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ワインと風車と
牛が9000頭
つなぎ方は無限大

峠を登っていく。

対向車は、ほとんど来ない。

「この峠の途中が、標高642メートルなんです。スカイツリーの高さとだいたい同じくらいですね」

岩手県葛巻町(くずまきまち)。

盛岡から北へ、車で1時間半ほど。人口はおよそ5000人。町内には9000頭近い牛がいて、人より牛のほうが多い町です。

キャッチフレーズは「北緯40度 ミルクとワインとクリーンエネルギーの町」。

さまざまな体験活動ができるくずまき高原牧場があり、山ぶどうからワインをつくる工場があり、山の稜線には風車が並んでいる。日本で最初に、1000メートルを超える山岳高地に風力発電をつくったのもこの町だそう。

こう並べてみると、ずいぶん豊かな町に思える。実際、豊かなのだと思う。

ただ、車で走るとよくわかる。牧場とワイン工場は、町の端と端にあって、移動には40分ほどかかる。その途中にある中心部の商店街は、たいてい素通りされてしまう。

素材はある。けれど、つながっていない。

今回募集するのは、その間をつなぐ観光コンシェルジュです。葛巻町の地域おこし協力隊として赴任します。

新しく何かをつくるというより、すでにこの町にあるものを組み合わせて、人が訪れ、滞在する流れをつくっていく。そんな仕事です。

 

峠を登った先、風車を眺めながら話してくれたのは、サンサンスターラボ代表の髙野さん。

協力隊の募集や、着任後の伴走支援を町から受託している。そして髙野さん自身、この町の協力隊の一期生でもある。

前職はローソンで10年ほど勤めていたそう。東日本大震災のあと、沿岸へボランティアに通ううち、岩手県内のほとんどの町とつながりができたという。数少ない例外が葛巻だった。

「知らない町だったんですよ。それが、あるイベントで人数が足りないから顔を出してよと言われて、初めて来たんです」

ちょうど、会社で転勤の話が出ていた時期だった。移住を考えていたわけでもない。ちょうど協力隊の募集が出ると聞いたとき、人とのつながりのなかで、やってみようかなと思ったと、懐かしそうに話す。

ミッションは、牧場の観光プロデューサー。くずまき高原牧場に入り、体験プログラムの受け入れや、観光客向けの企画を担当した。

着任1年目、髙野さんは自分から搾乳や、牛の餌やりなどの現場を体験させてほしいと頼んだ。

「やっぱり現場を知らないと話せないじゃないですか。酪農の現場のことをまったく知らなかったので、まあ、怒られましたけどね、いっぱい(笑)」

藁を運ぶフォークの使い方を知らない。竹箒で牛舎の通路を掃いても、先輩のように跡が綺麗にそろわない。

「すみません、って言いながら、がんばって働きました。現場に入ってみて、1杯の牛乳の重みが、すごくわかるようになったんです」

現場の人がどんな思いで牛に向き合っているのかがわかると、話す言葉も変わってくる。

「牛の餌やり体験も、ただわーっと楽しむだけじゃなくて。生産者の方がこういう思いで関わっているんですよ、というのを伝えるのも自分の仕事だなと。現場の人の心を代弁するっていうのかな」

現場の人たちにも、髙野さんの想いは伝わっていた。牧場を離れて5、6年経つ今でも、飲み会に誘われたり、売店のスタッフから「売り場どうすればいいかな」と相談が来たり。

3年の任期を終えたのは、2020年。1ヶ月で準備を整えて起業した。

以来6年。協力隊の伴走支援のほか、事業者向けのDXセミナーや地域づくりフォーラムの進行など、仕事は幅広い。

そして、観光の話。

「葛巻は、観光地かと言えば観光地じゃないんですよ。世界遺産のような特別な施設があるわけでもない」

「でも、もともとその土地にあるものをうまく活用しながら、何かを生み出していこうっていう文化が、この町にはあるんです」

たとえば牧場は、観光ではなく、酪農家を助けるために始まっている。

牛は生まれてから二年ほど乳を出さない。そのあいだの育成が農家の負担になるため、生後半年の牛を預かって育て、妊娠したら返す。

およそ50年前、そうやって始まった牧場が、やがて自分たちでもミルクを搾り、ヨーグルトやチーズをつくり、レストランと宿をつくっていったのが、くずまき高原牧場。

ワインも、はじまりは山ぶどうのジュースとジャムだったという。酸味の強い、この土地に自生している山ぶどう。それがいまはワインの原料になり、東京の百貨店にも並んでいる。

「いわゆる楽しいっていう観光もすごく大事ですけど、葛巻は食育などを通して命を学べる。学びの観光には、伸びしろがあると思うんです」

 

翌日、役場を訪ねた。美術館のような外観で、県内でも新しいほうの庁舎だそう。

話を聞いたのは、いらっしゃい葛巻推進課の課長、吉澤さん。葛巻の生まれだ。

趣味は自転車とランニングで、町内を走るトレランに協力したこともあるそう。アクティビティ系の企画などあれば、いろいろ相談に乗ってくれると思う。

2017年に町が初めて協力隊を募集したときから、課題は同じだという。

「目玉の牧場とワイン工場が町の端と端に点在しているので、まちなかは素通りするだけになっている。そこを有機的に結びつけて、周遊、滞在してもらうにはどうすればいいか、そこが課題なんです」

酪農があり、ワインなどのものづくりがある一次産業の地域。ただサービス業の土壌がまだまだ薄い。数字にもそれは表れていて、葛巻を訪れる人の99%が日帰り客だという。

「協力隊の方の理想を言えば、観光畑にいた方ですね。でも、スキルよりは人柄重視だと思っていて。調整力や忍耐力。牧場とかワインとか、ゼロイチを成し遂げてきた人がいるまちなので、その人たちとうまく付き合っていくのが大切だと思います」

まずは役場やサンサンスターラボの髙野さんを頼りながら、地域の人との関係性をつくっていってほしい。

そこから、内情を知るためにも牧場やワイン工場で試しに働いてみたり、イベントを企画したり。

「まずは来て、まちの空気を感じて。長い目で見て町のためになることをしてくれたらいいなと思います」

「行政も企業も、地域全体の情報発信力を上げたいと思っているので。毎日のように誰かが葛巻の何かを発信している、というのが理想ですね。それをコンシェルジュの方が率先して挑戦してくれたらいいなと思います。もちろん役場もサポートしていくので」

 

今まさに葛巻で暮らしている、協力隊の方にも話を聞いた。

中尾なつみさん。町の山村留学の寄宿舎で、ハウスマスターを務めている。

「親元を離れて寄宿舎で高校生活を送る、学生たちの生活支援をしています。日々の生活のアドバイスだったり、何気ない雑談だったり」

大阪で育ち、東京で5年働いたのち、協力隊に。

「いろんなまちを見ましたが、ハウスマスターっていう仕事が面白そうだったので葛巻を選んだ、という感じですね」

「初めて葛巻を訪れたのが、応募する前にあった2週間のインターンのときで。11月ですごく寒かったんですけど、星が本当に綺麗に見えて。プラネタリウムで見るより綺麗なんじゃないかっていうくらい、すごく感動しました」

住まいは、町が建てた若者定住促進住宅。

「まだ20代なので、家賃が月に1万5千円です。30歳からは3万円になるんですけど」

一方で、暮らしのしんどさも率直に話してくれた。

「私、去年ちょっと冬季うつっぽくなったんですよ。関西に住んでいたので、日照時間の違いにやられたというか。このまま春が来ないんじゃないかって疑っちゃいました(笑)」

取材に訪れた7月も、東京では38度ほどの猛暑が続いていたけれど、葛巻では26度くらい。朝夕は秋かと思うくらい気持ちいい涼しさだった。夏はかなり過ごしやすいと思う。

ただ、冬は雪が多い。降らないなと思っていたら、一晩で30センチほど積もることもある。

ハウスマスターをしながら、まちの人と知り合っていくのが楽しいと中尾さん。

「最近は、役場の栄養士さんと一緒に子ども食堂を立ち上げて。7月の第1回には、大人と子どもを合わせて47人が集まったんです」

これから来る人に期待していることを聞いてみる。

「こんなことをやりたい、こんなことができるんじゃないかっていうのを、ちゃんと口に出せる人がいいですね。それを聞いたら私も、あの人がいいんじゃない、この人がいいんじゃないって手伝えるので」

「失敗しても、協力隊のあいだはいくら失敗しても大丈夫なので。とりあえずいいじゃん、やってみようっていう性格の方が来てくれるといいかもしれないです」

観光も葛巻だけじゃなくて、県北という広いエリアで考えたらいいと中尾さん。一戸町や九戸村、岩手町など。縄文の御所野遺跡もあるし、岩手町には県内初の野外彫刻美術館もある。地元の大阪の友人をアテンドすると喜んで帰っていくそう。

「なので、需要は絶対あると思ってます」

 

最後に訪れたのが、くずまき高原牧場。

話を聞いたのは、専務理事の木村さん。

盛岡の出身で大学は医学部へ。ダウン症や自閉症に関わる基礎研究をしていたけれど、自然体験活動を通じて、子どもの豊かな感性を育む取り組みに強い関心を抱き、野外教育の道へ。

自閉症の子どもたちに野外教育を提供している宮城のくりこま高原自然学校にいたとき、くずまき高原牧場と出会った。

初めて来たとき、木村さんの心をつかんだものがある。当時、牧場の専務理事だった現在の町長が描いていた「エコファーム構想」だ。

「その未来構想に、私はひどく感動して、共感して。ぜひここで働きたいと思ったんです」

くずまき高原牧場の経営の軸である、酪農家から生後半年の牛を預かり、育てて返す、預託育成。

その牛たちの糞などを活かし、バイオマスやエネルギープラントをつくって自然エネルギーをフル活用し、エネルギーを自給する。牧場のなかで、そして地域のなかで、資源をぐるりと循環させる。地域完全循環型社会、という構想だった。

くずまき高原牧場は、ほかの牧場と異なり、搾乳をはじめとする酪農体験学習の受け入れに力をいれている。

「今は学校単位の体験学習が多いですが、もっと家族単位でのお客さんも増やせるはずで。情報発信という面でも、そういったところを強化していけたらと思っています。協力隊の人にも、そこは力を貸してもらえたらうれしいですね」

自分たちで採った牛乳、そして牧場で育った肉牛の、お肉を使ってBBQなど。いずれは冷涼な地域に適したハーブや野菜などの栽培にチャレンジしてもおもしろいかもしれない。

まずは3年間、地域に溶け込む。牧場やワイン、いずれも町の人の強い想いから生まれたものなので、その想いを理解して、このまちに誇りをもってくれたらうれしい。

「あとは自分のためにという利己的な考えだと、物事ってうまくいかなくて。地域のために、誰かに喜んでもらうために行動を起こせる人。利他の精神が何事にも大事だと思います」

取材の最後に、髙野さんがこんなことを話していた。

「協力隊活動を楽しんでいる隊員は、キラキラしてるんですよね。なんかこう、生き生きとしてる」

玄関を出れば天の川が見える。牛が9000頭いて、ワインがあって、山の上では風車が回っている。

まちに散らばる点をどうつなぐか。その可能性は無限に広がっています。

つないでみたい人を、待っています。

(2026/07/22 取材 稲本琢仙)

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