帰省して久しぶりに実家のご飯を食べると、味付けが自分好みにぴったり合っている。
料理が自分のためにつくられていると気づいたとき、心も満たされるのを感じました。
きっと、母が私の好ききらいを知ってくれているからできること。そんな体験は、家族だからこそ生まれるものだと思っていました。
アンシェントホテル浅間軽井沢は、長野・軽井沢にある全15室の小さなホテル。
別荘地ならではの非日常さと、家庭のようなあたたかさをあわせ持つ、一人ひとりに寄り添うおもてなしを提供してきました。

15室という規模だから、お客さん一人ひとりに無理なく目が届く。そしてスタッフ同士も、「自分がされてうれしいことを相手にする」という想いを大切にしています。
今回は、調理師を募集します。
経験は求めません。まず、自分がどのようにもてなしてもらえるとうれしいか、お客さんの立場になって考えられる人が活躍できる場所だと思います。
最高気温1℃。
軽井沢駅のホームに降り立つと、つんと冷たい空気を肌に感じる。
冷えた手をさすりながら、浅間山方面へ進むバスに乗車し15分ほど。
上信越国立公園のなかに、アンシェントホテル浅間軽井沢がひっそりと佇む。

陽の光に照らされて溶けていく雪。しんと静かな空気のなかに、チュンチュンと小鳥のさえずりが響く。もうすぐ春が来るんだな。
思わず深呼吸し、新鮮な空気が身体にしみわたっていくのを感じる。
景色を眺めていると、女将の三ツ井さんが中へ案内してくれた。

「ここはもともと湯治場で、電波が届かなかったほど自然に囲まれている土地なんです。アンシェントホテルはそれを受け継ぎ、時代の流れに沿いながら、あるものを活かすことを大切にしてきました」
風や川のせせらぎ、鳥や鹿の声など。自然の音や風景に身を置き、感覚を研ぎ澄ます。そうして本来の自分を取り戻す場所。
「お互い支え合いながら、生かし合う。邪魔はしないけど、たたえ合うような。アンシェントホテルは、空間と料理と接客の三位一体で成り立っていると思うんです」
もともとは家族経営の旅館として始まったこの宿。経営が傾き、閉業を考えていたところに手を差し伸べたのが、常連客であり、現在の親会社・株式会社カクイチの先代だった。
製造業などを中心とするカクイチにとって、宿泊業は未知の領域。オープニングスタッフの三ツ井さんたちが、今のサービスをつくりあげてきた。

自然と一体化するような心地よさ。お客さんがそう感じるように、迎えるスタッフも自然体で接する。設立から15年間、接客マニュアルはあえてつくっていない。
「目の前にいるお客さまが、何に困っていて、何をすると喜んでもらえるか。正解はありません」
「窓際で足をさすっているお客さまがいたら、私だったらひざ掛けがほしいと思うからそうする。自分がしてもらってうれしいことを接客に落とし込んできました」
相手の気持ちを想像するために、まず自分がしてもらってうれしいことを考える。
たとえば、噛む力が弱いご年配の方がいれば、ホテルスタッフが調理場へ伝える。
同じコース料理でも、柔らかい食材に変更したり、隠し包丁を入れて噛みやすくしたり。提供された本人も、自分だけの特別メニューだと気づく。
満室でも、たった1人へ配慮するのがアンシェントホテル。

そして、その感覚を支えているものが、お客さんの情報を記録したカルテ。
見せてもらうと、家族構成や、宿泊したときの様子、食事をした際の座席の配置などがびっしり、丁寧な文字で書かれている。

「たとえば、13年ほど通っていただいている4人家族のお客さま。幼い妹さんは、お食事の際に必ずご主人の隣に座られると気づいて。メモに残して、次に来てくださるときは、座席を事前に配置して案内しています」
「あなたのことを覚えていますよって、伝わったらいいなと。単に、ホテルスタッフとお客さまという関係性ではなく、自分の家に迎え入れるような、人と人の関係性でいられる場所になれるよう心がけています」
なかには、ホテルに来ることを「三ツ井さんの家に行ってくる」とお子さんが言うご家庭もあるという。まさに三ツ井さんが大切にしたいことを体現している。
ホテルスタッフが人柄や好みを丁寧に引き継ぐからこそ、調理場でも一人ひとりに合わせた料理づくりができる。
5年勤めていた調理師が卒業したため、今は料理長がひとりで調理場に立っている。これまでの丁寧なおもてなしを続けていくためにも、力になってくれる人を探している。
「調理の経験よりも、素直に感謝を伝えたり挨拶したり。うれしいと思うことを自然としてくれるような人が来てくれたらいいなと思います」
設立当初から料理長を務めている伊藤さんは、まさに生きるように働く人。
東京の5つ星ホテルで和食料理を任されていた方。
感覚を大切にしながらも、軸はぶれない。話しぶりや表情から、やわらかな人柄が伝わってくる。

「東京にいると、24時間食材が手に入る。でもほんとうは、それが叶わないことが自然ですよね。ここで働いて気づかされました。今は、知恵を絞って料理を提供することが楽しいです」
「オールラウンダー」とも呼ばれている伊藤さん。料理以外にも植物の剪定や荷運びなど、率先してホテル運営をサポートしてきた。
「誰でも得手不得手がありますよね。彼女たちより自分のほうが力仕事はできる。だったら、自分がやろうって。ただそれだけなんです」
「料理のクオリティも大切ですし、お客さまに『美味しい』と言っていただけるのは、接客があるからこそ。スタッフが料理を提供するときに、身も心も気持ちいい状態でいてもらいたいんです」
伊藤さんは、どんなことを気にかけて料理をつくっているんだろう。
見せてもらったのは、2月の献立表。

ん?「土の温度」や「冷たい間奏」など、独創的な表現で料理が紹介されている。
一番気になったのが、「森の傘」。
ブラウンマッシュルームという大ぶりのきのこを、森にある大木に見立てて、青のりと抹茶で木の周りに苔を表現している。昨年、スタッフの研修で散策した周辺の森からインスピレーションを受けて、生まれたという。

調理師になる人は、まずは伊藤さんの補助から始める。身についてきたらまかないもつくっていく。
春は近くの森へ山菜採りや、秋はキノコ狩りへ。夏は高原野菜や、軽井沢特有の霧下野菜を仕入れるなど、できる限り地の食材を扱っている。自分で食材調達からできるのはおもしろそう。

伊藤さんは、料理の経験を積むために3〜4年の頻度でこれまで転職してきた。アンシェントホテルでは約15年。何か理由があるのか思わず聞いてしまう。
「お客さまとの距離を近く感じられるからでしょうか」
「前職も今も、基本は調理場にいるけれど、アンシェントホテルでは、スタッフたちが毎日お客さまのことを伝えてくれる。お会いしなくても、自分のなかで人物像がどんどん出来上がって。誰かのためにつくっている、という実感が持てる。だから、料理も純粋に楽しめるんです」

伊藤さんは、お客さんの顔や名前は細かく覚えていないという。でも、「毎朝ランニングして、パンを食べる」など、お客さんのルーティンや特徴をホテルスタッフと共有しているから、自ずとその人に合わせた料理を提供できる。
一人ひとりの好みや状態に合わせてつくることは、めんどうで大変なこともあるはず。でも、伊藤さんのように誰か一人のために料理をつくりたい思いが強い人なら、大きなやりがいを感じられると思う。
「ここで料理の経験を積んで、5年ぐらいで独立したいという方でも大丈夫ですし、未経験でも技術的なことは、回数を重ねれば身につくもの」
「一番は、年齢や性別関係なく、アンシェントホテルのスタンスに共感してくれて、同じ方向へともに進んでいける方が来てくれるとうれしいです」
ホテルスタッフ、生田さんと島峯さんも、アンシェントホテルのあり方に共感していると感じる。
新しく調理師になる人にとって、移住や日常の生活のことなど、気軽に話せる存在だと思う。
写真左から、生田さんと島峯さん。ふたりとも県外から昨年入社した。

高校卒業後、各地でリゾートバイトをしたり、メーカーの生産管理やコールセンターで働いたり。さまざまな仕事を経験し、接客業が好きなことに気づいた生田さん。島峯さんは、前職でラグジュアリーホテルのフロントスタッフとして働いていた。
より一人ひとりと向き合う接客がしたいと思い、ふたりともアンシェントホテルに転職した。
「入社してすぐ印象に残っていることがあって」と生田さん。
「料理長とペットボトルの水が入った箱を2階のストック場所まで運んだんです。僕がすぐに戻ろうとしたら、料理長が箱のカバーシートを取っていて。相手の立場になって考えて行動している姿に影響を受けました」
「相手が喜ぶことをするのが、料理の真髄なんだなと」
聞いていた島峯さんが続ける。
「たとえば、アレルギーをお持ちのお客さまが滞在されたとき。前職ではバイキング形式で、成分表を貼ってお客さま自身で確認してもらっていました。でもアンシェントホテルは違って」
「料理長とスタッフで毎日打ち合わせをするんです。魚介アレルギーの方がいれば、『魚介類全体がダメなのか、エキスならいいのか、はたまた練り込まれてるのはどうなのか』、と細かく確認していて。当たり前かもしれないけど、ここまでするんだって」
打ち合わせでは、これから迎えるお客さんのこと、前日に対応したこと、トラブルなども共有しあう。自分の担当以外のことも聞いて、意見を交わすことで、唯一無二のおもてなしがつくられている。

スタッフ同士も、相手を思いやりながら支え合う関係性が築かれている。
「当たり前が気持ちよくなる場所ですね。料理長の挨拶は、いつも気持ちがよくて返したくなる。働くスタッフ同士でも挨拶や感謝、お詫びも大切にしています」
生田さんも加えてこう話す。
「仕事中は、真面目な話もするけれど、休憩中は雑談もよくします。人と人の関係性が大切にされている場所だなって。仕事に来るのが楽しいと思えるんですよね。新しく入る方もこの関係性を楽しんでほしいです」
取材の合間に、みなさんと一緒に伊藤さんのつくったまかないをいただきました。
大きな鍋にたっぷりのカレー。それぞれが食べたいぶんだけお皿に盛っていく。
知識や経験より、目の前にいる人に喜んでもらえるサービスを提供する。料理の仕事ではあるけれど、丁寧に手紙を書くような、そんな個別性も感じました。
純粋な誰かを想う気持ちで料理を届けたい人なら、輝けるホテルだと思います。
(2026/02/19 取材 大津恵理子)


