす。
それでも、もしこの便利ないまを手放したら、果たして生きていけるだろうか。
自然と向き合い、自分の手足で暮らしをつくる。そんな生き物としての根本的な力が、いまの自分には足りない。
今回の求人は、そんな思いを抱く人に届いてほしいです。

岐阜県飛騨市の山奥にある「板倉の宿 種蔵」。
これまで数年間、一人で宿を切り盛りしてきた管理人が、春から海外へと旅立つことになりました。それに伴い、宿の運営を引き継ぐ人を探しています。
決して便利な場所ではありません。冬は寒いし、集落の草刈りや道路掃除など、地域の人たちとともに生きている実感も強いはずです。
富山駅から電車に揺られ、飛騨方面へ。たどり着いた坂上駅は、ひっそりとした無人駅。
つんと冷たい空気のなか、駅舎の屋根からポタポタと落ちる雪解け水と、ボワーッと、出発を待つ電車の暖房を保つ低いモーター音だけが響いている。

待ち合わせの時間になっても、迎えが来ない。慌てて宿に電話をかけてみる。
「板倉の宿『しゅぞう』さんですか?」「あ、『たねくら』です」
宿の名前を読み間違えてしまい、冷や汗。どうやら手違いがあったようで、今から迎えにきてくれることに。
少しして、1台の車が迎えに来てくれた。運転席から顔を出したのは、現在の管理人である掛川さん。
車に乗り込み、山へ向かって10分ほど坂を登っていく。車窓から、山の斜面にへばりつくような石積みの棚田が見えてきた。
その風景のところどころに建つのが、板倉。昔からこの地域で、穀物などを保存するために使われてきた伝統的な木造の蔵のことを指す。

集落に入ると、「板倉の宿 種蔵」が見えてきた。
かつて別の場所にあった板倉をわざわざ解体し、この地へ移築して宿泊施設として生まれ変わらせたものなのだそう。

ふだんなら冬場は1メートルを超える雪に覆われるけれど、今年は驚くほど少ないことを掛川さんが教えてくれる。
「だいぶ冷えますよね」
中に入ると、掛川さんがストーブをつけてくれて、一緒に腰を下ろす。

「元々は、まさかこんな宿の営業をやるとは全く思っていませんでした。メーカーで研究開発のエンジニアとして、茨城に転勤して。8年ぐらい働いていたんです」
転機は、東日本大震災。原発事故などを経験し、自分の暮らしを見つめ直した。
お金でほとんどのことを解決している文明社会のなかで、もし危機が起きたとき、自分には生きるための知識や技術があるだろうか。不安になった。
「もっと自然のなかで、生きようと思ったんです。肥料や農薬を使わない自然農法にも興味を持って。最終的には、家や家具も自分でつくれるようになりたいと思い、木工が有名な飛騨に移住しました」
専門学校で学んだのちに、自分で山小屋を建てて暮らし始める。
アルバイトやボランティアで板倉に通う生活を続けるなかで、働き口として声をかけたられたのがこの宿だった。
「最初は前任の人とふたりで始めたんですけど、その方が最初の年で辞めてしまって。どうしようかなと。でも、中途半端に諦めたくないと思ったんです。どんなにしんどいことがあっても、指定管理の任期もあるので、5年間はやろうと決めて」
そこからは、365日休みなしの日々が続く。
部屋の準備や毎日の掃除、直売所への買い出しと料理の仕込み。市へ提出する事業報告書の作成や、決算、税金の手続き。短期で来てくれるお手伝いさんの採用から、施設のメンテナンス、SNSでの発信まで。
現場と裏方のあらゆる業務を、一人で背負うことに。

さらに、集落の案内や薬草摘み、そば打ち体験などの提供。
仕事の合間には、集落に暮らす一員として、草刈りや、落石・落ち葉を片付ける道路掃除、集会にも参加してきた。
「もう、囚人だと思って(笑)。どんなにしんどいことがあっても、なんとか終わらせようと思って、やってきました」
一人で手が回らないときは、短期のお手伝いさんを募集して乗り切ってきた。ちょうどこの日も、ベルギーから数週間手伝いに来ているというエドナさんが、上の階の部屋から降りてきてくれた。
日本の暮らしに興味があり、ゆくゆくはこの地域に移住してメディテーションセンターを開くことも考えているのだとか。

気づけば外はすっかり暗くなっていた。
夜ご飯を食べながら、話の続きを聞かせてもらうことに。
パチパチとはぜる囲炉裏の火を、みんなで囲む。
普段の食事は、動物性のものを使わない菜食が中心。直売所で仕入れた野菜の天ぷらや、地元で採れたかぶ、みょうがの漬物などが並ぶ。
この日は特別に、ヤマメの串焼き、エゴマのたれがたっぷりと塗られたじゃがいもの田楽、そしてシメには、掛川さん自らが打つおそばも。注いでもらったビールも、よく喉を通る。

大手宿泊予約サイトでの掲載やInstagramでの丁寧な発信もあり、宿にはヨーロッパを中心とした海外からのゲストが絶えない。掛川さんが5年間つづけてこれたのは、訪れる人たちとの交流があったからだという。
任期を終えるこの春、掛川さんはサバティカルイヤーとしてヨーロッパへ旅立つ。
「仲良くなったゲストやお手伝いさんの家々を回って、今度はこちらがお手伝いをして恩返ししたいなと思っています。そば打ち道具を背負い、ヨーロッパ各地で日本の文化をふるまいながら、次に何をするかゆっくり考えるつもりです」
これまで掛川さんが一人で背負ってきた、あまりにも大きすぎる負担。これを新しく来る人が抱えるのは現実的ではない。
だからこそ、春からの新体制では、事務作業や行政とのやりとり、ハード面のメンテナンスは母体となる会社が引き受けることになっている。
新しく加わる人には、宿の運営と料理、そして地域との関わりにまずは集中してほしい。
1日を終え、部屋に戻る。
自慢のひのきのお風呂をひとりじめさせてもらう。湯船に浸かっていると、いつもよりずっと早く眠気がやってくることに気づく。
深い眠りについて、次の日の朝。
宿に顔を出してくれたのは、堂前さん。春からの新体制の中心人物の一人で、地元で建設業を営んでいる。

この集落のすぐ奥に住んでいて、板倉の宿 種蔵を建てたのも堂前さんの会社だ。
「地域がどんどんと高齢化していくなかで、未来に何を残せるのか。自分たちの利益だけでなく、地域に投資していく覚悟があるのかって、ずっと自分に問うてきたんです」
そんな思いから、今年から宿の指定管理者に立候補。地域の未来を一緒につくっていくために、外部の専門家なども交えたチームを立ち上げた。
まず、雪かきや施設の維持といったハード面の全面的なバックアップ。堂前さんの会社は周辺の国道の除雪も請け負っていて、物理的な後方支援は万全の体制で入ってくれそうだ。
さらに、税務署や市への事業報告といった事務作業も、これからの運営母体が巻き取ってくれる。状況に応じて、共同トイレなどの建物の改修にも前向きに動いているという。
一人ではなく、チームとして。用意しているサポート体制は、現実的で心強い。

もう一つ、働き方において大きな変化となるのが、冬の営業について。
「ここを建てたとき、そもそも冬に営業する設計じゃなかったんです。だから本当に寒くて。勤めてくれる方が年がら年中休みなしっていうのも、やっぱり息が詰まると思うんで」
無理なく働き続けられるよう、冬の間は長期休みをとれる形にしたいと考えている。冬営業の希望があればもちろん尊重されるけれど、基本的には無理をさせない方針だ。
「従業員を募集しているというより、この地域でどう生きていけるかを一緒に考えていけるパートナーを探しているんです」
安心して働き続けられる安全な土台は整えられつつある。
そのうえで、この場所でどんな宿をつくっていくのか。ともに向き合ってくれるのが、最後に話を聞いた星野さんだ。

星野さんはこれまで10年ほど、宿泊施設のブランディングや地域活性化に携わってきた。そして長野県の過疎地域で、地域コミュニティの運営に尽力した実践者でもある。
1ヘクタールの土地で家族が食べる分の農業を試み、育てた大豆で味噌を仕込み、柿を干し、竹林を管理してかごを編む。地域ならではの手仕事を活かしたコミュニティづくりをおこなっている。
さらに、専門家と一緒に、地域の課題をツアー参加者とともに解決していく「再生型観光」のプロデュースも手がけている。
春からの運営体制にも関わっていて、悩むことがあれば、オンラインを通じて相談に乗ってくれる。
「わたし自身、この宿の空間が大好きで。端々に、掛川さんが積み重ねてきた、自分の手で暮らしを営む、実直な精神性がにじみ出ているんですよ」
玄関先のほんの小さな空間に、オブジェを置いてもてなす空間にしたり、ひのきのお風呂もカビが生えないよう丁寧に湿気が防がれていたり。

「一つひとつをよく見るだけで、どんな思いを持ってこの宿を切り盛りしてきたかがすぐにわかります。そんな仕事ぶりを心からリスペクトしていて、良い部分をこれからも引き継いでいきたい」
掛川さんが築いたベースのうえに、新しく掲げようとしているテーマが「発酵」だ。
「アイデアとしては、酵素発酵風呂をつくったり、お食事に発酵を取り入れたりすること。あとは、この地域のおばあちゃんたちに教わりながら、味噌をつくったり漬物を漬けたりする体験ワークショップも構想しています」
そして、宿という場そのものも、時間をかけて育てる。
現時点で決まっているのは、そんな大きな方向性だけ。良い意味での余白がたっぷりと残されている。
「一人だと本当に大変なので、ご家族やパートナーと一緒に移住したり、数人で共同生活をしながら宿の仕事を分担する形がいいかもしれない。これまでの掛川さんのように、短期のお手伝いさんを巻き込みながらチームで切り盛りしていくスタイルも大歓迎です」
生きる力がほしい。
便利であることすら気づきづらい都市部では、その欲求を満たすどころか、実感することも難しい。
掛川さんが丁寧に続けてきたことは、生きる力の強さとも言えます。それに惹きつけられるように、宿を訪れる人が絶えないんだとも思います。
少しでも心がざわざわしたなら、まずは一度、話をしてみてほしいです。
(2026/2/17 取材 田辺宏太)


