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ともにつくる
温泉と福祉の国
すぎうらんど

北海道・三笠市。

かつて炭鉱で栄えたこのまち。国道を外れて山へ向かうと、幾春別(いくしゅんべつ)桂沢地区という集落があります。

川が流れ、神社があり、夜は明かりがない。人より、鹿や熊に会う確率のほうが高いかもしれないような場所です。

ここにあるのが、湯の元温泉という温泉旅館。

旅館としては、いかにも昭和らしい佇まい。隣に建つ別館は、障がい者のグループホームになっています。

今回は、この温泉旅館で働くマネージャーを募集します。

経験は問いません。すでに長く働いているスタッフがいるので、温泉旅館の業務に関してはその人たちから教わることができます。

その上でチャレンジしてほしいのが、集客のための企画やOTAの運営。

周囲にはキャンプ場や養鶏場、特製のプリンをつくっている食品加工場があり、夏にはガイド付きのウォーキングコースも開く予定。

コンテンツはあるので、それらも活用しながら温泉を盛り上げる企画を考えていきます。

なにより、この温泉旅館を中心とした「すぎうらんど」の国王が、力強くフォローしてくれます。この人なら信用できる。そう思える出会いがあるかもしれません。

 

札幌から電車で30分ほどで、三笠市の手前にある岩見沢駅へ。さらに車で30分ほど山へ向かって走ると、湯の元温泉に到着。

玄関から入ると、名物の動物たちがお出迎え。

「来る人はだいたいここで写真を撮るんですよ。私も一緒に入ってと言われることもあるんです」

迎えてくれたのが、この温泉の代表である杉浦一生(いっせい)さん。

名刺には、肩書きのところに「国王」と書いてある。

国王…??

「そう。『すぎうらんど』の国王なんです。笑っちゃうでしょう、でもそれでいいんですよ」

「僕がここでやっていることを『なにやってんだ』って、まずはおもしろく受け止めてもらえたらいい。そう思って名刺にも書いています」

190cmはありそうな、がっしりとした体格。

実は、杉浦さんは元プロレスラー。全日本プロレスに所属していた。

リングネームは「ブルート一生」。当時、全日の代表だった武藤敬司さんが名付け親だ。昔のプロレス世代なら知っている人もいると思う。

プロとして数年活動するも、肩の怪我を負ってしまい引退することに。

引退後は飲食店で働いたのち、ボディーガードの専門学校に通って就職。そこでの経験が、杉浦さんの人生を変えることになる。

「ボディーガードって、要人警護とかを想像するじゃないですか。その会社は違っていて、精神疾患者さんの救急搬送を専門にしていたんです。つまり家族でもどうすることもできない人を、無理矢理にでも病院に連れて行く」

7、8人で押さえて搬送する会社は、ほかにもあった。杉浦さんの会社は2人で行き、拘束具も使わない。だから格闘技などの経験者が集まっていた。

生活パターンを事前に調べ、鍵を家族から預かり、本人が眠っている時間帯を狙って入る。室内で包丁を持って待ち構えていることもあったそう。入ってみたらすでに亡くなっていた、ということも。

年間300人近くを、3年間搬送し続けた。

そのうち、同じ人に何度も会うようになった。退院しても、また同じように症状が出る。

理解してくれる人がいない。話せる人がいない。居場所がない。

搬送の車内で、よくそんな話を聞いたという。

「意外と話せるんですよ。みんなが想像するほどおかしくない。つまり、この人たちには居場所がないだけなのかもしれないって。だったらそれをつくろうと思ったんです」

福祉のことを学び、まずは関東で障がい者グループホームを立ち上げ、12施設まで拡大させた。

しかし、組織内の揉め事で立場を追われ、地元の岩見沢に戻ることに。あらためてやり直そうとしていたときに、売りに出ていたこの旅館と出会った。

「障害がある人たちの雇用をつくりたくて、旅館を買ったんです」

「旅館業をしながら、別館と近隣の空き家をグループホームにして。今は20人以上が暮らしています。旅館で働いている人もいるし、近くの飲食店に勤める人もいますよ」

移住するとしたら、空き家をいくつか所有しているので、住む場所は用意できる。ただ、車の運転は必須。

「旅館のまわりは何もないので。そういった環境を受け入れられるかどうかじゃないかな。田舎暮らしが好きな人には、いい環境だと思いますよ」

杉浦さん自身も、旅館のそばの小屋に住んでいる。

「みんな来ますよ、部屋に。不安なことがあると余計ね」

夜中に来ることもある。そういうときは「今もう夜だろ。朝にしてくれ」と言って、ずっと付き合うことはしない。でも、来たこと自体は否定しない。

「家族から排除されちゃったりとか、もとから家族がいないとか。じゃあ誰がその人の家族の代わりになるんだっていうことで。僕からすると、入居者さんとかではなく、家族みたいなものなんです」

杉浦さんがやりたいことは、はっきりしている。

補助金頼みではなく、障がいのある人たちが働いて賃金を得て、普通に暮らせる仕組みをつくること。

「障がいがあっても、国からの補助金とか助成金も必要ない働き方をつくる。それが本当の福祉なんじゃないかって」

「その実験の場が『すぎうらんど』なんです」

近所の蕎麦屋で働く人、旅館で調理を担う人、養鶏場で鶏の世話をする人。

入居者たちはそれぞれの場所で少しずつ働き、地域の消防団に入り、花壇に花を植え、冬は高齢者の家の除雪を手伝う。

居場所がないと感じていた人たちが、この集落では必要とされている。

旅館からおよそ半径5キロのなかに、グループホーム、農場、養鶏場、食品加工場、キャンプ場もある。

養鶏場の卵でつくるプリンは、すぎうらんどの名物だ。

夏から始めるウォーキングツアーでは、ガイドを障がいのある人が担う予定。

ジオパークも近いので、5000万年前と1億年前の地層が縦に重なる貴重な場所も見に行くことができる。

「真面目に話しすぎると、人って一歩引いちゃうところがある。すぎうらんどってなに? みたいな。バカじゃねえの? くらいに思うところからのほうが、入ってもらいやすい気がするんですよね」

「まあ、ふざけてるんですよ」と杉浦さんは笑いながら話す。でも、その眼差しはきわめて真剣だ。

今回募集する人は、旅館の統括マネージャー。

「経験は求めません。名物の合鴨鍋とかプリンをアピールするでもいいし、もっと広く温泉旅館でいろいろやってみたいっていう人でもいい。今は昔と違って、パソコンさえ触れれば、楽天トラベルなどのOTA運営で集客は意外とできちゃうので」

どうしたら集客につながるか。周囲の環境を活用してイベントを企画できないかなど。

まずは受付や清掃、配膳など旅館の基本業務を覚えながら、自分なりにやれることを広げていってほしい。

過去には、旅館の目の前にプロレスリングを持ってきて、プロレス興行をしたこともある。

ひとつ忘れないでほしいと杉浦さんが話すのは、この旅館ではグループホームの入居者たちも一緒に食事をし、温泉に入ること。旅館スタッフと入居者の間には、自然な交流がある。

福祉の専門知識はなくても大丈夫だし、グループホームの仕事をすることは基本ない。ただ、いろんな背景を持つ人と同じ場所で生きることを、おもしろいと思えるかどうか。

「アイデアは大歓迎。ロジックを説明してくれたら、なんでも一緒にチャレンジしたいと思ってます。失敗したとしても、それは必ず糧になるので」

杉浦さん自身は直感型。だからこそ、論理型の人に来てほしいそう。考え方の違いによる対立は恐れなくて大丈夫。

「対立というか議論ですよね。お互いの意見をしっかり伝え合うことで、多方面から物事を見ることができると思うんです」

 

杉浦さんの周りには、すぎうらんどを外から支える人たちがいる。

NPO法人・北都プロレスの代表、河原さんもそのひとりだ。

河原さん自身も元プロレスラー。プロレスを通して地域を元気にしようとNPO法人を立ち上げたとき、理事として真っ先に声をかけたのが杉浦さんだった。

「僕から見たら杉浦さんはプロレスラーとしても大先輩のすごい人で。人生何周目ですかっていうぐらい、尊敬できる人なんです」

二人が出会ったのは、杉浦さんが北斗プロレスの大会を訪れたとき。

大先輩であるはずの杉浦さんが最初に放ったのが、「練習を見てください」という一言だった。

「えーいやいやいや、ですよ(笑)。僕からしたら、あのブルート一生さんなので。相当なキャリアと経験がある。それなのに練習を見てくださいって、常に謙虚に学ぶ姿勢がある方なんだって感じました」

杉浦さんの人脈や知名度を活かして、プロレス関係の企画を考えたいときは、河原さんに相談するのがいいと思う。

話していてとても気持ちのいい方で、なんでも前向きに相談に乗ってくれる。

 

最後に話を聞いたのは、温泉の近くで就労継続支援B型事業所を運営している今泉さん。

杉浦さんや地域のこともよく知っている方だ。

「最初に杉浦さんと会ったときは、でかい、怖い、でしたね(笑)。今となってはとても失礼なんですが」

僕も今日ちょっと思っちゃいました。

「そうですよね(笑)。ただ、見た目はごついけれど、来るものを拒まないおだやかさがある。この人なら安心して話せるなっていう雰囲気を持っている方ですよ」

杉浦さんの言葉で、印象に残っているものがある。

「ある日、自分がどうなったら死んでもいいと思う? って聞かれたことがあって。僕は『死にたくないです』って答えたんですよね。何かを成し遂げたとしても、次を追い求めるだろうなって。そしたら『甘い』って言われて」

同じ質問を返してみると、杉浦さんは迷いなく、「幾春別のマップに、『すぎうらんど』の名前が載るようになったら、俺はもう死んでもいいかな」と言った。

「それを聞いたときに、あ、この人は違うと。やっぱかっこいいぞって」

今泉さんいわく、杉浦さんは人を褒めるよりも、体験させて気づかせるタイプだという。

「褒められたことってあんまりないんですよ。ないんですが、ちょっと僕が引っかかるような言い方で伝えて、何くそって思いながらやってみると、杉浦さんの言う通りになってる、みたいな」

「迷ったときや失敗したとき、怒られるとしても相談したいと思える人ですね」

 

取材の最後、地域や福祉にこれだけ力を注げる、杉浦さんのバイタリティの源を聞いてみる。

少し間をおいて、ゆっくり答えてくれた。

「居場所がない人の居場所をつくりたい、どうにかしたいっていうのが一番。あと… かっこいい大人になりたいなっていう」

かっこいい大人?

「幼少期にいじめられていたとき、助けてくれた人がいて。その後プロレス業界でどん底にいたときも、手を差し伸べてくれた人たちがいた。なかには若くして亡くなってしまった人もいます」

「自分が死んだ後、その人たちに『お前なかなかいい感じでやったね』って。褒められたいんだと思うんです」

すぎうらんどの名前が地図に載る、その日まで。

一緒に歩ける人を探しています。

(2026/05/01 取材 稲本琢仙)

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