できるだけ嘘のない仕事がしたい。
「嘘も方便」というけれど、どんなに小さく、他人には気づかれない嘘も、歯ぐきに刺さった魚の骨のようにじわじわ気になり続けるもの。
扱うものや、人との関わり、及ぼす影響、自身の健康など。一つひとつの手触りをたしかめながら、嘘のない選択を繰り返した先に、理想的な働き方が実現できるんじゃないかと思います。
熊本・黒川温泉ではじまっている「かじかプロジェクト」。ここに集まっているのは、一人ひとりが嘘のない仕事を目指しているメンバーばかりです。

里山のなかに30軒の旅館が並ぶ黒川温泉。年間およそ100万人が訪れるこの人気の温泉街の中心地に、新しく「場」をつくろうとしています。
2階は元スナックの名を継承したおばんざいバー「かじか」。1階は里山・温泉文化を体現し、旅をより豊かにするものを集めたセレクトショップ「さしより」から成ります。
今回は1階のショップ「さしより」のディレクターとスタッフを募集します。
誰が、どんな想いでつくっているのか。里山と温泉の文化が同居する黒川という地の、どんな文脈を汲んでセレクトするのか。取り入れることで、暮らしをいかに豊かに彩ってくれるのか。
一人の世界に没頭して考えるのではなく、チームで問い、更新していく。
地域と、もの、そして人と真摯に向き合い、ときに耳の痛い声や摩擦を受け入れながら、よりよく在ろうとする人たちがつくるお店です。
長崎の自宅から黒川温泉まで、ナビを使わずに行けるようになった。それほど頻繁に取材の機会があり、協働する人を求める新たなプロジェクトが立ち上がっているということ。
熊本県の北東部。空港や高速道路の出口からも離れた山のなかに、30軒の旅館がひっそり佇んでいる。
そのうちの1軒の旅館「こうの湯」へ。若女将で、かじかプロジェクト代表の漣(さざなみ)祐子さんが迎えてくれた。

黒川で生まれ育った祐子さん。
若女将として旅館の運営に携わりつつ、農家さんの畑や田んぼを手伝ったり、地域の食の発信基地「EAT LABO BR」や、散歩のおともになる店「SLOW WALK CAFE」を立ち上げたり。
観光と、農や食の分野をかけ合わせることに取り組んできた。
「黒川のアイデンティティは温泉だけではなくて、里山と温泉の文化がともにあることなんです。温泉に浸かって癒される。それももちろんいいんですけど、せっかくここまで来ていただくからには、里山の文化をもっと体験していただきたくて」
歴史をさかのぼれば、黒川温泉は「半農半宿」からはじまった。
田畑を耕し、宿として人を迎える。農作業で疲れた体は、温泉で癒す。温泉と里山は切っても切れない関係にあった。
そのつながりが、観光地として発展するなかで失われつつあるのではないか?
そんな危機感も、祐子さんの原動力のひとつになっている。

「熊本地震やコロナ禍でぐっと落ち込んだ時期もあったけれど、なんとか持ち直して。今は地震前の水準を超えてきたんですよね。たしかにお客さんは来てくれている」
「でも、この経済的な成長のあとに一体何が残るのかなっていうことを、ここ2年ほどすごく考えるようになって。その先の風景をつくりたいんです。いろんな人に関わってもらいながら、一緒に」
黒川の日常に息づく里山・温泉文化の豊かさを、あらためて問い直し、表現していく。かじかプロジェクトはそんな取り組みだという。
拠点となるのは、黒川温泉の中心街にある2階建ての物件。すぐそばを川が流れていて、心地よい水の音が絶えず聞こえる場所だ。
現地を訪ねると、絶賛工事中。秋ごろのオープンに向けて着々と工事が進められていた。

2階のおばんざいバー「かじか」では、あか牛や旬の野菜など、地元の素材を使った料理を提供。食を通じて黒川の今を味わえる場になる。
1階はセレクトショップ「さしより」。
湯上がりにリラックスして履ける久留米絣のもんぺや、湯めぐりで重宝する竹かご、火照りをやわらげる民芸品のうちわなど。滞在中の体験を彩り、その後の暮らしでも使い続けたくなるものを取り扱う。

細部に至るまで、とことん黒川らしさを突き詰めたい。
たとえば、ジャージー牛乳を使ったクッキーのパッケージ。阿蘇エリアは草原のイメージが強いけれど、黒川では里山に放牧するため、斜面に「うし道」と呼ばれるジグザグの通り道ができる。
「めっちゃきれいなんですよ。4〜5月は来る人来る人に『うし道が…!』って言い続けるくらい。人間もそこを辿ってワラビやゼンマイを採りにいって、気づいたら山頂にいる、みたいな。とにかく独特な景色で」
「自然の風景とはちょっと違うんですよね。牛とともにある人々の営みが何百年も積み重なって、うし道ができている。そういうことを知れたら、お客さんもきっとうれしいし、記憶にも深く残ると思うんです」

商品の選定やパッケージ、ディスプレイ、接客時の伝え方も。一つひとつを“この土地だからこそ意味のあるもの”にしていく。
今回募集するショップディレクターは、「さしより」がどんな場であるべきか、祐子さんたちと議論しながら店づくりをしてもらいたい。
プロジェクト全体のディレクターとして関わっている前田さんは、「純粋にものが好きな人がいい」と話す。

「表面的に『いいよね』『かっこいいね』って片付けられてしまうのが、もの好きな自分としてはいやで。ものに対する真摯な目をもった人。ものに内在する美しさや哲学を、お客さまとシェアして共鳴することに喜びを感じる人に来ていただきたい」
知識の量だとか、コミュニケーション能力の高さを求めているわけではないそう。物静かでも、たくさんのものを持っていなくても、ものが好きな人はいる。
ただ、目線が「もの、そのもの」や「自分」だけにとどまらない人のほうがいい。
それを生み出す「つくり手」や、ともに場を運営する「仲間」、訪れる「お客さん」にも関心が向いている人。ものを通じた対話が楽しめる人、というとイメージに近いかもしれない。

「自分の好きなものを伝えたいという気持ちは素敵ですが、語って満足しているのが自分であってはならない。お客さまの疑問に答えたり、仲間と目線を共有したり。他者に向かうベクトルがあってはじめて、主語が『わたしたち』になる」
「漣もぼくも、これから加わる人も、それぞれに好きなものは違っていていいんです。そのうえで『みんなでここ目指してるよね』とか、『わたしたちはなんぞや?』っていうことを、一緒に前のめりに考えられるチームでありたいと思っています」
隣で聞いていた祐子さんが、手近にあったペーパーナプキンに図を描いて「こういうこと?」と尋ねる。「いや、違くて…」と訂正しながら説明を加える前田さん。

言葉で何を語るより、この過程そのものが「かじかプロジェクト」らしさを表しているんじゃないか、と感じる。互いに考えを交わし、ときに摩擦も経験しながら、ひとつの場を育んでいく。
「わたしも最初に思ったのが『話せる…!』ってことだったんです。会話ができる会社なんだなって」
そう話すのは、前回の募集を通じておばんざいバー「かじか」のディレクターに加わった杉本さん。

以前は宮崎県に16年ほど住んでいて、NPOが運営するカフェで働いたり、ナチュラルな美容法を探求したり、ケータリングの仕事をしたり。
直近の1年間は熊本市に移り住み、長年ホームスクーリングしていたお子さんがフリースクールへ通うのをサポートしつつ、飲食のアルバイトなどをしていた。
生活がある程度落ち着き、これからの仕事を考えていたタイミングで、日本仕事百貨の記事を見つけたそう。
「飲食業って、どうしても馬車馬のように働かないと成り立たない世界観がある。それと同時に、心の豊かさや身体の健康に対する食の可能性も、やっぱり感じていて。どうやったら両立できるんだろう?って模索してたんですよね」
「それに宮崎では、ずっと自営業だったんです。一人でできるのはここまでなんだなってことはよくわかったので、チームでどんなことができるんだろう?という興味もあって。これまでやってきたことともつながるし、やってみたいなって」

入社して約2ヶ月。祐子さんと前田さん案内のもと、黒川にどっぷり浸る日々を送っている。
「旅館やカフェの現場に入ったり、地域のお母さんや種取りで野菜を育てている農家さんに会ったり。里山温泉文化とはどういうものかを、自分の目で見て、ご飯を食べながらたくさん話して」
「こういう土地のなかで、かじかはどんな立ち位置を担っていくのか。おふたりと壁打ちしながら、丁寧に目線合わせをしていく時間が持てたのは、すごくいい経験になりました」

今回募集するショップディレクターも、入社したらまずは黒川の人と地域を見て回り、里山・温泉文化を知ることからはじまる。
福岡・八女(やめ)の地域文化商社「うなぎの寝床」が手がけるもんぺや、染め工房「よつめ染布舎」の型染め手ぬぐいやオリジナルTシャツなど、県内外のつくり手と関わるので、出張の機会もあると思う。
店舗での接客や陳列、在庫管理や発注などの日々の業務は、基本的に現場スタッフで回せる体制をつくる。ディレクターは、より俯瞰的な視点からお店のあり方や方向性を見つめ、更新していく役割を担ってもらいたい。
「かじか」と「さしより」で部門は違えど、ディレクター同士で関わる機会も多い杉本さん。どんな人に来てもらいたいですか?
「わたしはけっこう過集中で、ぐっと夢中になるタイプなんです。『わたし』に偏ったとき、『わたしたち』のほうに意識を戻してくれる方がいてもらえたら、ありがたいなって思います」
取材の流れで、八女の「うなぎの寝床」へ同行。お店の制服として、ここのもんぺや割烹着を採用する予定だという。
試着をしながら、あれこれ意見を交わし合う。真剣に、でも言いたいことは軽やかに。何より、みなさんワクワクしている様子が伝わってくる。

地域文化商社として、ショップのほかにも出版やツーリズム、宿の運営やローカルベンチャースクールの立ち上げなど、さまざまな取り組みを展開しているうなぎの寝床。ここでの経験を経て、地域内外で独立して自分の事業を営む人も増えている。
「まさにこういうことがしたいんですよね」と前田さん。
地域の文化を掬い上げ、ものや食を通じて分かち合う。時代の流れのなかで、生まれるものもあれば、消えゆく技術や文化もあって、それらとどう向き合うべきか、一緒に考える。その過程で、また新しい企画や活動が立ち上がっていく。
場所としてのそんなあり方は、かじかプロジェクトが目指す世界観とも根底でつながっているように感じます。
お店が形を成すより先に、共有したい価値観がすくすくと育っている。
こんなチームは、なかなかほかにないかもしれません。
(2026/06/15 取材 中川晃輔)


